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婚約破棄
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「アイリーン・ヒメネス!私は今ここで婚約を破棄する!」
今宵王宮にて行われている婚約パーティーで、突然ステージに立った第1王子はそう高らかに宣言した。
その会場にいた人間は、王子を除く皆が突然のことに困惑する。なぜなら王子の婚約破棄だなんて、パーティーの予定になかったからだ。
第1王子…アレックス・バークは見た目こそ王族に相応しいものの、その性格や能力は決して褒められたものではない。
周囲の人間はステージ上に立つ殿下と、名前を呼ばれた本日の主役、公爵令嬢…アイリーン・ヒメネスを見るものとで二分された。
中小国であるこの国の唯一の公爵家。国交を担うアイリーンの家は、王族間の橋渡し役も行っていた。特に最近は隣国の大国との関係を深めている。
そんな他国との繋がりも強いヒメネス公爵家の一人娘、アイリーン。
目付きは多少鋭いものの、容姿端麗な彼女はまるで天から降りてきた女神のようだと評されていた。
そんな彼女は感情の読めない笑顔を浮かべたままこてりと小首を傾げる。
なぜ自分の名が呼ばれたのか心当たりがなかったからだ。
「あらあらそれは…おめでとうございます。」
とりあえず祝福の言葉を口にしたものの、おめでとうという言葉がふさわしいのかは分からなかった。そしてその疑問があったからか、語尾の音が少しだけ高くなってしまう。
今この場で起きている状況を周囲の人間は愚か、アイリーンでさえ理解出来ずにいた。
だからこそ当たり障りのない言葉をかけたのだが、どうやらアレックスは気に入らなかったらしい。
怒りと憎しみに顔を歪め、アイリーンのことを睨みつける。
「この私が婚約破棄をすると言うのに、随分と余裕そうだな。」
──余裕も何も…。私に関係の無いことに気を乱す筈ありませんのに。
アイリーンは美しい笑顔を浮かべたまま、心の中でそう毒を吐いた。彼女は自分に害のない者には分け隔てなく優しいが、自分に害を及ぼす者には容赦がない。そして今この状況は、アイリーンにとって害でしかなかった。
「いくらおめでたい話といえど、私には関係の無い話ですもの。」
アイリーンも婚約破棄が世間一般から見ておめでたいとは到底思われないことは理解している。しかしこんな大衆の面前で声高々にアレックスが宣言する以上、それは喜ばしいことなのだろうと判断した。
アイリーンの言葉に、アレックスは顔を真っ赤にして怒りを露わにした。その顔はまるで茹でられたタコのようで、アイリーンは扇の影でクスリと笑う。
馬鹿にされているとも知らないアレックスは怒り任せに叫んだ。
「関係ないだと…!?私と貴様の婚約破棄だぞ!どこまで私を愚弄する気だ!」
アレックスとアイリーンの婚約破棄。
勿論アイリーンにアレックスと婚約した記憶はない。
しかし聡明な彼女はこの状況をすぐに理解すると、「あらあら。」とまるで愉快な玩具を見つけた子供のように微笑んだ。といっても、その笑みは子供のように無邪気なものでは無いのだが。
──きっと殿下は私の婚約者が誰なのか知らないのだわ。
そう仮定した上で、アイリーンの推測はこうだ。
本日は我が国を誇る公爵家の一人娘、アイリーンの婚約を祝したパーティーが開かれる。そしてその会場は王宮。つまり彼女と同等か、それ以上の身分の人間が婚約相手だとアレックスは予想する。
この国においてヒメネス公爵家よりも力を持つのは王族のみ。つまり、今宵アイリーンと婚約するのは第1王子であるアレックスしかいないと。
アレックスはそう考えたのだ。
これなら筋が通ってはいるが…もしこのことが事実だとすれば、彼はあまりにも王の資質が欠けている。
しかしそんなことはアイリーンに関係なかった。
何故なら彼女が婚約した相手はこの国の人間では無いから。
面白い余興であると、彼女はにやりと笑みを濃くする。アイリーンの怪しい光を宿す瞳に気付くものはそう居ない。
もはやアレックスは蛇に巻き付かれたカエルのような状況なのだが、本人はそれを理解していないようだった。
「私と殿下の婚約…ですか。ええ、ええ、喜んで了承致しましょう。」
クスクスと微笑みながらそう述べるアイリーン。
彼女の笑顔は妖艶で、見るもの全てを魅了する。
勿論アレックスも例外ではなく、頬を赤く染めてフン!と鼻を鳴らした。
「私の婚約者は既に男爵令嬢のソフィアと決まっている。…が、しかし彼女だけで王妃の仕事をこなすことは難しいだろう。だから特別に、時期国王の命で貴様を側室に入れてやろう。」
「まぁ。」
──我が公爵家がなければ他国とまともな外交も出来ないような小国の王族風情が、私を側室にするなんて。
アイリーンは笑みを絶やさぬまま、おめでたい頭をしたアレックスのことを見つめていた。
この国において最重要な存在であるヒメネス公爵家が、どこぞの馬の骨とも知らない男爵家の令嬢以下の扱いを受けることに驚いたからだ。
それを何と勘違いしたのか、アレックスは得意げな表情になっている。まるでアイリーンが断るはずがないと確信しているかのように。
だからこそ、彼女の次の言葉はアレックスにとって予想外のものだった。
「残念ですが…私には側室など務まりませんわ。」
今宵王宮にて行われている婚約パーティーで、突然ステージに立った第1王子はそう高らかに宣言した。
その会場にいた人間は、王子を除く皆が突然のことに困惑する。なぜなら王子の婚約破棄だなんて、パーティーの予定になかったからだ。
第1王子…アレックス・バークは見た目こそ王族に相応しいものの、その性格や能力は決して褒められたものではない。
周囲の人間はステージ上に立つ殿下と、名前を呼ばれた本日の主役、公爵令嬢…アイリーン・ヒメネスを見るものとで二分された。
中小国であるこの国の唯一の公爵家。国交を担うアイリーンの家は、王族間の橋渡し役も行っていた。特に最近は隣国の大国との関係を深めている。
そんな他国との繋がりも強いヒメネス公爵家の一人娘、アイリーン。
目付きは多少鋭いものの、容姿端麗な彼女はまるで天から降りてきた女神のようだと評されていた。
そんな彼女は感情の読めない笑顔を浮かべたままこてりと小首を傾げる。
なぜ自分の名が呼ばれたのか心当たりがなかったからだ。
「あらあらそれは…おめでとうございます。」
とりあえず祝福の言葉を口にしたものの、おめでとうという言葉がふさわしいのかは分からなかった。そしてその疑問があったからか、語尾の音が少しだけ高くなってしまう。
今この場で起きている状況を周囲の人間は愚か、アイリーンでさえ理解出来ずにいた。
だからこそ当たり障りのない言葉をかけたのだが、どうやらアレックスは気に入らなかったらしい。
怒りと憎しみに顔を歪め、アイリーンのことを睨みつける。
「この私が婚約破棄をすると言うのに、随分と余裕そうだな。」
──余裕も何も…。私に関係の無いことに気を乱す筈ありませんのに。
アイリーンは美しい笑顔を浮かべたまま、心の中でそう毒を吐いた。彼女は自分に害のない者には分け隔てなく優しいが、自分に害を及ぼす者には容赦がない。そして今この状況は、アイリーンにとって害でしかなかった。
「いくらおめでたい話といえど、私には関係の無い話ですもの。」
アイリーンも婚約破棄が世間一般から見ておめでたいとは到底思われないことは理解している。しかしこんな大衆の面前で声高々にアレックスが宣言する以上、それは喜ばしいことなのだろうと判断した。
アイリーンの言葉に、アレックスは顔を真っ赤にして怒りを露わにした。その顔はまるで茹でられたタコのようで、アイリーンは扇の影でクスリと笑う。
馬鹿にされているとも知らないアレックスは怒り任せに叫んだ。
「関係ないだと…!?私と貴様の婚約破棄だぞ!どこまで私を愚弄する気だ!」
アレックスとアイリーンの婚約破棄。
勿論アイリーンにアレックスと婚約した記憶はない。
しかし聡明な彼女はこの状況をすぐに理解すると、「あらあら。」とまるで愉快な玩具を見つけた子供のように微笑んだ。といっても、その笑みは子供のように無邪気なものでは無いのだが。
──きっと殿下は私の婚約者が誰なのか知らないのだわ。
そう仮定した上で、アイリーンの推測はこうだ。
本日は我が国を誇る公爵家の一人娘、アイリーンの婚約を祝したパーティーが開かれる。そしてその会場は王宮。つまり彼女と同等か、それ以上の身分の人間が婚約相手だとアレックスは予想する。
この国においてヒメネス公爵家よりも力を持つのは王族のみ。つまり、今宵アイリーンと婚約するのは第1王子であるアレックスしかいないと。
アレックスはそう考えたのだ。
これなら筋が通ってはいるが…もしこのことが事実だとすれば、彼はあまりにも王の資質が欠けている。
しかしそんなことはアイリーンに関係なかった。
何故なら彼女が婚約した相手はこの国の人間では無いから。
面白い余興であると、彼女はにやりと笑みを濃くする。アイリーンの怪しい光を宿す瞳に気付くものはそう居ない。
もはやアレックスは蛇に巻き付かれたカエルのような状況なのだが、本人はそれを理解していないようだった。
「私と殿下の婚約…ですか。ええ、ええ、喜んで了承致しましょう。」
クスクスと微笑みながらそう述べるアイリーン。
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勿論アレックスも例外ではなく、頬を赤く染めてフン!と鼻を鳴らした。
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「まぁ。」
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