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せめてもと執事がつけてくれた私専属の侍女は、私の2つ年下の可愛らしい女の子でした。
最初は他の皆と同じように私のことを疎んでおりましたが、何故か1週間もすれば自分から私の手伝いをしてくれるようになりました。
きっと全てを諦めて受け入れたのでしょう。
執事に頼んで専属の侍女の任を解いてもらおうかと提案しましたが、何故か彼女には頑なに断られてしまいました。
なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいです。
早く離縁なり出来れば良いのですけれど、生憎この結婚は政略的なものです。お金を求めた彼の公爵家と、高貴な家との繋がりを求めた我が侯爵家の。
出来ることならば、早く円満に離縁するべきなのですが…。
嗚呼、やはり私は我儘で自分勝手な女です。
こんな待遇でありながら、まだ彼のそばにいたいと願ってしまうのですから。
ある日のこと、私と彼は王宮へと呼び出されました。
理由は分かりません。けれどそれよりも、嫌々私を視界に入れなければいけない彼に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
侍女一人に身支度をして貰い、馬車の前で彼を待ちます。
私よりも数分遅れてやってきた彼は、やはり忌々しげに私の事を睨み、そして舌打ちをして馬車へと乗り込みました。
こうなることは分かっていました。
けれど…嗚呼。もう心は壊れたはずなのに、私の心が悲鳴をあげて泣き叫んでいます。
なのにどうしてでしょう。
今までであればこのまま心のままに泣いていたかもしれません。
そして更に鬱陶しがられていたことでしょう。
けれど今は、まるで心が泣いているのが他人事のように感じるのです。
心が壊れてしまったからでしょうか。
感情と、それに伴う表情が作れなくなってしまいました。
私はただいつものように微笑みを浮かべて、彼の向かいの席に座ります。
彼を見て荒ぶる私の心も他人事のように感じました。
あんなにも愛していたのに、私は冷たい女です。
王宮には、先月即位したという若い国王が視察に来ておりました。
どうやら私達はその国王の案内役、強いては監視役として呼び出されたようです。
隣国の国王に、私の二つ年上のこの国の国王と王妃、宰相や護衛の彼。どう考えても私は場違いな女です。
皆が私を積極的に見ることもありませんが、その表情は冷えきっているように感じました。
「お前、お前を俺の案内役に任命したい。」
隣国の国王の声でしょうか。
芯の通った、透き通るような美しい声です。
嗚呼そういえば、私はあの日以来彼の声も聞いていません。
私は存在を消すように彼の斜め後ろに立っていました。
私のような醜い女など、視界に入れたくないでしょうから。
「聞いているのか、リリア公爵夫人。」
突然手を取られ、私の視線は自然と正面へと向きました。
そこには彼のように整った顔立ちでこちらを見つめる男性がいます。
彼とは対称的な褐色肌に、白銀の腰まである長髪は絹のように美しい。
まさに絵に書いたようなその男性が隣国の国王だと理解するのに、そう時間は要しませんでした。
隣国はこの国よりも国土も国力も優れていて、それでいて国民は活発で平和な国です。
格下のこの国の一貴族である私が断ることなど出来ません。
「私で良ければ、喜んで。」
しかし私なんかで良いのでしょうか。
私は最低で自分勝手な悪女なのですから。
しかし不思議と、彼には人を惹きつけ有無を言わさぬ雰囲気を感じました。
カリスマ性というものでしょうか。
この後は高位貴族のみが参加する、隣国の国王を歓迎するパーティが開かれます。
本来ならば私は彼と参加するはずなのですが、彼には国王の護衛という任務があるため私は一人で参加することになりました。
会場の皆から受ける冷たい視線や悪意ある噂話にも私の心は動じません。
いえ、本当は心が傷ついています。
けれどもう壊れたものが傷ついたところで、私が悲しむことは無いでしょう。
盛大な音楽と共に現れた隣国の国王は、とても華やかに見えました。
何故だか国王の周りには色がついて見えるのです。
この灰色な私の世界で、国王だけが輝いて見えます。
隣国の国王はこの国の国王と共に階段を下りきると、そのまま真っ直ぐに私の元へとやって来ました。
「俺の傍にいろ。」
ひどく勝手な命令ですが、私は隣国の国王の言葉に逆らうことはできません。
国王は勝手な命令が許される人で、そして私は国王の雰囲気に呑み込まれてしまうから。
にこりと微笑んで国王から差し出された手を取りました。
ダンスのお誘いです。
嗚呼、まさか結婚してから一番最初のダンスパートナーが隣国の国王だなんて。
嫁いでからは社交場に姿を現しませんでしたから、嫁ぐ前に参加した夜会でのダンスが最後なのです。
上手く踊れる自信はありませんでしたけれど、思いの外私の体は物覚えが良いようです。
そして隣国の国王のリードがとても自然で上手なこともあり、私は醜態を晒さずに踊りきることが出来ました。
「君は何をそんなに嘆いている。」
踊り切った時、彼の周りでは多くの人が拍手をしていました。
流石に来賓の方がいる時まで私の噂をする度胸はないようです。
でもこれで、また新たな噂が出来上がるでしょう。
美しい公爵様に留まらず、隣国の国王にまで手を出した尻の軽い毒婦だと。
私に味方はおりません。
この国の国王の傍に立つ彼は、酷く冷たい顔でこちらを睨んでいました。
貴方の視界に写ってしまってごめんなさい。
でも私にはどうすることも出来ないのです。
私は何か飲み物を取ってくると言って傍を離れた隣国の国王を置いて、外の空気を吸おうとバルコニーに出ました。
外に出てしまえば中の喧騒など聞こえません。
私なんていっその事、このまま闇に消えてしまえば良いのに。
心が壊れてしまえば満足に泣くこともできないのです。
最初は他の皆と同じように私のことを疎んでおりましたが、何故か1週間もすれば自分から私の手伝いをしてくれるようになりました。
きっと全てを諦めて受け入れたのでしょう。
執事に頼んで専属の侍女の任を解いてもらおうかと提案しましたが、何故か彼女には頑なに断られてしまいました。
なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいです。
早く離縁なり出来れば良いのですけれど、生憎この結婚は政略的なものです。お金を求めた彼の公爵家と、高貴な家との繋がりを求めた我が侯爵家の。
出来ることならば、早く円満に離縁するべきなのですが…。
嗚呼、やはり私は我儘で自分勝手な女です。
こんな待遇でありながら、まだ彼のそばにいたいと願ってしまうのですから。
ある日のこと、私と彼は王宮へと呼び出されました。
理由は分かりません。けれどそれよりも、嫌々私を視界に入れなければいけない彼に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
侍女一人に身支度をして貰い、馬車の前で彼を待ちます。
私よりも数分遅れてやってきた彼は、やはり忌々しげに私の事を睨み、そして舌打ちをして馬車へと乗り込みました。
こうなることは分かっていました。
けれど…嗚呼。もう心は壊れたはずなのに、私の心が悲鳴をあげて泣き叫んでいます。
なのにどうしてでしょう。
今までであればこのまま心のままに泣いていたかもしれません。
そして更に鬱陶しがられていたことでしょう。
けれど今は、まるで心が泣いているのが他人事のように感じるのです。
心が壊れてしまったからでしょうか。
感情と、それに伴う表情が作れなくなってしまいました。
私はただいつものように微笑みを浮かべて、彼の向かいの席に座ります。
彼を見て荒ぶる私の心も他人事のように感じました。
あんなにも愛していたのに、私は冷たい女です。
王宮には、先月即位したという若い国王が視察に来ておりました。
どうやら私達はその国王の案内役、強いては監視役として呼び出されたようです。
隣国の国王に、私の二つ年上のこの国の国王と王妃、宰相や護衛の彼。どう考えても私は場違いな女です。
皆が私を積極的に見ることもありませんが、その表情は冷えきっているように感じました。
「お前、お前を俺の案内役に任命したい。」
隣国の国王の声でしょうか。
芯の通った、透き通るような美しい声です。
嗚呼そういえば、私はあの日以来彼の声も聞いていません。
私は存在を消すように彼の斜め後ろに立っていました。
私のような醜い女など、視界に入れたくないでしょうから。
「聞いているのか、リリア公爵夫人。」
突然手を取られ、私の視線は自然と正面へと向きました。
そこには彼のように整った顔立ちでこちらを見つめる男性がいます。
彼とは対称的な褐色肌に、白銀の腰まである長髪は絹のように美しい。
まさに絵に書いたようなその男性が隣国の国王だと理解するのに、そう時間は要しませんでした。
隣国はこの国よりも国土も国力も優れていて、それでいて国民は活発で平和な国です。
格下のこの国の一貴族である私が断ることなど出来ません。
「私で良ければ、喜んで。」
しかし私なんかで良いのでしょうか。
私は最低で自分勝手な悪女なのですから。
しかし不思議と、彼には人を惹きつけ有無を言わさぬ雰囲気を感じました。
カリスマ性というものでしょうか。
この後は高位貴族のみが参加する、隣国の国王を歓迎するパーティが開かれます。
本来ならば私は彼と参加するはずなのですが、彼には国王の護衛という任務があるため私は一人で参加することになりました。
会場の皆から受ける冷たい視線や悪意ある噂話にも私の心は動じません。
いえ、本当は心が傷ついています。
けれどもう壊れたものが傷ついたところで、私が悲しむことは無いでしょう。
盛大な音楽と共に現れた隣国の国王は、とても華やかに見えました。
何故だか国王の周りには色がついて見えるのです。
この灰色な私の世界で、国王だけが輝いて見えます。
隣国の国王はこの国の国王と共に階段を下りきると、そのまま真っ直ぐに私の元へとやって来ました。
「俺の傍にいろ。」
ひどく勝手な命令ですが、私は隣国の国王の言葉に逆らうことはできません。
国王は勝手な命令が許される人で、そして私は国王の雰囲気に呑み込まれてしまうから。
にこりと微笑んで国王から差し出された手を取りました。
ダンスのお誘いです。
嗚呼、まさか結婚してから一番最初のダンスパートナーが隣国の国王だなんて。
嫁いでからは社交場に姿を現しませんでしたから、嫁ぐ前に参加した夜会でのダンスが最後なのです。
上手く踊れる自信はありませんでしたけれど、思いの外私の体は物覚えが良いようです。
そして隣国の国王のリードがとても自然で上手なこともあり、私は醜態を晒さずに踊りきることが出来ました。
「君は何をそんなに嘆いている。」
踊り切った時、彼の周りでは多くの人が拍手をしていました。
流石に来賓の方がいる時まで私の噂をする度胸はないようです。
でもこれで、また新たな噂が出来上がるでしょう。
美しい公爵様に留まらず、隣国の国王にまで手を出した尻の軽い毒婦だと。
私に味方はおりません。
この国の国王の傍に立つ彼は、酷く冷たい顔でこちらを睨んでいました。
貴方の視界に写ってしまってごめんなさい。
でも私にはどうすることも出来ないのです。
私は何か飲み物を取ってくると言って傍を離れた隣国の国王を置いて、外の空気を吸おうとバルコニーに出ました。
外に出てしまえば中の喧騒など聞こえません。
私なんていっその事、このまま闇に消えてしまえば良いのに。
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