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「テオ?」
私の頭の上に置かれていたダニエルお兄様の手は傍にいたテオによって叩き落とされてしまいました。
不思議に思ってテオの顔を見上げれば、その瞳は明らかにダニエルお兄様への憎しみの炎を宿しています。
育ち盛りのテオよりも背が高いダニエルお兄様は叩かれた手を擦りながら、その華やかなお顔に感情のない笑みを貼り付けました。
嗚呼、そういえばこの2人は仲が悪いのでしたね。
すっかり忘れていましたわ。
「この前の躾が足りなかったか?」
ダニエルお兄様から放たれた殺気にテオは怯み、そして十分な間を置くと舌打ちをしてその場を去っていきました。
きっとこの間の兄弟喧嘩の傷がまだ癒えていないのでしょう。
前回の兄弟喧嘩は今までで一番壮絶でしたわ。私がその場にいなかったのが悔やまれますけれど、何でもダニエルお兄様の言葉によってテオの精神が破壊されかけたとか。
その後の数週間、テオは自室に籠りきりでしたの。
体の内面、主に精神への傷は、外傷のようにそう簡単に治ることはありません。きっとテオの中では既にダニエルお兄様がトラウマとなっているのでしょう。
精神が崩壊する程の言葉を浴びせるなんて、やっぱりダニエルお兄様は素晴らしい方です。ぜひ私にも伝授して欲しいものですわ。
「ライラはこの後予定が?」
「ええ、この後はダンスレッスンがありますの。」
2人にきりになった廊下を歩きながら、何気無い会話をします。
ダニエルお兄様は突然襲ってくることもなければ私の意思を無視したこともしません。
この家で唯一安心して傍にいられる貴重な存在です。
「それは残念だね。ではまた夜に。」
「はい。楽しみにしております。」
ダニエルお兄様は私を自室まで送り届けて下さいました。
私は彼の姿が見えなくなるのを確認すると部屋に戻り、メイドを呼び出します。
「お呼びでしょうか。」
「紅茶を入れて下さるかしら。あと今宵はダニエルお兄様のお部屋で寝るから、準備をよろしくお願いしますね。」
恭しくお辞儀をして出ていったメイドを一瞥し、ソファに深く腰を下ろします。
手足の痙攣、眩暈といった毒の副作用のせいで、先程から倒れてしまいそうです。いっその事、意識を失ってししまえたらどんなに楽なことか。
けれどそんなことをしては私の必要性が疑われてしまいます。
お父様にとって有用であることを示さなければ簡単に処分されてしまうでしょう。
嗚呼、疲れましたわね…。
「…早く楽になりたいですわ。」
先に逝った兄妹達が羨ましいです。
ポツリと零れた私の本音を聞いたものはいません。
もし誰かに聞かれていれば、私はブラックロペス公爵家の娘としての素質を疑われてしまうでしょうね。
私はメイドが持ってきた紅茶を飲むと、ダンスの講師が待っている部屋へと向かいました。
「完璧でございます、お嬢様。」
「ありがとうございます。ふふ、これも先生のお陰ですわ。」
数時間のダンスレッスンを終え、今はダンスの先生とティータイムを楽しんでおります。
先生は我が公爵家派閥の侯爵夫人です。この屋敷には週に2.3度訪れて、私にダンスやマナーといった基本的な所作を教えて下さります。
正直もう立っていることも辛いのですが、ここまで来るとその苦痛すら快感に思えてきますわね。
先生との当たり障りのない会話を楽しんでいると、メイドが小さな箱を持って部屋へと入ってきました。
「ライラお嬢様。ローズ様からのプレゼントです。」
「まぁ!ローズお姉様からですの。」
真っ赤なリボンでラッピングされたプレゼントを運んできたのはローズお姉様の専属メイドです。普段はローズお姉様と共に王宮にいるはずですから、態々公爵家まで届けに来てくれたようです。
「王宮から態々ありがとうございます。」
私は少し小さなそのプレゼントを受け取ると、その場でラッピングのリボンを解き始めました。
「私が見てもよろしいのですか?」
「ええ、構いませんわ。」
楽しいことは皆で共有しましょう?
人好きのする笑顔でそう言えば、先生もローズお姉様の専属メイドもその場に残りました。
ラッピングが解けた真っ黒な蓋を持ち上げると、中身を見た二人の表情は凍り付きました。
「まぁ、あらあら。」
私一人だけが、その箱の中身を見てクスクスと笑います。
中に入っていたのは蛆の湧いたネズミの死骸だったのです。
「ローズお姉様ったら、遊び心がありますわね。」
きっと私が屋敷で退屈してると思ってプレゼントしてくださったのね。有難いですわ。
ですが流石に蛆の湧いたネズミの死骸というものは臭いですわ。
私は蓋を閉めると、沈痛な面持ちのメイドにそれを渡しました。
「嬉しいプレゼントでしたけれど、流石に臭いですわ。ローズお姉様には悪いですが、捨てといて下さいな。」
「ッライラお嬢様!申し訳ありません!!」
メイドはそう言って深く頭を下げました。
果たしてこのメイドはプレゼントの中身を知っていたのでしょうか。
まぁそんな些細なこと、私には関係ありませんわね。
「ローズお姉様に伝えといてくださる?とても可愛いプレゼントをありがとうございます、と。」
メイドは再び深くお辞儀をすると、逃げるように部屋を出ていきました。
私の目の前に座る先生は顔色がよくありません。
嗚呼、もしかして匂いに当てられてしまったのかしら。
それにしても…お返しは何にしましょうね。
私の頭の上に置かれていたダニエルお兄様の手は傍にいたテオによって叩き落とされてしまいました。
不思議に思ってテオの顔を見上げれば、その瞳は明らかにダニエルお兄様への憎しみの炎を宿しています。
育ち盛りのテオよりも背が高いダニエルお兄様は叩かれた手を擦りながら、その華やかなお顔に感情のない笑みを貼り付けました。
嗚呼、そういえばこの2人は仲が悪いのでしたね。
すっかり忘れていましたわ。
「この前の躾が足りなかったか?」
ダニエルお兄様から放たれた殺気にテオは怯み、そして十分な間を置くと舌打ちをしてその場を去っていきました。
きっとこの間の兄弟喧嘩の傷がまだ癒えていないのでしょう。
前回の兄弟喧嘩は今までで一番壮絶でしたわ。私がその場にいなかったのが悔やまれますけれど、何でもダニエルお兄様の言葉によってテオの精神が破壊されかけたとか。
その後の数週間、テオは自室に籠りきりでしたの。
体の内面、主に精神への傷は、外傷のようにそう簡単に治ることはありません。きっとテオの中では既にダニエルお兄様がトラウマとなっているのでしょう。
精神が崩壊する程の言葉を浴びせるなんて、やっぱりダニエルお兄様は素晴らしい方です。ぜひ私にも伝授して欲しいものですわ。
「ライラはこの後予定が?」
「ええ、この後はダンスレッスンがありますの。」
2人にきりになった廊下を歩きながら、何気無い会話をします。
ダニエルお兄様は突然襲ってくることもなければ私の意思を無視したこともしません。
この家で唯一安心して傍にいられる貴重な存在です。
「それは残念だね。ではまた夜に。」
「はい。楽しみにしております。」
ダニエルお兄様は私を自室まで送り届けて下さいました。
私は彼の姿が見えなくなるのを確認すると部屋に戻り、メイドを呼び出します。
「お呼びでしょうか。」
「紅茶を入れて下さるかしら。あと今宵はダニエルお兄様のお部屋で寝るから、準備をよろしくお願いしますね。」
恭しくお辞儀をして出ていったメイドを一瞥し、ソファに深く腰を下ろします。
手足の痙攣、眩暈といった毒の副作用のせいで、先程から倒れてしまいそうです。いっその事、意識を失ってししまえたらどんなに楽なことか。
けれどそんなことをしては私の必要性が疑われてしまいます。
お父様にとって有用であることを示さなければ簡単に処分されてしまうでしょう。
嗚呼、疲れましたわね…。
「…早く楽になりたいですわ。」
先に逝った兄妹達が羨ましいです。
ポツリと零れた私の本音を聞いたものはいません。
もし誰かに聞かれていれば、私はブラックロペス公爵家の娘としての素質を疑われてしまうでしょうね。
私はメイドが持ってきた紅茶を飲むと、ダンスの講師が待っている部屋へと向かいました。
「完璧でございます、お嬢様。」
「ありがとうございます。ふふ、これも先生のお陰ですわ。」
数時間のダンスレッスンを終え、今はダンスの先生とティータイムを楽しんでおります。
先生は我が公爵家派閥の侯爵夫人です。この屋敷には週に2.3度訪れて、私にダンスやマナーといった基本的な所作を教えて下さります。
正直もう立っていることも辛いのですが、ここまで来るとその苦痛すら快感に思えてきますわね。
先生との当たり障りのない会話を楽しんでいると、メイドが小さな箱を持って部屋へと入ってきました。
「ライラお嬢様。ローズ様からのプレゼントです。」
「まぁ!ローズお姉様からですの。」
真っ赤なリボンでラッピングされたプレゼントを運んできたのはローズお姉様の専属メイドです。普段はローズお姉様と共に王宮にいるはずですから、態々公爵家まで届けに来てくれたようです。
「王宮から態々ありがとうございます。」
私は少し小さなそのプレゼントを受け取ると、その場でラッピングのリボンを解き始めました。
「私が見てもよろしいのですか?」
「ええ、構いませんわ。」
楽しいことは皆で共有しましょう?
人好きのする笑顔でそう言えば、先生もローズお姉様の専属メイドもその場に残りました。
ラッピングが解けた真っ黒な蓋を持ち上げると、中身を見た二人の表情は凍り付きました。
「まぁ、あらあら。」
私一人だけが、その箱の中身を見てクスクスと笑います。
中に入っていたのは蛆の湧いたネズミの死骸だったのです。
「ローズお姉様ったら、遊び心がありますわね。」
きっと私が屋敷で退屈してると思ってプレゼントしてくださったのね。有難いですわ。
ですが流石に蛆の湧いたネズミの死骸というものは臭いですわ。
私は蓋を閉めると、沈痛な面持ちのメイドにそれを渡しました。
「嬉しいプレゼントでしたけれど、流石に臭いですわ。ローズお姉様には悪いですが、捨てといて下さいな。」
「ッライラお嬢様!申し訳ありません!!」
メイドはそう言って深く頭を下げました。
果たしてこのメイドはプレゼントの中身を知っていたのでしょうか。
まぁそんな些細なこと、私には関係ありませんわね。
「ローズお姉様に伝えといてくださる?とても可愛いプレゼントをありがとうございます、と。」
メイドは再び深くお辞儀をすると、逃げるように部屋を出ていきました。
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