悪女は毒花を食む

oro

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「はぁ…実に愉快な茶番劇でしたわ。」

私は込み上げてきた笑みを全て出し切ると、目尻に溜まった涙を拭い取りました。
嗚呼、久しぶりに面白いものが見れましたわ。
どうしてもずっと屋敷にいるとなると娯楽も限られてしまいますからね。
このように定期的に劇団を呼ぶのは面白そうです。
まぁ勿論お父様方に反対されるでしょうが。

「ライラねぇが楽しめたなら良かったよ。」

その言葉の割に、テオの顔は不満そうでした。きっとライアンお兄様に折角の玩具を取られて拗ねているのでしょう。

「テオもライアンお兄様も、お付き合い頂きありがとうございました。」

私は新しく運ばれてきた食事を食べ終わると、そうカーテシーをして食堂を出ました。
テオも着いて行きたい様子でしたが、午後には各々授業がありますのでここでお別れですわね。
その辺りを理解しているテオは、再び私の唇にキスをして別れの言葉を口にしました。
その際ライアンお兄様の持っていたナイフがテオの横を掠めましたが、きっと手が滑ったのでございましょう。
私も満足いく物が見れましたし、今日は良い日かもしれませんわ。


部屋に戻ると、メイドが消毒液の入った瓶を持ってやって来ました。用意周到ですわね。

「ライラ様。口内の傷を消毒なさって下さい。」

「分かりましたわ。」

私が口を開けると、メイドが霧状の消毒液を口内に散布します。
それにしても、

「今日は随分と口を傷つける日ね。」

「他にも傷を負ったのか?」

なんの気配もなく突然現れた声に、私もメイドも驚いて振り返りました。
気配も物音もなく扉の所に寄りかかっていたのはライアンお兄様です。
メイドは恭しく礼をすると、開いている扉から退室しました。
正直、ライアンお兄様と二人きりでいても、話すことなどないのですが…。
彼はメイドが退室すると扉の鍵を締め、私との距離を詰めてきました。
ただでさえ冷たいオーラと威圧感を放っているから近寄りたくないのに、二人きりでは余計に圧を感じざるを得ません。
しかし私は淑女の微笑みを保ったまま、彼の顔を見上げていました。
一体何を言い出すのでしょうか。
ストレス発散をするにしても、腕等の包帯で隠しようのある場所にして欲しいものです。

「昨日の仕事で傷を負ったのか?」

予想外の質問に、私はライアンお兄様の真意を測りかねました。
ただこのまま沈黙を貫くわけにもいかないので質問の答えを返します。

「そうですわ。私の体液を摂らせるためにッ…!!」

質問したのはライアンお兄様なのに、私の回答が終わるよりも先に唇を塞がれてしまいました。
執拗に口の中を舐め回されれば、閉じかけていた傷も開いてしまうものです。
彼が唇を離すと、私と彼の唇を血と唾液の混じった糸が繋いでいました。
嗚呼、ライアンお兄様とこんなにも触れ合うなんて、生まれて初めての経験です。
私は口の中に広がった鉄錆の香りを堪能しつつ、彼から距離を取るべく窓際へと向かいました。

「随分とあの義弟のことを気に入っているようだな。」

ライアンお兄様は唇や舌についた私の血をいやに官能的に舐め取りました。家族である私ですら思わず目を奪われてしまうのですから、きっと並の女性でしたら卒倒ものですわね。

「テオはたった1人の弟ですから。私のことも慕ってくれていますし。」

「それは親愛か?それとも恋愛か?」

はて、ライアンお兄様は私に何を聞きたいのでしょうか。やはり私如きには優れたライアンお兄様の考えは分かりませんわね。
あえて距離をとるために離れたのにも関わらず、彼は一歩一歩私の元へと歩み寄ってきました。
生憎背後は窓の為、いざと言う時はこの3階から飛び降りなければなりません。

「勿論親愛ですわ。」

私がそう答えると、ライアンお兄様は少し考えるような動作をし…そしてニヤリと冷たい笑みを浮かべました。
彼が笑っている姿を初めて見ましたが、出来ればもう二度と見たくはありませんわ。
だって笑っているのに怖いんですもの。官能的ではありますけれど、それ以上に冷たいオーラが出ています。
蛇に睨まれる蛙の気持ちというものが初めて分かりましたわ。

「お前はそう思っていても、あいつはどうだろうな。」

「…それはどういう…ッ!?」

一瞬で距離を詰められたと理解した時には、既に私の視界に映る景色は変わっていました。
どうやらライアンお兄様にベッドに押し倒され、組み敷かれてしまったようです。

私のことを無言で見つめる彼の瞳からはなんの感情も読み取れません。

「ライアンお兄様…?どうされたのです。」

私は努めて冷静に、私の上に乗るライアンお兄様に問いかけました。
しかし彼が私の問いに答えることはなく、その端整な顔が近づいてきたと思えばそのまま唇を奪われました。
先程よりも激しく執拗に、喉の奥まで舌を入れられれば流石の私も生理的な涙を止めることはできません。

「ふッ…んッ…。」

段々息苦しさを感じてきてライアンお兄様の体を押し退けようとしましたが、その手も押さえ付けられてしまいなす術はありません。
意識が朧気になっていく中、このまま窒息死させられるのではないかという考えが頭をよぎります。
嗚呼でも、家族に殺されるのならば構いませんわね。
薄れゆう意識の中、私は頭の片隅でそんな呑気なことを考えておりました。
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