史上最悪の王妃は2度目の人生を与えられました

oro

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母子対面

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「闇魔法が体に馴染んでいない。そのままでは魔法に体を蝕まれて死ぬぞ。」

「余計なお世話ね。」

学園の中庭での出来事。
話しかけてきた男の言う通り、その時私の体はかなり魔力に蝕まれていた。どこも痛くない日なんて存在しなかったし、気を抜けば自身の魔力を暴走させてしまいそうだった。

自分ならその痛みを取り除けると、その男は言った。
けれどその時の私は同じことを二度も言わせるなと、彼の元から立ち去った。
痛みを失うということは魔力を失うということ。
魔力を失えば、私はそこらの有象無象と同列ということになる。
そんなことは許されない。もしそんなことをすれば、永遠に両親から愛が注がれることはなくなってしまう。なんて、当時の私はそう信じていたから。



「…ス様、リリス様。奥様がお呼びです。」

未だ体調の優れぬ私を容赦無く起こしに来たのはカミラではない侍女だった。
…嗚呼そういえば、カミラには休暇を出していたんだっけ。
私は重い体を起こすと、部屋の隅にいた数人の侍女達に支度をするよう命じた。

母はいつだってそう。私のことを考慮しない。ただ自分の名誉のために私を利用する。
久しぶりに見た私の体は見違えるほど変わっていた。
まぁ最後に自分の容姿を見たのは前世でのことだから、変わっているのは当たり前なのだが。
しかし鏡に映る私の肌は青白く、やや痩せ過ぎているように感じる。確かにここ最近は闇魔法に体を蝕まれているせいでまともな食事が出来ていない。
目つきの悪さはそのままに、ただ幼くより弱々しくなっただけ。
侍女達のされるがままに赤いドレスを身に纏うと、私は本館で待つ母の元へと向かった。



コンコン

「奥様。リリス様をお連れ致しました。」

「入って頂戴。」

繊細な彫刻が施された扉を開け、私は部屋にいる母の元へと歩み寄った。
年齢を感じさせないその姿は、私の姉と偽っても通用するだろう。

「…どうやら闇魔法を上手く吸収出来たようね。」

母の第一声は闇魔法への言葉だった。私を呼び出したのは闇魔法を吸収した結果を見るためだったのだ。決して私の身を案じているわけではない。
しかし何故母が開口一番そう判断したのか、私は思い出した。
今目の前にいる母の髪はくすんだ金髪。私の髪も幼い頃は淡いクリーム色だった。しかし先程鏡に映った私の髪はラベンダーのような紫色。
これは闇魔法が体内に入ったことによる副作用的なものだ。
決して上手く吸収できた訳では無いが、そのことを伝える必要も無かった。

私は促されるまま母の向かいのソファへと座った。
母は私には目もくれず、目の前に置かれた書類に目を通していた。

「1年後、貴女を魔法学園に入学させるわ。これからはその為の教育を受けてもらう。我がベネット公爵家の令嬢として、決して恥を晒さないようにね。」

私は母からの眼差しを、視線を感じたことがない。
前世の私はそのことを、母が私に余計な緊張させまいと考慮しているからだと思い込んでいた。
どこまでも盲目に両親の愛を求めていたから、そう思い込もうとしていた。
けれど今ならわかる。それらは全て無駄なことなのだと。
どれだけのことをしようが、彼らにとって私は名誉を得るために利用している物に過ぎないのだから。

…そういえば、この部屋をあまり見た事はなかったわね。
前世ではいつも、目の前の母だけに集中していたから。
壁際に飾られた無機質な花を見つめていると、ふとある考えが浮かんだ。
一体私は、どれだけのわがままが許されるのだろうか、と。

前世の幼少期は両親の愛が遠ざかることを恐れ、何の我儘も口にできなかった。しかし両親の元を離れてからは、私の要望のほとんどが通るようになった。
こんなにも簡単なことがなぜ出来なかったのか、と、前世で王妃になった私はよく考えていた。


「…私、社交について学びたいですわ。」

重い沈黙を破るべく放った言葉は、思いの外軽いものだった。
ただじっと壁際の花を見つめていれば、私には慣れない視線が注がれる。….嗚呼、頭が痛い。

「必要の無いものに時間を費やすほど暇じゃないわ。」

母からの一言は冷たかった。
しかし私は慣れている。寧ろカミラの様な愛のこもった言葉の方が慣れない。

「私はベネット公爵家の名を背負い、学園へと入学致します。けれどお母様は私が社交のマナーを知らず、周囲から馬鹿にされても良いとお考えですのね。」

前世とは違い、今はもう両親から見放されることを恐れてはいない。
今も初めて口答えする娘に冷たい視線を送る母を見ても、何も感じない。
私はただ…ただ前世とは違って………



…私は、何のためにこの楽しくもない人生を二度も生きているのかしら。

私には今も昔も、生きる意味なんてないのに。
ぶちッ
耳の近くで何かが裂ける音が聞こえた。それと同時に、私の視界は上下逆転する。
私の視界には驚きと恐怖に顔を歪める母が映った。

「嗚呼、お母様。なんて歪で醜いお顔をなさっているの。」

なんて面白いのかしら。
私は堪えきれない笑いを零し、そして視界の隅で不規則に動く闇を捉えた。
どうやら闇魔法が暴走してしまったらしい。
冷静な頭でそう考えながら、私は自分の死を確信した。
嗚呼、こちらもまた、痛くも痒くもない死に方なのね。

2度目の自分の死は確定した。
だからこそ私は外に出たい。私の足はゆっくりと本館の玄関へと向かった。不思議と頭も首がちぎれかかったまま固定されている。

日を浴びて、風に吹かれて、そして足が疲れるまで歩き回る。
そんな簡単なことが、私はずっと許されなかった。
公爵令嬢である限り、王妃である限り。
でも、今の私はもう自由なのよ。



私の住む塔とは違い、廊下の窓からは日差しが差し込んできていた。
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