異世界にスマホを持ち込んだら最強の魔術使いになれたんで、パーティーを追放された美少女と一緒に冒険することにしました

駆威命(元・駆逐ライフ)

文字の大きさ
上 下
87 / 90

第85話 失いたくない、失いたくない、失いたくないっ

しおりを挟む
「アウロラぁぁぁっ!!」

 俺は体を起こすと、そのままアウロラに駆け寄り、彼女の体を抱える様にかき抱く。

 アウロラの額には虹の魔石が張り付き、その周囲には植物が根を張っているかの様に血管が浮き出ている。間違いなくアウロラは魔王に取り憑かれていた。

 俺の腕から流れる血がアウロラの服を汚していくのを見たアウロラが、震える手で俺の腕を掴む。

「ナオ……ヤ。傷、死んじゃうよ……」

 アウロラはこんな時だというのに、俺の身を案じてくれていた。

 自分が自分でなくなる恐怖はどれほどのものだろうか。間違いなくアウロラの方が辛いはずなのに。

「自分の心配をしろよ」

 俺はアウロラの体をゆっくりと地面に横たえてからスマホを操作して、治療用の魔術式で最低限の血止めを行う。

 腕の肉がえぐれているせいか、右手の小指と薬指は動かないままだったが、まだ三本は動くのだから問題はない。その手を額の魔石へと伸ばして――。

「いけませんっ!!」

 大きな黒いうろにも見える、泥の塊を魔法で抑えながら、ヴァイダが鋭い警告を飛ばしてくる。

「触れた場所から浸食してくるのですよ!? ナオヤ様が乗っ取られてしまうかもしれません」

「…………」

 一瞬その意味を考えてから、俺は止めていた手を再度動かす。

「アウロラが助かるだろ。ならそれで――」

「だめ……」

「いけませんっ!」

 俺の手を、弱々しいアウロラの手が、ヴァイダの声が押し留める。

「あなたが奪われれば世界が滅ぶっ」

「そうだよ、ナオヤ。ナオヤは、人間なのに魔族や魔王を倒しちゃったんだよ?」

 二人の言いたいことは分かる。

 もし俺が乗っ取られてしまったらどうなるか。俺の知識を使って魔王が好き放題すれば、世界が終わってしまうということなのだろう。

 確かにそうだ。日本人の俺には教育として忌まわしいある兵器の存在が刻まれている。ある程度の理屈と、それに使われる物質の事も。

 その知識だけでは早々に再現することは不可能だろう。だが、電子、陽子、中性子の数が分かっているのだから、錬金術の様な事を魔法で引き起こせるこの世界ならばいずれたどり着くことも可能だろう。

 そうなれば、今アウロラが助かったとしても、いずれそう遠くないうちに死が待っている。

 分かっている、分かっていた。そんな事は理解しているのだ。

 それでも俺は、大切な彼女を助けたかった。

 冷静な自分が止めろと言い、情熱的な俺が彼女を救えとけしかける。

 二人の自分が俺の中で相争い……。

「とりあえず、直接触らない方法で取れないか試してみるからな」

 第三の道を探る事にした。

 アウロラのポーチを探り、ナイフを取り出す。

「俺を――」

「信じてる」

 言葉を奪われてしまったが悪い気はしない。

 俺はそのままナイフを魔石と皮膚の間に滑り込ませる。

 だが、完全に癒着しているのかビクともしなかった。

 少し強く力を籠めるが、全く剥がれる様子すらない。

「ヴァイダさん」

「無理ですっ」

 魔法でならば取れるかと思ったのだが、懸命に泥相手に格闘している最中だ。アウロラに余分な力を回す余裕はないだろう。

 皮膚を切り裂くしかないかと判断して、アウロラの額に刃を当てる。

「アウロラ。気をしっかり持ってくれ。絶対、絶対助けるから」

「……うん」

 俺の胸元にアウロラの手が添えられる。これからすることは拷問に近いのだから、拒絶しても当たり前なのに、彼女は素直に身を任せてくれた。

 俺は心の中で何度も謝りながら、ナイフに力を入れる。

「ぐぅっ」

 くぐもった声がアウロラの喉の奥から漏れ、しっかりと引き結ばれた唇からは血の気が引いていった。

 アウロラを傷つけたくなくて緩みそうになる手を叱りつけ、更に力を籠め、額の皮膚を剥ぎ取っていく。

 そうして半分くらいにまで差し掛かった瞬間。

 魔石から黒い体液の様なものがどろりとあふれ出し、意思を持つアメーバのように蠢くと、ナイフを巻き込みながらアウロラの額にへばりついていく。

 この黒い体液を、俺は見たことがあった。

 サラザールの体に流れていた物と全く同じものだ。

「てめぇ……」

 黒い液体はゴリゴリと音を立ててナイフの刃を喰らう。

 この手段では無理だった、なら――。

 俺は覚悟を決めると、スマホを弄ってブラスト・レイ――光線の魔術を選択する。頭を掠めるように放てばあるいはと思い、魔石に向けて手をかざす。

 もしかしたら魔術の制御をミスってアウロラを死なせてしまうかもしれない。まったく効果が無くて彼女を苦しめるだけかもしれない。そんな不安が俺を苛んでいくが、それを無理やり封じ込めると……。

≪ブラス――≫

『待て』

 地の底から響いてくる様な、野太く威圧感に満ちた声。間違いない、魔王のものだ。

『我に何かをすれば、この人間を殺す』

「……てっ……めえ……」

 それは魔王からの脅し。アウロラを人質にしたとの宣言だった。

「ふざけるな! お前を吹き飛ばせば終わりなんだよ、黙ってろ!」

『もう我の闇の一部がこの人間に入り込んだ。我の命一つで、この体を喰い破るぞ』

 魔王の言葉など聞いてはいけない。無視して魔術を叩き込め。

 そんな事分かっているのに、もしもが俺の中で渦巻いて邪魔をする。

「人間如きに人質を取るとか魔王としての誇りはねえのかよ!」

『敗者の泣き言にしか聞こえぬな。我はこのままこの体で復活を果たす。それだけだ』

 くそ……。挑発で奴をアウロラから引き離すことは無理だ。

 考えろ、何か手段があるはずだ。

 逆転の一手なんて都合のいいものは無いかもしれないが、それに迫るものを。

 俺の頭は高速で回転を始め、答えを求めて記憶の奥深くまで探っていく。

 何かないか、何か――。

「ヴァイダさん」

 ――あった。

「はい?」

「虹の魔石を一つ、持っていましたよね」

 息を飲む音が聞こえる。

 ヴァイダも俺の考えを察したのだろう。

 彼女の目の前には巨大な破壊の力――魔王そのものが作り出した、全てを飲み込む闇が存在する。

 そして、13個に分かたれた魔王の魂が二つ。

 一つはアウロラの額に。もう一つは、意思を失ってただの物になり果てている。

「魔王、取引だ。お前がアウロラの中から出てくれば、もう一つのお前の魂を破壊しない。だが出てこないというのならば、今すぐ破壊する」

 13個あるうちのたった一つでも失われてしまえば完全な形での復活は出来ないだろう。

 それは恐らく魔王も望まないはずだ。

「もし、出て来たのなら、お前もヴァイダさんが持っている魔石も、どちらともイリアスに渡す」

「ナオヤさんっ」

 ヴァイダからすれば、その提案は到底受け入れられないだろう。

 アウロラ一人の命を助けるために、魔王に自由を与えるのだから。

「ごめん、もう一度きちんと倒すから、ここは譲ってほしい」

「…………」

 ヴァイダは答えない。答えないが、それ以上何も言わないでいてくれた。

 ありがとうと心の中で伝えつつ、虹の魔石――魔王の本体へと選択を迫る。

 しかし――。

『――我が貴様と取引することはない』

 返って来た答えは絶望でしかなかった。

「お前は、自分の力を取り戻さなくていいのか!?」

『貴様が信用できぬ。約束を違えぬという保証がない。ならば、受け入れるわけにはいかぬ。力を失う事は痛いが、この場で我が復活すれば――』

「それはあまりにも器が小さすぎるのではありませんか、魔王様」

 涼やかな声が、俺と魔王の間に割って入った。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

異世界転生!ハイハイからの倍人生

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は死んでしまった。 まさか野球観戦で死ぬとは思わなかった。 ホームランボールによって頭を打ち死んでしまった僕は異世界に転生する事になった。 転生する時に女神様がいくら何でも可哀そうという事で特殊な能力を与えてくれた。 それはレベルを減らすことでステータスを無制限に倍にしていける能力だった...

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

14歳までレベル1..なので1ルークなんて言われていました。だけど何でかスキルが自由に得られるので製作系スキルで楽して暮らしたいと思います

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕はルーク 普通の人は15歳までに3~5レベルになるはずなのに僕は14歳で1のまま、なので村の同い年のジグとザグにはいじめられてました。 だけど15歳の恩恵の儀で自分のスキルカードを得て人生が一転していきました。 洗濯しか取り柄のなかった僕が何とか楽して暮らしていきます。 ------ この子のおかげで作家デビューできました ありがとうルーク、いつか日の目を見れればいいのですが

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います

しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。

処理中です...