異世界にスマホを持ち込んだら最強の魔術使いになれたんで、パーティーを追放された美少女と一緒に冒険することにしました

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第68話 戦いが終わる時

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 コキュートスも恐らく分かっているはずだ。

 俺たちは三人になってしまったのだから。

 三人目が人間と勘違いした、などという事は無いだろう。今この場に居る存在は、俺とアウロラ、ヴァイダとゼアルの二人と二柱だけ。

 いくら熱探知で、その存在がどんな存在か理解できないとしても、俺たちが天使と合流したと理解できないほど馬鹿ではないはずだった。

 しかしそれでも――コキュートスは俺たちの前に姿を現した。

 長い廊下の先から、ボロボロの体を再生させつつゆっくりと歩いてくる。その瞳は他の二人になど目もくれず、ずっと俺だけに向けられていて、会った時と変わらぬ憎悪を湛えていた。

「分かってるだろう? これ以上向かってくれば、お前は死ぬって」

 警告をしたところでコキュートスは止まらない。いや、止まれないのだろう。

 それほど大切な存在を、俺が奪ってしまったのだから。

 もちろん、俺が罪悪感に呑まれる必要などない。互いの利害がぶつかり合って、殺し合った結果なのだ。

 むしろ後悔した方が失礼かもしれない。

 いや、もしかしたら彼女は死に場所こそを求めているのかもしれなかった。

「だとしても、お前だけは道連れにする」

「……そうか」

 個人的にはこのコキュートスという魔族の事が嫌いではなかった。

 理由は彼女の態度にある。俺の事を一度も人間ごときと蔑まなかったのだ。

 もしかしたら、コキュートスと別の形で出会えれば、違う関係になれたのではないかと、そう考えてしまう。

 考えても仕方のない事なのだが。

「なら……お別れだ」

 俺は、背後に控えていたヴァイダへ道を譲る。

 コキュートスの命を奪うために。

 俺の背後で底の見えない不思議な笑顔を湛えていたヴァイダは、俺とアウロラを庇うように前に出ると、

「ナオヤ様はお優しすぎるのですよ。あれは、敵です」

 そう、強く断言してくれる。

 ただ事実を言っただけなのか、それとも……。

 そっと、俺の二の腕辺りに手を添えられる。

 横を向くと、アウロラが辛そうな、今にも泣き出してしまいそうな顔で俺を見上げていた。

「……そうですね」

 アウロラの手を握り返す。

 俺の手は、厚手の手袋で覆われている為、彼女の体温など伝わってこないはずなのに、不思議と温かかった。

「それではコキュートス様、ごきげんよう。実は私も何が起こるのかよく分かっておりませんので……」

 気配が、変わる。

 後ろに居るだけだというのに、思わず息が詰まりそうになるほどの圧迫感が、ヴァイダの全身から迸った。

「貴女で試させていただきます」

 ヴァイダの目の前の空間が歪み、そこから巨大な氷――コキュートス自身が作り出した、固体化した大気の塊――が複数個、姿を現す。

 それは、ゼアルの障壁と似たような輝きを放つ泡のような物が周囲を覆っていて、外からは窺い知れないが、内部は相当な圧力がかかっている筈だった。

 ヴァイダが指をパチンと鳴らすと、泡の内部に存在する氷が粉々に砕け散る。

 泡の中では粉々になった氷片が、ヴァイダの魔力にかき混ぜられ、暴れ回り、自らを覆う泡に、まるで意志を持つ存在の様に喰らいつく。

 そして――泡が、爆ぜた。

「はぁぁぁっ!」

 コキュートスが雄叫びを上げながら、破れかぶれの突貫を敢行する。

 彼女は死を覚悟しているのか、もはや防御する意志すらない。

 その目標は――やはり俺だった。

 しかし、その突撃が俺に届くことはない。

 泡から零れ落ちた氷片は、ヴァイダの命に従って竜の様に体をくねらせながらコキュートスを飲み込んでいく。

 それだけでは終わらない。圧力から解放された事で、固体化していた窒素はすぐに溶けて液体となり、更に蒸発して気体と化す。その際、周囲の熱……コキュートスの体から熱を奪い、引きずり出し、喰らっていった。

 その温度は如何ほどだろう。絶対零度にも迫る極寒が形成されている事は確かだ。

 その中では全ての物質が運動を止める。

 当然、生命すらも。

 吹き荒れた極寒の風が十分に暴れ回って満足し、俺の作った穴から外へと出ていった時には、見える景色全てが凍り付いてしまっていた。

 俺とアウロラは影響範囲外に居た上にヴァイダとゼアル二人の天使から守ってもらっていたため、寒さすら感じなかったのだが。

「終わったの?」

 あまりにもあっけない幕切れなせいか、アウロラがぽつりと疑問を漏らす。

「ああ」

 俺は頷き、正面を指さす。

 熱エネルギーを全て剥ぎ取られたため、それしか残らなかったのだろう。

 そこには、氷の結晶の中で燦然と光を放つ、宝石級の魔石があった。

「ナオヤ様……」

 呆然といった感じでヴァイダが呟く。

 こちらもアウロラと同じで信じられないのだろうか。

 俺は苦笑しながらもう一度魔石を指さして……。

「あれがコキュ……」

「私の観測限界を越えてしまいました……」

 そっちかい。

 ……ヴァイダさんらしいと言えばらしいんだけど。

「私にこの様な事が出来たのですね……」

「まあ、そうですね」

 実はそう大したことではなく、エアコンの内部で行われている事を、魔法を使ってより大規模に行っただけだ。

「ちょっと、すみません」

 俺はヴァイダとの会話を遮ると、魔石の前に立つ。

 魔石を覆っている大気が凍って出来た結晶は、ひりつくような冷たさを放射しているが、それでも構わず両目を閉じる。

 この世界で、魔族の死に対する作法は知らないため、合掌の類はしないでおく。

 そして――、

「あの世でイフリータに会えるといいな」

 俺は彼女の死に対して敬意を払った。

「ナオヤ様。敵に対して同情しすぎるのは辛いですよ」

「分かってる」

 それでも、だ。

 できれば死に対して鈍感にはなりたくない。

 俺は十分に祈ってから目を開ける。

「アウロラ」

 俺の腕を掴んだままだった少女は、俺と同じ様に黙とうを捧げてじこまんぞくにつきあってくれていた。

 心の中で、彼女に感謝を言ってから、俺の右腕を掴んでいる彼女の手に、俺の手を重ねようとして……ヴァイダに見られている事に気付いたため、そのままアウロラの頭の上に乗せる。

 ちっこくて頭頂部が俺の肩口程度にしかないためとても乗せやすかった。

「片付けるの大変そうだよな」

 ふえ? と愛らしい声を上げながら、アウロラが開いたばかりの綺麗な目で見詰めてくる。

「そうですねぇ。宮殿がまるごと氷漬け。ナオヤ様が穴だらけにし、アウロラ様が火をつけて、私も先ほどひと区画を吹き飛ばしましたから……」

 ついでにコキュートスが壁をぶち破りまくっている。

 被害総額は天文学的な単位になりそうだった。

 ……まさか、まさか請求されないよね? 俺、襲って来た魔族を倒したのよ……って、俺に復讐に来たんだった。

 やべ、これって俺がこの国を巻き込んだ感じなのかな。

 じゃあ、賠償金!?

 なんて最悪な可能性が頭をよぎり、俺の顔面からサーッと血の気が引いていく。

「ナオヤ様。私が口添えをして差し上げましょうか。賠償金は御嫌でしょう?」

 また心が覗かれた、なんてことは気にしている暇などなかった。

「お願いします!」

 ゼアルは多分俺の事を庇ってくれると思うが、ヴァイダも加われば更に心強い。

 借金王になるなんて事態にはならないだろう……多分。

 最悪、宝石級の魔石が手に入ったという事でチャラにしてもらおう。

 トドメ刺したのヴァイダさんだからどれだけ俺に権利があるか分からないけど。

 ああくそ。なんかこの世界に来たらお金が俺の前を通り過ぎていくこと多くないか!?

「口添えする代わりにですね、私の実験に付き合っていただく事をじょうけ――」

「付き合います付き合います! なんでも何度でも付き合います!」

 俺はシュバッとヴァイダの方へと向き直り、両手を合わせて必死にお祈りする。

 もう、神様天使様ヴァイダ様って感じだ。

「だから賠償を払わないといけない事態だけは回避したいです!」

「そうですか。それじゃあ私との実験に付き合うという事でよろしいですね?」

「はい!」

 実験かあ。さっき観測できなかったとか言ってたから、今の冷凍サイクルに関して詳しくやるんだろうな。

 なんて考えて居たら、ぬっとヴァイダの顔が目の前に突き出される。

 眼鏡の奥で、彼女の瞳が悪戯っぽく輝くと、

「契約成立です」

 なんて言いながら、更に彼女の顔が迫って来て――。

「あーーーーっ!!」

 アウロラの悲鳴が上がる。

 生まれて初めて味わった唇の味は――覚えていない。
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