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第27話 助けた人
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目の前にある木製の扉をノックすると、コンコンッと小気味のいい音が鳴る。
「イリアスさん、いらっしゃいますか?」
俺はいくらかの食料を手に、壁の外に在るイリアスさん達の拠点を訪れていた。
アウロラが居ないのは今頃シュナイドにみっちりと魔術を叩き込まれているからだ。
しばらく待つと、は~いと思っていたよりも明るい返事が聞こえてくる。
「はいはい、なんでしょう……ってナオヤさんじゃないですか!? あ、えっと、その……どうしましょう」
ノブが回転して扉が開き、中から目つきが鋭いわりに柔らかい性格の女性、イリアスが顔を出した。
何故か俺の顔を見た途端に、慌てて顔を撫でまわしたりパタパタと服をはたいている。
「皆さんの様子が気になったので、お見舞いと差し入れに来ました」
昨日は体力の限界に来ており、セイラムの中にまで運ぶことは出来なかったのだ。
とはいえ、この拠点は飲み水も保存食も揃っており、人数分のベッドもある。
ここで介護をしながら生活する分には何も問題はなさそうだった。
「そ、それはご丁寧にありがとうございます」
イリアスは何度もペコペコと頭を下げてお礼を言ってくれるのだが、そこまで恐縮されるのはどうにも居心地が悪い。
つい俺もいえいえと言いながら何故か頭を下げ返してしまったのは、日本人の血が為せる業であろうか。
「あの……その……な、中にお入りになられますか?」
「は、はい。そうさせていただければ……。お二人の様子を見に来た意味合いも強いですから」
「そ、そうですよね! わ、私ったらそんな事にも気付かず……すみません」
そう言うと、イリアスはまたもお辞儀を繰り返す。
どうにも生真面目というか色々と不器用な性格の女性である様だ。
聞いていないので定かではないが、恐らく年上のはずだが、ちょっと可愛いと思ってしまった。
「ど、どうぞお入りください。狭いですけど……その……」
「失礼します」
そんなに緊張されるとこっちも変に緊張してきちゃうじゃないか。
な、何も変な事とかしないし期待もしてないからねっ!
俺はやけに乾く唇を舐める……のは恥ずかしかったので口のなかに引き込んでから湿らせると、拠点にお邪魔させてもらう。
拠点そのものは木造二階建てのログハウスなのだが、手動式ポンプで井戸水を汲み上げる設備が整っていたりと色々な工夫がなされている。
さすが熟練パーティの拠点は違うなと感心するしかなかった。
「えっと、果物なんかはどちらに置けばよろしいでしょうか?」
「あっ、はいっ……えっと……」
イリアスはきょろきょろと辺りを見回した後、机の上に出しっぱなしになっていた調理器具や保存食の類を慌てて片付け始める。
「す、すみません。実はお料理苦手でして……」
「そうなんですか」
聞いてもいないのに言い訳をしてくるところを見ると本当に苦手なのかもしれない。それか俺に迷惑をかけていると思って焦っているのか……。
「わきゃっ」
壁の上部に設置されている戸棚へ干し肉を仕舞おうとした矢先、手でも当たってしまったのか、押し込まれていた別の食料がどどどっと雪崩を打ってイリアスの頭部を強襲する。
ぼこぼこっと結構痛そうな音が響き、
「いったぁ……」
イリアスは頭を押さえてうずくまってしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
俺は床に散らばった保存食を踏まないよう慎重に足を置く場所を選びながらイリアスの傍に駆け寄る。
何となく申し訳ない気持ちになっているのだが、同時にポンコツ可愛いなんて思ってしまうのは健全な男として仕方がないことなのだ。
「はい~。すみませぇ~ん」
涙目になりながら俺の事を見上げて来るイリアスは、なんかこう、ぐっとくるものがあった。
……あの時アウロラの言う事聞いてて良かったなぁ。
などと思いながら心の中でガッツポーズを作る。
「あの、一応俺の方が背、高いので入れるのやりますよ。渡して貰えますか?」
「で、ですがお客様にそんな事……」
遠慮しがちな性格のイリアスは、もっと強引にでもやってしまわないと進まないなと判断した俺は、リュックを下ろして手近な椅子の上に置き、イリアスの体を押しのけて戸棚の前に立つ。
「渡してください」
差し出した俺の手を、イリアスは不安そうな眼差しで見つめる。
「はい、早く」
手をひらひらさせて更に要求を重ねれば、
「……わ、分かりました」
イリアスが断り続けるはずが無かった。
おずおずといった感じで頷くと、床に転がったソーセージの端っこを持ち上げて手渡してくる。
それからしばらく、俺たちは片づけをしたり、俺の持ってきたリンゴの様な物をすりおろして流動食を作ったりしたのだった。
「やっぱり、意識は戻らないんですね」
作った流動食を手に、梯子をのぼって屋根裏の寝室にお邪魔させてもらう。
寝室には二段ベッドが二台、部屋の両端に並べられており、その一段目にそれぞれ女性が寝かされていた。
彼女たちはずっと瞳を見開いたまま、何もない虚空を見つめ続けている。
恐らく、夜も眠らずずっとこのままなのだろう。
以前彼女達がさせていた不快な臭いは、イリアスの懸命な介護のお陰か全くしない。大事に扱われている事がそれだけで分かった。
「そうなんですけど、こうして……」
言いながらイリアスは――黒髪に一筋の金髪が混じっているのが目を引く、男まさりな容姿をした――女性の背中に手を当てて軽く上体を起こすと、女性の口にすりおろしたリンゴを含ませる。
すると女性はゴクンと喉を鳴らしてリンゴを嚥下した。
「食べてくれるんですね」
「はい。これだけ、ですけど……」
そう言ってイリアスは少しだけ嬉しそうに微笑む。
無意識かもしれないが、女性は未だ生きようとする意志を見せているのだ。それが嬉しいのかもしれない。
そして――。
「そうですか……」
俺も、嬉しかった。
彼女たちは死んだ方がいいのかもしれないと思った自分が馬鹿みたいに思えてくる。
人間誰しも生きたいと思うのが当たり前なのだ。
俺は、十全ではなかったけれど彼女たちの命を救えた。彼女たちはこうして生きている。
その事実がただ、嬉しかった。
「俺も食べさせてあげていいですか?」
……なんか餌やりみたいな言い方だな。
「お願いします。一人だと大変なので、むしろ助かります」
じゃあ失礼して、ともう一人の女性を見て……思わず顔が引きつってしまう。
美しい金髪を扇のように広げて横たわっている女性は、とても……アウロラとは真逆の体つきをしているのだ。というか、その……豊満過ぎて触る場所がないというか、触ったらセクハラで訴えられそうなくらいえっちな体つきをしている。
ここに連れて来るまでは革の鎧でガチガチに固められていたため、こんな素敵すぎる体つきをしていたなんて分からなかったのだ。
……ぼんっきゅっばーんってこういう事を言うんだろうなと思わず納得してしまった。
「あのですね、すみません。世話する人を交代してもらっていいですか?」
「……いいですけど、何か問題でもあるんですか?」
はい、男の子として非常にゆゆしき問題がございます、なんて答える事はできない。俺は少し言い訳を探し……。
「えっと、俺、こういうのするの初めてなんで、途中からなら失敗しなくていいかな、とか思ったりですね」
結局見つけられず、言い訳になっていない言い訳をブツブツと呟きながら頭をガシガシと掻く。
イリアスはそんな俺をきょとんと見つめたまま小首をかしげながらも、
「……ええ、いいですけど」
受け入れてくれた。
「ありがとうございます」
俺は皿を危険な体つきをした女性の枕元に置くと、イリアスと場所を入れ替わる。
目の前に居る女性のとある部分は普通サイズ。見た目も男勝りな感じなので、申し訳ないが多少安全な気がしてしまう。
俺は大きく息を吐いてから、
「失礼します」
女性にリンゴを食べさせる作業に取り掛かったのだった。
「イリアスさん、いらっしゃいますか?」
俺はいくらかの食料を手に、壁の外に在るイリアスさん達の拠点を訪れていた。
アウロラが居ないのは今頃シュナイドにみっちりと魔術を叩き込まれているからだ。
しばらく待つと、は~いと思っていたよりも明るい返事が聞こえてくる。
「はいはい、なんでしょう……ってナオヤさんじゃないですか!? あ、えっと、その……どうしましょう」
ノブが回転して扉が開き、中から目つきが鋭いわりに柔らかい性格の女性、イリアスが顔を出した。
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昨日は体力の限界に来ており、セイラムの中にまで運ぶことは出来なかったのだ。
とはいえ、この拠点は飲み水も保存食も揃っており、人数分のベッドもある。
ここで介護をしながら生活する分には何も問題はなさそうだった。
「そ、それはご丁寧にありがとうございます」
イリアスは何度もペコペコと頭を下げてお礼を言ってくれるのだが、そこまで恐縮されるのはどうにも居心地が悪い。
つい俺もいえいえと言いながら何故か頭を下げ返してしまったのは、日本人の血が為せる業であろうか。
「あの……その……な、中にお入りになられますか?」
「は、はい。そうさせていただければ……。お二人の様子を見に来た意味合いも強いですから」
「そ、そうですよね! わ、私ったらそんな事にも気付かず……すみません」
そう言うと、イリアスはまたもお辞儀を繰り返す。
どうにも生真面目というか色々と不器用な性格の女性である様だ。
聞いていないので定かではないが、恐らく年上のはずだが、ちょっと可愛いと思ってしまった。
「ど、どうぞお入りください。狭いですけど……その……」
「失礼します」
そんなに緊張されるとこっちも変に緊張してきちゃうじゃないか。
な、何も変な事とかしないし期待もしてないからねっ!
俺はやけに乾く唇を舐める……のは恥ずかしかったので口のなかに引き込んでから湿らせると、拠点にお邪魔させてもらう。
拠点そのものは木造二階建てのログハウスなのだが、手動式ポンプで井戸水を汲み上げる設備が整っていたりと色々な工夫がなされている。
さすが熟練パーティの拠点は違うなと感心するしかなかった。
「えっと、果物なんかはどちらに置けばよろしいでしょうか?」
「あっ、はいっ……えっと……」
イリアスはきょろきょろと辺りを見回した後、机の上に出しっぱなしになっていた調理器具や保存食の類を慌てて片付け始める。
「す、すみません。実はお料理苦手でして……」
「そうなんですか」
聞いてもいないのに言い訳をしてくるところを見ると本当に苦手なのかもしれない。それか俺に迷惑をかけていると思って焦っているのか……。
「わきゃっ」
壁の上部に設置されている戸棚へ干し肉を仕舞おうとした矢先、手でも当たってしまったのか、押し込まれていた別の食料がどどどっと雪崩を打ってイリアスの頭部を強襲する。
ぼこぼこっと結構痛そうな音が響き、
「いったぁ……」
イリアスは頭を押さえてうずくまってしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
俺は床に散らばった保存食を踏まないよう慎重に足を置く場所を選びながらイリアスの傍に駆け寄る。
何となく申し訳ない気持ちになっているのだが、同時にポンコツ可愛いなんて思ってしまうのは健全な男として仕方がないことなのだ。
「はい~。すみませぇ~ん」
涙目になりながら俺の事を見上げて来るイリアスは、なんかこう、ぐっとくるものがあった。
……あの時アウロラの言う事聞いてて良かったなぁ。
などと思いながら心の中でガッツポーズを作る。
「あの、一応俺の方が背、高いので入れるのやりますよ。渡して貰えますか?」
「で、ですがお客様にそんな事……」
遠慮しがちな性格のイリアスは、もっと強引にでもやってしまわないと進まないなと判断した俺は、リュックを下ろして手近な椅子の上に置き、イリアスの体を押しのけて戸棚の前に立つ。
「渡してください」
差し出した俺の手を、イリアスは不安そうな眼差しで見つめる。
「はい、早く」
手をひらひらさせて更に要求を重ねれば、
「……わ、分かりました」
イリアスが断り続けるはずが無かった。
おずおずといった感じで頷くと、床に転がったソーセージの端っこを持ち上げて手渡してくる。
それからしばらく、俺たちは片づけをしたり、俺の持ってきたリンゴの様な物をすりおろして流動食を作ったりしたのだった。
「やっぱり、意識は戻らないんですね」
作った流動食を手に、梯子をのぼって屋根裏の寝室にお邪魔させてもらう。
寝室には二段ベッドが二台、部屋の両端に並べられており、その一段目にそれぞれ女性が寝かされていた。
彼女たちはずっと瞳を見開いたまま、何もない虚空を見つめ続けている。
恐らく、夜も眠らずずっとこのままなのだろう。
以前彼女達がさせていた不快な臭いは、イリアスの懸命な介護のお陰か全くしない。大事に扱われている事がそれだけで分かった。
「そうなんですけど、こうして……」
言いながらイリアスは――黒髪に一筋の金髪が混じっているのが目を引く、男まさりな容姿をした――女性の背中に手を当てて軽く上体を起こすと、女性の口にすりおろしたリンゴを含ませる。
すると女性はゴクンと喉を鳴らしてリンゴを嚥下した。
「食べてくれるんですね」
「はい。これだけ、ですけど……」
そう言ってイリアスは少しだけ嬉しそうに微笑む。
無意識かもしれないが、女性は未だ生きようとする意志を見せているのだ。それが嬉しいのかもしれない。
そして――。
「そうですか……」
俺も、嬉しかった。
彼女たちは死んだ方がいいのかもしれないと思った自分が馬鹿みたいに思えてくる。
人間誰しも生きたいと思うのが当たり前なのだ。
俺は、十全ではなかったけれど彼女たちの命を救えた。彼女たちはこうして生きている。
その事実がただ、嬉しかった。
「俺も食べさせてあげていいですか?」
……なんか餌やりみたいな言い方だな。
「お願いします。一人だと大変なので、むしろ助かります」
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美しい金髪を扇のように広げて横たわっている女性は、とても……アウロラとは真逆の体つきをしているのだ。というか、その……豊満過ぎて触る場所がないというか、触ったらセクハラで訴えられそうなくらいえっちな体つきをしている。
ここに連れて来るまでは革の鎧でガチガチに固められていたため、こんな素敵すぎる体つきをしていたなんて分からなかったのだ。
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「……いいですけど、何か問題でもあるんですか?」
はい、男の子として非常にゆゆしき問題がございます、なんて答える事はできない。俺は少し言い訳を探し……。
「えっと、俺、こういうのするの初めてなんで、途中からなら失敗しなくていいかな、とか思ったりですね」
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イリアスはそんな俺をきょとんと見つめたまま小首をかしげながらも、
「……ええ、いいですけど」
受け入れてくれた。
「ありがとうございます」
俺は皿を危険な体つきをした女性の枕元に置くと、イリアスと場所を入れ替わる。
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