6 / 90
第6話 ギルド長は甘いものがお好き
しおりを挟む
本や書類が散乱してごちゃごちゃした部屋の中には、眼鏡をかけてちょっと無精ひげを生やした優しそうな茶色の瞳と同じ色の髪をした男性が、ソファに腰かけて書類を前に難しそうな顔を作っていた。
「おかえりアウロラ。適当に座って……おや?」
書類から外した視線を一瞬こちらに向けたと思ったら書類に戻し、またこちらに向けて来る。
多分、アウロラだけじゃ無かった事が相当以外だったのだろう。
というか完全不審者だよね、俺。見た目が西欧風のこの世界からすると日本人の風貌は特徴的すぎておもっきしアウェイだし。
「初めまして、あか……直夜・暁と言います」
俺は挨拶をしながら一礼すると、男性の前に置かれたソファへアウロラと共に腰を下ろす。
「俺はアウロラに助けられまして、行くところが無いのでこうしてギルドまで連れて来てもらいました。それで……」
余計な不信を買ってしまわないよう、何か言われるよりも先に事情を説明してしまう事にした。
異世界という部分は避けて、何故ここに居るのか、どういう手段によってかここに来たのかは全く分からないが、望まず連れてこられてしまった事。それから帰る手段もない事を告げる。
シュナイドはいきなりやって来た俺の話をじっと聞いてくれ、話が終わると同時に深く頷いてくれた。
「なるほど、君も大変だったね」
「……不審者だって疑わないんですか?」
どこ出身とかそういう事も分からない人間が、何も分からないんですなんて言いながらやってきたら、俺だったら本当か? って疑うに決まっている。
「ん~、私だったら間者にはもっと分かりにくい者を使うかな。君の容貌は特徴的すぎるよ」
はい、顔平たいです。実は道歩いてる時めっちゃジロジロ見られてました。
「さて、それじゃあ次はアウロラの事を片付けちゃおうか。さっきの話だと君たち二人で協力してゴブリンを倒したんだよね」
シュナイドの言葉で思い出したのか、アウロラが木札が入っているのとは逆側のポーチを探り、ゴブリンを焼いて取り出した魔石を6つ、手のひらの上に並べる。
「はい、シュナイドさん。これが証拠です」
「うん、よく頑張ったね。はい、報酬」
シュナイドはアウロラから魔石を受け取ると、代わりにポケットから取り出した革袋を渡す。
「ゴブリン討伐はあまり報酬が高くないから少ないけど色をつけておいたよ」
「やたっ」
アウロラは早速革袋をひっくり返して嬉しそうに銅貨を数え始める。
ちなみに銅貨は一枚でパン一個くらいの値段らしい。多分、100円ぐらいの価値だと考えればいいだろう。
アウロラは8枚銅貨を持っていたので、800円しか持っていなかった計算になる。今日び小学生だってもう少し持っていそうではある。
「わぁい、30枚だ~」
それでも3000円だからね。死にかけたのに3000円っておかしくない? 絶対もっと貰っていいと思うよ?
なんて考えていた俺を他所に、アウロラはきっちり15枚ずつ銅貨を分けると、その半分を両手に包むように持って、俺の目の前に差し出して来た。
「はい、ナオヤの分。きっちり半分こね」
「え?」
いくら俺が協力したといえど、このクエストを受けたのはあくまでもアウロラだ。
それに色々と教えてもらったしここまで連れてきてくれた。どちらかと言えば俺が払った方がいいくらいなのだが。
「いいよ、貰えないよ」
「でもナオヤも戦ったんだから、ナオヤも貰う権利あるって。それにナオヤは一文無しでしょ? 今日の晩御飯も食べられないよ?」
それを言われると痛いな。
「ちょっとくらいなら食べなくても平気だよ」
「だめだよっ。というかお姉ちゃんの言う事聞きなさいってば」
「誰がお姉ちゃんだよ。たった2カ月先に産まれたってだけじゃん」
俺はアウロラの両手を押して中身ごと突き返すと、それに負けじとアウロラも突き返してくる。
しばらくそうやって報酬を押し付け合ったが、決着はつきそうになかった。
さすがに疲れて来た俺は諦めて抵抗を緩める。
「分かった。これは受け取る」
「もぅ、始めからそうしてればいいのっ」
なんで怒られなきゃいけないんだ、なんて不満は呑み込んでから、アウロラの差し出してきた銅貨を……受け取らなかった。
「その代わり、お菓子を貰って欲しい。それが条件」
どうだ? と尋ねると、アウロラはおとがいに小さな人差し指を当てて考え、
「うん、それならいいよ」
そう答えてくれた。
値段的には15枚の銅貨、すなわち1500円くらいの価値の物と、百円ちょっとのお菓子では釣り合いが取れていないだろうが、気の持ちようというものだ。
早速俺はリュックから箱に入ったチョコナッツを取り出してアウロラに手渡した。
「ありがと。はいこれ」
「ん」
一応これで報酬に関する決着はついたと思ったのだが――。
「これ、よく見るとすっごい箱だね」
アウロラは手に入れたばかりのお菓子の箱を、光に透かすようにしてしげしげと見つめている。
「そう? そんなものだと思うけど」
箱には青い色で商品名が書かれ、その隣に半分に割れて中のアーモンドが露出している写真が載っている、ごくごく普通のお菓子でしかない。そんなに驚くようなものではないと思っていたのだが……。
そういや異世界だったか。包装紙は結構派手に見えるだろうなぁ。そういえばフィルムとか食べる時に取ってあげた方がいいかな。
「アウロラ、それ食べ――」
「少し……いいかな?」
はい、と言おうとしてシュナイドへと視線を向けると――。
「げっ」
思わず引いてしまいそうなほどの目力で、俺の方を凝視していた。
え、なんか拙い事しちゃった? ってそうか、チョコレートって地球じゃ嗜好品で場所によっては酒やたばこなんかと同じ扱いで、税金も高かったりするんだっけ。
そんな物をギルド長であるシュナイドの目の前で取引みたいな事に利用するって……ヤバいかもしんない?
「あ、あの、すみま……」
「それはチョコ―レートかな?」
「はい」
謝ろうとしたのだが、有無を言わせぬ雰囲気で尋ねられて押し切られてしまう。
心臓はバクバクとビートを刻み、暑くも無いのに汗が頬を伝っていく。
「実は私、甘いものに目が無くてね」
「そ、そうですか。じゃあおひとつ……」
俺は慌ててリュックの中から同じものを取り出す。母さんに言われてちょうど五箱まとめ買いしたところだったので、二箱なくなったところでまだ三箱あるし、飴などのお菓子もまだ持っている。
でもポテチは勘弁してください。
「いや、ギルド長たるもの、賄賂を禁止するために何も受け取ってはならないという規則があってね」
「はぁ」
「是非買わせて欲しいと言いたいところだが、君は商人ではないからそれも拙い」
「そ、そうですね」
な、何が言いたいの? どうすればいいの?
え? え? つまりだから……?
アウロラの方に視線で助けを求めてみても、アウロラはほえ~って感じで小首を傾げて呑気に私も甘い物好き~なんてほざいていてまったく頼りにならなさそうだ。
「そこで、だ。私は君たちを私の家に招こうと思う。好きなだけ泊って行ってくれ」
それはつまり、今晩から泊まる家を手に入れたってこと? そういえば君たちって……アウロラもしかしてホームレスだったの?
色々な思考が頭を駆け巡る。
その答えを呑気にやたーっと諸手をあげて万歳しているアウロラから得るのは不可能そうだった。
「そ、それはありがたいですけど、それとお菓子に何のつながりが……」
「うむ。そのだね……ほら、祝い事で色々と料理やお菓子を持ち寄る事、あるだろう?」
なるほど……みんなで持ち寄ってご飯やお菓子食べてるだけだから受け取ったんじゃない理論か。そう言えば先生も昔家に来たときにお茶とお菓子を断ってたっけ。規則だから食べられないとかなんとか……。
大人って大変だなぁ……。
しみじみとそう感じつつも、とりあえず俺はお菓子で当分の寝床を確保できたことを喜んでおいた。
「分かりました。お言葉に甘えさせていただきます」
「うんうん、是非甘えてくれたまえ」
そしてお菓子を寄越しやがれください、と顔に書いてあった。甘いものに関しては嘘が付けない人らしい。
この情報は今後役に立ちそうだったので、しっかりと記憶しておいた。
「さて、アウロラ。君の今後の身の振り方についてだけど、君を受け入れてくれそうなパーティに話を付けてある」
「は、はいっ」
話題が変わって急激に元の真面目な顔を取り戻したシュナイドに戸惑いつつもなんとかという感じでアウロラが返事をする。
「数日後にはそのパーティが帰って来るから顔を合わせてみるといい。サラザールの様な男ではないから期待していてくれ」
「あ、ありがとうっ!」
……そっか、このままアウロラと一緒に居られるのかなって思ってたけど、実際には別れる可能性の方が高いのか。
せっかく仲良くなれたのに、ちょっと残念だな。
未来への不安が解消されたからか、アウロラの横顔は先ほどよりも更に晴れやかなものになっている。
俺は置いて行かれてしまったような気がして、少しだけ胸の奥がチクリと痛んだ。
「それでナオヤ……でいいかな。君の事はとりあえず警邏に連絡しておくよ。多少時間はかかるかもしれないが、君の故郷にまできちんと送り届けるから安心して欲しい」
そうだ、それが普通の対応だ。
でも俺にだけはそれが当てはまらない。だって俺の故郷はこの世界に存在しないのだから。
俺はこれからどうすべきなんだろう。どうやって生きて行けばいいのだろう。
「チョコレートに誓って」
「本音漏れてますよ」
どんだけ甘い物好きなんだこの人。
余計な突っ込みのせいで少しだけ気が抜けてしまったが、もしかしたらそう気遣ってのことかもしれない。
少しだけ余裕の出来た頭でこれからの事を考える。
持ちものや現状を考えて……結論は、出た。
「……すみません。故郷に帰っても大したことは出来ないと思うので、こちらで働かさせてもらうわけにはいかないでしょうか?」
「ふむ、何か事情があるのかい?」
異世界から来ました。なんて言ってどうなるものでもないだろう。どうしたらいいんだろう。どういうのが正解なんだろう。
「そう……ですね。帰るというか帰れないといいますか……」
「……そうか。ギルドには色んな事情を持った者も居るから気にしなくともいい。ただ、君の事を保証してくれる人物が必要になるのだが……」
「なるなる! 私ナオヤの身元保証人になるわっ!」
元気よく返事をする学生の様にアウロラが右手をあげて名乗り出てくれたのだが、俺は聴きなれない言葉に不安の方が先に立った。
「身元保証人ってなんですか?」
「なんてことは無いよ。この人は信用できる人ですって保証をする人さ。ただ、保証された人、この場合はナオヤが、逃げたり迷惑を掛けたらアウロラがその責任を取らなくちゃいけないってだけだよ」
「それって体のいい人質みたいなものじゃ……」
「ナオヤはそういう事をするつもりかな?」
「いいえ、絶対しません!」
何か俺を見通すような目でそう言ってくるシュナイドに、即座に答えを叩きつける。
アウロラを傷つける事は絶対にしない。これは誓いとかそんなんじゃなく、それ以前に当たり前のことだ。
助けてくれて、心配してくれた。その恩をあだで返しちゃいけない。
「うん、その態度と目なら信じられるかな」
俺の目をじっと見返したシュナイドが満足そうに頷くとソファから立ち上がる。
「……試したんですか?」
「いや、身元保証人はギルドに入るなら全員見つけてもらう事になっているだけだよ」
軽くそう言って、ソファの奥にある机――今は書類に埋もれてしまっているが――に向かい、引き出しをひっくり返し始める。
「私はお父さんが身元保証人になってくれたんだよ」
「そうなんだ」
なんか俺、過剰反応しちゃったのかな。
うわー、ちょっと恥ずかしい。
「ねえねえ」
つんつんっと脇腹を指先で突っつかれる。
その先のアウロラは、にへらっとしか形容の出来ない笑顔を浮かべていて……。
「さっきの、ちょっと嬉しかったよ」
こっそりとそんな事を耳打ちしてくるものだから、俺は余計恥ずかしくなってしまった。
思わず顔を覆って言わなきゃよかったと後悔する。時すでに遅し、というヤツだが。
「さて、ナオヤがギルドの一員になってくれるという事で……字は書けるかな?」
照れている俺の前に、シュナイドが一枚の羊皮紙を突き出してくる。その表情は、何故か意味もなくにやにやしていて……。
「これをアウロラと二人で完成させるのが、君の初仕事だ。頑張り給え」
俺は多少乱暴にその羊皮紙を受け取ったのだった。
「おかえりアウロラ。適当に座って……おや?」
書類から外した視線を一瞬こちらに向けたと思ったら書類に戻し、またこちらに向けて来る。
多分、アウロラだけじゃ無かった事が相当以外だったのだろう。
というか完全不審者だよね、俺。見た目が西欧風のこの世界からすると日本人の風貌は特徴的すぎておもっきしアウェイだし。
「初めまして、あか……直夜・暁と言います」
俺は挨拶をしながら一礼すると、男性の前に置かれたソファへアウロラと共に腰を下ろす。
「俺はアウロラに助けられまして、行くところが無いのでこうしてギルドまで連れて来てもらいました。それで……」
余計な不信を買ってしまわないよう、何か言われるよりも先に事情を説明してしまう事にした。
異世界という部分は避けて、何故ここに居るのか、どういう手段によってかここに来たのかは全く分からないが、望まず連れてこられてしまった事。それから帰る手段もない事を告げる。
シュナイドはいきなりやって来た俺の話をじっと聞いてくれ、話が終わると同時に深く頷いてくれた。
「なるほど、君も大変だったね」
「……不審者だって疑わないんですか?」
どこ出身とかそういう事も分からない人間が、何も分からないんですなんて言いながらやってきたら、俺だったら本当か? って疑うに決まっている。
「ん~、私だったら間者にはもっと分かりにくい者を使うかな。君の容貌は特徴的すぎるよ」
はい、顔平たいです。実は道歩いてる時めっちゃジロジロ見られてました。
「さて、それじゃあ次はアウロラの事を片付けちゃおうか。さっきの話だと君たち二人で協力してゴブリンを倒したんだよね」
シュナイドの言葉で思い出したのか、アウロラが木札が入っているのとは逆側のポーチを探り、ゴブリンを焼いて取り出した魔石を6つ、手のひらの上に並べる。
「はい、シュナイドさん。これが証拠です」
「うん、よく頑張ったね。はい、報酬」
シュナイドはアウロラから魔石を受け取ると、代わりにポケットから取り出した革袋を渡す。
「ゴブリン討伐はあまり報酬が高くないから少ないけど色をつけておいたよ」
「やたっ」
アウロラは早速革袋をひっくり返して嬉しそうに銅貨を数え始める。
ちなみに銅貨は一枚でパン一個くらいの値段らしい。多分、100円ぐらいの価値だと考えればいいだろう。
アウロラは8枚銅貨を持っていたので、800円しか持っていなかった計算になる。今日び小学生だってもう少し持っていそうではある。
「わぁい、30枚だ~」
それでも3000円だからね。死にかけたのに3000円っておかしくない? 絶対もっと貰っていいと思うよ?
なんて考えていた俺を他所に、アウロラはきっちり15枚ずつ銅貨を分けると、その半分を両手に包むように持って、俺の目の前に差し出して来た。
「はい、ナオヤの分。きっちり半分こね」
「え?」
いくら俺が協力したといえど、このクエストを受けたのはあくまでもアウロラだ。
それに色々と教えてもらったしここまで連れてきてくれた。どちらかと言えば俺が払った方がいいくらいなのだが。
「いいよ、貰えないよ」
「でもナオヤも戦ったんだから、ナオヤも貰う権利あるって。それにナオヤは一文無しでしょ? 今日の晩御飯も食べられないよ?」
それを言われると痛いな。
「ちょっとくらいなら食べなくても平気だよ」
「だめだよっ。というかお姉ちゃんの言う事聞きなさいってば」
「誰がお姉ちゃんだよ。たった2カ月先に産まれたってだけじゃん」
俺はアウロラの両手を押して中身ごと突き返すと、それに負けじとアウロラも突き返してくる。
しばらくそうやって報酬を押し付け合ったが、決着はつきそうになかった。
さすがに疲れて来た俺は諦めて抵抗を緩める。
「分かった。これは受け取る」
「もぅ、始めからそうしてればいいのっ」
なんで怒られなきゃいけないんだ、なんて不満は呑み込んでから、アウロラの差し出してきた銅貨を……受け取らなかった。
「その代わり、お菓子を貰って欲しい。それが条件」
どうだ? と尋ねると、アウロラはおとがいに小さな人差し指を当てて考え、
「うん、それならいいよ」
そう答えてくれた。
値段的には15枚の銅貨、すなわち1500円くらいの価値の物と、百円ちょっとのお菓子では釣り合いが取れていないだろうが、気の持ちようというものだ。
早速俺はリュックから箱に入ったチョコナッツを取り出してアウロラに手渡した。
「ありがと。はいこれ」
「ん」
一応これで報酬に関する決着はついたと思ったのだが――。
「これ、よく見るとすっごい箱だね」
アウロラは手に入れたばかりのお菓子の箱を、光に透かすようにしてしげしげと見つめている。
「そう? そんなものだと思うけど」
箱には青い色で商品名が書かれ、その隣に半分に割れて中のアーモンドが露出している写真が載っている、ごくごく普通のお菓子でしかない。そんなに驚くようなものではないと思っていたのだが……。
そういや異世界だったか。包装紙は結構派手に見えるだろうなぁ。そういえばフィルムとか食べる時に取ってあげた方がいいかな。
「アウロラ、それ食べ――」
「少し……いいかな?」
はい、と言おうとしてシュナイドへと視線を向けると――。
「げっ」
思わず引いてしまいそうなほどの目力で、俺の方を凝視していた。
え、なんか拙い事しちゃった? ってそうか、チョコレートって地球じゃ嗜好品で場所によっては酒やたばこなんかと同じ扱いで、税金も高かったりするんだっけ。
そんな物をギルド長であるシュナイドの目の前で取引みたいな事に利用するって……ヤバいかもしんない?
「あ、あの、すみま……」
「それはチョコ―レートかな?」
「はい」
謝ろうとしたのだが、有無を言わせぬ雰囲気で尋ねられて押し切られてしまう。
心臓はバクバクとビートを刻み、暑くも無いのに汗が頬を伝っていく。
「実は私、甘いものに目が無くてね」
「そ、そうですか。じゃあおひとつ……」
俺は慌ててリュックの中から同じものを取り出す。母さんに言われてちょうど五箱まとめ買いしたところだったので、二箱なくなったところでまだ三箱あるし、飴などのお菓子もまだ持っている。
でもポテチは勘弁してください。
「いや、ギルド長たるもの、賄賂を禁止するために何も受け取ってはならないという規則があってね」
「はぁ」
「是非買わせて欲しいと言いたいところだが、君は商人ではないからそれも拙い」
「そ、そうですね」
な、何が言いたいの? どうすればいいの?
え? え? つまりだから……?
アウロラの方に視線で助けを求めてみても、アウロラはほえ~って感じで小首を傾げて呑気に私も甘い物好き~なんてほざいていてまったく頼りにならなさそうだ。
「そこで、だ。私は君たちを私の家に招こうと思う。好きなだけ泊って行ってくれ」
それはつまり、今晩から泊まる家を手に入れたってこと? そういえば君たちって……アウロラもしかしてホームレスだったの?
色々な思考が頭を駆け巡る。
その答えを呑気にやたーっと諸手をあげて万歳しているアウロラから得るのは不可能そうだった。
「そ、それはありがたいですけど、それとお菓子に何のつながりが……」
「うむ。そのだね……ほら、祝い事で色々と料理やお菓子を持ち寄る事、あるだろう?」
なるほど……みんなで持ち寄ってご飯やお菓子食べてるだけだから受け取ったんじゃない理論か。そう言えば先生も昔家に来たときにお茶とお菓子を断ってたっけ。規則だから食べられないとかなんとか……。
大人って大変だなぁ……。
しみじみとそう感じつつも、とりあえず俺はお菓子で当分の寝床を確保できたことを喜んでおいた。
「分かりました。お言葉に甘えさせていただきます」
「うんうん、是非甘えてくれたまえ」
そしてお菓子を寄越しやがれください、と顔に書いてあった。甘いものに関しては嘘が付けない人らしい。
この情報は今後役に立ちそうだったので、しっかりと記憶しておいた。
「さて、アウロラ。君の今後の身の振り方についてだけど、君を受け入れてくれそうなパーティに話を付けてある」
「は、はいっ」
話題が変わって急激に元の真面目な顔を取り戻したシュナイドに戸惑いつつもなんとかという感じでアウロラが返事をする。
「数日後にはそのパーティが帰って来るから顔を合わせてみるといい。サラザールの様な男ではないから期待していてくれ」
「あ、ありがとうっ!」
……そっか、このままアウロラと一緒に居られるのかなって思ってたけど、実際には別れる可能性の方が高いのか。
せっかく仲良くなれたのに、ちょっと残念だな。
未来への不安が解消されたからか、アウロラの横顔は先ほどよりも更に晴れやかなものになっている。
俺は置いて行かれてしまったような気がして、少しだけ胸の奥がチクリと痛んだ。
「それでナオヤ……でいいかな。君の事はとりあえず警邏に連絡しておくよ。多少時間はかかるかもしれないが、君の故郷にまできちんと送り届けるから安心して欲しい」
そうだ、それが普通の対応だ。
でも俺にだけはそれが当てはまらない。だって俺の故郷はこの世界に存在しないのだから。
俺はこれからどうすべきなんだろう。どうやって生きて行けばいいのだろう。
「チョコレートに誓って」
「本音漏れてますよ」
どんだけ甘い物好きなんだこの人。
余計な突っ込みのせいで少しだけ気が抜けてしまったが、もしかしたらそう気遣ってのことかもしれない。
少しだけ余裕の出来た頭でこれからの事を考える。
持ちものや現状を考えて……結論は、出た。
「……すみません。故郷に帰っても大したことは出来ないと思うので、こちらで働かさせてもらうわけにはいかないでしょうか?」
「ふむ、何か事情があるのかい?」
異世界から来ました。なんて言ってどうなるものでもないだろう。どうしたらいいんだろう。どういうのが正解なんだろう。
「そう……ですね。帰るというか帰れないといいますか……」
「……そうか。ギルドには色んな事情を持った者も居るから気にしなくともいい。ただ、君の事を保証してくれる人物が必要になるのだが……」
「なるなる! 私ナオヤの身元保証人になるわっ!」
元気よく返事をする学生の様にアウロラが右手をあげて名乗り出てくれたのだが、俺は聴きなれない言葉に不安の方が先に立った。
「身元保証人ってなんですか?」
「なんてことは無いよ。この人は信用できる人ですって保証をする人さ。ただ、保証された人、この場合はナオヤが、逃げたり迷惑を掛けたらアウロラがその責任を取らなくちゃいけないってだけだよ」
「それって体のいい人質みたいなものじゃ……」
「ナオヤはそういう事をするつもりかな?」
「いいえ、絶対しません!」
何か俺を見通すような目でそう言ってくるシュナイドに、即座に答えを叩きつける。
アウロラを傷つける事は絶対にしない。これは誓いとかそんなんじゃなく、それ以前に当たり前のことだ。
助けてくれて、心配してくれた。その恩をあだで返しちゃいけない。
「うん、その態度と目なら信じられるかな」
俺の目をじっと見返したシュナイドが満足そうに頷くとソファから立ち上がる。
「……試したんですか?」
「いや、身元保証人はギルドに入るなら全員見つけてもらう事になっているだけだよ」
軽くそう言って、ソファの奥にある机――今は書類に埋もれてしまっているが――に向かい、引き出しをひっくり返し始める。
「私はお父さんが身元保証人になってくれたんだよ」
「そうなんだ」
なんか俺、過剰反応しちゃったのかな。
うわー、ちょっと恥ずかしい。
「ねえねえ」
つんつんっと脇腹を指先で突っつかれる。
その先のアウロラは、にへらっとしか形容の出来ない笑顔を浮かべていて……。
「さっきの、ちょっと嬉しかったよ」
こっそりとそんな事を耳打ちしてくるものだから、俺は余計恥ずかしくなってしまった。
思わず顔を覆って言わなきゃよかったと後悔する。時すでに遅し、というヤツだが。
「さて、ナオヤがギルドの一員になってくれるという事で……字は書けるかな?」
照れている俺の前に、シュナイドが一枚の羊皮紙を突き出してくる。その表情は、何故か意味もなくにやにやしていて……。
「これをアウロラと二人で完成させるのが、君の初仕事だ。頑張り給え」
俺は多少乱暴にその羊皮紙を受け取ったのだった。
11
お気に入りに追加
1,731
あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

異世界転生!ハイハイからの倍人生
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は死んでしまった。
まさか野球観戦で死ぬとは思わなかった。
ホームランボールによって頭を打ち死んでしまった僕は異世界に転生する事になった。
転生する時に女神様がいくら何でも可哀そうという事で特殊な能力を与えてくれた。
それはレベルを減らすことでステータスを無制限に倍にしていける能力だった...
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!

14歳までレベル1..なので1ルークなんて言われていました。だけど何でかスキルが自由に得られるので製作系スキルで楽して暮らしたいと思います
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕はルーク
普通の人は15歳までに3~5レベルになるはずなのに僕は14歳で1のまま、なので村の同い年のジグとザグにはいじめられてました。
だけど15歳の恩恵の儀で自分のスキルカードを得て人生が一転していきました。
洗濯しか取り柄のなかった僕が何とか楽して暮らしていきます。
------
この子のおかげで作家デビューできました
ありがとうルーク、いつか日の目を見れればいいのですが
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる