私をいじめたクラスのみんながぐちゃぐちゃに壊されて殺されるまで

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第33話 白山菊理と同じ結論に

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「白山さんっ!」

 大声で私を怒鳴りつけたのは、暮井刑事だった。

 きっと、私の身を案じてくれたからだろうけれど、私にその心配を受け取る資格はない。

 私は踏み越えちゃいけないラインを踏み越えてしまい、その結果、海星さんの命を奪う手助けをしてしまったのだから。

 私は、死にたかった。

 死ぬべきだった。

「……し、白山さん? 僕が嘘をついている……と?」

 刃の震えが響遊の動揺を伝えてくる。

 私の証言が彼の未来を奪うのだから当然だろう。

 ただ、この路を選んだのは彼自身の責任でもある。

 私を人質にとった時点で、破滅の未来は確定したようなものだった。

「私は、見てました」

 響遊が脅されて頭を潰そうとしたところを。

 殺すために消火器を投げつけたところを。

 鉈の位置を確認しながら中水美衣奈をおびき寄せたことを。

「あなたは始めから中水美衣奈を殺すつもりだった。怯えたふりをしながらも、さりげなく自分の体を鉈と中水美衣奈の間に入れて隠し、転んだふりをして拾い上げて――」

「嘘だっ! 嘘だ嘘だ嘘だっ!!」

 気道が圧迫され、耳元で音が爆発する。

「僕はそんなことしていないっ! 僕は殺されそうになったから無我夢中で抵抗しただけだっ!」

 認められないのだろう。

 私の証言を否定して、必死に自分の言葉で上塗りしようと試みる。

 ――まだ私を殺してはくれない。

「僕は被害者だっ! 僕は悪くないっ!」

 殺すのには絶望が足りていない。

「僕はあいつらと同じ人間じゃないっ!」

 そして、自覚も足りていなかった。

「……あなたも同じ」

 不思議だ。

 死を前にすると、もう全てがどうでもよくなっていた。

 怖いという感情も、汚い人間への失望も、私を利用しようとするひとへの怒りも、すべて消え去っていた。

「私と同じ。みんなと同じ。自分さえ良ければそれでいい、汚い人間だよ」

 息が詰まってしまったから、私は空気をひとつ飲み込んだ。

 冷たい外気が私の肺腑に届き、冷え切っていた心を更に凍てつかせていった。

「ねえ、なんであなたはたった一度――」

 ちょんちょんと、鉈のみねを指先でつつく。

「コレを振っただけで、中水美衣奈を殺せたの?」

 響遊は狙いすました一撃で命を刈り取った。

 そう、一撃。

 たった一振り。

「僕……は……」

「なんで振り回したら当たったなんて嘘をついたの?」

 響遊はがり勉なんて言われている通り、あまり体に筋肉がついていないし、体格にも恵まれていない。

 稲次浩太のように喧嘩慣れしているわけでもない。

 そんな彼が不安定な体勢で、しかも意図せずに振ったのにも関わらず、固い頭蓋を叩き割って額の中心線に届きそうなほど鉈の刃を食いこませたのだ。

 意図しなかったのは考えづらい。

 他にも疑問点は沢山ある。

「なんで、死ねって中水美衣奈が叫んだ時に、君がね、なんて言ったの?」

「それ、は……」

「なんで私に証言を強要させようとしているの?」

 なんで、なんで、なんで。

 ほんの少し考えるだけで、こんなにも疑問がわいてくる。

 それだけ響遊の行動はおかしいのだ。

 それになにより――

「なんで見られたのに、まだ誤魔化せると思ってるの? 無理だよ」

「――――っ」

 私の首元に突如として炎の塊が押し付けられたのかと思うほどの灼熱が生まれる。

 眼前に居た警察官――特に暮井刑事が「あっ」と叫んでから、ようやく私は理解した。

 とうとう響遊が私の望んでいたことをしてくれたのだ。

「――君はっ! 自分が何をしたか分かっているのか!?」

「…………あ」

 暮井刑事に怒鳴りつけられて、響遊も初めて自分のしたことを理解したのかもしれない。

「僕、は……」

 彼は押し付けていた刃を引いて、私の首筋を切り裂いた。

「い……た……」

 私が傷を自覚した途端、痛みが襲い掛かってくる。

 思っていたよりも血が出ていないのは、既に何人かの骨を叩き割っていたために、が丸くなって切れ味が落ちていたからだろう。

 それでも大切な血管を食い破るには十分だったのか、あふれ出た血はあっという間に首筋から胸へと広がっていた。

 右側に居た警察官が銃を持ち上げるのを眺めながら、これから彼はどうなるのかな、なんてことをぼんやりと考える。

 その答えは――パンっと、乾いた銃声が出してくれた。

「くぅぅっ」

 響遊のものと思しき悲鳴が遠のいていき、同時に私の体がグイッと後方に引っ張られたが、後方へと倒れてしまうよりも先に暮井刑事の腕が伸びてきてしっかりと引き留めてくれる。

「動くなっ!」

 そして視界がぐるりと回転したと思ったら、私の体はいつの間にか暮井刑事の腕の中にすっぽりと収まっていた。

「まだ大丈夫だからね。止血すればなんとかなるから」

 大きくて厳つい顔をくしゃくしゃにしながら私を覗き込んで来る。

 きっと、私のことを心から心配してくれて、助けようとしてくれているのだろう。

 私は……こんな世界など拒絶したかったのだけれど、生きていたくなかったのだけれど、この人がこんなに心配してくれるのだから、もう少し生きていてもいいのだと錯覚しそうになった。

「…………はい」

 私の首筋には大きくてごつごつした手が添えられ、しっかりとした手つきで傷口を押さえつけてくれる。

 どのぐらい流血を止められるのかは分からなかったが、少なくとも傷の痛みは和らいだ気がした。

「1年1組の教室に負傷――生存者! こっちにも人員回してくれ! 至急だっ!!」

 暮井刑事が腰元から取り出した通信機に向けて怒鳴りつける。

 しかし、彼の反応からして状況はあまり芳しくないようだ。

 そういえば、警察の手を飽和させるほどの事件を起こすことで1年1組を孤立させる手はずになっていた。

 東階段と中央階段のそれぞれで、大勢の生徒たちが罠にかかって死亡ないし怪我を負っているはずだ。

 その総数は60人以上。

 警察官が三桁程度この学校にやってきていたとしても、空いている手はほとんどないだろう。

 ……もし私が死んだとしても、海星さんを殺すのに手を貸した当然の罰だ。

「……ご、めんな――」

「喋らなくていいっ」

 暮井刑事は私を床に横たえてからスーツを脱ぎ、そのスーツを止血帯がわりに私の首に巻き付け始める。

 手も、袖も、胸板も、真っ赤な血で汚れていくのを気にもとめていない。

 ただ懸命に、私の命を救おうとしてくれる。

 それ故に私は暮井刑事のことを見ていられなくて視線を逸らしてしまった。

 とはいえ、暮井刑事から逃げたところで視界に入るのは――。

「もうこれ以上罪を重ねるのはやめなさいっ」

「武器を下に置いて! 早くっ」

 銃を構えたふたりの警察官によって、窓際にまで追い詰められた響遊の姿だ。

 銃弾は外れたのか、彼が怪我を負っているようには見えない。

 しかし、それ以上のダメージを心に負ったのか、青い顔のまま何事かをブツブツと呟きながら、鉈を左右に振って警察官たちを拒絶していた。

「まだ君はやり直せる。だから――」

「そんな訳ないだろぉっ!」

 警察官の不用意な一言で、響遊が激発する。

「僕は父さんの跡を継がなきゃいけないのに、こいつらのせいで無茶苦茶だっ! なんでだよっ! なんで僕がこんな目にっ!」

 確かに彼は巻き込まれた。

 利用された。

 夜見坂くんが、信用されやすいという理由で、2組を急かす役に選ばれてしまった。

 そういう意味では彼だって被害者かもしれない。

 でも、人を傷つけるという方法で解決する路を選んだのは響遊自身だ。

 傷は必ず新たな傷を生む。

 必ず。

「僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くな僕は悪くない僕は悪くない僕は――」

「ふざけるなっ!! これだけの事をしでかして、悪くないはずがあるかっ!!」

 暮井刑事の言葉は、響遊を黙らせるには十分な力を持っていた。

「他はどうか知らない。私たちは見ていないから判断はできないし、調べるのが我々の役目で、罪を決めるのは裁判官の役目だ」

 そして同時に、私にも言葉の棘は突き刺さっていった。

「だがこの子が死にかけているのは間違いなく君が悪いんだ。君の責任だ。だからこれ以上ふざけたことを言うと、私は私を抑えることが出来なくなってしまう」

「ひっ」

「…………もう、やめなさい」

 暮井刑事の言葉は終わりに近づくにつれ、むしろ穏やかになっていった。

 でもそれが、より本当の意味での終わりを感じさせた。

 きっと響遊も私と同じものを感じ取ったのだろう。

 ぴたりと動きを止めた。

「君、それを床に置いて――」

 響遊の動きが止まったのは、落ち着いたからではなかった。

 絶望を目の当たりにして頭でも感情でも理解したのだ。

 もう、戻れない、と。

 だから彼は、私と同じ結論に達した。

 くるりと180度体を回転させると、持っていた鉈を窓ガラスに思い切り叩きつける。

 ガシャンと音を立ててガラスが砕け散り、破片が教室の床を叩く。

 外の冷たい空気が無遠慮に教室へと足を踏み入れ、血色に染まる。

 「……なんで、こうなったんだよ」

 響遊の決断は固く、実行は早かった。

 誰かが待てと声に出すよりも先に、響遊は外へと踊り出てしまった。

 もはや一瞬、一刹那よりも短い時間で響遊は階下へと落下していく。

 あとに残ったのは、ただ後悔だけ。

「そんな…………」

 暮井刑事の呟きが、再び入って来た寒風に紛れて、消えた。
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