私をいじめたクラスのみんながぐちゃぐちゃに壊されて殺されるまで

駆威命(元・駆逐ライフ)

文字の大きさ
上 下
21 / 38

第19話 夜見坂 凪は囁いた

しおりを挟む
 私の手がぐいっと強い力で引っぱられる。

 きちんとしゃがんでいてよかった、なんて、頭の冷静な部分が場違いなことを考える中、私の上体は中水美衣奈に覆いかぶさってしまうほどにかしぐ。

「お前、なに気安く触ってんだよ」

 女性の出したものとは思えないほど低い声が私の鼓膜を打く。

 いつもと同じく嘲りや憎悪で染まっていたのだが、極々わずか、それらの奥にほんの少しだけ違う感情があったことを、私は聞き逃さなかった。

 それは感謝とか反省とか、そういう類の良いもの・・ではない。

 それは…………屈辱。

 自分より格下の存在に助けられたこと、私という矮小な存在なんかに憐れまれたという事実を恥じていた。

「どけ」

 私の心が冷たく凍り付いていく。

 私は私の心を殺す。

 傷つかないように。

 痛くないように。

「……はい」

 左手で床を突き、中水美衣奈の邪魔にならないように立ち上がる。

 中水美衣奈はそれを確認した後、ハッと一つだけ強く息を吐いてから立ち上がった。

「…………」

 顔は伏せている。

 しかし、視線だけは左右に動き、クラスメイト達を順に睨みつけていく。

 それはまるで、どう復讐してやろうかとでも考えているようで――。

「ついて来いよ」

 中水美衣奈の口から、私に対して命令が下される。

 彼女に私への感謝なんて、あるはずがなかった。

 そして、私には断る権利すらない。

 ――ソレデモワタシハナニモカンジナイ。

「はい」

 今まで通り何も変わらない。

 正しく私たちの関係、だ。

 中水美衣奈は頷くことすらせず、ゆらゆらと歩き出す。

 私はその後ろを、ただ黙ってついて行ったのだった。





「失礼、します」

 私が保健室の扉を開けると、消毒液の香りがする静謐な空気を感じる。

 部屋の中には誰も居らず、からっぽのベッドが私たちを出迎えてくれた。

「うわぁ、先生の居ない保健室で女の子と一緒って、なんだがとってもえっちだね。胸がドキドキしちゃうよ」

「…………」

 夜見坂くんがまた心にもないことを言っているけれど、別に共感して欲しいわけではさそうだったので、私は少し小首を傾げるにとどめておく。

「先生、呼んで来るから」

 どこに居るのか分からないが、専門的な知識のない私が何か出来るわけでもない。

 そう思ったのだが――。

「アンタが準備して」

 中水美衣奈はそうは思わなかった様だった。

「え?」

「早く。タオルくらい準備できるでしょ」

 追い越し際、中水美衣奈が私の肩口にドンっとぶつかっていく。

 これから私に仕事を頼む人の態度には思えなかったが、彼女の中では私の扱いなんかその程度で十分なのだろう。

 自分のした行動を一切気に留めることなくそのまま進み、治療用の椅子に腰を下ろす。

 彼女は顔面が鼻血で真っ赤に染まっているのにもかかわらず、平然とポケットから赤いスマートフォンを取り出し、そのまま弄り始めてしまった。

 内心、中水美衣奈の図太さに、呆れを通りこして感心すらしてしまったのだが、私はそんな事などおくびにも出さず、言われた通りに治療の準備を始める。

 備え付けの瞬間湯沸かし器のスイッチを入れて蛇口を捻り、ぬるま湯くらいの熱さになるまで水を出しっぱなしにする。

 その間に所定の場所からタオルを取り出し、少し熱めのお湯をタオルに含ませてから緩めに絞った。

 これで清拭くらいは出来るだろう。

 あとは、打撲の部分を冷やしたりしながら先生を待てばいい……のだろうか。

 別段とくべつな知識があるわけじゃないから何をすればいいのかまったく分からなかった。

「あの、タオル……」

「準備しろって言ったはずだけど」

 わざとらしいため息の後に、「使えな」なんてひとり言が飛んできて私の胸に突き刺さる。

 命を狙われなくなっただけマシだと思ったほうがいいだろう。

「はい」

 私はタオルを少しほぐしてから中水美衣奈に手渡す。

 彼女は礼など言うことなく、それが当然であるかのように受け取り――。

「とって」

「え?」

 なぜかスマートフォンを手渡してきた。

 取るって、なにをだろう?

 なにをすればいいのだろう?

 そう思考をクエスチョンマークで埋め尽くしていると、またも大きなため息が押し寄せて来た。

「私を撮れって言ってんの。馬鹿じゃないの?」

「撮る……」

 ニュアンス的に、今の中水美衣奈の状態を撮影しろと言われているのは何となく分かった。

 しかし、いいのだろうか。

 私の記憶では、中水美衣奈は比較的おしゃれに気を遣う方で、こっそり化粧をしたり、バレない程度に眉を剃ったり、爪にオイルだなんだと色々塗ったりしていたはずだ。

 今の彼女は頬や側頭部に青あざが浮かんでいるし、額には数センチほどの擦り傷がある。

 更にはつむじ辺りの髪の毛が一部抜けてしまっていたり、鼻血で顔面がどす黒く染まっていたりする。

 喜んで見ていたいような顔では決してない。

 それを撮影して残しておくような趣味があるとは思えなかった。

「早くしろよ! SNSにあげんだからさぁ!」

「SNS……」

 知識はある。

 それで何をしたいのかも理解できる。

 よくニュースで取り扱われている、炎上を起こして、誰か……いや、学校そのものに対して社会的制裁を与えようという腹積もりなのだろう。

 あの時、校長に対してなにも言い返さなかったのはこういった復讐を考えていたからかもしれなかった。

 でも私はスマートフォンを手にするのも初めてなのだ。

 期待には応えたかったが、どう操作すればいいのか分からなかった。

「急げっつってんだろ!」

「あ、あの……使い方、わ、分からない……です……」

 私が正直に告白すると、中水美衣奈はため息どころかわざとらしく声に出して「はぁぁ~あっ」と嘲る。

「まさかアンタが日本語も読めない馬鹿だとは思わなかった」

「……」

 お母さんが持っているのは古ぼけた携帯電話なため、そういうものに触れたことは一度もないのだ。

 家の経済的な余裕から言っても私がスマートフォンを持つことはできない。

 もしかしたらの話だが、宮苗瑠璃や中水美衣奈、それから崎代沙綾にお金を奪われなければ持つことも可能だったかもしれないけれど。

「画面見ればカメラって書いてあるでしょ。そこ触ればいいのよ。そんなことも分かんないの?」

「…………」

 私は言われた通りに操作を繰り返して、アプリを立ち上げる。

 確かに、よく見ればなんとなく扱う方法が分かるようになって、すぐに撮影を開始した。

 タオルを手に持って、悲しそうな顔をしている全身写真を一枚。

 それから青あざやグロテスクな傷口を、なるべく近くで撮影していく。

「ほかに傷口ある?」

「あ、頭の部分も皮膚が裂けてて……」

「それも」

 上良栄治が髪の毛をひっつかんで思いっきり振り回したからだろう。

 髪の毛がごっそり抜けるだけでなく、一部の皮膚が毛根ごとべろりと剥がれてしまっていた。

「はい」

 全ての撮影を終えてから、中水美衣奈へスマートフォンを返す。

 中水美衣奈はスマートフォンを片手で操りながら、ようやくタオルで顔を拭き始め――。

「冷たくなってるから温めなおして」

 私に向けてタオルを放り投げてくる。

 撮影している時間はさほどでもなかったが、確かにタオルは冷え切ってしまっていた。

 仕方なく私はもう一度タオルを温める作業を始める。

 話すことが無くなり、気まずい沈黙が訪れると思いきや……そうはならなかった。

「SNSで炎上させるのが目的ってことはさ、下手すると本名とかの身元がバレちゃう可能性があるよね。そういうの対策してる?」

 この部屋には夜見坂くんが居るのだ。

 彼は比較的おしゃべりが好きで、色々話し続けるイメージがある。

 特に、煽ったり誘惑したりするときには饒舌になるひとなのだ。

「……ちっ」

 全身を撮影した写真なんかは、中水美衣奈の顔がそのまま出てしまっている。

 インターネットに出回ってしまえば、それは一生残る事になるのだから迂闊なことは出来ないはずだ。

 実際、中水美衣奈は苦々しく舌打ちしたあと、スマートフォンをポケットにしまわざるをえなかった。

「編集しないとちょーっとヤバいよね。あと特定できそうなログも消しとかないとね」

「うっせえな、言われなくても分かってるっつーのっ」

 夜見坂くんは軽く肩をすくめると、うるさいと言われているのにも関わらず、再度口を開く。

「君の目的って、学校とかあの男への恨みだよね?」

「それがどうしたっ。いい加減うざ――」

「復讐されたらどうするの?」

 その一言で、中水美衣奈は凍り付いた。

 彼女は確かに怒りを抱いているのだろう。

 だが同時に、上良栄治への恐怖も深く刻まれたはずだ。

 理不尽な暴力に曝されて心が折れてしまったはずだ。

 私にはよくわかる。

 傷ついた人間の瞳が。

「社会的に殺してもさ、生きてるんだよ」

 SNSで罵倒されれば嫌な気持ちになるだろう。

 人によっては心を病んで自殺にまで追い込まれるだろう。

 しかし上良栄治はそんなタイプだろうか。

 宮苗瑠璃のために殺人まで犯すし、中水美衣奈にトラウマが出来るほど暴行を加える人間なのだ。

 十中八九、やり返すことを望むだろう。

 そうなればどうなるか、結末は決まっていた。

「絶対、君の命を奪いに来るよね」

「――――っ」

 中水美衣奈の呼吸が荒くなる。

 心の傷を抉られ、復讐すら出来ない。

 一生上良栄治に怯え続けなければならない。

 それを、はっきりと自覚してしまった。

 だからこそ――生まれる。

「ねえ、良い事教えてあげよっか」

 心の闇が。

 夜見坂くんが、つけ入る隙が。

「上良栄治を殺す方法、とかさ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

タクシー運転手の夜話

華岡光
ホラー
世の中の全てを知るタクシー運転手。そのタクシー運転手が知ったこの世のものではない話しとは・・

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

お嬢様と少年執事は死を招く

リオール
ホラー
金髪碧眼、まるで人形のような美少女リアナお嬢様。 そして彼女に従うは少年執事のリュート。 彼女達と出会う人々は、必ず何かしらの理不尽に苦しんでいた。 そんな人々を二人は救うのか。それとも… 二人は天使なのか悪魔なのか。 どこから来たのか、いつから存在するのか。 それは誰にも分からない。 今日も彼女達は、理不尽への復讐を願う者の元を訪れる…… ※オムニバス形式です

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

僕が見た怪物たち1997-2018

サトウ・レン
ホラー
初めて先生と会ったのは、1997年の秋頃のことで、僕は田舎の寂れた村に住む少年だった。 怪物を探す先生と、行動を共にしてきた僕が見てきた世界はどこまでも――。 ※作品内の一部エピソードは元々「死を招く写真の話」「或るホラー作家の死」「二流には分からない」として他のサイトに載せていたものを、大幅にリライトしたものになります。 〈参考〉 「廃屋等の取り壊しに係る積極的な行政の関与」 https://www.soumu.go.jp/jitidai/image/pdf/2-160-16hann.pdf

二人称・短編ホラー小説集 『あなた』

シルヴァ・レイシオン
ホラー
普通の小説に読み飽きたそこの『あなた』 そんな『あなた』にオススメします、二人称と言う「没入感」+ホラーの旋律にて、是非、戦慄してみて下さい・・・・・・ ※このシリーズ、短編ホラー・二人称小説『あなた』は、色んな"視点"のホラーを書きます。  様々な「死」「痛み」「苦しみ」「悲しみ」「因果」などを描きますので本当に苦手な方、なんらかのトラウマ、偏見などがある人はご遠慮下さい。  小説としては珍しい「二人称」視点をベースにしていきますので、例えば洗脳されやすいような方もご観覧注意、願います。

ルール

新菜いに/丹㑚仁戻
ホラー
放課後の恒例となった、友達同士でする怪談話。 その日聞いた怪談は、実は高校の近所が舞台となっていた。 主人公の亜美は怖がりだったが、周りの好奇心に押されその場所へと向かうことに。 その怪談は何を伝えようとしていたのか――その意味を知ったときには、もう遅い。 □第6回ホラー・ミステリー小説大賞にて奨励賞をいただきました□ ※章ごとに登場人物や時代が変わる連作短編のような構成です(第一章と最後の二章は同じ登場人物)。 ※結構グロいです。 ※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。 ※カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。 ©2022 新菜いに

処理中です...