私をいじめたクラスのみんながぐちゃぐちゃに壊されて殺されるまで

駆威命(元・駆逐ライフ)

文字の大きさ
上 下
12 / 38

第10話 白山菊理は揺り篭を出る

しおりを挟む
「それで……どんどん、エスカレートしてきて……」

 私は借りたばかりなのにもう涙でぐちゃぐちゃになってしまったハンカチを口元にあてる。

 それでもこみあげてくる嗚咽は抑えきれず、まともに聞き取ることも出来ないであろう言葉を、必死に紡ぎ続けた。

「辛かったんだね、白山さん」

 刑事さん――暮井くれい伊佐緒いさおは、どんな表情を作っても相手を威圧させてしまうほど厳めしい顔を、極力和らげるように努めながら私の肩に手を置いた。

「は――んんっ」

 はい、と言いたかったのにそれも出来ず、私は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 なにせ、暮井刑事は、本当にわたしがうけたいじめについてだけしか聞かなかったのだ。

「無理しなくていいよ」

 最初の戯れ程度のいじりから、無視や陰口に強めの接触といった、次第に酷くなっていく過程。

 それから死にたくなるほど辛い、罵倒、人格否定、恐喝、暴行の数々を、じっと、ただじっと、真剣に聞いてくれた。

 たったそれだけのことが私には嬉しくて嬉しくて、どうしようもなかった。

「あの、係長。軽率に女の子に触れるのは問題がありますから」

「え、ああ、すまない」

 肩の上に置かれていた、大きくて少しごつごつしているけど温かい手が遠のいていく。

 別にいいのに。

 私は問題だなんて思わないから。

 でも、私はそんなこと言う勇気も無くて、流されるままだった。

「って、海星ひとで君がいち個人に入れ込むなって言ってなかったっけ?」

 パソコンを使って陳述調書を取っていた女性警察官は「みほしですっ」と言い返してから私にティッシュペーパーを箱ごと手渡してくれる。

 彼女の手つきは暮井刑事が突っ込んだ通り、他人として扱っているとは思えないくらいに優しかった。

「今の話を聞いて何も思わないのなら、警官やっていませんよ……」

「正義感が強いと殉職率も高いらしいから気を付けなよ」

「交通部じゃないので」

「ほら、主人公やヒロインを守って殉職とかドラマでよくあるじゃない」

「フィクションと現実の区別はつけてください」

 警察官のふたりは私の前だというのにずいぶんと軽いやり取りを交わす。

 仲が良くとも公私のメリハリをきちんとつけることが出来ているのだろう。

 今は少しそれが崩れているようだが。

「白山菊理さん。今のは恐喝、暴行、傷害と、警察が動くのに十分な案件ですから安心してください」

 こくりと私がうなずくと、海星みほしさん――たぶん苗字なのだろう――は返事の代わりとばかりにうんうんとうなずき返してくれた。

「確か、宮苗瑠璃の所持していた財布に何枚か紙幣が入っていたな」

「ええ、それがなにか?」

 ふと思い出したように暮井刑事がぽつりとつぶやく。

 今なぜそんなことを、という疑問は海星さんも抱いたようで、眉をひそめていた。

「白山さんの指紋が出たら恐喝の証拠になる。あとで鑑識に回しといてくれ」

「あっ、そうですね。分かりました」

 私が宮苗瑠璃の財布を触れるタイミングはほぼ無いと言っていい。

 一応、私が死体を見つけてから警察に通報するまでの時間で指紋を付けられる可能性はあるが、宮苗瑠璃の財布に私の指紋が付いていないだとか、紙幣から私のお母さんの指紋が出てくる可能性だとか、私の財布から宮苗瑠璃の指紋が出てくる可能性を考えたらもはや決定打と言ってもいい物証になるだろう。

 ただ――。

「そういうわけで、君の指紋を貰ってもいいかな?」

 急速に私の意識が氷点下まで下がる。

 まさかこのために同情するふりをしていたのだろうか。

 そうではないと信じたい。

 でも、表情だけでは判別できなかった。

「…………」

 私の情報を渡すことにためらいが生まれなかったわけではない。

 だが、ここで断って殺害に関与したことの疑惑を持たれてしまっては最悪だ。

 私は不自然ではない程度の間の後に、暮井刑事の提案を受け入れた。

「はい」

 私の呼吸が緩やかなものになったのは、時間だけが理由ではない。

 緊張したことで、気持ちが引き締まったこともあった。

「本当は専用のキットを使うんですけど、今は持ってきていないので手間を取らせちゃってごめんなさいね」

「……いえ」

 渡されたセロハンテープに一本ずつ指を押し付け、すべての指紋を写し取っていく。

 指紋採取は暮井刑事たちにとっても偶発的なことだったのだろうか。

 私には、分からない。

 でも、悪い方には考えたくなかった。

「よし……」

 暮井刑事は、二つ折りにしたセロハンテープに指紋が写っているか確認した後、満足そうに頷く。

 そして私の指紋を音楽室にあった適当なプリントの上に集めると、包みながら何気ない世間話をするような口調で私に提案してくる。

「君がされたことについては変な勘繰りをされても嫌だから、基本的に公表はしないつもりだけど……公表した方がいいかな?」

 なるほど、確かに誰かをいじめていたグループの中心人物が殺された、ということと同時にいじめがあったことを公表すれば、口さがない人は私が犯人だと噂するだろう。

 私を傷つけることは本意ではない、ということなのかもしれなかった。

 でも私は思う。

 なんで私は我慢してこなければいけなかったのか。

 私だって怒ったり恨みを持ったりする。

 夜見坂くんの行動を止めないのだって、私が倫理的に正しいことを求めているわけじゃないからだ。

「……いつかは、公表して欲しいです」

 私を傷つけた人たちがひどい目にあえばいい。

 私を見捨てた人たちが傷つけばいい。

 私を拒絶した学校という世界が壊れてしまえばいい。

 そんなことをまったく思わなかった、これっぽっちも考えたことがなかったなんていうのは嘘になる。

 本当のところ、私は復讐したかったんだ。

 力がなかったから、今までできなかっただけで。

「そうか。君が望むならそうしよう」



「ああ、それも考慮に入れようか」

 海星さんの提案に、暮井刑事は同意の首肯を返してからまた私に視線を戻す。

 彼の顔は今までの優しそうなオジサンのものとは違って、

「さて、それじゃあ事件があった時のアリバイを……話せるかな?」

 刑事の顔に戻っていた。





 私に事件が起こった時間帯のアリバイはない。

 放課後、宮苗瑠璃たちを避けるために隠れていたから、私のことを見ていた人も、私の姿を映した監視カメラも存在しなかった。

 そのことを告白し終わった私は、腫れぼったくなった目元を人差し指でこすり、鼻をすすってから立ち上がる。

 ちらりと暮井刑事の事を一瞥いちべつすると、にこりと笑顔を作ってくれたのだが……。

 私は最後までこの人の目をまっすぐ見ることは出来なかった。

「それでは、失礼します」

「ああ、待って待って」

 海星さんはそう言うと、腰を宙に浮かせてガチャガチャと忙しくキーボードを叩く。

「トラブルが起きないように、念のため私が教室まで送ります」

「っとそうだそうだ、海星ひとで君」

「みほしですっ」

 暮井刑事はひらひらと手を振って海星さんの抗議を軽くいなしてから話を続ける。

「中水美衣奈さんを連れてきてくれるかな」

「はい?」

「彼女が一番白山さんに突っかかっていてね。とりあえず頭が冷えるまでふたりを離しておいた方がいいだろう」

「なるほど」

 そういえば私を教室から連れ出す時に暮井刑事がそんなことを言っていた覚えがある。

 少しは安全な時間があるのかもしれなかった。

「あの、もしかして……い……」

 いじめ。

 私がされていたことだったが、それを口にしてしまうのが、何か悪いことをしているようでためらわれた。

「ああ」

 口ごもっている私を見て察してくれたのだろう。

 暮井刑事は確認の質問をしてくれる

「事件以外のことについて事情聴取をするかどうかを聞きたいのかな?」

「……」

 わたしは黙って首肯した。

「まだしないよ。本陣に切り込むのはある程度証拠がそろってからになるね」

「そう……ですか」

 正直、ホッとしている私が居た。

 叩かれるのは嫌だ。

「悪い様にはしないから、安心して」

 すべての作業を終えたのか、海星さんが私の隣にやってきて凛々しい顔でそう言ってくれる。

「それじゃあ行きましょうか」

「はい……ありがとうございました」

 私は暮井刑事に一礼し、向きを変えて海星さんへも頭を下げる。

 なにかと情報を引き出されてしまったものの、私を助けようとしてくれることも事実だ。

 このふたりには感謝しかない。

 そのまま海星さんに促されるままに、音楽室を出て――。

「危ないっ」

 私の脳天へ向かって、なにかが振り下ろされた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

The Last Night

泉 沙羅
ホラー
モントリオールの夜に生きる孤独な少女と、美しい吸血鬼の物語。 15歳の少女・サマンサは、家庭にも学校にも居場所を持てず、ただひとり孤独を抱えて生きていた。 そんな彼女が出会ったのは、金髪碧眼の美少年・ネル。 彼はどこか時代錯誤な振る舞いをしながらも、サマンサに優しく接し、二人は次第に心を通わせていく。 交換日記を交わしながら、ネルはサマンサの苦しみを知り、サマンサはネルの秘密に気づいていく。 しかし、ネルには決して覆せない宿命があった。 吸血鬼は、恋をすると、その者の血でしか生きられなくなる――。 この恋は、救いか、それとも破滅か。 美しくも切ない、吸血鬼と少女のラブストーリー。 ※以前"Let Me In"として公開した作品を大幅リニューアルしたものです。 ※「吸血鬼は恋をするとその者の血液でしか生きられなくなる」という設定はX(旧Twitter)アカウント、「創作のネタ提供(雑学多め)さん@sousakubott」からお借りしました。 ※AI(chatgpt)アシストあり

どうしてもモテない俺に天使が降りてきた件について

塀流 通留
青春
ラブコメな青春に憧れる高校生――茂手太陽(もて たいよう)。 好きな女の子と過ごす楽しい青春を送るため、彼はひたすら努力を繰り返したのだが――モテなかった。 それはもうモテなかった。 何をどうやってもモテなかった。 呪われてるんじゃないかというくらいモテなかった。 そんな青春負け組説濃厚な彼の元に、ボクッ娘美少女天使が現れて―― モテない高校生とボクッ娘天使が送る青春ラブコメ……に見せかけた何か!? 最後の最後のどんでん返しであなたは知るだろう。 これはラブコメじゃない!――と <追記> 本作品は私がデビュー前に書いた新人賞投稿策を改訂したものです。

[全221話完結済]彼女の怪異談は不思議な野花を咲かせる

野花マリオ
ホラー
ーー彼女が語る怪異談を聴いた者は咲かせたり聴かせる 登場する怪異談集 初ノ花怪異談 野花怪異談 野薔薇怪異談 鐘技怪異談 その他 架空上の石山県野花市に住む彼女は怪異談を語る事が趣味である。そんな彼女の語る怪異談は咲かせる。そしてもう1人の鐘技市に住む彼女の怪異談も聴かせる。 完結いたしました。 ※この物語はフィクションです。実在する人物、企業、団体、名称などは一切関係ありません。 エブリスタにも公開してますがアルファポリス の方がボリュームあります。 表紙イラストは生成AI

シカガネ神社

家紋武範
ホラー
F大生の過去に起こったホラースポットでの行方不明事件。 それのたった一人の生き残りがその惨劇を百物語の百話目に語りだす。 その一夜の出来事。 恐怖の一夜の話を……。 ※表紙の画像は 菁 犬兎さまに頂戴しました!

【完結】人の目嫌い/人嫌い

木月 くろい
ホラー
ひと気の無くなった放課後の学校で、三谷藤若菜(みやふじわかな)は声を掛けられる。若菜は驚いた。自分の名を呼ばれるなど、有り得ないことだったからだ。 ◆2020年4月に小説家になろう様にて玄乃光名義で掲載したホラー短編『Scopophobia』を修正し、続きを書いたものになります。 ◆やや残酷描写があります。 ◆小説家になろう様に同名の作品を同時掲載しています。

不労の家

千年砂漠
ホラー
高校を卒業したばかりの隆志は母を急な病で亡くした数日後、訳も分からず母に連れられて夜逃げして以来八年間全く会わなかった父も亡くし、父の実家の世久家を継ぐことになった。  世久家はかなりの資産家で、古くから続く名家だったが、当主には絶対守らなければならない奇妙なしきたりがあった。  それは「一生働かないこと」。  世久の家には富をもたらす神が住んでおり、その神との約束で代々の世久家の当主は働かずに暮らしていた。  初めは戸惑っていた隆志も裕福に暮らせる楽しさを覚え、昔一年だけこの土地に住んでいたときの同級生と遊び回っていたが、やがて恐ろしい出来事が隆志の周りで起こり始める。  経済的に豊かであっても、心まで満たされるとは限らない。  望んでもいないのに生まれたときから背負わされた宿命に、流されるか。抗うか。  彼の最後の選択を見て欲しい。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

処理中です...