私をいじめたクラスのみんながぐちゃぐちゃに壊されて殺されるまで

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第1話 転校生、夜見坂 凪はセイギのミカタである

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「ねえ、これっぽっち? ぜんっぜん足んないんだけど」

 それは私の財布で、私のお金だ。

 だというのに目の前に居る女の子たちは、平然と財布からお札を全て抜き取ると、軽くなった財布を私の足元へと放り投げた。

 校舎裏の湿った土の上に、布製の財布が落ちる。

 これはいつものこと。

 クラスでも派手な見た目をしている女子3人が、こうして私を取り囲んでお金を巻き上げるのだ。

 いったい何回繰り返されたか覚えていないほど行われた犯罪行為。

 法律で禁止されている行為。

 分かっている。

 そんなことは分かりきっているけれど、それでも私はその地獄から抜け出せないでいた。

「まあいいわ、白山さん。残りのトモダチ料はまた今度ね」

 そう言いながらお金をポケットに突っ込んだ少女――宮苗みやなえ 瑠璃るりは、私の肩になれなれしく手を置く。

 きっと、次の金額が彼女の期待を下回れば、今度は頬に向かって飛んでくるのだろう。

 それが、怖かった。

「……はい、分かりました」

 痛いのは嫌。

 怒られるのは辛い。

 私はうつむいて、小さな声で服従を誓う。

 私の足が小刻みに震え、手はスカートの裾を握りしめる。

 ゆっくりと息を吐き出さなければ、涙がこぼれだしそうだった。

 でも泣いたらきっと彼女たちの機嫌を損ねてしまうから……。

「じゃあね~」

「ねえねえ、ガッコ終わったらカラオケ行こ」

「あっ、じゃあ大陽も誘っていい~?」

大陽たいよう誘ったら余分なヤツも着いてくんじゃね? 栄治えいじのやつ、絶対瑠璃のこと狙ってるっしょ」

「べっつに~。あたし眼中にないし」

「あはは、ひっど。まあキモいからしょうがないけどね~」

「アンタも酷いじゃん。事実だけどさ~」

「見る目がいやらしいよね~。存在そのものがセクハラっていうかさ」

 視界の隅で、三対六つの靴が軽やかに踊る。

 軍資金が手に入ったから浮かれているのだ。

 本当だったら私のお昼や日用品になっていたはずのお金なのに。

 ――だめだ。

 こんなことを考えていたら、顔に不満が出てしまう。

 そうしたらきっと私は叩かれる。

 嫌がらせをされる。

 言葉の棘で刺し続けられてしまう。

 そんなの、耐えられない。

 だから私は私を殺す。

 そうすれば悲しくないから。

 なにかを感じてしまう『私』が居なくなれば、きっと辛くないから。

「ねえ」

 はっと我に返る。

 いつの間にか、視界の中から学校指定の白いスニーカーは消え去っていた。

 その代わりに見慣れない革靴がひとつ。

「話すのは初めてかな?」

 聞きなれない男の人の声。

 私のことを憐れんでいたり、同情的だったり、嘲るような感情はまったく混じっていない。

 純粋に事実確認をしている声だった。

 私はおそるおそる顔をあげていく。

 この学校の物とは違う、灰色のスラックスがまず視界に入る。

 それから薄いベージュのベストに赤紫色のネクタイと、どちらも見覚えのない制服であった。

「やぁ」

 最後に、よくよく見て、意識的に覚えないと忘れてしまいそうなほど特徴のない顔が目に映る。

 彼の顔にはずいぶんと嘘くさく、軽薄な笑みが張り付いていた。

 名前は確か――。

夜見坂よみさかなぎ……くん」

 私が彼の名前を呼ぶと、「おや?」と意外そうな顔で目をぱちくりさせる。

「他人のことなんて構っている余裕も無さそうだったのに、よく覚えてたね」

「…………」

 1週間前に転入してきた夜見坂くんは、ずいぶんとストレートに他人の心をえぐってくる人みたいだった。

「ちなみに僕は他人の名前をすぐに忘れちゃうタイプなんだ」

「…………」

「基本的にからね」

 つまり自己紹介して欲しいということなのだろう。

 私はため息をついてから「白山しらやま菊理くくりです」とだけ名乗っておく。

「ふ~ん、じゃあおっぱいちゃんって呼ぶね」

 人の話をわざと聞かないタイプらしかった。

「セクハラ、ですよ」

 確かに私の胸はひとよりもだいぶ大きい。

 だがこれもいじめられる理由のひとつであって、私にとってはコンプレックスでしかない。

 過剰に反応するのも恥ずかしかったが、セーラー服に包まれた胸を抱きしめ、夜見坂くんの視線が届かないようにする。

 ただ不思議なのは、夜見坂くんの視線に性欲の混じった嫌らしさが欠片も感じられないことだ。

 純粋に事実を告げている。

 それだけ。

 ひとの事を人間と見ていない。

 例えるなら人間が牛の乳を見て大きいね~と無邪気に感想を言っているのに近かった。

「え、そうかな? 人の特徴をよく捉えた素敵なあだ名だと思うんだけど」

「と、特徴を捉えていても、素敵じゃないですから」

「ふーん……じゃあ三つ編みメガネちゃん? それとも昭和ちゃんにしとく?」

 確かに私は背が低くてやぼったくて地味な顔つきだしオシャレのセンスがない事も自覚しているけれど……。

 本当にさっきからこの人は、言葉でひとをいたぶるのが趣味なのだろうか。

「白山で、お願いします」

「分かったよ、おっぱいメガネちゃん」

「…………」

 もう、嫌だ。

 耐えたくない。

 だから私は私を――。

「ああ、その死んだ魚みたいに濁った眼がとっても素敵だね」

 ――始めて、夜見坂くんの声を聴いた気がした。

 それはきっと、夜見坂くんが初めて私の事を人間として見てくれたからで――。

「いじめられてるんだよね、君」

 夜見坂くんは私のことを変なあだ名で呼ばなかった。

 相変わらず、ひとの傷口をいじることはやめないみたいだけれど。

「…………」

 私はこくんと頷いて彼の言葉を肯定する。

 瞬間――。

「あはっ」

 夜見坂くんは楽しそうに嗤った。

 小さな赤子が作る、とてもとても無邪気で、この場には絶対そぐわない笑い。

 今までの嘘くさい、軽薄で仮面のような笑いとは違う、血の通った本当の笑顔だ。

 そしてその瞳は言っていた。

 見つけた、と。

「そっかぁ、じゃあさぁ――」

「え?」

 その表情と、夜見坂くんの発した言葉があまりにもちぐはぐすぎて、一瞬脳が理解を拒んでしまった。

「だから、助けてあげるよ」

「助ける?」

 何からなんて、言うまでもない。

 でも、私は理解できなかった。

 理解したくなかった。

 だって――。

「いじめられてるんだよね。あいつら悪い奴らだよね。どうしようもないくらいに腐っていて、どうしようもないくらいに終わっていて、どうしようもないくらいに要らないものだろう?」

 夜見坂くんは楽しそうで――。

「君は悪くないよ。よく頑張ったね、えらいよ。いじめられているのに我慢していたなんて、なかなかできることじゃないよ」

 嬉しそうで――。

「僕が来たから大丈夫。僕に任せてくれればぜ~んぶいいようにしてあげるよ。だって僕は正義の味方だからね」

 蟻の巣に水を流し込む時とか。

「苦しかったよね」

 バッタの足を一本一本引きちぎっていく時とか。

「辛かったよね」

 カエルを思い切り地面に叩きつける時とか。

「もうそんな想いをしなくていいように……」

 カタツムリを意味もなく踏みつぶす時とか。

「みーんな僕が片付けてあげるよ」

 そんな、無垢であるが故の残虐な行為を楽しんでいるときの子どもみたいな表情をしていた。

「これで君はもういじめられないよ、やったね」

 夜見坂くんはグッと親指を立てて私に突きつけてくる。

 最初の時と同じ軽薄さを感じさせる動作だった。

 けれど、彼の瞳には思わずゾッとしてしまうような暗い暗い影があって、私は思わず身震いをしてしまう。

「いじめられない……?」

「そうそう」

「ど…………」

 夜見坂くんが何をするつもりなのかということの方が、それを本当にできるのかよりも気になってしまった。

 だから聞きたいのに、質問してしまいたいのに、その答えを聞いてしまうと絶対的な何かを踏み外してしまう気がして、私は最後まで言葉に出来ずにいた。

「どうやってっていうのは教えられないかなぁ。企業秘密ってヤツだよ」

 夜見坂くんの体つきは華奢で、荒事には全然向いていなさそうだ。

 だから、暴力的な手段でないことは見当がつく。

 だからこそ、怖い。

 何をするのか分からないから。

「あっは~」

 こんな風にとても楽しそうに顔を歪めておきながら、することは――。

「いいよね?」

「な、なにが?」

 夜見坂くんは最後の確認を取ってくる。

 もう、逃げられない。

 何が始まるのかは分からないけれど、私が彼に向かって頷けば、全てが始まってしまう。

 夜見坂くんが動き出してしまう。

 きっと良くないことが起こる。

 最低で、最悪なことが起きてしまう。

「あいつらなんか、どうなってもいいでしょ」

 ――あいつら。

 ああ……そこまで、なんだ。

「クラスの全員、君を助けなかったんだからさ」

 そのことに気づいたところで、私はなんの感慨もわかなかった。

 だって、彼らは私を見捨てたし、加担していたし、無視していた。

 助けてほしかった。

 助けてほしいと言った。

 それでも何もしてくれなかった。

 むしろ事態を加速させて面白がる人までいた。

 だから、私の中で答えが生まれる。

「生きてる価値、ないよね」

 私は……。

「ねえ、ないよね?」

 深く、うなずいた。

 そうしたら、夜見坂くんは目を細くして、口をいっぱいに開いて、嬉しそうに、

「あはっ」

 わらった。
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