神風として死ぬしかない私たちに、生きる意味を教えてもらえませんか?

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第34話 私の本当に欲しかったもの

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 見せられた航空写真は二日前の物だという。

 それはとにかく黒一色で、いったい何を写したものなのか初めの内はまったく分からなかった。

 しかし、ようやく気付く。

 黒一色に思えたものは、蜘蛛の様な形をした地上侵攻用のオームだったことに。

 由仁さんが吹き飛ばし、地上に空けた大穴から、それをも覆いつくすほど大量のオームが湧き出し、侵攻を始めたのだ。それ故に、黒一色。

 もちろん拡大しているなどと言うオチではない。

 何度目をこすっても写真が変わることはなく、頬をつねっても夢から覚める事は無かった。

「由仁さんがやったのに……。意味が無かったの……?」

 思わず、そう呟いてしまった私に、意外な所から慰めが入る。

「いや、前のソイツはよくやったよ」

「え?」

 先生に食ってかかった、小柄な自衛隊員だ。

 ただ、その時の様な怖さは、既に無い。

「その、由仁ってヤツが基地型のオームを破壊したから、奴らは出て来ざるを得なくなっただけだ。もしあのままだったら、近いうちに日本がまるごと飲み込まれるほど戦力が整って、俺らは皆殺しにされていただろうな」

「あ……」

 唐突な態度の変化でなんと返せばいいのか、私には見当もつかなかった。

 彼の顔を見返すと、何とも極まりの悪そうな表情を浮かべて頭をボリボリと掻いてから、ふいっと視線を外して田所一佐の方を向く。

「敵の航空戦力は少ないんでしょう?」

「偵察はそう言っていた。しかし、確実に数はこちらの上だ」

「航空支援が必要な時はお呼びください。また……」

 そう言って、私の目をまっすぐ見据える。

「桜花の護衛も用意いたします」

 桜花。つまり私を守るという意味だ。

 結局私は死ぬかもしれない。でも、ただ使われるだけじゃないと、何となく感じていた。

「了解した。……相馬担当官。現状使える桜花の種類と生体……彼女たちの数は?」

 田所一佐は私に気遣って生体誘導機ではなく彼女達と言ってくれたのだろう。

 先生は少し考えるために固まった後、絞り出すようにいくつかの数字を並べていく。

「戦略水爆を搭載した桜花83甲型は2機、同乙型が半壊1。戦術水爆を搭載した桜花71甲型が5機。ただしこれは修理中も含むそうです。それから……通常のタイプは、3体待機しています」

 つまり、使える桜花は最大で4機という事だ。

 どう考えても、あの数を相手にするには足りなかった。

「なるほど。では桜花が必要な時は順次連絡する。相馬担当官、チャンネルを教えてもらってもよいか?」

「…………」

 先生は返答しなかった。

 私を使う事をためらっているのだろう。

 だから――。

「お願いします」

「恋っ」

 先生の手から通信機を奪い取ると、おっきな隊員さん――田所さんへ差し出した。

 当然、先生は私の手から通信機を取り上げようとしてきたのだが、私は先生の手を掴んで制する。

 たったそれだけで、先生の動きは止まってしまった。

 ああ、やっぱり先生も分かってるんだ。自分が無茶苦茶な事を言っているって。

 私を使わずに居られるなんて、有り得ないって。

「……先生。もう、いいよ」

「よくない」

「私は守ってもらわなくても大丈夫」

「それで恋は死ぬって言うんだろ? そんなの……」

 先生はまたあの顔を、泣きそうで泣き出しそうでたまらなくて、でもそれでも歯を食いしばって我慢して、やるせなくてどうしようもないっていう、あの表情をする。

 先生は私が死ぬことを心の底から嫌がってくれてるんだ。

 分かるよ。感じるよ。

 ありがとう……でも……。

「やらなきゃ、いけないから」

 そして私は笑った。

 笑顔が作れているか分からないけれど、精一杯の笑顔を作って先生に見せる。

「……今まで、ありがとうございました」

 楽しかった。

 嬉しかった。

 先生くれた思い出は、間違いなく私にとって一番の宝物。

 ずっとそれに浸って居たかったけれど、現実は許してもらえないから。

 だったらせめて、もっとたくさんの宝物を、私が守らなきゃ。

「…………」

 先生が声を押し殺して泣くのを始めて見た。

 そして――。

「恋っ」

 ぎゅって、抱きしめてくれて。

 それがとっても、痛かった。熱かった。

 泣きたくなって、本当は先生にずっと縋って居たくて――でも許されなくて。

 私は必至に笑顔を保ちながら、通信機を田所さんへと差し出した。

 嗚咽を飲み込む荒い息だけが聞こえる中、田所さんは私から通信機を受け取り、何か弄ると、私の手の上に乗っけてくれる。

「……では細かい命令は通信機をもって伝える。総員は持ち場へ」

「はいっ」

 ゆっくりと、私の声に押されるように、先生が動き出す。

 私の体を離すと、ゆらりと幽鬼の様に立ち上がり、涙を隠さぬまま、

「……はい」

 返事と敬礼をする。

 それから私達は桜花の発進するカタパルトへと向かったのだった。







 カタパルトへ前に来てから、ずっと、私と先生は思い出話に花を咲かせた。

 私が感情をもって大変だったこと。

 それでも嬉しかったと言ってくれた。

 私が少しずつ生活できるようになったこと。

 それが先生の幸せだったと言ってくれた。

 私が初めて笑ったこと。

 それで今までの苦労が全て報われたようだったと言ってくれた。

 私の短い人生は、それに収まりきらない位沢山の宝物が詰まっていて、私の両手には持ちきれなくて……。

『相馬担当官。支援を、頼む。場所は――』

 さあ、これが最期の宝物。

 先生は表情を完全に失った顔で通信機を手に、まるで機械の様に受け答えしている。

 これで通信は四回目。

 つまり、私が発進する番。

 もう楽しかった会話は終わり。

 どれだけ未練があっても、逝かなきゃいけない。

 必要だから。

 みんなを守るために。

 何より、先生を守るために。

 だから私は――。

「先生」

「なん、だい?」

 ずっと思っていたことを、口にした。

 少しだけ気恥しいから、先生の耳元に小さな声で耳打ちをする。

「……僕は、恋を守り切れない僕は、それに相応しくないのに……いいのかな?」

「だめ?」

 先生は、何か言う代わりに私をぎゅってしてくれる。

 先生の大きな腕が私の体を包み込み、温かくて優しい香りが胸いっぱいに広がって、先生の想いの全てが私に直接届く。

 それが答えだ。

 ああ、私は感情を持てて幸せだ。

 こんなに優しくしてもらって、大事にしてもらって、今はこんなに幸せなプレゼントまで貰えた。

 他のみんなよりも、ちょっとだけ幸せ過ぎるくらいだ。

「博士さんにも言ってみたかったな」

「……絶対喜ぶよ、安寿さんは。保証する。もしかしたら泣いちゃうかも」

「そう、なんだ」

 うん、私の中でも博士さんの顔が思い浮かぶ。

 最初は照れて、変な事を言って誤魔化そうとして……でも最後は先生みたいにこうやってぎゅってしてくれるんだ。

「それじゃあ、ありがとうって伝えてね……」

 …………その言葉を口にするのはちょっとだけ緊張してしまう。

 でも、許してくれたんだからいいよね?

「お父さん」
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