神風として死ぬしかない私たちに、生きる意味を教えてもらえませんか?

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第30話 束の間の平穏

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「美弥が……生きてた?」

 その事を聞いた時、僕の心に浮かんだのは純粋な歓喜だった。

 生きてくれていてありがとう。

 ただ、それだけ。

 知らず知らずの内に視界が歪み、頬を涙が伝う。

 由仁には悪いのだけれど、敵を倒した、なんて報告よりも何倍も何万倍も嬉しかった。

「良かった……」

『唯人、事はそう単純じゃないの』

「え……?」

 それから安寿さんが語った事実に、僕は運命を呪わざるを得なかった。

 どこまで美弥を、ただの子どもに、ここまで過酷で無残な試練ばかりが待ち受けているのか。平和に、穏やかに笑って暮らすことだけを望む事すら許してくれないこの世界なんて、世界の方が間違っている。

 もし神様なんて存在が居るのだとしたら、きっと悪辣で底意地の悪い奴に違いない。

 そう、思わざるを得なかった。

『美弥ちゃんは、頭部……前頭葉を損傷しているの。脳にチップを埋め込めば、またいつもの美弥ちゃんに戻る事が出来るかもしれない。でも……』

 前頭葉は、記憶や認知、判断、意欲などを司っている。

 美弥……と号生体誘導機・38番としては、死んだも同然だった。

 つまりそれは……。

「このままだと確実に廃棄されるって事なんだね」

『……そう。だからこの情報はまだ私のところで止めているの』

 通信機越しにも安寿さんが沈痛な面持ちをしている事は理解できた。

 脳機能をコンピューターによって補う事で、人間として元の様に生きられる。だが、それはコンピューターが無ければ生きられないという事。

 そして戦う相手であるオームは、コンピューターを無効化する。

 これは生体誘導機としては致命的だった。

 あの、非常な判断をする司令官が、そんな存在を許すはずがない。確実に廃棄、美弥の殺害を命じる事だろう。

 もしかしたら今美弥が死ぬことは救いなのかもしれない。

 こんな辛い世界に生きるなんて。

 周囲から望まれず、役に立たない道具として責められるくらいなら、このまま静かに眠る方が――。

「安寿さん。それでも美弥を救って欲しい」

 それでも僕は美弥に生きていて欲しかった。

 いつか、幸いがあるかもしれないから。

 今までの生を、美弥は精一杯楽しんでいたから。

 生きる理由や意味なんてなくていい。僕が、安寿さんが、美弥が生きる事を望んでいて、美弥もきっとそれを望んでいると思うから。

 綺麗事かもしれない。

 理想論かもしれない。

 きっと、現実が見えていないのだろう。

 それでも僕は――。

「生きる事が幸いだと思うから」

『……分かったわ』

 辛いかもしれない。

 今まで以上に苦しい未来が待っているだろう。

 それでも死ぬよりはマシであると信じたかった。

 僕たちの所に、命だけででも帰ってきてくれたのだから。

『唯人ならそう言ってくれると思ったわ。ありがとう』

「安寿さん、美弥をお願い」

 きっと安寿さんも迷ったのだろう。

 美弥をこのまま眠らせてあげるべきかと。

 辛すぎる現実を、もう見なくて済むようにした方が幸せなんじゃないかって。

「それから、手術が終わるまで司令官にこの事が伝わらないようにした方がいいよね」

『……そうね。やってしまえば最悪色々と誤魔化すことも出来ると思うから』

「分かった。そっちは任せて」

 扉の方を、チラリと見遣る。

 誰かが居る様な気配は全くないけれど……。

「安寿さん、ありがとう……」

『言い過ぎよ。私も美弥ちゃんの事は助けたかったから、お礼を言う必要なんてないわ。むしろ背中を押してくれたんだから私が唯人にお礼言わなくっちゃ、ありがとね』

 それから僕は、必要なやり取りを交わしてから通信を切った。

「聞こえてただろう。君の手を借りたい」

 扉に向かって声を投げかけると……予想通り、扉が開いていく。

 そこにはあの調達屋がにやにやと笑いながら立っていた。

「そこまで詳しくは聞こえてなかったんで、説明してもらえませんかね」

 悪びれもせずに聞き耳を立てていたことをぬけぬけと言ってくる。

 それに僕はため息を一つ返し、

「僕はこういう事にあまり詳しくないんだ」

 悪だくみを始めたのだった。









 戦闘が終わってから二日もの時間が経っていた。

 調整室の入って右側には金属製のカプセルが存在しており、その中には未だ目覚めない美弥が眠っている。

 そして僕は……。

「……かぐや姫は、月にかえってしまいました」

 ベッドを部屋の隅に追いやり、代わりに敷き詰めたマットの上で、本を読み上げる恋の声を頷きながら聞いていた。

 恐らく怖い思いをした美弥が目覚めたとき傍に居られる様に、安寿さんに無理を言ってこうさせてもらっているのだ。

「……おしまい」

「うん、つっかえることなく随分綺麗に読めるようになったね。凄いよ、恋」

 恋の短く整えられた頭を少し強めに撫でると、彼女はちょっと得意そうな顔で当然だ、とでも言いたげにすまし顔をする。しかし、僕の手を拒まないところを見ると、撫でられて悪くは思っていないのだろう。

 こういうところは由仁に似て来たかもしれない。

「どのくらい読めるようになったのかしら?」

 机に向かって報告書をしたためていた安寿さんが、手を止めて聞いてくる。

 調達屋が手を回しており司令官に届くのが随分と遅れる様になっているとはいえ、早めに書き上げておいた方が相応の名分も立つだろうという事らしい。

「間違えたのがえっと……」

「8回」

「8回になったの」

 二桁を下回るようになってきたのはなかなかの快挙である。

 こうして言葉を上手く操れるようになれば、次は体、指先と訓練が進み、やがて操縦へと移っていく。

 勝利したものの多大な犠牲を払わざるを得なかったこと、生体誘導機を運用する桜花部隊トップの岡島一佐が亡くなられた事とでしばらく桜花が運用されることは無いだろう。かなり長い時間、恋は訓練――という名目の人生を楽しめるはずだ。

「あら、それだと……」

 安寿さんは伸びがてら大きく振り向いて、カプセルで眠る美弥へと視線を投げかける。

「美弥ちゃん、負けちゃってるわよ」

 もちろん、返事はない。

 それでも僕たちは、美弥がきちんと意志を持ってそこにいるかのように会話を続ける。

 きっと美弥にも聞こえているから。

 安寿さんの処置が実を結んで目を覚ますはずだから。

「美弥さんはどのくらいだったの?」

「ん~、本人の名誉の為に詳しくは言わないでおくけど、だいぶ苦手だったかな」

「そうなんだ」

 先輩に勝てたことが嬉しかったのか、恋は少しだけ顔をほころばせる。

「それじゃあ、美弥が目を覚ました時に合わせてもっと練習して差を付けちゃおうか」

「うん」

 今、この時この場所では、まるで周囲から隔絶されているかのようにゆっくりと時間が流れていた。

 それもこれも、全ては由仁が遺してくれた大切で幸せな時間。

 いずれ終わってしまうと分かっていても、それでも今、僕たちは確かに幸福を味わっていた。
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