神風として死ぬしかない私たちに、生きる意味を教えてもらえませんか?

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第28話 私の心を満たしたものは――

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 チャフにより切り開かれた道を、私は辿る。

 そこにはキラキラと銀色の光と緑色の光が舞い散る夢の様な世界。

 現実を思うと、目前に死の危険が迫っているのだけど、私はそんなことなど忘れて束の間の美しい空間へ身を揺蕩わせた。

 そんな刹那の夢が終わる。

「私にはっ」

 目の前には黒く、小汚いオーム共の群れ。

 私は今からここに飛び込まなければならない。

 退くこともためらう事も許されない。必ず私は逝かなければならないのだ。

 だって――。

「大切な人達が居るのっ!」

 美弥が助かるためには、私が成功させてオームを撤退させなきゃいけない。

 恋が花のお世話をするためにも、安寿博士がこれからも色んな子にお話を聞かせるためにも。

 そしてなにより、先生がこれから生まれる子たちと出会い、私にしてくれた様な、素敵で大切な時間を育んでいくために。

 そうだ、と私の想いを肯定するように、背後から紅い銃弾が飛んできて、正面に居るオームの鼻っ柱をぶん殴った。それによって、ほんの少しだけ、隙間が――生まれる。

「邪魔をするなぁぁぁっ!!」

 新しい燃料をくべられたロケットエンジンは、私の想いに応えるかのように、勇ましくも雄々しい咆哮をあげる。

 慣性が私の体を蹴り飛ばし、踏みつけてくるが、それでも私は足を切り落としてまで得た軽さを武器に抗った。

 機体は大気の波を飛び越し無音の領域へと足を踏み入れる。

 その速度はマッハ2。ほんの少しの操作ミスが作戦の失敗へと直結してしまう。

 無理に無茶を重ねた作戦だけれど……シミュレーションではうまく行ったのだ。ならば現実でだってやってみせる。

 私はそう意気込むと、オームの群れ……いや、もはや壁と形容した方がいい様な、そんな場所――そこに先ほど空いたばかりの小さな穴へと機体を突っ込ませた。

 右、左、上。

 掠めるようにオームが過ぎ去っていく。

 瞬きすら許されない。

 ほんの少しの隙間をコンマゼロ一秒にも満たない時間で見つけ、機体を潜り込ませていく。

 右前方から進路を邪魔するように飛び出して来たオームをギリギリ機首を下げる事で潜り抜け、その先に居たオームは機体を回転させて上手く衝突を回避する。

 その次も、その次も。

 機体がオームを掠めたのだろうか、激しい振動が伝わって来た。しかしそれを宥め、押さえつけると更に私は加速する。

 脳ですら加速を続け、神経はより鋭敏に研ぎ澄まされていく。

 一秒にも満たない時間で、既に道程は半分以上乗り越えた。

 後、半分。半分で私は……私が生きていた証をこの世界に刻み込めるんだ。

 死ぬんじゃあない。無駄死にでも、絶対にない!

 だから――。

 しかし――。

 敵もそれは同じ。

 どんな目的があるのかは分からないが、奴らも死に物狂いだった。

 私の突き進むべきルート上に多くのオームたちが集まって壁を作る。

 今度こそ、一ミリの隙間もない。

 進めば死……無駄死にだ。

 私はスロットルを絞って僅かに速度を落とし、ルートを変える。

 ただ、それは致命的な隙を生んでしまった。

 更に別のオームたちがスクラムでも組むかのように、連なり壁になる。

 加えて背後について来ていたオームと、私がすり抜けたオームたちが後ろに迫って来ていて――。

 ――しまった。

 そう後悔した時には、既に全てのルートが潰されてしまっていた。

 後は後ろから来るオームに潰されて死――。

 私の思考が闇に包まれる。

 何よりも、死よりも恐ろしかった事が、現実になろうとしていた。

――諦めるな!

 声なんて聞こえないはずなのに。

 そんな時間もないはずなのに。

 誰かからそう声をかけられた気がして顔をあげた。

 視線の先を、オームよりも、私の繰る桜花よりも大きな鳥が――戦闘機、火竜が飛び去って行く。

 桜花の様にやや不格好な形ではなく、鋭い機首と青く塗装された流線形の胴体を持ち、翼の根元には二機のジェットエンジンを搭載している。後部についているノズルからは赤い炎をまるで名前の様な竜の息吹の如く吐き出していた。

 あれに乗っているのは、水原誠とその相棒である大木信二だ。

 まだ、私について来てくれていたのだ。

 でも、何を――なんて疑問すら差し挟む余地もなく、火竜は銃弾をばら撒きながら力強く突き進んでいく。

 オームの作り出した壁へと向かって。

――私を迎えに行くって言ってたのに。これじゃあ、私が迎えに行かないといけないじゃない、バカ。

 金属と人の命から生まれた一頭の竜が、異星からの侵略者たちへ牙を向く。

 喰らいつき、身を捩って跳ね飛ばし、炎を噴き上げて。

 風穴を――空けた。

「み――――」

 ショックを受けている時間はない。

 名前を呼んでいる暇があったら駆け抜けろ。

 きっと彼ならばそう言うはず。

 今はもう聞こえなくなった彼の声が、私の心の中で私を怒鳴りつける。

 そうだ。

 そうだ、その通りだ。

 私が目的を果たすことこそが、何よりも彼らに報いる事なのだから。

「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁ――――――っけぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

 火竜が作り上げたトンネルは、未だ炎の粒子や残骸が舞い踊っている。

 しかし、それだけだ。

 鉄の体と翼を持つ私は、それでもける。飛べる。

 桜花の体に涙雨の様に火の粉がぶつかり弾けていく。

 でもそれでも私は止まらない。

 火竜とオームの肉片の雨を頭からかぶるが、それでも止まらない、止められない。ただ、進むだけ。

 私の体はちぎれ、羽は落ち、身は削がれていく。

 満身創痍になっても私は飛び続けて――攻撃位置に達した。

 ぐずる機体を殴りつけて頭を直下へ向ける。

 視線の先に在るのは、火口にも似た基地型オームの発進口。

 私の到来を驚いているかのように、ぽっかりと丸い穴が空いていた。

――くらえ。

 私は全身で風を受け、急激なエアブレーキをかける。

 生まれたGが、私の内臓をシェイカーのようにぐちゃぐちゃにかき混ぜた。多分、内出血でも起こしているのだろう。体のどこかからか鈍い痛みが生まれる。

 それも、まだ私が生きている証拠。

 やがて慣性よりもエアブレーキとロケットの勢いが勝り始め……私は大地に向かって最期の突撃を開始する。

 落ちていく頭の先から血が抜けていき、一瞬視界が真っ白に染まるが、それでも私は迷わない。

 記憶を頼りに無人の階段を駆け下り――。

 私も、水原の様に、そして恐らく陽菜の様に。喰らいついた。

 気持ちのいい青と太陽の光に包まれた世界から一変して真っ暗な世界へと突入する。

 そこは、人間が誰も立ち入ったことの無い世界。基地型オームの腹の中。

 周囲は真っ暗で、光一つない。

 ただ、まっすぐ行った先に、緑色に光る目の様な物が、あった。

 その目は私の事を見定め、そして、明らかに恐怖を抱いていた。

 それを見て、私は溜飲を下げる――なんてことはなく、敵をぶちのめした達成感も、任務を全うした使命感も、無かった。

 最期の一瞬に、私の胸を満たしたのは別の事。

 ああ、私はこんな事の為に命を賭けてたんだって……気付いて少し恥ずかしくなった。

 私が本当に心から望んでいたのは――。

「先生、安寿博士。いっぱいいっぱい、褒めてくれますか?」

 大好きな二人のために。

 たった、それだけ――――。
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