神風として死ぬしかない私たちに、生きる意味を教えてもらえませんか?

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第20話 ごめん。それから、ありがとう

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「相馬情報担当官、お聞きしてもよろしいでしょうか」

「皆が待ってるから手早くしてくれるなら」

「いえ、そのみんなが待っているというこの状況をお聞きしたいのですがっ」

 そう言われて僕は周囲を見回す。

 体操服に着替えた三人の少女と私服のジャージ姿の僕が運動場にラインを引いたドッジボール用コートの上に立っている。

 水原二尉は反対側でたった1人棒立ちになって、手には布製のボールを手にしていた。

「……何もおかしなところはない様に見えるけど?」

「そうよ、水原誠。早くしなさいっ」

「早くあそぼーよ!」

「なんで訓練で遊んでるんですかっ!!」

 なるほど。水原二尉の疑問は払拭されなければならないだろう。

 僕は美弥の方へと向き直り、しゃがんで目線を合わせる。

「美弥、これは反射神経を鍛える訓練だ。いいね?」

「は~いっ。訓練訓練~~っ」

 うん、美弥は素直で良い子だなぁ。

「これはきちんと意味のある事なんだ。訓練として受理されるし君にも給料が出る」

 そうだ。由仁や美弥それから恋が楽しむ事。それが一番の目的。

 人生を楽しいと思えば、生きる理由になる。

 生きたいとあがく様になる。

 大切な人が出来れば、そのために戦いたいと思う。

 理由が生まれるのだ。

 それは特攻を必ず完遂させるという原動力に繋がっていた。

 ……何とも下種な話ではあるのだが。

 ただ、それでも一瞬でも輝かしい笑いに満ちた時間を与える事は、きっとこの子たちにとって幸いとなるはずだから。

「ああ、ルールが分かりにくかったかな?」

「いえ、それは分かります。要するに枕投げですよね」

「そう」

 コートの中ならば自由に逃げられるが、三回ボールに当たった時点でアウトになる。水原二尉は一人であるため、彼が三回当てられた時点で試合は終了となってしまうが、これは大人と子どもが戦うハンデとして受け入れてもらおう。

「それから恋には当てない事。代わりに僕を狙ってくれ」

 なお、恋はこのゲームに初参加である。傍から見ている事は何度かあったのだが、びゅんびゅん飛び交うボールに怖気づいてしまって一度も参加した事は無かったのだ。

「ちなみに一度でも恋に当てたらどうなっているか分かっているよね?」

「目が怖いです担当官」

 おっと、少し本気になってしまったかな。失敗失敗。

「水原誠。訓練の時に大口を叩いているのだから、このぐらい出来るでしょう。それとも負けるのが怖いの?」

 普段は僕が相手になっている為、由仁は少し遠慮しているのを感じていたのだが、そんな事をお構いなしに思いきりボールをぶつけられる対象が出来て嬉しい様だ。

 腰を落とし、右の拳を左の手のひらにぶつけて張り切っている。

「ちげえっての……ったく」

 水原二尉はそうぶつくさ言った後、やけ気味にぽいっとボールを放った。

 子ども相手だと思って甘く見たのかもしれない。

 キュピーンと美弥の目が光ったように……僕には見えた。

「やっ!」

 美弥が高く跳び上がり、放物線を描く前にボールをキャッチすると、空中に体があるうちに、バスケットのチェストパスの要領で投げ返す。

 当然構えが出来ていない水原二尉は、呆然と突っ立ったまま頭部にボールを受けてしまった。

「いえーいっ! 一点目ー!!」

「エースパイロットと言っても大したことないわね」

 美弥と由仁は仲良くハイタッチを交わして奇襲が成功した事を喜んでいる。

 一方水原二尉は、自分が何をされたのかまったく理解できていない様であったため、仕方なく補足説明を入れる。

「2人はああ見えて体操選手並みの身体能力を持っているんだよ。時代が時代ならオリンピックにでも出られたんじゃないかな」

 世界中から選りすぐった人間の遺伝子を研究し、身体能力や反射神経を極限にまで強化してあるのだ。彼女たちはただの子どもではない。科学技術の申し子なのだ。

 しかも僕が訓練をし、安寿さんが徹底して体調を管理しているため、単純な基礎能力は普通の生体誘導機とは比べ物にならないほど上昇していた。

「聞いてないんですけど」

「言ってないからね」

 というか、子どもだからと侮っている方が悪い。

 これは彼にとっていい薬になっただろう。それは今後の指導にも生きてくるに違いない。

「つぎ~つ~ぎ~ぃ!」

 美弥がねだる声を聞いて、ようやく水原二尉にもスイッチが入ったのだろう。

 いつもの眠たそうな眼つきから、真剣を想わせる様な鋭いものへと変わる。

 水原二尉は、足元に落ちている布製のボールに指を引っかけ、拾い上げ――。

「えっ!?」

 拾い上げることなく、また、目視すらすることなく腕の挙動だけで素早くボールを投擲し、由仁の足へとぶつけてしまった。

 さすがは凄腕のパイロットだ。もうこのゲームの要点を見抜いていた。

 布製のボールは力んで投げてもさほどスピードは出ない。むしろ相手の虚を突くことの方が重要なのだ。

「ええぇぇっ!?」

「由仁。この世界には色んな人が居て、色んなやり方があるんだ。面白いだろう?」

 そういえば水原二尉は、ダーツも得意だったと調査結果にあった事を思い出す。

 人間は色々な手札を握っているものだ。その手札を増やす事はオームとの戦いにおいて頼もしい武器となる事だろう。

「むぅぅっ…………はい」

 由仁は悔しさが先に立っていて、まだそういう事が意識出来て居ないようだったが。

「由仁ちゃん早く早くっ。それとも私が仇を取ってあげよっか?」

「自分で出来るわよっ」

 由仁はそう豪語すると、ボールを拾い上げて思いきり投げつける。

 だが、如何に素晴らしい身体能力であろうと、子どもの体では限度があった。

 易々と受け止められ、もう一度投げ返される。

「このっ」

 今度は油断をしていないのだから由仁も負けはしない。

 少女たちと水原二尉の間で、猛烈な応酬が始まったのだった。





「だっ」

 水原二尉がよろめきながらも投げたボールが、必死にかわそうとした由仁の肩口を掠めていき――地面に落ちる。

 それで勝敗は決まった。

「それまで。勝者水原二尉」

「っしゃあ!」

 大人の意地から本気で少女たちとぶつかり合った結果、大人げなく勝利した水原二尉がガッツポーズをする。

 かなり危ないシーンが何度かあったので、相当に肝を冷やしていただろう。

「うぅ……」

「負けちゃった~……」

 美弥は少し前に離脱していたというのに、未だ肩が大きく上下している。

 かなりの力を出し切ったのだろう。

 そしてそれは由仁も同じで、終わったと同時にその場に寝転んでしまっている。その上相当悔しかったのか、今にも泣き出してしまいそうなほどに顔を歪めていた。

「恋はどうだったかな?」

「……うん、たのしかった」

 投げるのも弱々しく、ほぼ戦力になれていなかったのだがそれでも初めて遊びの輪の中に入れた事は彼女にとってよい刺激になったはずだ。

 このまま少しずつ一人で歩いて行ける様になれば…………いいのだけれど…………。

「良かった」

 ぐしぐしと恋の頭を強めに撫で、僕はコートの中に入る。

 水原二尉は疲労困憊しているけれどもまだ立っているし心配する道理もないので置いておくとして……。

「由仁、立てるかな?」

 彼女の顔を覗き込む様なデリカシーの無い真似はしない。

 由仁の方は見ないまま、少し大きな声で問いかけた。

「先生……しょう、しょう……お待ち、ください……」

「難しいならそのままでいいよ」

 返事も気だるそうだった。それに……。

「水原二尉。いずれまた再戦をして貰えるかな?」

「……はぁ……? まあ、命令なら……自分は断れないですから」

「そうか。じゃあこの子たちは再戦したいだろうから命令させてもらうよ。……美弥はしたいよね?」

「するっ!」

 由仁は……聞くまでもないだろう。

 また悔しい思いをするかもしれないが、勝てた時の

「水原二尉」

「……明日は腕が筋肉痛になりそうなんで、治ってからでお願いします」

 治りが早くなるように、湿布やビタミン剤を差し入れした方が良いかもしれないな。

 いずれにせよ――。

「……ごめん。ありがとう」

 先の無い彼女達と深く関わらせてしまって、本当にすまないと思っている。

 でも、彼女達は君のお陰でこんなにも生きていられるんだ。

 だから――。
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