神風として死ぬしかない私たちに、生きる意味を教えてもらえませんか?

駆威命(元・駆逐ライフ)

文字の大きさ
上 下
13 / 41

第12話 そして桜花は今日も散る

しおりを挟む
 オーム。

 敵対的外宇宙生命体。

 人類が初めて出会った自分たちと違う星から来た存在。

 人類と違ってケイ素や金属で体が構成された、人類から見れば異質とも言える命。

 彼らとの遭遇は、彼らによる地球の侵略という最悪の形で始まった。

「……こ、のぉ!」

 私は右手の操縦桿を操り目の前に迫る薄いひし形をした、巨大なエイのような敵を避ける。

 敵の目的は、特攻をかける私の機体を、水素爆弾という戦略兵器を積んだ桜花を、何が何でも撃ち落とすこと。桜花さえ落としてしまえば要塞型と言われる巨大オームを破壊する手段は、人類側に残されていない。

 奴らは自分の周囲数キロから数十キロの範囲内に存在する電子機器、もっと正確に言うと電算機を狂わせ、暴走させる。

 それが分からない当初は撃ち込んだミサイルが逆に飛んで来て壊滅、なんてことも起こったそうだ。

 かといって電算機を積んでいない、ただ直進するだけのロケットなどいい的で、オームにはなんの痛痒も与えられなかった。

 だから私達が、生体誘導機が操縦した桜花を使って相手に突っ込み破壊する。

 それしか方法は――。

「きゃっ!」

 機体のどこかに被弾したのだろう。

 上下左右に細かく機体が揺れ始め、操縦がおぼつかなくなる。

 目標まではまだまだ距離があるのに、敵の防衛は厚く、到底たどり着けそうにない。

 援護もゼロ。

 それでも。

 そう思って私は加速の為に左手のレバーを引いて――。

 その瞬間、固体燃料を撃ち抜かれ、爆発四散した。

「はい、ゲームオーバー。残念ねぇ」

 キャノピーの透明な強化プラスチックごしに安寿博士がのんびりとそう声をかけてくれる。

「すみません……」

 私が失敗したのはあくまでも状況を設定したシミュレーションだが、これがとても重要な作戦のものだと私は知っていた。

 だから私は肩を落として謝罪をする。

「謝らなくてもいいんだよ、由仁」

「……先生」

 安寿博士の隣に先生が姿を現し優しく声をかけてくれる。

「でも……」

「反省会もいいけど、まずは出てからにしよう」

「は、はいっ」

 パシュッと音がしてキャノピーが開いた。

 安寿博士と先生が上半身だけコックピットの中に入れると、私の肩口と足のロックを手早く外していく。それが終わり、私の体がシミュレーターから解放されると、

「捕まって」

 先生がそう言いながら、私の体を持ち上げた。

 捕まってというのは、先生に抱き着けという事だ。

 確かにこれから段差を降りて長椅子にまで行くのだからきちんと先生にしがみついていないと私が落ちてしまうかもしれない。

 今までそんな事は一度も無かったけれど。

「は、はい」

 私は戸惑いながら先生の首に手を回す。そうすると、先生が私の背中と太もも裏辺りに手を回し、しっかりと保持してくれた。

 ……本音を言えば、私はこの瞬間が少し苦手だ。

 嫌いなわけではない。むしろもうちょっと長くこうして居たいなと思ってしまうくらいだ。

 でも、何故か血がのぼってしまい、頬が熱くなって胸がドキドキしてしまう。

 更に体が密着してしまう為、こんなことになっているのが先生にばれてしまわないかな、なんて考えると余計にドキドキしてしまい、どうしようもなくなってしまうのだ。

「ごめんね。僕が抱き上げるのが嫌だったら……」

「い、嫌じゃありませんっ」

 なんて、大声で否定してしまった後に、ちょっと過剰だったかなと後悔する。

 だって……。

「おやおやぁ~?」

「ふふふ、これはライバルの登場かしら」

 長椅子に座った美弥が、顔をにやつかせながらからかってくるし、後ろにいる安寿博士がもっと直接的な言葉でからかってきたからだ。

「ち、違いますっ。私は先生の事を心から尊敬しているだけで、深い意味はありませんっ」

「由仁ちゃん顔真っ赤だよ」

 指摘されたからか、私は余計に意識してしまって自分でも分かるくらいに顔が熱くなってきてしまった。

 顔を先生に見られたくなかった私は、両手で必死に顔を抑えながら弁解を重ねる。

「せ、先生! こ、これは違うんです! これはからかわれたからであってその……とにかく違いますっ!!」

「えー?」

「美弥は黙ってなさいっ」

 そんな私に先生はあははって力なく笑いかけながら、それ以上は何も言わないでいてくれる。

 顔は見えなかったけれど、少し困っている様な、でもいつもの優しい先生の笑顔が脳裏に浮かんで……またちょっとだけ胸の鼓動が加速してしまった。

 先生はそんな私を抱えたまま長椅子まで連れて行ってくれる。

 隣に座る美弥が、キシシと意地の悪い笑い声をあげたので一瞬だけ顔から手を離して叩いておく。

「も~、いったぁ~い」

 うん、全然反省してないわね。

 まだ笑ってるし。

「じゃあ、義肢をつけるよ」

「あ、は、はいっ」

 慌てて私は足を差し出し、長椅子を掴んで体を固定する。

 顔を隠すものが無くなってしまったのだけど、先生は真剣な顔で義肢を手に持っていたため、浮かれているのがなんだか申し訳なくなってしまった。

 私は深呼吸を一つすると、お願いしますと言って少し足をあげる。

「ありがとう」

 先生はそうお礼を言ってから、慎重に太ももの断面と義肢を合わせ、接続してくれた。

 両足共に義肢を装着してもらった私は、機械の足を曲げたり伸ばしたりして神経と繋がっている事を確認する。

 安寿博士が説明してくれたところによると、神経の微弱な電位差を感知して足が自由自在に動くらしい。よく分からないがそういうものなのだろう。 

「ありがとうございます、先生」

「こちらこそ、だよ」

 そう言って先生は、私の頭をくしゃりと撫でてくれる。

 これも少し恥ずかしいのだけれど、抱き着かなきゃいけないさっきのよりは平気な振りができるため、私は顔色が変わらない様に堪えながら、いえ、とだけ言っていおく。

 美弥がからかってこなかったので、たぶん隠し通せたはずだ。

「さてと、それじゃあ反省会だけど……安寿さん」

「何かしら?」

「さすがにこの設定は意地悪過ぎないかな。最後の所なんて、単独で敵のただ中を突破しないといけないじゃないか」

 先生が指摘したところはちょうど私が力尽きてしまったポイントだ。

 確かにあれは本当に難しくてちょっと無理じゃないかなって思う。

「う~ん、でもねぇ……」

 安寿博士はそう言いながら手元の端末に目を向けて唸り声をあげる。

「戦力比から推定すると、最後の20㎞くらいは桜花部隊単独になっちゃう可能性が高いのよねぇ……」

 マッハ2~4位に加速できるとはいえ、そこを抜けるのには2秒以上はかかる。大雨の中を、雨粒にあたらず走って通り抜けろと言われているのに等しいのだが……。

 それだけ人類は、日本は追い詰められている。

 これ以上は高望みというものなのだろう。

「やらなければならないのでしたらやってみせます!」

 その為の生体誘導機なのだから。

 私達はそのために作り出されたのだから。

 この身を全ての人々の為に捧げる覚悟は出来ていた。

「……それじゃあ、その場所の対策は練習あるのみ、かな」

「はいっ」

 もちろん、出来る限りの事をするのは大前提である。私も、私の援護をしてくれる人たちも。

 だから私はそれだけの距離を通り抜けて見せるための腕を磨く。

 そう決心した後、私は胸を張り先生に敬礼を返す。

 でも隣で座っている美弥は、ずっと静かなままだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

絶世のディプロマット

一陣茜
SF
惑星連合平和維持局調停課に所属するスペース・ディプロマット(宇宙外交官)レイ・アウダークス。彼女の業務は、惑星同士の衝突を防ぐべく、双方の間に介入し、円満に和解させる。 レイの初仕事は、軍事アンドロイド産業の発展を望む惑星ストリゴイと、墓石が土地を圧迫し、財政難に陥っている惑星レムレスの星間戦争を未然に防ぐーーという任務。 レイは自身の護衛官に任じた凄腕の青年剣士、円城九太郎とともに惑星間の調停に赴く。 ※本作はフィクションであり、実際の人物、団体、事件、地名などとは一切関係ありません。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

十年前の片思い。時を越えて、再び。

赤木さなぎ
SF
  キミは二六歳のしがない小説書きだ。  いつか自分の書いた小説が日の目を浴びる事を夢見て、日々をアルバイトで食い繋ぎ、休日や空き時間は頭の中に広がる混沌とした世界を文字に起こし、紡いでいく事に没頭していた。  キミには淡く苦い失恋の思い出がある。  十年前、キミがまだ高校一年生だった頃。一目惚れした相手は、通い詰めていた図書室で出会った、三年の“高橋先輩”だ。  しかし、当時のキミは大したアプローチを掛けることも出来ず、関係の進展も無く、それは片思いの苦い記憶として残っている。  そして、キミはその片思いを十年経った今でも引きずっていた。  ある日の事だ。  いつもと同じ様にバイトを上がり、安アパートの自室へと帰ると、部屋の灯りが点いたままだった。  家を出る際に消灯し忘れたのだろうと思いつつも扉を開けると、そこには居るはずの無い、学生服に身を包む女の姿。  キミは、その女を知っている。 「ホームズ君、久しぶりね」  その声音は、記憶の中の高橋先輩と同じ物だった。  顔も、声も、その姿は十年前の高橋先輩と相違ない。しかし、その女の浮かべる表情だけは、どれもキミの知らない物だった。  ――キミは夢を捨てて、名声を捨てて、富を捨てて、その輝かしい未来を捨てて、それでも、わたしを選んでくれるかしら?

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

ふたつの足跡

Anthony-Blue
SF
ある日起こった災いによって、本来の当たり前だった世界が当たり前ではなくなった。 今の『当たり前』の世界に、『当たり前』ではない自分を隠して生きている。 そんな自分を憂い、怯え、それでも逃げられない現実を受け止められるのか・・・。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

年下の地球人に脅されています

KUMANOMORI(くまのもり)
SF
 鵲盧杞(かささぎ ろき)は中学生の息子を育てるシングルマザーの宇宙人だ。  盧杞は、息子の玄有(けんゆう)を普通の地球人として育てなければいけないと思っている。  ある日、盧杞は後輩の社員・谷牧奨馬から、見覚えのないセクハラを訴えられる。  セクハラの件を不問にするかわりに、「自分と付き合って欲しい」という谷牧だったが、盧杞は元夫以外の地球人に興味がない。  さらに、盧杞は旅立ちの時期が近づいていて・・・    シュール系宇宙人ノベル。

処理中です...