神風として死ぬしかない私たちに、生きる意味を教えてもらえませんか?

駆威命(元・駆逐ライフ)

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その日世界は崩壊した

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「ぐ……うっ」

 体中が激しい痛みを訴えて思わず悲鳴が零れ出る。

 頭に血がのぼってグラグラするし、何か冷たいものに体中を抑え込まれていて動く事すらままならない。それに目を開けている筈なのにも関わらず、白いもやの様なもので覆われていてほとんど何も見えなかった。

 隣からうめき声が聞こえて来て、遠くではいくつもの悲鳴が上がる。

 僕は先ほどまで一家そろって車に乗り、旅行を楽しんでいたはずなのに……。

 なんでこうなったんだろう。自分の身に何が起きているのか、家族がどうなっているのかまったく分からず、ただ恐怖が押し寄せてくる。

 助けてという言葉が口を突いて出ようとしたが、

「おにい……ちゃ……」

 隣で上がっていたうめき声が明確な言葉になって耳に入ってくる。

 そうだった。隣に居たのは妹の深夏のはずで、僕がこうなっているという事は、深夏だって危険な目に合っているはずなのだ。

 こんな簡単な事、なんで思い至らなかったんだろう。

 かすみがかった頭が段々とはっきりしてくると共に、目の前のモヤも消えていく。そうなってやっと僕は自分が置かれている状況を自覚した。

 僕は、ひっくり返った車の中、シートベルトが体に絡まり、潰れた残骸に押しつぶされそうになっていたのだ。

「み……なっ!」

 しゃべろうとした途端、焼けつくような痛みが顔の左側から生まれる。

 左目を開けようとしても、うまく行かない。まぶたを持ち上げようとするだけで痛みは更に激しさを増す。

 何とか右手を引き抜くと、恐る恐る顔の前にまで持って行くと――。

「いっ」

 とんでもない場所で何かにぶつかった。感覚から想像するならば、僕の左目に何かが突き刺さっているのだろう。

 歯を食いしばって痛みを堪えながら、手探りでそれを引き抜く。無事な右目の前に持ってくると、真っ赤に染まったガラスの破片が視界に入った。

 これで死んでいたかもしれないと思うと背筋を震えが走り抜ける。しかし、今はそんな事よりも大事な事があった。

 残った右目だけで辺りを見回すと――。

「そんな……」

 最悪な、絶対に見たくない、信じたくないものを、見てしまった。

 僕の体を抑え込んでいる物、車の座席シートの向こう側には、拉ひしゃげて押しつぶされた父さんの姿があったのだ。素人目にも、父さんの命が無い事は理解できた。首の角度は絶対にありえない方向に向いていて、のだ、命があるはずない。

 運転席に座っていた父さんがそうなのだ。助手席に座っていた母さんは――。

 喉の奥まで駆け上って来た悲鳴が飛び出る前に、必死に奥歯で噛み潰す。ようやく晴れたばかりの視界が、再びぼやけていく。

 それでも僕にはやる事があった。

 隣に居るはずの妹は、僕に助けを求めて来たのだ。まだ生きている。

 そんな深夏を心配させたくなかった。

 絶望させたくなかった。

 だから僕は右手首の甲を口に押し付けて、痛みが出るくらい強く噛みつく。荒い呼吸が隙間から漏れ、狭い空間の中にはぁはぁという僕の息遣いだけが響いた。

――大丈夫だ。僕は動ける。動いて深夏を助けなきゃいけないんだ。だから我慢しろ。我慢して、動けよ!

 そう心の中で何度も呟き、暴走しそうになる自分を必死に宥め、押さえつける。

 そうやって自分を落ち着けてから、自分と前の座席の間で押しつぶされていた左手を引き抜いた。

 左手を体に絡みついているシートベルトの隙間に差し込み、ぐいっと引っ張る。ベルトが体に食い込んで新たな痛みを訴えてくるが、そんな痛みは無視をした。

 どう揺らしてみても外れる様子はなかったので、まだ持ったままだったガラス片をベルトに当てて上下にゆする。鋭い切っ先は、固いベルトを易々と切り裂いていき、最後は重みに耐えかねたかぶつりと音をたてて切れる。

 ベルトから解放された途端、今度は重力が体を掴んで引きずり下ろす。

 ほんの一瞬の空白の後、頭部を激しい衝撃が襲う。

 以前は天井だった場所には恐らくガラスの破片が散らばっていたのだろう、ジャリジャリと不快な音を立てて、首の後ろにまた新たな痛みが走った。

 だが僕はそれら全てを無視すると、ガラスまみれの地面に手を付けて、唯一の脱出口である窓へと視線を向けた。

 外には同じような車の残骸や煙が溢れ、白と黒で染まっている。

 その世界に向けて、僕はもがいて、あがいて、血まみれになりながらも進み、脱出を果たした。

「…………」

 外の世界はそれまでと一変しており、あちこちにはクレーターが出現し、その周囲には何かの残骸があった。

 それら全てを無視し、足を引きずりながら車の残骸を迂回する。

 ――前の部分は何かに押しつぶされたようにぺちゃんこになっていたが、それ以上は考えない。今必要な情報は、深夏が生きているということだけ。

「……深夏」

 目的の場所までたどり着いた僕はその場に這いつくばると、自分がはい出した窓より格段に小さくなっている隙間へ顔を突っ込んだ。

「お……にい……たす、け……て……」

 僕の声と気配に気づいたのか、深夏は顔を僕に向けて来た。

 クラスの男子から告白された、なんて照れ臭そうに笑っていた、兄の欲目を差し引いても愛らしい顔が、今は血と煤と不安にまみれている。

 そんな深夏を安心させるため、

「助ける。助けるから。もう大丈夫だからな」

 祈る様にそう言いながら、地面に散らばるガラス片を手で掻き出していく。

 地面がボロ雑巾の様な手で拭かれ、真っ赤で醜悪な絵画が描かれていくが、気にしない。

 そうして安全を確保出来たら、ガラス片を拾って深夏のシートベルトを切り、妹の体を解放――できなかった。ベルトは切れても残骸が深夏の下半身をしっかりと咥え込んでいるのか、小動すらしない。

「大丈夫、大丈夫だから。絶対助けてやるから」

 深夏の体を掴み、ぐいっと引っ張る。

「痛っ」

「ごめんっ」

 だが、そんな事ではビクともしなかった。

 謝罪を繰り返してくる深夏を無視して窓から這い出すと、車のドアに手をかける。

 取っ手を引いても、ガチャガチャと文句を言ってくるだけで開こうとはしない。ドアのロックが関係あるのかと気付き、手動で上げても結果は同じ。

 窓枠を掴み、痛む足を車体に押し当て力の限り引っ張っても駄目だった。

「助けを呼んでくるから」

 そう言って顔を上げても、周囲に見えるのは廃墟ばかり。多分その中には同じような人が沢山居るのだろう。

「助けてください! 誰か!!」

 そう叫んでみても、返ってくるのはうめき声や悲鳴、そして同じ様に助けを求める声だけだった。

 助けは、来ない。

 分かっていた。

 だから僕は周囲に仕える物がないか見回して――。

 バジッと不吉な物音が響く。それと同時に異臭が漂い始める。

 その意味は容易に想像がついた。

 それは深夏も同じだったようで、お兄ちゃんと僕の事を呼ぶか細い声が聞こえてくる。

 僕はもう一度車の残骸に潜り込むと、

「深夏、ちょっと痛いかもしれないけど我慢して」

 そう断ってから深夏の体を力任せに引きずりおろそうとした。

 ダメだ、動かない。

 せめて出来るところから……手ならいけそうだ。

 揺すって、引いて……抜けた。反対側も……。

 そうやって深夏だけはどうにかして助けようと、苦心している間にも、段々と異臭は強くなっていく。

 どこかから、パチパチと火の弾ける音まで聞こえて来た。

「お兄ちゃん、逃げて」

 意識がだいぶはっきりしてきても、痛みと戦っているからか、深夏は少しかすれた声でそう言ってくる。

 もちろんそれに対する答えは――。

「いやだ」

 拒絶しかない。

 懸命に深夏の体を引っ張り出そうと、必死に残骸と格闘をしていた。

「無理だよ」

「いやだ」

「お兄ちゃんも死んじゃう」

「いやだっ」

「いいから逃げてよっ」

「いやだっ!!」

 いやだいやだいやだ。

 深夏は生きてるんだ。こうして今も話せる。

 父さんと母さんとは違う。

 だから助ける。

 絶対に、助ける。

「もうすぐ外れるから」

 残骸を押しのけようと、隙間に手をねじ込んで力を籠める。

 しかし、いくら力を入れても隙間はまったく広がる気配をみせない。

「無理だよ」

 それは、深夏の目の前で起こっている事なのだ。

 嘘だって事はバレバレだった。それでも僕はその嘘を続ける。

「外れるからっ」

「無理だからぁっ!!」

 ヒステリックな叫び声と共に、深夏の手が僕の顔に叩きつけられた。

「死んじゃうっ! お兄ちゃんも死んじゃうっ!!」

「助けるから!」

 一人になるくらいなら、死んでもいい!

 父さんも母さんも死んで、今目の前で深夏も死んだら僕は……僕は……!

「駄目っ! 逃げて!!」

 深夏が暴れ出す。

 唯一動く右手で、僕を押し退けようと必死に暴れ回る。

 隙間を広げようとする僕の手を掴んで邪魔をして、僕の頬に爪を立てて、殴って。

 それも全て、僕に生きて欲しいからで……。

 僕はまた、涙を流していた。

 現実が分かってしまっていたから。

 でも、それでも僕は認めたくなくて、隙間から体を引き抜くと、もう一度ドアに手をかけ思いきり引っ張った。

 車体がギシギシと抗議の声をあげるが、明らかに先ほどよりも大きく動く。

 頑張れば開くはずだと、僅かな希望を抱いた瞬間――ボンッと、破裂音が鳴り響き、それと同時に体を猛烈な力で突き飛ばされてしまう。

 僕の体は地面をゴロゴロと転がり、一瞬意識が遠のいていくのを感じたが、砕けたアスファルトにしがみつくことで必死に保つ。

 グラグラと定まらない視界を、それでも車へと向け……赤い炎の向こう側で笑う深夏を見た、気がした。

「深夏っ!」

「お兄ちゃん逃げてぇっ!!」

 そんな事はしないと、絶対に見捨てないと車に走り寄ろうとして――もう一度爆発。

「にげてぇぇぇぇぁああああああああああああぁぁぁっ!!」

 言葉が途中から悲鳴へと変わり、三度目の爆発に紛れて消える。

「――――――」

 深夏が死んだ。

 目の前で死んだ。

 助けたかったのに。

 絶対に助けたかったのに。

 守れなかった。

 死なせてしまった。

 一緒に逃げるって言ったのに、約束を守れなかった。

「うわあああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」

 口から意味のない声が溢れ出て、全身から一気に力が抜ける。

 僕は今、全てを失ったのだ。

 その対価に得たものは、絶望。

 意味も分からず、理由も知らず。この白と黒と、赤色に彩られたこの世界の中で、僕はたった一人になった。

 
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