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第122話 新しい…

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「雲母どの。それで具体的な話をしたいのですが……よいですかな?」

 後ろでずっと黙って私達の行く末を見守っていたオーギュスト伯爵が話しかけてくる。

 私としては、また国母云々の話かなって思ってちょっとテンションが下がってしまったのだが……。

「雲母。雲母はオーギュスト伯爵が義父になるのは構わないか?」

「はい?」

 義父? なんでそんな言葉が急に?

 婚約と義父なんて単語が私の中で一切繋がらなくて、思わず首を傾げてしまった。

 だってグラジオスのお父さんはもう亡くなったよね。

 も、もしかして本当はオーギュスト伯爵がグラジオスのお父さんだったの!?

 だ、だからグラジオスは疎まれて? なんて昼ドラ展開……。

 大奥は魔境って本当だったんだ。

「……さっきから百面相をして何を考えて居るのか知らんが、雲母がオーギュスト伯爵の養女になるという話だぞ」

「え、なんで?」

 えっと、オーギュスト伯爵はオーギュスト・ローレンだから、私は雲母・井伊谷・ローレンになるのかな。それとも雲母・ローレン?

 ってそんな問題じゃないか。なんで私がオーギュスト伯爵と養子縁組を結ばないといけないんだろう。

 一応この世界の成人年齢十五歳は越えてるから保護者とか要らないよ?

「まあ、なんだ。一応平民の女性を王妃にするのは色々と問題があってだな。お前を守るためにも一度オーギュスト伯爵の養女になって、貴族を名乗ってから結婚した方が良いのではないか、という話になってな」

「私には子どもがおりませんからな。後継ぎの問題も解消できます故ちょうどいいでしょう」

 そうは言っても血の繋がりも何もない私が後継者とか……オーギュスト伯爵の方が嫌ではないのだろうか?

 私はその事を聞いてみると……。

「それは構いませぬよ。雲母殿の様な破天荒……元気のよいお方が娘になって下さるのでしたら私も若返る気がしますからな」

 わざわざ言い直さなくていいんですよ、自分でも分かってますから。

 でもオーギュスト伯爵がお父さんかぁ……。ちょっと変な感じだ。

 年齢的には五十歳を越えているはずだから、お爺さんって言った方がいいかもしれない位には歳が離れてるよね。

 顔も西洋人的な顔と日本人顔で全然違うし……あ、でも私の本当のお父さんは私に大甘だったから、そこは二人共似てるのかも。

 あー……そういえば私がお父さんとお母さんの事考えなくなってだいぶ経つなぁ……。

 二人共元気で居るといいなぁ。

「えっと、じゃあそれはお願いします」

 私はグラジオスから体を放すと、オーギュスト伯爵の真正面に立って手を差し出し、

「お、お義父さん」

 多少ぎこちなくではあったがそう呼んだ。

 その瞬間。

「うっ」

 オーギュスト伯爵は横を向いて目頭を押さえてしまう。

 何か悪い事をしてしまっただろうかと凄く焦ってしまったのだが……。

「申し訳ありません、雲母どの。父と呼ばれる事など諦めておりました故。少々涙腺が緩んでしまい……」

 オーギュスト伯爵がそんなに喜んでくれるなんて、私も嬉しい。

 というか……。

「あのね、お義父さん。娘にそんな敬語とか使わないの。雲母って呼び捨てにして」

 ちょ、ちょっと自分で言っててまだ慣れないけど……。でもくすぐったい感じがして……悪くない。

 この世界に受け入れてもらえてるって感じがする。

「む」

 オーギュスト伯爵はずいぶんと難しい顔をして声を詰まらせる。

 いつも武人然としていて、それ以外の表情の作り方を忘れてしまったとでも言うかのようだった。

 私は無理やりオーギュスト伯爵の、お義父さんの手を取るとリズムを付けて上下に振りながら、

「きーらーら。はい、言ってみて」

 名前の呼び捨てを強制してみる。

「う、うむ……き、きらら……」

「ぎこちないからもっかいね」

「雲母どのっ。さすがにいきなりはご勘弁を」

「だめ。娘にそんな口調使うお義父さんなんていないからもっかい」

 困り果てるオーギュスト伯爵がちょっとだけ面白かったので突っ込んでみたのだが……さすがにいきなりは難しいか。

 私は幸せだった。多分、今までの人生で一番。

 大好きな人とこうして居られることが。そしてそれを祝福してもらえることがこれほど嬉しいなんて思っても居なかった。

 あまりに嬉しくて、幸せで……忘れてしまっていたんだ。今が戦争中だってことを。

「敵襲ーーっ!!」

 警告の言葉と共に、警鐘が打ち鳴らされた。

 その場に居る全ての人たちの顔に緊張が走る。

 何もこんな時に来なくてもと思うが、こちらの望み通りに動いてくれる敵なんていなくて当たり前なのだから仕方ない。

「総員持ち場に戻れっ!」

 グラジオスの命令で、兵士たちが素早く散っていく。

「兄貴、自分も……」

 演奏の準備をしていたハイネがそう言ってくるが……。

「ハイネは怪我してるでしょっ。エマ、ハイネが無茶しない様に見張ってて」

「はいっ」

 腕を痛めているのに戦えるはずがない。

 エマにそう言い含めると、私は着替えるために走り出した。





 私は相手の遠距離攻撃を封じるために城壁上部に駆け込んだのだが……何かがおかしい。

 何故誰一人として弓を構えてすらいないのだろう。

 私はグラジオスの姿を探して……彼の姿が見えないのは鎧を着こまなければならない分私よりも時間がかかるからだろう。

 仕方なく傍に居る弓兵に尋ねる事にする

「どうなってるの?」

 兵士は首を振り、戸惑いながら敵軍を指さしているが……私にはよく分からない。

 せいぜいカラフルな旗が増えたなぁぐらいで……。

 そこで気が付いた。その旗に描かれた紋章の意味を。

 私はグラジオスの補佐をするために紋章の形とその貴族の名前、所属国家などをかなりの数覚えているのだが、その紋章の形は間違いなく――友好国にして連合を結んでいる国に所属している貴族の物だった。

 それも一つ二つではない。かなりの数の紋章が見える。

 どれもこれも本来は私達の味方であるはずなのに、それらが帝国の旗と共にあり、一緒になって攻めて来るという事は……。

「嘘でしょ……つまり、他の国に見捨てられたってこと?」

 私達は帝国軍には負けなかった。

 かなりの痛手を与える事に成功し、恐らくもう攻略は不可能というところにまで追い込む事が出来たのだ。

 でも、更なる敵には……どうなるかなんて分からない。分からないが、路は更に暗く、険しいものになりそうだった。

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