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第114話 舌戦

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 それからしばらくの間、帝国軍から襲撃されることは無かった。

 恐らくは私を傷つけないように作戦や装備を変えているのだろう。

 私達はその間に死者たちを弔い、十分な休憩を取って英気を養った。

 もう戦いなんて起きなければ。そう願っても現実は変わらない。

 モンターギュ侯爵が命を落としてからちょうど四日。再び戦争は再開された。

「今すぐ降伏しろ!」

 攻め寄せて来た帝国軍の先頭に居たのはカシミールだ。

 彼は必要以上に豪奢な鎧を纏い、矢を射かけられた時のために傍に大楯を構えた兵士を数人待機させて、私達にそう勧告してきた。

「聞こえなかったのか? そこに居るのは本来王になってはならないクズだ。私こそが本物の王だ。今すぐ門を開けろ!」

 もちろんそんな命令に従う者は誰も居ない。兵士全員が軽蔑しきった目でカシミールを見下ろしている。

 そんな冷え切った空気の中、グラジオスが一歩踏み出し城壁に空いた狭間から顔を覗かせて言い返す。

「カシミール。お前がたった一人で帰ってくるのならば、門は簡単に開いたはずだ。お前が罪を悔いて良き王になると誓えば、俺はお前に頭を垂れる事もやぶさかでは無かった」

 それは夢だ。グラジオスの夢想していた幻。

 カシミールはそんな愁傷な男ではなかったし、妙なプライドに凝り固まった挙句変な方向にこじらせて自滅をした愚か者だ。

 それを、グラジオスはよく分かっていた。

 今までの夢を打ち払う様に、強くかぶりを振る。

「だがお前はやり過ぎた。この国を売り渡し、人々の命をこれだけ奪った。もはやお前を王と仰ぐ人間は誰も居ない」

「はっ。兵を連れて行けばその考えも変わるだろうさ」

 カシミールはそう言うと、片手を上げて自らの後方に居並ぶ数万の兵を見せびらかす。

 兵士たちは山だと言うのにかなり重厚な鎧を身に纏っており、矢を弾くための盾を左手に装備している。

 他にも城壁を昇るための梯子や、破城槌、火薬樽、射石砲。ありとあらゆる装備と武器を手にした兵士が居た。

 普通と違うのは遠距離から攻撃する武器が無いくらいか。

 間違いなく私を巻き込まない様にするための措置だろう。

 やはりルドルフさまは私に執着していて、カシミールはそれに従わざるを得ないのだ。

 だったら――。

「そこの犬!」

 私は再び城壁に登ると、仁王立ちしてビシッとカシミールに指を突き付ける。

「アンタ、命令されるままに動くだけなんて犬みたいね」

「貴様……」

 カシミールが忌々し気に私を睨みつける。

 視線だけで人が殺せるのならば、私はとっくの昔に命を奪われているだろうってくらいに殺意の籠った鋭い視線だ。

「最初に出て来なかったのはなんでかなぁ。今になって出て来たのって、ルドルフさまから何とかしろって命令されたからじゃないの? 当事者なのに前に出て来ることも出来ずに他人任せでぶるぶる震えてるとかだっさ。今もそんな鎧着て怯えてるとかあんたホントに玉付いてんの? 最前線で戦い続けたグラジオスと大違いね」

 私は色んな本や漫画や映画で見た程度の低い悪口を並べ立てていく。

 こういう挑発の方が、どんな小さな傷でも許せない、無駄にプライドの高いカシミールには効くと思ったからだ。

 おい、雲母。とグラジオスから戸惑った様子で突っ込まれるが、私タンタンっと足を鳴らしてグラジオスを黙らせる。

「てか他人の力を自分の物と勘違いしてない? そこにアンタの言う事を聞く兵士なんて誰一人居ないわよ。アンタは名分作りに利用されてるだけなのに何勘違いしてんの? そんな事も理解できない馬鹿なの?」

 私の口は止まる事を知らずに回転し続け、一つの言葉に対して十以上の罵倒を返していく。

 というか口喧嘩で男が女に勝とうとか甘すぎるのだ。

 特に私は歌が得意で口がよく回るし、裁判でもひっくり返した経験がある。

 カシミールなんかに負ける気がしなかった。

「貴様のようなくだらん馬の骨に……」

「アンタの姉よ。口の利き方に気を付けなさい。そんな事も分かんないとか脳みそ足りてないの?」

 まだグラジオスと結婚はしていないけれど、ハッタリも兼ねてそう宣言しておく。

「な……姉……?」

 これにはさすがのカシミールも絶句している様だった。

 平民の女の子が王妃になるなんて普通では考えれられないだろう。

 ……まあ、私も信じらんないけど。グラジオス無茶してるよね。

 私一人だけのために後宮も廃しちゃってさ。

「そうよ。アンタみたいな不出来な弟持って大変なの。みんなに謝罪して回らないといけないじゃない。ちょっとお尻ぺんぺんしてあげるからそこで土下座して待ってなさい。それとも私が怖くて逃げだす? お姉ちゃんにいじめられた~って帝国に泣きつく? そんなダサい男、誰も王なんて認めないわよ――ねえ、みんな、そうでしょ?」

 私の音頭に合わせて兵士達からもそうだそうだとヤジが飛ぶ。

 王国の兵士からすれば、敵国の兵士を引き入れようとする売国奴。帝国の兵士からすれば、ルドルフさまの命令があって従っているだけ。

 この場に居る誰しもが、カシミールという人間になんら価値を見出していなかった。

 ただ操られるだけの道化でしかないカシミールには。

「アンタが望む世界はアンタの頭の中にしかないの。ここではアンタは必要とされていない。今すぐ消えなさいっ」

 その場は拒絶一色だ。

 みんながみんな、カシミールなど望んでいなかった。

 友を、仲間を、家族を殺されて、それでもありがたがる人間など居やしない。

 みんな、怒りを胸に抱いていた。

「黙れっ。私はこの国の王だっ。私の体に流れる血こそがこの国を治める唯一の資格なのだっ」

「何が血よっ。そんなのアンタの功績じゃないでしょ! そんなの誇ってるなんて、ママパパって泣きつくガキと同じよっ!!」

「――王族を侮辱するか、女っ!」

「結局アンタは自分に誇れるものが無いから血筋に頼るしか出来ないのっ。歌っていう確かな物を持ってるグラジオスに及ばないのも当たり前っ。それを自覚しているんでしょっ」

 きっとそれこそが捻じ曲がってしまった原因。

 先王のためにいい子の仮面をかぶり、自分を持たずに言われるままにそう在り続けた。

 それゆえに、グラジオスを妬み、恨んで蔑む事で自分を保つことしかできなかったのだ。

 今、私の言葉はきっとカシミールの心を砕いてしまっただろう。

 カシミールはどす黒い顔で私を睨みつけると、

「全軍攻撃しろっ! あの女を引きずって私の前に連れてこいっ!!」

 そう命令した。

 始めから交渉の余地など、在りはしない。欲しい物の為に、殺し合うしかないのだ。
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