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第82話 グラジオスは羽を伸ばしたい
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それから私は思いつく限りの情報や技術――中世日本にあった硝石丘法といった技術や、ラノベ仕込みの農業技術、高校までの科学や生物学などだ――をグラジオス達に渡した。
一応、実験的な事をしてから本格的なラインに乗せてくれるそうだが、それがお金を生むまでにはずいぶんと時間がかかる。
もっとぽーんと大金を稼ぐ方法があったらいいのだが……。
「そんなのないよねぇ……」
私はベッドに寝そべり無機質な天井を見上げてぼやいていた。
ふと、ある可能性に思い至る。
それならきっと、多分、凄いお金を生む可能性があるが……。
「……やめとこ」
危険すぎると判断して、取りやめる。
ここは日本じゃないのだ。
駄目に決まっている……BL本を出そうなんて。
「……レーレンさんの新作まだかなぁ」
私は一度思いついた考えを放り捨てると、同好の士が作る物語へと想いを馳せたのだった。
――ラブ・ドラマティック――
広場に置かれた木箱の上に立つグラジオスが朗々と歌う。
昼時とあって、広場にはそこそこに多くの人が集まっていた。
やはり恋の歌とあって気分が高揚してくるのか、そこかしこで踊り始める人たちもいる。
カップルか、はたまた偶然出会っただけの男女かは分からないが、とても幸せそうな笑顔を湛えていた。
グラジオスとしては本望の様な光景にテンションが上がったのか、声の張りが一段とよくなった。
私も負けじとドラムを叩きながら自分の歌を絡ませていく。
そうして生まれたハーモニーが、人々を幸福へと誘っていった。
歌が終わればそこかしこから称賛の声とアンコールを望む声が沸き上がる。
グラジオスは照れ臭そうに笑いながらこっちを向いて、
「もう一曲いいか?」
そう聞いて来たのだが、その顔にはまだ歌い足りないと書いてあった。
「え~、私も~」
私はドラムをダララララッと叩いて不満を顕わにする。
ちなみに私がドラムになっているのはハイネが居ないからだ。ハイネは残念ながら仕事が終わらず、今頃王宮で書類とにらめっこしているだろう。
「二人で歌われてはどうですか?」
エマはメイドという事で比較的時間の融通が利くため、私達がこうして出かける時はほぼ必ず一緒に着いてきてくれていた。というか半分宮廷楽士の様なものだ。
「でもそうすると音が薄くなっちゃうんだよねぇ」
伴奏がエマのハープだけになると、やはり少し寂しくなってしまうのは否めない。
私が悩んでいると……。
「私がお供しますわ」
ヴァイオリンを手にした女性が話しかけて来た。
女性は少し上等な生地で出来たえんじ色のスカートに真っ白なシャツを着て、薄い金の髪を小さな顔の横でカールさせ、グラジオスを思わせる澄んだ青い瞳をしている。年のころは十五、六くらいで、愛らしい雰囲気を身に纏っていた。
「あ、え?」
「ふふっ、王都はずいぶんと賑やかになっていますのね。昔来た時とは違い過ぎて驚いてしまいましたわ」
「え、ええ、そうですね。グラジオスが統治者になったので、特に音楽には力が入ってる感じですから」
「そうなんですの」
オーギュスト伯爵の所領は、自然と音楽の都になっていったのだが、王都の方はさほどの盛り上がりでは無かった。
やはり音楽を好むグラジオスを王が毛嫌いしていた影響が大きかったのだろう。
今となってはその枷も無くなったため、少しずつ変わってはきているのだが。
まあ、統治者自らがこうして広場で歌っているのだから変わって当たり前な気がしなくもないが。
「でも伴奏とか大丈夫ですか?」
「ええ。こう見えて私、キララ様方の大ファンでしてよ。楽譜もヴァイオリンのものは全て買わせていただいておりますわ」
「あ、ありがとうございます」
なら演奏は大丈夫かなと、目先の歌を優先して考えてしまうあたり、我ながら考え物かもしれない。
反省しないので絶対治らないだろうけど。
「じゃあお願いできますか……え~っと」
「シャム、とお呼びください」
私は猫みたいだなと失礼な感想を抱き――でもシャムの物腰や雰囲気は、高貴なシャムネコにピッタリだななんて納得もしながら、女性に演奏曲を伝える。
「じゃあ、お願いします」
「はい、承りましたわ」
そうして急遽追加メンバーを加え、私はグラジオスと共に歌を心行くまで楽しんだのだった。
「不思議なひとだったねぇ」
「そうですねぇ」
私は差し入れに貰った串焼きの肉をレタスと一緒にライ麦パンではさんだ後頬張る。
うん、香ばしくて美味しい。
お城の肉ばっかりの料理よりは正直野菜がある方が好きだ。
「おい、これは結構キツイ酒じゃないか。お前達、昼間っからこんなもの飲んで屋根から落ちたりしないだろうな?」
「問題ありやせんよ、殿下。俺らぁちょいと引っかけた方がやる気が出るんでさぁ」
飲み物を手にグラジオスが騒いでいる。
よくある事なので私達はそれを放置して自分たちのお昼を征服することにした。
エマは歌った後という条件がつくが、グラジオスに対してだいぶ遠慮が無くなって来ている様だ。
もっと強く出られる様になれば、グラジオスの好みになるのでお妃さまとして十分やって行けるのではないかと思う。
それから飲み物を手に入れて帰って来たグラジオスと一緒に日向ぼっこをしながらお昼を堪能していたのだが……。
「殿下! またここに来ておられたのですかっ」
息を切らせてオーギュスト伯爵が姿を現した。
「しかもまたそのような物を口にされて……」
この世界の貴族も地球と同じようにひたすら肉ばかり食べている様だった。そのため、ライ麦パンや野菜などは庶民が食べるものという風潮がある。
もちろんそんな事は体に悪すぎるので私は旅の間、野菜中心の生活をするように仲間達にも強要していたのだが、グラジオスは案外そういう食事でも平気の様だった。
「ライ麦もなかなか美味いぞ。それに体にもいい。オーギュスト卿、お前も食べてみろ」
グラジオスにそう言われても、オーギュスト伯爵は眉を顰めるばかりである。食に関しては人間、そうそうオープンにはならない様だ。
「体にいいなど、聞いた事がございません。キララ殿ですかな?」
はい、その通りです。でもライ麦ってミネラル、ビタミン、食物繊維が豊富だから体にいいのに。
「それはそうだが俺が実感した結果だ。野菜やライ麦を食べる様になって明らかに体調が良くなったぞ。オーギュスト卿も試してみろ」
「私は城に食事が用意されておりますので……っと、それどころではありませぬ」
オーギュスト伯爵は一拍置いた後、
「殿下の婚約者であるザルバトル姫がご到着なされました。今すぐお帰り下さい」
なんて衝撃的な事を言って来たのだった。
一応、実験的な事をしてから本格的なラインに乗せてくれるそうだが、それがお金を生むまでにはずいぶんと時間がかかる。
もっとぽーんと大金を稼ぐ方法があったらいいのだが……。
「そんなのないよねぇ……」
私はベッドに寝そべり無機質な天井を見上げてぼやいていた。
ふと、ある可能性に思い至る。
それならきっと、多分、凄いお金を生む可能性があるが……。
「……やめとこ」
危険すぎると判断して、取りやめる。
ここは日本じゃないのだ。
駄目に決まっている……BL本を出そうなんて。
「……レーレンさんの新作まだかなぁ」
私は一度思いついた考えを放り捨てると、同好の士が作る物語へと想いを馳せたのだった。
――ラブ・ドラマティック――
広場に置かれた木箱の上に立つグラジオスが朗々と歌う。
昼時とあって、広場にはそこそこに多くの人が集まっていた。
やはり恋の歌とあって気分が高揚してくるのか、そこかしこで踊り始める人たちもいる。
カップルか、はたまた偶然出会っただけの男女かは分からないが、とても幸せそうな笑顔を湛えていた。
グラジオスとしては本望の様な光景にテンションが上がったのか、声の張りが一段とよくなった。
私も負けじとドラムを叩きながら自分の歌を絡ませていく。
そうして生まれたハーモニーが、人々を幸福へと誘っていった。
歌が終わればそこかしこから称賛の声とアンコールを望む声が沸き上がる。
グラジオスは照れ臭そうに笑いながらこっちを向いて、
「もう一曲いいか?」
そう聞いて来たのだが、その顔にはまだ歌い足りないと書いてあった。
「え~、私も~」
私はドラムをダララララッと叩いて不満を顕わにする。
ちなみに私がドラムになっているのはハイネが居ないからだ。ハイネは残念ながら仕事が終わらず、今頃王宮で書類とにらめっこしているだろう。
「二人で歌われてはどうですか?」
エマはメイドという事で比較的時間の融通が利くため、私達がこうして出かける時はほぼ必ず一緒に着いてきてくれていた。というか半分宮廷楽士の様なものだ。
「でもそうすると音が薄くなっちゃうんだよねぇ」
伴奏がエマのハープだけになると、やはり少し寂しくなってしまうのは否めない。
私が悩んでいると……。
「私がお供しますわ」
ヴァイオリンを手にした女性が話しかけて来た。
女性は少し上等な生地で出来たえんじ色のスカートに真っ白なシャツを着て、薄い金の髪を小さな顔の横でカールさせ、グラジオスを思わせる澄んだ青い瞳をしている。年のころは十五、六くらいで、愛らしい雰囲気を身に纏っていた。
「あ、え?」
「ふふっ、王都はずいぶんと賑やかになっていますのね。昔来た時とは違い過ぎて驚いてしまいましたわ」
「え、ええ、そうですね。グラジオスが統治者になったので、特に音楽には力が入ってる感じですから」
「そうなんですの」
オーギュスト伯爵の所領は、自然と音楽の都になっていったのだが、王都の方はさほどの盛り上がりでは無かった。
やはり音楽を好むグラジオスを王が毛嫌いしていた影響が大きかったのだろう。
今となってはその枷も無くなったため、少しずつ変わってはきているのだが。
まあ、統治者自らがこうして広場で歌っているのだから変わって当たり前な気がしなくもないが。
「でも伴奏とか大丈夫ですか?」
「ええ。こう見えて私、キララ様方の大ファンでしてよ。楽譜もヴァイオリンのものは全て買わせていただいておりますわ」
「あ、ありがとうございます」
なら演奏は大丈夫かなと、目先の歌を優先して考えてしまうあたり、我ながら考え物かもしれない。
反省しないので絶対治らないだろうけど。
「じゃあお願いできますか……え~っと」
「シャム、とお呼びください」
私は猫みたいだなと失礼な感想を抱き――でもシャムの物腰や雰囲気は、高貴なシャムネコにピッタリだななんて納得もしながら、女性に演奏曲を伝える。
「じゃあ、お願いします」
「はい、承りましたわ」
そうして急遽追加メンバーを加え、私はグラジオスと共に歌を心行くまで楽しんだのだった。
「不思議なひとだったねぇ」
「そうですねぇ」
私は差し入れに貰った串焼きの肉をレタスと一緒にライ麦パンではさんだ後頬張る。
うん、香ばしくて美味しい。
お城の肉ばっかりの料理よりは正直野菜がある方が好きだ。
「おい、これは結構キツイ酒じゃないか。お前達、昼間っからこんなもの飲んで屋根から落ちたりしないだろうな?」
「問題ありやせんよ、殿下。俺らぁちょいと引っかけた方がやる気が出るんでさぁ」
飲み物を手にグラジオスが騒いでいる。
よくある事なので私達はそれを放置して自分たちのお昼を征服することにした。
エマは歌った後という条件がつくが、グラジオスに対してだいぶ遠慮が無くなって来ている様だ。
もっと強く出られる様になれば、グラジオスの好みになるのでお妃さまとして十分やって行けるのではないかと思う。
それから飲み物を手に入れて帰って来たグラジオスと一緒に日向ぼっこをしながらお昼を堪能していたのだが……。
「殿下! またここに来ておられたのですかっ」
息を切らせてオーギュスト伯爵が姿を現した。
「しかもまたそのような物を口にされて……」
この世界の貴族も地球と同じようにひたすら肉ばかり食べている様だった。そのため、ライ麦パンや野菜などは庶民が食べるものという風潮がある。
もちろんそんな事は体に悪すぎるので私は旅の間、野菜中心の生活をするように仲間達にも強要していたのだが、グラジオスは案外そういう食事でも平気の様だった。
「ライ麦もなかなか美味いぞ。それに体にもいい。オーギュスト卿、お前も食べてみろ」
グラジオスにそう言われても、オーギュスト伯爵は眉を顰めるばかりである。食に関しては人間、そうそうオープンにはならない様だ。
「体にいいなど、聞いた事がございません。キララ殿ですかな?」
はい、その通りです。でもライ麦ってミネラル、ビタミン、食物繊維が豊富だから体にいいのに。
「それはそうだが俺が実感した結果だ。野菜やライ麦を食べる様になって明らかに体調が良くなったぞ。オーギュスト卿も試してみろ」
「私は城に食事が用意されておりますので……っと、それどころではありませぬ」
オーギュスト伯爵は一拍置いた後、
「殿下の婚約者であるザルバトル姫がご到着なされました。今すぐお帰り下さい」
なんて衝撃的な事を言って来たのだった。
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