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第30話 王子さまに口説かれちゃった。キャーッ
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ルドルフさまの言葉は、本当に衝撃的だった。
つまるところ、私達は分かっていて見逃されたのだ。その事実に私の肌が泡立つのを感じた。
「何故……ですか?」
グラジオスが玉の様な汗を浮かべながら、なんとかそれだけ絞り出す。
「うん? それは何故見逃したかを聞いてるのかな?」
グラジオスは小さく頷いて肯定する。
「あの時、あそこで貴方を見つけてしまえば貴方は捕虜に出来たとしても、兵の手前、キララは処刑しなければならなかった。だから、囮に引っ掛かった振りをしたんだ。そんな事はしたくなかったからね」
まあ、捕まえようと後を追っても捕まえられなかったのは僕の失策だったんだけど、と続いたのだが、そんな言葉はグラジオスの頭に入っていないようだった。
グラジオスのために、巌の老騎士――オーギュスト卿たちは囮になったのだ。でもその努力は完全に無駄であり、もしかしたら彼ら七人は……。
「そっ、その囮の騎士達は!? まさか……」
「死を覚悟した者を相手にするほど損な役回りは無いからね。見逃したことを伝えて投降を呼びかけたら、全員降伏してくれたよ」
ああ、あの騎士さん達全員生きてるんだ、良かった。
グラジオスも心底ホッとしてるみたいだし……。
「さて、それが分かったところで本題に戻ってもいいかな」
ルドルフさまが、笑みを浮かべる。でもそれは今までの純真無垢で少年の様な笑みとは違い、冷酷で、研ぎ澄まされた刃の様な鋭さを持っていた。
「キララ、僕の所に来てくれないかな?」
それはただのお願いだ。でも私には分かっていた。私が断れば、このお願いは脅迫に変わる事を。
あの七人がグラジオスの急所であることは、嫌というほど知られてしまっただろうから。
ルドルフさまは間違いなくそうするだろう。笑顔という仮面の下に刃を潜ませている恐ろしい人だと私は感覚的に理解してしまっていた。
「えっと……」
「私の下には色々な楽器が揃っていてね。オルガン、という楽器は聞いたことがあるかい? ふいご手が風を送ってね……」
「お、オルガンがあるんですか!?」
「ああ、知っていたんだ」
知っているもなにも、私の専門はピアノなのだ。だから同じように鍵盤を使う楽器であれば使う事が出来る。オルガンがあれば、さらなるアニソンの再現も可能だろう。
「ほ、他には何かありますか?」
「うん、ホルンやクラレータ、それからサックバットに、フルート、フラウト・トラヴェルゾ、ヴァイオリン……とにかく色々な楽器があるよ。世界中の楽器を集めているからね」
「ふえ~、そんなに。凄い!」
興奮する私を見て、ルドルフさまがくすくすと笑う。
「あ、あの……何か?」
「いや、君はそんな風に話すんだなって思ってさ」
「あっ……」
音楽の話題になったからか、私はつい我を忘れて食いついてしまっていた。
慌てて謝ると、元通り小さくなっておく。
……うん、元から小さいからね。ヨカッタヨカッタ。
って見えてるから! うぇ~ん、どうしよぉ~。失礼な事しちゃったよぉ~。
「うん、僕としては生き生きした君の方が好きだな」
「すっ!? すすすすすきっ!?」
あ、あれかな? よくバトルアニメなんかである……それは隙。って何一人ノリツッコミしてるの私ぃぃ!
この好きってのは異性に対する好きじゃなくって、好ましいって意味の好きなの!
こんな完璧超人な王子さまが、チビガキの私なんかそういう意味で好きになってくれるはずないでしょぉぉ!!
あああぁぁぁぁ。おおおお落ち着け落ち着け私。人って字を書いて三回飲むの!
ってアレ? なんか違う!? 分かんないよ、どうしよぉぉ!
「ふふっ、君は本当に面白いね。見ていて飽きないよ」
「しゅ、しゅみません……」
私はごにょごにょ謝罪を口にしながら両手で顔を覆い隠す。もう色々いっぱいいっぱいだった。
「どうかな? 君にも大いに利点があると思うんだけど」
「えっと、楽器があるという事は……」
「もちろん、奏者も一流が揃っているよ。君が歌うのに合わせていくらでも演奏させよう。彼らも新たな音楽を奏でられて喜ぶだろうね」
それは、グラジオスの下で歌うよりずっと多くの事が出来て、評価してくれる人たちも沢山いるという事だ。
間違いなく、今よりも私は歌に生きる事が出来る。そして多くの人に歌を届ける事が出来るだろう。
私の心はかなり大きく揺れ動いていた。
「それは……いい、ですねぇ……」
「ああ、そうだよ。君が僕の下に来るだけで、グラジオス殿の下には彼の騎士たちが戻り、それ以外の貴族たちも自分の家に戻れる。全ての人々が幸せになれるんだ」
そうするのが一番いいのかなぁ。と考えながらグラジオスの方を振り返って……。
「あ……」
泣きそうな彼の顔を見てしまった。
ルドルフさまも、私の視線を辿ってグラジオスに行きつく。
「グラジオス殿は、不満があるようだねぇ」
「え、えっと、その……グラジオスはヴォルフラム陛下に音楽を禁止されていまして。私が居なくなると、多分隠れてしか好きな音楽が出来なくなるんです」
それに、私はグラジオスとの約束があった。彼を歌えるようにしてあげるという約束が。
その事を思い出して、少しルドルフさまの方へと傾いた私の心は、再度逆方向へと傾いた。
「なるほど。そんな狭量な王だなんて、さもしい王も居たものだね。音楽は誰しもが楽しむべきなのに」
それはホント全面的に賛成です。
「よし、なら僕が直々にグラジオス殿を訪ねて音楽外交とでもしゃれこもうじゃないか。王や大臣なんかとは一切話をしない。音楽の話が出来るグラジオス殿とだけ話をする。それならグラジオス殿も堂々と音楽が出来るだろう」
「え……」
「キララの心残りもこれで消えたんじゃないかな?」
そう言ってルドルフさまは軽くウィンクをする。どうやら私の心は見抜かれてしまっていたみたいだった。
そして、それが実現すれば、私の約束は果たされる。それはつまり……。
「僕の下に、来てくれるかな?」
グラジオスの所に居る理由が完全に無くなってしまったのだった。
「それともまだ来れない理由があるかい? あるなら全部僕が解決してあげるよ」
「…………」
たぶん、無い。少なくとも今の私には思いつかなかった。でもそれを口にしてしまうと、私は絶対に行かなきゃいけない気がして、どうしても認められなかった。
つまるところ、私達は分かっていて見逃されたのだ。その事実に私の肌が泡立つのを感じた。
「何故……ですか?」
グラジオスが玉の様な汗を浮かべながら、なんとかそれだけ絞り出す。
「うん? それは何故見逃したかを聞いてるのかな?」
グラジオスは小さく頷いて肯定する。
「あの時、あそこで貴方を見つけてしまえば貴方は捕虜に出来たとしても、兵の手前、キララは処刑しなければならなかった。だから、囮に引っ掛かった振りをしたんだ。そんな事はしたくなかったからね」
まあ、捕まえようと後を追っても捕まえられなかったのは僕の失策だったんだけど、と続いたのだが、そんな言葉はグラジオスの頭に入っていないようだった。
グラジオスのために、巌の老騎士――オーギュスト卿たちは囮になったのだ。でもその努力は完全に無駄であり、もしかしたら彼ら七人は……。
「そっ、その囮の騎士達は!? まさか……」
「死を覚悟した者を相手にするほど損な役回りは無いからね。見逃したことを伝えて投降を呼びかけたら、全員降伏してくれたよ」
ああ、あの騎士さん達全員生きてるんだ、良かった。
グラジオスも心底ホッとしてるみたいだし……。
「さて、それが分かったところで本題に戻ってもいいかな」
ルドルフさまが、笑みを浮かべる。でもそれは今までの純真無垢で少年の様な笑みとは違い、冷酷で、研ぎ澄まされた刃の様な鋭さを持っていた。
「キララ、僕の所に来てくれないかな?」
それはただのお願いだ。でも私には分かっていた。私が断れば、このお願いは脅迫に変わる事を。
あの七人がグラジオスの急所であることは、嫌というほど知られてしまっただろうから。
ルドルフさまは間違いなくそうするだろう。笑顔という仮面の下に刃を潜ませている恐ろしい人だと私は感覚的に理解してしまっていた。
「えっと……」
「私の下には色々な楽器が揃っていてね。オルガン、という楽器は聞いたことがあるかい? ふいご手が風を送ってね……」
「お、オルガンがあるんですか!?」
「ああ、知っていたんだ」
知っているもなにも、私の専門はピアノなのだ。だから同じように鍵盤を使う楽器であれば使う事が出来る。オルガンがあれば、さらなるアニソンの再現も可能だろう。
「ほ、他には何かありますか?」
「うん、ホルンやクラレータ、それからサックバットに、フルート、フラウト・トラヴェルゾ、ヴァイオリン……とにかく色々な楽器があるよ。世界中の楽器を集めているからね」
「ふえ~、そんなに。凄い!」
興奮する私を見て、ルドルフさまがくすくすと笑う。
「あ、あの……何か?」
「いや、君はそんな風に話すんだなって思ってさ」
「あっ……」
音楽の話題になったからか、私はつい我を忘れて食いついてしまっていた。
慌てて謝ると、元通り小さくなっておく。
……うん、元から小さいからね。ヨカッタヨカッタ。
って見えてるから! うぇ~ん、どうしよぉ~。失礼な事しちゃったよぉ~。
「うん、僕としては生き生きした君の方が好きだな」
「すっ!? すすすすすきっ!?」
あ、あれかな? よくバトルアニメなんかである……それは隙。って何一人ノリツッコミしてるの私ぃぃ!
この好きってのは異性に対する好きじゃなくって、好ましいって意味の好きなの!
こんな完璧超人な王子さまが、チビガキの私なんかそういう意味で好きになってくれるはずないでしょぉぉ!!
あああぁぁぁぁ。おおおお落ち着け落ち着け私。人って字を書いて三回飲むの!
ってアレ? なんか違う!? 分かんないよ、どうしよぉぉ!
「ふふっ、君は本当に面白いね。見ていて飽きないよ」
「しゅ、しゅみません……」
私はごにょごにょ謝罪を口にしながら両手で顔を覆い隠す。もう色々いっぱいいっぱいだった。
「どうかな? 君にも大いに利点があると思うんだけど」
「えっと、楽器があるという事は……」
「もちろん、奏者も一流が揃っているよ。君が歌うのに合わせていくらでも演奏させよう。彼らも新たな音楽を奏でられて喜ぶだろうね」
それは、グラジオスの下で歌うよりずっと多くの事が出来て、評価してくれる人たちも沢山いるという事だ。
間違いなく、今よりも私は歌に生きる事が出来る。そして多くの人に歌を届ける事が出来るだろう。
私の心はかなり大きく揺れ動いていた。
「それは……いい、ですねぇ……」
「ああ、そうだよ。君が僕の下に来るだけで、グラジオス殿の下には彼の騎士たちが戻り、それ以外の貴族たちも自分の家に戻れる。全ての人々が幸せになれるんだ」
そうするのが一番いいのかなぁ。と考えながらグラジオスの方を振り返って……。
「あ……」
泣きそうな彼の顔を見てしまった。
ルドルフさまも、私の視線を辿ってグラジオスに行きつく。
「グラジオス殿は、不満があるようだねぇ」
「え、えっと、その……グラジオスはヴォルフラム陛下に音楽を禁止されていまして。私が居なくなると、多分隠れてしか好きな音楽が出来なくなるんです」
それに、私はグラジオスとの約束があった。彼を歌えるようにしてあげるという約束が。
その事を思い出して、少しルドルフさまの方へと傾いた私の心は、再度逆方向へと傾いた。
「なるほど。そんな狭量な王だなんて、さもしい王も居たものだね。音楽は誰しもが楽しむべきなのに」
それはホント全面的に賛成です。
「よし、なら僕が直々にグラジオス殿を訪ねて音楽外交とでもしゃれこもうじゃないか。王や大臣なんかとは一切話をしない。音楽の話が出来るグラジオス殿とだけ話をする。それならグラジオス殿も堂々と音楽が出来るだろう」
「え……」
「キララの心残りもこれで消えたんじゃないかな?」
そう言ってルドルフさまは軽くウィンクをする。どうやら私の心は見抜かれてしまっていたみたいだった。
そして、それが実現すれば、私の約束は果たされる。それはつまり……。
「僕の下に、来てくれるかな?」
グラジオスの所に居る理由が完全に無くなってしまったのだった。
「それともまだ来れない理由があるかい? あるなら全部僕が解決してあげるよ」
「…………」
たぶん、無い。少なくとも今の私には思いつかなかった。でもそれを口にしてしまうと、私は絶対に行かなきゃいけない気がして、どうしても認められなかった。
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