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第28話 なんでこうなるんだろう…

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 私が指名された理由はまったく分からなかったが(でも歌姫と言われて悪い気がしなかったのは秘密)、私が行かなければ交渉自体が始まらないとなれば仕方がない。

 私は精一杯のおめかしを……しようとして体が動かず、結局テントから幌馬車までグラジオスに運んでもらう事となった。

 しかも衆人環視の中、お姫様だっこで、である。

 もう顔から火を吹くかと思うほど恥ずかしかった。

 何故かはやし立てたり口笛吹く人まで出るし……。

「無理はするなよ。痛かったら言え」

「心が痛い」

 エマに協力するよとか言っておいて、目の前でお姫様だっこされるとかなにしてんのよ私……。

「それは我慢しろ」

「じゃあ持たれてる所が痛い」

「それも我慢しろ」

 結局我慢させるんだ。

「恥ずかしいからやめて」

「子どもを提げていて何が恥ずかしいんだ」

 提げるって言うなよ! せめて抱っことか抱き上げてとか言えよ!

 久しぶりにグサグサと突き刺さるグラジオスの言葉へ、私は復讐しようと手を持ち上げたのだが……。

「ていっ」

 ぽこっという感じでグラジオスの固い胸板に当たった手は、どう見ても叩くというほどの威力は無かった。どちらかというと撫でるとか添えるの方が正しいだろう。

「体を休ませろ」

 グラジオスは一瞬だけ私の手を視界に入れた後、すぐに前へと向き直ると幌馬車に向かってずんずん突き進んでいく。

 というかホントに恥ずかしくないの? ちょっとショックなんだけど。完全に子どもに見られてるよね、コレ。

 まあ、エマの手前そっちの方がいいんだけどさ。

「グラジオスのごうかんまー、けだものー」

「はぁ……」

 そんな風に騒いでいる間(あんまり大声じゃなかったけど)にグラジオスは幌馬車までたどり着き、案外優しい手つきで荷台へ下ろしてくれた。

「例のドレスはどこにある?」

「例の……ああ、コスプレ衣装ならランドセルの中だから……」

「テントか。分かった」

 そう言うと、グラジオスは先ほど歩いて来た道をさっさと引き返していった。

「なんか、こっちの態度がガキみたいに見えるじゃん……。グラジオスの馬鹿……」

 ぼやく私に応えてくれたのは、風の音だけだった。




 私は幌馬車に乗って数時間をかけて移動したため、ぎこちなくはあるものの、辛うじて普通に動かす程度には回復できたのだった。

「注意して降りろ」

「うん」

 二つあるコスプレ衣装の内、今回はフリルや羽でもこもこしている白いドレスみたいな衣裳の方をチョイスして着こなしている。

 とはいえ、足元は相変わらずのブーツなため、少し合わないかな? なんて思わなくもない。

 でもこれ以上良い履物なんて私は持っていないし、そもそも手に入れる手段すら持ち合わせていない。だから必然的にこの王子さまからもらったブーツになってしまうのだ。

「場所はここなの?」

「いや、ここからは馬に乗る」

 グラジオスはそう言うと、兵士の一人に指示を出して幌馬車を引き帰させる。それに代わる様に、私の前には二頭の馬が引き出された。

「……私馬乗れないんだけど」

「…………」

 ちょいちょいっとグラジオスが手を振ると、一頭どこかに連れていかれる。

「乗れ」

「乗れって言われても……」

 私は戸惑っていた。私は大して馬に乗った事がない。第一鐙に足が届かないのだ。乗りようが無い。

 モンターギュ砦から王都に行くときには、毎回グラジオスが乗る手伝いをしてくれてたのに……。

「……いじめ?」

「お前をいじめて何が楽しいっ。いいから早く乗れっ」

「届かないのっ! 言わせるな馬鹿っ!」

 泣いちゃうから。もう本気で泣いちゃうから!

 ドン引きするぐらいギャン泣きするからっ!!

「ったく……」

 グラジオスは頭を掻きながら、

「着飾った雲母は扱いに困るんだが……」

 などと小さく零した。零してしまった。

 当たり前だがその言葉を聞き逃すほど私の耳は悪くなどない。

 私の口元は自然に笑みを形作っていった。

「あれ~? グラジオス、もしかして私の事意識しちゃってるの? 意識してるからさっきみたいに担いだり出来ないの? あれ~、私の事子どもって言ってたはずなんだけどなぁ~」

 我ながらうざいとは思う。でも、こういう事でもない限りなかなか復讐出来ないのだからそのチャンスを逃すことはしたくなかった。

 ごめんね、兵士さん達。ちょっとだけ時間ちょうだい。

「い、いいから乗れっ!」

「いや~、照れてますなぁグラジオス君。なんで照れてるのかにゃ~?」

「だ、黙れっ」

 さすがに怒ったかな? なんて私が思った瞬間、グラジオスは無理やり行動に移った。

 グラジオスは私の両脇に手を突っ込むと、赤ちゃんを高い高いする要領で私の体を持ち上げ、私があっけに取られている間にひょいっと馬の背に乗せてしまう。

 そのままグラジオスも馬に飛び乗り発進してしまった。

「ちょっちょっ、今の持ち方ってなくない?」

「喋るな、舌を噛むぞ」

「噛む前に不安定でっ……。落ちっ落ちるっ」

 私は恐怖のあまり、グラジオスに抱き着いてしまう。しかも真正面から、私の顔がグラジオスの胸元に埋まる形で。

「だ、抱き着くなっ」

「そんな事言われても落ちるのっ。ちょっ、ダメダメダメ揺らさないでっ」

 馬の速度はだんだんと上がっていき、この速度で落ちたら地面とおしりが軽いキスを交わすなんてレベルじゃないだろう事は簡単に予想がついた。間違いなく地面から熱烈なハグをされて全身骨折とかしそうである。

 だから私は必死になってグラジオスの背中に手を回してしがみつく。

「馬は揺れるものだ。お前が慣れろ」

「いずれは慣れるだろうけど今は無理っ。止めて止めてっ」

「止めたらまたお前がくだらんことを言い出すだろうがっ」

「言うけど止めてぇっ」

「じゃあ止めんっ」

「いじわる~っ」

 護衛の兵士たちからどんな目で見られているか、なんて事に私達が思い至ったのは、交渉の為に建てられた専用の天幕が見えてからだった。

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