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第55話 本物の証明
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「……なに、を?」
ダンテが小さな声でなんとかそれだけを絞り出す。
だが、エリザベートは目の前でショックを受けているダンテのことなど構うことなく、金切り声をあげる。
「私の子はこの子じゃないっ! 違う子よっ!!」
「は……?」
母であるエリザベートが断言したのだ。
ダンテは、エリザベートの子供ではない。
それは、ガルヴァスの子どもでもなく、皇族の血を引いていない事を意味していた。
その事実に、会場全体がざわつき始める。
「ど、どういうことだっ」
フェリドも、さすがにこの発言は予想していなかったのだろう。
それまでの丁寧な仮面をかなぐり捨ててエリザベートへと怒鳴りつける。
「貴様は確かにコイツが子どもだと言ったではないか!」
以前、フェリドはエリザベートに面通しをさせることで、ダンテがジュナスであると確信したと言っていた。
そこからすると、エリザベートの発言はありえないのだ。
しかしエリザベートは激しく首を横に振ると、ダンテの後方、誰もいない空間へと人差し指を向ける。
「私の子は、この子の従者として仕えていた子よっ」
「アル……」
ダンテの呟きに、フェリドはハッとしたように顔を向ける。
ダンテのそばには常日頃から相棒であるアルが控えていた。
それならば、二人一緒に居るときに、遠くから見て、自分の子どもが居ると言っても不思議ではない。
取り違え。
それも、致命的な。
「そん……な……?」
フェリドの顔から血の気が引いていく。
これでフェリドの面目は丸つぶれだ。
ただの似ているだけの男をジュナスであると紹介したのだから――。
「はははははっ」
パチパチと乾いた拍手と高笑いが、ホールの中をこだまする。
この喜劇を心の底から楽しめるのは、たったひとり。
「いやいや、ずいぶんと間抜けなことをしてくれたものだね、フェリド伯爵」
「…………」
ぐうの音も出ないとばかりに、フェリドは唇が白くなるほど噛みしめ、肩を震わせて俯く。
しかし、ルドルフはそれで容赦などしない。
更に言葉を重ね、敗者を嘲笑う。
「まさかまともな下調べもせずにこんな茶番をやらかしたのかい? 気が知れないね」
いつものフェリドならばそういった下調べは入念に行い、舞台のリハーサルだってさせるだろう。
だが、今回だけはしなかった。
ダンテを警戒したが故に、し過ぎたために、エリザベートとダンテを直接対面させなかった。
それが、取り返しのつかない仇となってしまったのだ。
パチンッと、指が鳴る。
「こういう風に、下調べはよくよくしておかないと」
ルドルフの合図に合わせ、背後から一人の男が歩み出る。
それは言わずもがな――。
「ジュナスッ!!」
エリザベートは手すりに身を乗り出して、男――アルへと手を伸ばす。
それで、聴衆の誰もが確信してしまった。
誰が本物のジュナスかを。
「それから、こちらがロナ家に匿われていたミシェーリ嬢だ」
ルドルフの合図で、ベアトリーチェが姿を現し、アルの隣に立つ。
エリザベートは、我が子ふたりの元気な姿を見て感極まったのか、泣きながらその場にくずおれてしまった。
「髪の色、よく見てみなよ。ふたりの色は茶色だろ? その男は違う」
ルドルフの言う通り、アルとベアトリーチェの髪は茶色。
ダンテの髪は白金色だ。
「いいかな、ふたりは双子だ。それが、あそこまで髪の色が違うなんて、聞いたことあるかな?」
もはや勝敗は決した。
その場にいる誰もが理解する。
ダンテは容姿こそよく似ているが偽物。
そしてアルこそが本物の――。
「私が本物のジュナスだっ!」
ルドルフのワンマンショーを、ダンテの声が引き裂いた。
ダンテは目を血走らせながらエリザベートの襟首をつかんで引き寄せ、額がぶつかりそうなほど顔を近づける。
「よく見ろっ。ガルヴァスに、私の父親に瓜二つだろうっ」
「や、めっ」
エリザベートは手加減なくつかまれ、揺すぶられ、もはや見るなど出来はしない。
苦痛から逃れようと、体を捻ってもがき、暴れる。
しかしダンテはそれを許さないとばかりに力を強める。
「私が、ジュナスでなければならないんだっ!!」
ダンテはジュナスだったからベアトリーチェをあきらめた。
ジュナスだったからブルームバーグ家との戦いを決意した。
ジュナスだったから、ここに居るのだ。
「もっとよく見ろっ!!」
「ダンテさま、落ち着いてくださいましっ」
アンジェリカがダンテの腕にすがりついてくるが、ダンテは止まらない。
声を震わせ、目の端に涙すら浮かべながら、まるで脅しつけるようにエリザベートを揺さぶる。
「悪いなーダンテ」
激高したダンテの頭に、アルの声が冷や水を浴びせる。
「知っていたのか」
ダンテは動きを止め、エリザベートを睨みつけたまま、アルへと問いかけた。
「まあ、つい最近な」
アルは悪びれた様子もなく、なんてことのない世間話でもするかのような口調で続ける。
「お前には悪いと思ったが、ちょうど具合が良かったんだよ」
「本人すら勘違いしていた方が、本物を守りやすいからね」
ルドルフがアルの言葉を補足する。
それが、答えだった。
ダンテだけが蚊帳の外。
ダンテだけを置いて全てが進行しており、それが今こうして結実していた。
「と、いうわけだよ。そこに居るのは、ダンテ・エドモン・ブラウン」
全ての観衆たちの視線が集まる中、すっとルドルフの腕があがり、演説場の中心に居る道化へと指が突きつけられる。
「ブラウン家の息子という地位を金で買った、ただの詐欺師だ」
証拠は示され、全てはつまびらかにされてしまった。
「ダンテ……さま……」
ダンテを心から信じ切っていたアンジェリカですら、認めるほどに。
「――――――っ」
舞台に居るのは、ただのダンテ。
ただの詐欺師。
そして、犯罪者。
ダンテの顔から完全に表情が失せた。
「ああ、ついでにもう一つ嘘を暴こう」
心の底から楽しそうな笑顔を浮かべたルドルフが、一枚の紙を懐から取り出す。
「この命令書によれば、我が叔父上の殺害を命じたのは、君の様だね。フェリド卿?」
「なっ」
急に矛先を向けられたフェリドが、顔を真っ青にしてダンテを見る。
確かに、ダンテが証拠――指示書と人相書き――を盗み出し、フェリドに渡したはずだった。
そしてフェリド自身がその証拠をよく確認したうえで手ずから焼き払い、この世から完全に消滅したはずだった。
だというのにルドルフはその証拠を手にしている。
フェリドからすれば、狐にでもつままれたことのように感じているだろう。
「ち、違うっ。それならば私がエリザベートさまを保護するはずがないっ」
「君のシーリングスタンプが捺されているんだよ。なんだったら今ここで重ね合わせてみようじゃないか」
そう言ってルドルフは自信満々に手を差し伸べる。
一方、フェリドは青い顔でただ歯噛みするだけで、まったく動こうとしなかった。
「ほら、君の無実を証明してごらんよ」
ルドルフが挑発しても、フェリドは動かない。
動けないのだ。
身に覚えがありすぎるから。
「さあ、その人差し指にはめている指輪を投げ渡してくれるだけでいいんだ」
ルドルフは挑発的にひらひらと紙を振る。
「……き、貴様が私を陥れるためにでっちあげるかもしれん」
「では、テレジア侯にお願いしよう」
本来、ルドルフにとって政敵であるはずのテレジア侯爵であれば、フェリドの味方をするはずだ。
黒を白と言うことだって、フェリドを守る為ならばしてくれるはずだった。
しかし、フェリドはその味方であるはずのテレジア侯爵を、懐疑的な目で流し見る。
皇族を名乗る詐欺師を娘と婚姻させ、皇帝の弟を殺害する疑いをかけられ、それでも庇う価値があると思われるのか。
その答えが分からなかったからだ。
返答に窮したフェリドが視線を彷徨わせたその時――。
「や、やめてっ」
ダンテが動いた。
おおよそ感情というものが全て欠落したかのような顔で、もがくエリザベートの襟首を掴み、その体を空中に吊り上げる。
そのままエリザベートの体を、演説場の手すりの外へと無理やり持っていき……。
「嘘をつく女など必要ない」
「な、なにをするっ」
「ダンテさまっ」
無造作に手を突き放してしまった。
「きゃあぁっ」
演説場は二階の床くらいの高さに設けられており、床までの高さは約3メイルにも及ぶ。
死にはしないかもしれないが、歩くのもやっとだったエリザベートであれば、大けがは免れないかもしれない。
「貴様っ」
フェリドが慌てて階下を確認すると、ダンテがエリザベートともみ合っているうちに、危険を察した誰かがテーブルクロスを広げていたらしく、エリザベートは無事助けられていた。
「お母さんっ」
「あの者たちを捕らえろっ!!」
ベアトリーチェが悲鳴をあげ、それに呼応するかのように、ルドルフが下知を下す。
会場は、一気に混乱のるつぼと化したのだった。
ダンテが小さな声でなんとかそれだけを絞り出す。
だが、エリザベートは目の前でショックを受けているダンテのことなど構うことなく、金切り声をあげる。
「私の子はこの子じゃないっ! 違う子よっ!!」
「は……?」
母であるエリザベートが断言したのだ。
ダンテは、エリザベートの子供ではない。
それは、ガルヴァスの子どもでもなく、皇族の血を引いていない事を意味していた。
その事実に、会場全体がざわつき始める。
「ど、どういうことだっ」
フェリドも、さすがにこの発言は予想していなかったのだろう。
それまでの丁寧な仮面をかなぐり捨ててエリザベートへと怒鳴りつける。
「貴様は確かにコイツが子どもだと言ったではないか!」
以前、フェリドはエリザベートに面通しをさせることで、ダンテがジュナスであると確信したと言っていた。
そこからすると、エリザベートの発言はありえないのだ。
しかしエリザベートは激しく首を横に振ると、ダンテの後方、誰もいない空間へと人差し指を向ける。
「私の子は、この子の従者として仕えていた子よっ」
「アル……」
ダンテの呟きに、フェリドはハッとしたように顔を向ける。
ダンテのそばには常日頃から相棒であるアルが控えていた。
それならば、二人一緒に居るときに、遠くから見て、自分の子どもが居ると言っても不思議ではない。
取り違え。
それも、致命的な。
「そん……な……?」
フェリドの顔から血の気が引いていく。
これでフェリドの面目は丸つぶれだ。
ただの似ているだけの男をジュナスであると紹介したのだから――。
「はははははっ」
パチパチと乾いた拍手と高笑いが、ホールの中をこだまする。
この喜劇を心の底から楽しめるのは、たったひとり。
「いやいや、ずいぶんと間抜けなことをしてくれたものだね、フェリド伯爵」
「…………」
ぐうの音も出ないとばかりに、フェリドは唇が白くなるほど噛みしめ、肩を震わせて俯く。
しかし、ルドルフはそれで容赦などしない。
更に言葉を重ね、敗者を嘲笑う。
「まさかまともな下調べもせずにこんな茶番をやらかしたのかい? 気が知れないね」
いつものフェリドならばそういった下調べは入念に行い、舞台のリハーサルだってさせるだろう。
だが、今回だけはしなかった。
ダンテを警戒したが故に、し過ぎたために、エリザベートとダンテを直接対面させなかった。
それが、取り返しのつかない仇となってしまったのだ。
パチンッと、指が鳴る。
「こういう風に、下調べはよくよくしておかないと」
ルドルフの合図に合わせ、背後から一人の男が歩み出る。
それは言わずもがな――。
「ジュナスッ!!」
エリザベートは手すりに身を乗り出して、男――アルへと手を伸ばす。
それで、聴衆の誰もが確信してしまった。
誰が本物のジュナスかを。
「それから、こちらがロナ家に匿われていたミシェーリ嬢だ」
ルドルフの合図で、ベアトリーチェが姿を現し、アルの隣に立つ。
エリザベートは、我が子ふたりの元気な姿を見て感極まったのか、泣きながらその場にくずおれてしまった。
「髪の色、よく見てみなよ。ふたりの色は茶色だろ? その男は違う」
ルドルフの言う通り、アルとベアトリーチェの髪は茶色。
ダンテの髪は白金色だ。
「いいかな、ふたりは双子だ。それが、あそこまで髪の色が違うなんて、聞いたことあるかな?」
もはや勝敗は決した。
その場にいる誰もが理解する。
ダンテは容姿こそよく似ているが偽物。
そしてアルこそが本物の――。
「私が本物のジュナスだっ!」
ルドルフのワンマンショーを、ダンテの声が引き裂いた。
ダンテは目を血走らせながらエリザベートの襟首をつかんで引き寄せ、額がぶつかりそうなほど顔を近づける。
「よく見ろっ。ガルヴァスに、私の父親に瓜二つだろうっ」
「や、めっ」
エリザベートは手加減なくつかまれ、揺すぶられ、もはや見るなど出来はしない。
苦痛から逃れようと、体を捻ってもがき、暴れる。
しかしダンテはそれを許さないとばかりに力を強める。
「私が、ジュナスでなければならないんだっ!!」
ダンテはジュナスだったからベアトリーチェをあきらめた。
ジュナスだったからブルームバーグ家との戦いを決意した。
ジュナスだったから、ここに居るのだ。
「もっとよく見ろっ!!」
「ダンテさま、落ち着いてくださいましっ」
アンジェリカがダンテの腕にすがりついてくるが、ダンテは止まらない。
声を震わせ、目の端に涙すら浮かべながら、まるで脅しつけるようにエリザベートを揺さぶる。
「悪いなーダンテ」
激高したダンテの頭に、アルの声が冷や水を浴びせる。
「知っていたのか」
ダンテは動きを止め、エリザベートを睨みつけたまま、アルへと問いかけた。
「まあ、つい最近な」
アルは悪びれた様子もなく、なんてことのない世間話でもするかのような口調で続ける。
「お前には悪いと思ったが、ちょうど具合が良かったんだよ」
「本人すら勘違いしていた方が、本物を守りやすいからね」
ルドルフがアルの言葉を補足する。
それが、答えだった。
ダンテだけが蚊帳の外。
ダンテだけを置いて全てが進行しており、それが今こうして結実していた。
「と、いうわけだよ。そこに居るのは、ダンテ・エドモン・ブラウン」
全ての観衆たちの視線が集まる中、すっとルドルフの腕があがり、演説場の中心に居る道化へと指が突きつけられる。
「ブラウン家の息子という地位を金で買った、ただの詐欺師だ」
証拠は示され、全てはつまびらかにされてしまった。
「ダンテ……さま……」
ダンテを心から信じ切っていたアンジェリカですら、認めるほどに。
「――――――っ」
舞台に居るのは、ただのダンテ。
ただの詐欺師。
そして、犯罪者。
ダンテの顔から完全に表情が失せた。
「ああ、ついでにもう一つ嘘を暴こう」
心の底から楽しそうな笑顔を浮かべたルドルフが、一枚の紙を懐から取り出す。
「この命令書によれば、我が叔父上の殺害を命じたのは、君の様だね。フェリド卿?」
「なっ」
急に矛先を向けられたフェリドが、顔を真っ青にしてダンテを見る。
確かに、ダンテが証拠――指示書と人相書き――を盗み出し、フェリドに渡したはずだった。
そしてフェリド自身がその証拠をよく確認したうえで手ずから焼き払い、この世から完全に消滅したはずだった。
だというのにルドルフはその証拠を手にしている。
フェリドからすれば、狐にでもつままれたことのように感じているだろう。
「ち、違うっ。それならば私がエリザベートさまを保護するはずがないっ」
「君のシーリングスタンプが捺されているんだよ。なんだったら今ここで重ね合わせてみようじゃないか」
そう言ってルドルフは自信満々に手を差し伸べる。
一方、フェリドは青い顔でただ歯噛みするだけで、まったく動こうとしなかった。
「ほら、君の無実を証明してごらんよ」
ルドルフが挑発しても、フェリドは動かない。
動けないのだ。
身に覚えがありすぎるから。
「さあ、その人差し指にはめている指輪を投げ渡してくれるだけでいいんだ」
ルドルフは挑発的にひらひらと紙を振る。
「……き、貴様が私を陥れるためにでっちあげるかもしれん」
「では、テレジア侯にお願いしよう」
本来、ルドルフにとって政敵であるはずのテレジア侯爵であれば、フェリドの味方をするはずだ。
黒を白と言うことだって、フェリドを守る為ならばしてくれるはずだった。
しかし、フェリドはその味方であるはずのテレジア侯爵を、懐疑的な目で流し見る。
皇族を名乗る詐欺師を娘と婚姻させ、皇帝の弟を殺害する疑いをかけられ、それでも庇う価値があると思われるのか。
その答えが分からなかったからだ。
返答に窮したフェリドが視線を彷徨わせたその時――。
「や、やめてっ」
ダンテが動いた。
おおよそ感情というものが全て欠落したかのような顔で、もがくエリザベートの襟首を掴み、その体を空中に吊り上げる。
そのままエリザベートの体を、演説場の手すりの外へと無理やり持っていき……。
「嘘をつく女など必要ない」
「な、なにをするっ」
「ダンテさまっ」
無造作に手を突き放してしまった。
「きゃあぁっ」
演説場は二階の床くらいの高さに設けられており、床までの高さは約3メイルにも及ぶ。
死にはしないかもしれないが、歩くのもやっとだったエリザベートであれば、大けがは免れないかもしれない。
「貴様っ」
フェリドが慌てて階下を確認すると、ダンテがエリザベートともみ合っているうちに、危険を察した誰かがテーブルクロスを広げていたらしく、エリザベートは無事助けられていた。
「お母さんっ」
「あの者たちを捕らえろっ!!」
ベアトリーチェが悲鳴をあげ、それに呼応するかのように、ルドルフが下知を下す。
会場は、一気に混乱のるつぼと化したのだった。
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