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第44話 反撃
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ダンテの言葉で一瞬、全員が凍り付く。
それはすなわち、この4人の中に裏切者が居るということで、それをあぶり出さなければまた任務に失敗してしまうことを意味していた。
「て……め……」
もはやダンテに怒りをぶつけている余裕などない。
ダンテの両脇を抱えるふたりは互いに顔を見つめ合い、前後を固めていた二人は視界に入っている全員へと疑いのまなざしを向ける。
誰が敵なのか、そのことを見極めるのに必死になっていた。
「お、俺は違うぞっ」
緊迫感に耐えかねたのか、ダンテの右腕を捕縛していた男がうろたえる。
今そんな行動を取れば、どうぞ怪しんでくれと言っているに等しいのだが、そこまで頭が回らなかったらしい。
ダンテを除いた全員の視線がうろたえた男へと集中し――。
「ごくろうさんっ」
一番背後を警戒していた男の更に後ろから、給仕服を身にまとった茶髪の詐欺師がひょっこり顔を出す。
アルはそのまま手に持っていた棒で目の前の衛兵に一撃を浴びせ、手早く昏倒させた。
「よっ」
突然の襲撃に驚いている衛兵たちの隙をつき、ダンテは再び拘束を振りほどく。
そしてそのまま、両脇に居る衛兵たちの肩に手を伸ばして掴み、ぐいっと頭を下げさせた。
「な、なっ!?」
「判断が遅ぇっ」
アルはそのまま屈んだダンテの背中を踏み台にして飛び上がると、前方にいた最後の衛兵へ、勢いよく棒を叩きつけて意識を刈り取る。
この間、10秒もかかってはいない。
「……ああ、君たち。無駄な抵抗は止めたまえ。でないと首元に涎かけが必要な体になってしまうよ」
「…………っ」
ダンテの両手には、またも魔法のようにナイフが握られており、衛兵ふたりの首筋にひたりと突きつけられていた。
この二本のナイフは、ダンテが両脇を抱えられていた際にふたりの衛兵の隙をみて、ふたり自身からスリ取ったものだ。
あっという間にふたりの詐欺師によって、四人の衛兵が制圧されてしまっていた。
「それから謝っておこう。先ほどの裏切り者がいるって話は嘘だ。騙してすまなかったね」
口八丁によって動揺させて隙を作り、手八丁によってそれを広げて状況を逆転させてしまう。
まさに騙しを生業にする者の本領発揮といったところか。
それからダンテとアルは協力して衛兵を縛り上げ、さるぐつわを噛ませたうえで、適当な部屋に放り込んでおいたのだった。
「さて……やることは分かっているな、相棒」
このまま脱出……ではない。
わざわざ捕まったのは、あくまでも攻撃のための布石なのだ。
ダンテとアルはニヤリと悪そうな笑みを交わし合う。
「もちろん。で、どこに隠した?」
「机の後ろに金庫がある。その中の書類全てさらっちまえ」
これこそがダンテが捕まった理由と言っても過言ではなかった。
相手への攻撃手段が少ないのなら、弱点を作るか探せばいい。
大切な書類を多数保管してるのは確認済みだ。
その中には塩の密輸やその他もろもろ、様々な悪事に関する証拠が山の様に存在するだろう。
「こいつを使ってな」
ダンテは懐から一本のカギを取り出してアルに手渡す。
「さっすがぁ」
お宝を前に、思わずアルがピュイッと口笛を吹く。
このカギは、ダンテが先ほどフェリド本人からスリ取ったものだ。
ナイフを首元に突きつけたのは、カギに付いた紐を切断して奪いやすくするためで、決して脅すのが目的ではなかった。
「あいつは俺らのことをゴミだと思ってやがるからな。やり放題だぜ」
フェリドは今までの人生で貴族らしく行動してきたため、スリが得意な人間と、直接相対したことはない。
ダンテにとっては赤子の手を捻るよりも容易い相手であった。
「それから……もう一つ」
ダンテはポケットから真鍮製のカギを取り出し、アルの目の前に突き出す。
「なんだ、それ」
「多分、この家のマスターキーだ。さっきアンジェが渡してくれたんだ」
執務室からダンテが連れ出される際、アンジェリカが抱き着きながら謝罪してきたのだが、その時にダンテのポケットへ滑り込ませてきたのだ。
これを使って脱出してほしいというアンジェリカの気遣いなのだろう。
ダンテがこれまで積み上げてきた偽りの恋。
しかしそれはアンジェリカにとって大切な真実の愛だった。
何よりも恐れる父に、こうして反抗してみせるほどの意義を持った感情なのだ。
「へー……」
「形を見て覚えといてくれ。お前だったら複製くらい作れるだろ?」
「まあ、んなこた楽勝だが、なんでわざわざ」
アルはダンテの手の中にあるマスターキーを、しげしげと眺めながらうなずく。
アルは、自身がマスターキーとなることが出来るほど鍵開けの天才だ。
だが、カギがあれば時間短縮につながるため、決して無くてもいいというものではない。
「アンジェが父親を裏切って俺に味方するほどだってことを知られるのはいささか都合が悪いんでね」
詐欺師にとって味方は潜ませるものなのだ。
そうやって相手を騙し、出し抜く。
フェリドの近くにアンジェリカという駒を置ける意義は大きかった。
「……よし、覚えた」
アルが頷くと同時にダンテはマスターキーをポケットにしまう。
そして、ダンテは決意を口にする。
「……俺はブルームバーグって存在を潰す」
一瞬、アルが目を丸くする。
今までは金をたかることが目的で、ブルームバーグ伯爵家を攻撃することが目的ではなかった。
しかし――。
「ヤツは、ベアトリーチェに手を出しやがった。俺の母さんを人質に取りやがった」
私利私欲に他人を利用するのは世の常であるが、利用するなら抵抗されることを覚悟しなければならない。
場合によっては反撃の一刺しで逆に潰されることだってあるのだ。
だから――。
「ぶっ潰す。文句はねえな」
「あたりめえだろ」
アルが当然とばかりに頷く。
家族を、仲間を大切にするのはどんな人間でも持つ感情なのだ。
これから始まるのは、金をかけた騙し合いではない。
存在を賭けた潰しあいだ。
「行くぞ」
ダンテの左右で色の違う瞳が、ギラリと輝いた。
「おふたりとも、お勤めご苦労様です」
ダンテは執務室の前にまで戻っていた。
執務室の前には、中にあるお宝を守るかのように衛兵がふたり、警備に当たっている。
フェリドやアンジェリカの姿は見えず、また、執務室の中にはまったく気配が感じられないため、恐らく舞踏会のホストファミリーとしての責務を果たしているのだろう。
「き、貴様っ!!」
「連れていかれたはずじゃ……」
目的は、誘導。
ダンテが派手に敵の目を引きつけ、その間にアルが仕掛ける。
何度も何度も繰り返された、必殺の手法。
それは今回も狙い通りになった。
「自主的にお暇させていただきましたよ」
それでは、とダンテが一礼して走り出すと、ふたりの衛兵も慌ててその後を追う。
これで執務室の守りは完全に無くなった。
マスターキーの形を知っている上に鍵開けの天才であるアルであれば、五秒と数えないうちに扉を開け、中のものを奪ってくれるだろう。
あとはダンテが逃げるだけ……では足りない。
ダンテがもし、金を奪うことだけが目的ならば逃げるだけでいいのだが、そうではない。
ダンテはブルームバーグ伯爵家を潰すと決めたのだ。
ならば攻撃は出来るときに最大限行わねばならなかった。
ダンテは記憶しておいた屋敷の地図を記憶から引っ張り出し、それを利用して追っ手を撒くと、再び舞踏会の会場にまでやって来ていた。
今度はホールではなく、演説用に設けられた壇上に。
「みなさま!」
ベランダにも似た演説台に立ち、そこから階下の貴族たちを見つめる。
彼らは皆一様にぽかんと口を開け、突然姿を現したダンテを見上げていた。
「本日は、私とアンジェリカの婚約発表に来ていただきまして、心よりの感謝を申し上げます」
それはすなわち、この4人の中に裏切者が居るということで、それをあぶり出さなければまた任務に失敗してしまうことを意味していた。
「て……め……」
もはやダンテに怒りをぶつけている余裕などない。
ダンテの両脇を抱えるふたりは互いに顔を見つめ合い、前後を固めていた二人は視界に入っている全員へと疑いのまなざしを向ける。
誰が敵なのか、そのことを見極めるのに必死になっていた。
「お、俺は違うぞっ」
緊迫感に耐えかねたのか、ダンテの右腕を捕縛していた男がうろたえる。
今そんな行動を取れば、どうぞ怪しんでくれと言っているに等しいのだが、そこまで頭が回らなかったらしい。
ダンテを除いた全員の視線がうろたえた男へと集中し――。
「ごくろうさんっ」
一番背後を警戒していた男の更に後ろから、給仕服を身にまとった茶髪の詐欺師がひょっこり顔を出す。
アルはそのまま手に持っていた棒で目の前の衛兵に一撃を浴びせ、手早く昏倒させた。
「よっ」
突然の襲撃に驚いている衛兵たちの隙をつき、ダンテは再び拘束を振りほどく。
そしてそのまま、両脇に居る衛兵たちの肩に手を伸ばして掴み、ぐいっと頭を下げさせた。
「な、なっ!?」
「判断が遅ぇっ」
アルはそのまま屈んだダンテの背中を踏み台にして飛び上がると、前方にいた最後の衛兵へ、勢いよく棒を叩きつけて意識を刈り取る。
この間、10秒もかかってはいない。
「……ああ、君たち。無駄な抵抗は止めたまえ。でないと首元に涎かけが必要な体になってしまうよ」
「…………っ」
ダンテの両手には、またも魔法のようにナイフが握られており、衛兵ふたりの首筋にひたりと突きつけられていた。
この二本のナイフは、ダンテが両脇を抱えられていた際にふたりの衛兵の隙をみて、ふたり自身からスリ取ったものだ。
あっという間にふたりの詐欺師によって、四人の衛兵が制圧されてしまっていた。
「それから謝っておこう。先ほどの裏切り者がいるって話は嘘だ。騙してすまなかったね」
口八丁によって動揺させて隙を作り、手八丁によってそれを広げて状況を逆転させてしまう。
まさに騙しを生業にする者の本領発揮といったところか。
それからダンテとアルは協力して衛兵を縛り上げ、さるぐつわを噛ませたうえで、適当な部屋に放り込んでおいたのだった。
「さて……やることは分かっているな、相棒」
このまま脱出……ではない。
わざわざ捕まったのは、あくまでも攻撃のための布石なのだ。
ダンテとアルはニヤリと悪そうな笑みを交わし合う。
「もちろん。で、どこに隠した?」
「机の後ろに金庫がある。その中の書類全てさらっちまえ」
これこそがダンテが捕まった理由と言っても過言ではなかった。
相手への攻撃手段が少ないのなら、弱点を作るか探せばいい。
大切な書類を多数保管してるのは確認済みだ。
その中には塩の密輸やその他もろもろ、様々な悪事に関する証拠が山の様に存在するだろう。
「こいつを使ってな」
ダンテは懐から一本のカギを取り出してアルに手渡す。
「さっすがぁ」
お宝を前に、思わずアルがピュイッと口笛を吹く。
このカギは、ダンテが先ほどフェリド本人からスリ取ったものだ。
ナイフを首元に突きつけたのは、カギに付いた紐を切断して奪いやすくするためで、決して脅すのが目的ではなかった。
「あいつは俺らのことをゴミだと思ってやがるからな。やり放題だぜ」
フェリドは今までの人生で貴族らしく行動してきたため、スリが得意な人間と、直接相対したことはない。
ダンテにとっては赤子の手を捻るよりも容易い相手であった。
「それから……もう一つ」
ダンテはポケットから真鍮製のカギを取り出し、アルの目の前に突き出す。
「なんだ、それ」
「多分、この家のマスターキーだ。さっきアンジェが渡してくれたんだ」
執務室からダンテが連れ出される際、アンジェリカが抱き着きながら謝罪してきたのだが、その時にダンテのポケットへ滑り込ませてきたのだ。
これを使って脱出してほしいというアンジェリカの気遣いなのだろう。
ダンテがこれまで積み上げてきた偽りの恋。
しかしそれはアンジェリカにとって大切な真実の愛だった。
何よりも恐れる父に、こうして反抗してみせるほどの意義を持った感情なのだ。
「へー……」
「形を見て覚えといてくれ。お前だったら複製くらい作れるだろ?」
「まあ、んなこた楽勝だが、なんでわざわざ」
アルはダンテの手の中にあるマスターキーを、しげしげと眺めながらうなずく。
アルは、自身がマスターキーとなることが出来るほど鍵開けの天才だ。
だが、カギがあれば時間短縮につながるため、決して無くてもいいというものではない。
「アンジェが父親を裏切って俺に味方するほどだってことを知られるのはいささか都合が悪いんでね」
詐欺師にとって味方は潜ませるものなのだ。
そうやって相手を騙し、出し抜く。
フェリドの近くにアンジェリカという駒を置ける意義は大きかった。
「……よし、覚えた」
アルが頷くと同時にダンテはマスターキーをポケットにしまう。
そして、ダンテは決意を口にする。
「……俺はブルームバーグって存在を潰す」
一瞬、アルが目を丸くする。
今までは金をたかることが目的で、ブルームバーグ伯爵家を攻撃することが目的ではなかった。
しかし――。
「ヤツは、ベアトリーチェに手を出しやがった。俺の母さんを人質に取りやがった」
私利私欲に他人を利用するのは世の常であるが、利用するなら抵抗されることを覚悟しなければならない。
場合によっては反撃の一刺しで逆に潰されることだってあるのだ。
だから――。
「ぶっ潰す。文句はねえな」
「あたりめえだろ」
アルが当然とばかりに頷く。
家族を、仲間を大切にするのはどんな人間でも持つ感情なのだ。
これから始まるのは、金をかけた騙し合いではない。
存在を賭けた潰しあいだ。
「行くぞ」
ダンテの左右で色の違う瞳が、ギラリと輝いた。
「おふたりとも、お勤めご苦労様です」
ダンテは執務室の前にまで戻っていた。
執務室の前には、中にあるお宝を守るかのように衛兵がふたり、警備に当たっている。
フェリドやアンジェリカの姿は見えず、また、執務室の中にはまったく気配が感じられないため、恐らく舞踏会のホストファミリーとしての責務を果たしているのだろう。
「き、貴様っ!!」
「連れていかれたはずじゃ……」
目的は、誘導。
ダンテが派手に敵の目を引きつけ、その間にアルが仕掛ける。
何度も何度も繰り返された、必殺の手法。
それは今回も狙い通りになった。
「自主的にお暇させていただきましたよ」
それでは、とダンテが一礼して走り出すと、ふたりの衛兵も慌ててその後を追う。
これで執務室の守りは完全に無くなった。
マスターキーの形を知っている上に鍵開けの天才であるアルであれば、五秒と数えないうちに扉を開け、中のものを奪ってくれるだろう。
あとはダンテが逃げるだけ……では足りない。
ダンテがもし、金を奪うことだけが目的ならば逃げるだけでいいのだが、そうではない。
ダンテはブルームバーグ伯爵家を潰すと決めたのだ。
ならば攻撃は出来るときに最大限行わねばならなかった。
ダンテは記憶しておいた屋敷の地図を記憶から引っ張り出し、それを利用して追っ手を撒くと、再び舞踏会の会場にまでやって来ていた。
今度はホールではなく、演説用に設けられた壇上に。
「みなさま!」
ベランダにも似た演説台に立ち、そこから階下の貴族たちを見つめる。
彼らは皆一様にぽかんと口を開け、突然姿を現したダンテを見上げていた。
「本日は、私とアンジェリカの婚約発表に来ていただきまして、心よりの感謝を申し上げます」
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