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第33話 信じられない、信じたくない
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「おい、待てって!」
背後からアルの声が追いかけてくるが、ダンテはそれに構うことなく馬に飛び乗ると横っ腹に蹴りを入れる。
走れと指示を出されたにも関わらず、馬は深い闇にしり込みしているのか、歩き出そうともしない。
もう一度、と思った矢先、
「待てって言ってるだろ!」
追いすがってきたアルが手綱を掴んでぐいっと力いっぱい引っ張った。
進めと止まれという相反する命令を、ほぼ同時に受けた馬は、どうしていいのか分からずブルルッと鼻を鳴らす。
アルは手綱をしっかりと握りしめたまま、どうどうと言って馬を宥めてから、ダンテを睨みつける。
「なんだ、お前は! 何がしたい!」
「…………モーリスに会うだけだ」
帝都の外れに位置するスラムは、歩いていくには遠すぎる。
襲われる心配は、ダンテ自身が住人であるが故に皆無に等しかったが、それでも夜中に単独で護衛もつけずに歩き回れるような場所ではない。
「会って何がしたいかを聞いてんだよ。まさか顔が見たいなんてガキみたいなことはねえだろ」
ダンテがしたいのは確認だ。
自身が何者であるかをアルが見たという証拠で以って、確定させたかった。
ただ、それを話してしまうと何故今更そんなことをするのかという別の疑問も浮かんでしまう。
そうなれば、必然的にダンテがベアトリーチェのことを愛してしまっていることまで話さなければならなかった。
「……会ったら、話す」
ダンテはそう言うと、固く口を閉ざす。
その後はアルがなんと言おうと決して話そうとはしなかった。
「ったく、頑固者め」
頑なな態度を譲らないダンテにあきれ返ったアルが、ガシガシ茶色の頭を掻きむしってから特大のため息を吐き出した。
「親父はこの近くに仮拠点を構えてんだよ。あっちに行っても会えねえぞ」
「む……」
ダンテとしては証拠とやらを見たいのであって、モーリスに会いたいわけではない。
さすがに夜も更けているため、証拠をダンテに見せるためだけにわざわざ本拠点へと戻ってくれることはないだろう。
「……証拠が見たい」
仕方なく、ダンテは自分の目的を吐露する。
「それならこっちに持ってきてんよ。ったく、無駄足になるとこだったじゃねえか」
モーリスたちはブルームバーグ伯爵家にたかる為に来ているのだから、武器を手元から手放すはずがない。
そんな簡単なことにも気づかないほど、ダンテは切羽詰まっていた。
「悪い、頼む」
ダンテが口にしたのはわずか二つの単語だけ。
いつもの滑らかな二枚舌は消えてしまったようだ。
「しゃあねえなぁ……」
本日二回目のため息をついたアルは、ちょいちょいと手招きする。
馬を降りてついてこいという意味に受け取ったダンテは、鐙を蹴って飛び降りると、アルの背後に回ったのだった。
「こんなところが……」
ダンテが案内されたのは、学校からさほど離れていない邸宅の物置小屋のような建物であった。
ような、が付くのは、スラム街にある小さな家よりも大きな建物で、人が住むことが出来る設備がある程度整っているからだ。
その物置小屋のロフトを使って、モーリスは自分専用の部屋を設けていた。
「親父が高利貸しやってんのは知ってるだろ。利子をちっとばかりまける代わりにここを借りたんだよ」
正確には高利貸しだけでなく、金儲けをするためならばなんでもやっている。
売春宿の運営や揺すりたかりは当たり前。金を返せなくなった奴らを無理やり働かせたりしていた。
焦げ付いたブラウン家の債権を安く買いたたくことが出来たのも、そういうツテがあったからだ。
「なるほどね」
「金がある奴が強い。どの世界でも当たり前のことだ」
意外に広い部屋の中、安っぽい机を前にふんぞり返っている子熊のような筋肉質の男、モーリスがうそぶく。
実際その通りなので、その意見に異を唱える者は誰も居なかった。
「で、だ、親父。例の証拠ってヤツをコイツに見せてやってくれ」
言われた途端、モーリスは胡乱な顔をダンテへと向ける。
「なんだ、お前。以前、俺の父親はサッチだけだみたいなこと言ってなかったか?」
「それは今でも変わってねえよ。俺がほんとにジュナスなのかを確認したいだけだ。とにかく出してくれ」
モーリスは相変わらず表情を変えず、それになんの意味があるとでも言いたげであった。
ダンテとモーリスの視線が、ふたりの中間地点でぶつかって火花を散らす。
証拠はモーリスにとっての切り札だ。
理由も言わずにおいそれと見せられるものでもないのだろう。
焦れたダンテが拳をテーブルに振り下ろし……仕方がないと肩を落とした。
「モーリス。アンタ、本当は母親と妹が生き延びていたって知ってるか?」
「あとから知った。ただ、ガルヴァス――お前の父親とお前を殺したんだ。それで十分だったから、報奨金はそのままいただいた」
ダンテ……ジュナスとその父親が殺された理由は、ダンテにも簡単に予想がつく。
継承権だ。
皇帝を継ぐのには男が優先されるのだが、現皇帝には二人の娘しかいない。
そうなると、継承権は腹違いの弟であるガルヴァスとその息子であるジュナスの方が上に来てしまう。
つまり、存在自体が邪魔なのだ。
現皇帝もさることながら、その娘と婚約している男およびその家も、ガルヴァスたちの事を消えてほしいと願ってやまなかっただろう。
それをブルームバーグが察したのか命じられたのかは分からないが、計画を主導し、モーリスとサッチやその部下たちが直接の下手人となったのだ。
「そうか。なら……」
ダンテは一度その事実を話そうとして失敗し、無意味に口を開閉させる。
どうしても認めたくない事実。それは――。
「なら、妹の方が……あの学校に……通ってた……ってのは?」
一言につき一度呼吸を挟み、ゆっくりと文章を紡いでいく。
ベアトリーチェが家族。
ベアトリーチェとダンテの血がつながっている。
家族が生きていてくれたことは嬉しいのに、ベアトリーチェがその家族であったことが、ダンテにとっては最大の不運だった。
「知るわけがないだろう、誰だ」
「…………」
ダンテは都合三度も深呼吸をしてから、
「ベアトリーチェだ」
そう、呟いた。
「ダンテ……お前……」
アルが全てを察したのか、複雑な表情を浮かべて息を呑む。
「…………ロナ子爵家のご令嬢か、なるほど」
ダンテも学校に通っている貴族の情報は頭に入っていたが、その来歴までは知らない。
だが、その時代を生きていたモーリスは、ジェイド・オーキス・ロナ子爵が、ダンテの父であるガルヴァスに仕えていたことを知っていたのだろう。
得心がいったとばかりに頷いていた。
「いいから、早く見せやがれ!」
苛立ちを抑えきれなかったダンテが怒鳴り声をあげると、モーリスは軽く肩をすくめて立ち上がる。
無言のまま壁際へと移動し、そこに置いてあった大きな木製の長櫃から、縦40サント、横25サントくらいの黒い箱を取り出した。
「この中だ、汚すなよ」
モーリスはそう言ってダンテの目の前に箱を置くと、元の位置に腰を下ろした。
「……どんな、ものだ?」
ダンテは震える手を小箱へと伸ばし、触れるか触れないかの直前で手を止める。
「俺たちへの指示を書いた紙と標的の似顔絵だ。もちろん、両方に印章とサインが入っている。じゃねえと証拠にならねえからな」
印章とは、その家の紋章をかたどったスタンプのことだ。
ブルームバーグ伯爵家は馬が両足をあげていなないている形の紋章なのだが、それが捺されているのだろう。
これを偽造することは容易ではないし、サインも併記されているとなれば、更に証拠能力は高くなる。
すなわち、箱の中に入っている書物に書かれていることは、違いようのない真実なのだ。
ダンテは深呼吸を一度してから、蓋を開けた。
背後からアルの声が追いかけてくるが、ダンテはそれに構うことなく馬に飛び乗ると横っ腹に蹴りを入れる。
走れと指示を出されたにも関わらず、馬は深い闇にしり込みしているのか、歩き出そうともしない。
もう一度、と思った矢先、
「待てって言ってるだろ!」
追いすがってきたアルが手綱を掴んでぐいっと力いっぱい引っ張った。
進めと止まれという相反する命令を、ほぼ同時に受けた馬は、どうしていいのか分からずブルルッと鼻を鳴らす。
アルは手綱をしっかりと握りしめたまま、どうどうと言って馬を宥めてから、ダンテを睨みつける。
「なんだ、お前は! 何がしたい!」
「…………モーリスに会うだけだ」
帝都の外れに位置するスラムは、歩いていくには遠すぎる。
襲われる心配は、ダンテ自身が住人であるが故に皆無に等しかったが、それでも夜中に単独で護衛もつけずに歩き回れるような場所ではない。
「会って何がしたいかを聞いてんだよ。まさか顔が見たいなんてガキみたいなことはねえだろ」
ダンテがしたいのは確認だ。
自身が何者であるかをアルが見たという証拠で以って、確定させたかった。
ただ、それを話してしまうと何故今更そんなことをするのかという別の疑問も浮かんでしまう。
そうなれば、必然的にダンテがベアトリーチェのことを愛してしまっていることまで話さなければならなかった。
「……会ったら、話す」
ダンテはそう言うと、固く口を閉ざす。
その後はアルがなんと言おうと決して話そうとはしなかった。
「ったく、頑固者め」
頑なな態度を譲らないダンテにあきれ返ったアルが、ガシガシ茶色の頭を掻きむしってから特大のため息を吐き出した。
「親父はこの近くに仮拠点を構えてんだよ。あっちに行っても会えねえぞ」
「む……」
ダンテとしては証拠とやらを見たいのであって、モーリスに会いたいわけではない。
さすがに夜も更けているため、証拠をダンテに見せるためだけにわざわざ本拠点へと戻ってくれることはないだろう。
「……証拠が見たい」
仕方なく、ダンテは自分の目的を吐露する。
「それならこっちに持ってきてんよ。ったく、無駄足になるとこだったじゃねえか」
モーリスたちはブルームバーグ伯爵家にたかる為に来ているのだから、武器を手元から手放すはずがない。
そんな簡単なことにも気づかないほど、ダンテは切羽詰まっていた。
「悪い、頼む」
ダンテが口にしたのはわずか二つの単語だけ。
いつもの滑らかな二枚舌は消えてしまったようだ。
「しゃあねえなぁ……」
本日二回目のため息をついたアルは、ちょいちょいと手招きする。
馬を降りてついてこいという意味に受け取ったダンテは、鐙を蹴って飛び降りると、アルの背後に回ったのだった。
「こんなところが……」
ダンテが案内されたのは、学校からさほど離れていない邸宅の物置小屋のような建物であった。
ような、が付くのは、スラム街にある小さな家よりも大きな建物で、人が住むことが出来る設備がある程度整っているからだ。
その物置小屋のロフトを使って、モーリスは自分専用の部屋を設けていた。
「親父が高利貸しやってんのは知ってるだろ。利子をちっとばかりまける代わりにここを借りたんだよ」
正確には高利貸しだけでなく、金儲けをするためならばなんでもやっている。
売春宿の運営や揺すりたかりは当たり前。金を返せなくなった奴らを無理やり働かせたりしていた。
焦げ付いたブラウン家の債権を安く買いたたくことが出来たのも、そういうツテがあったからだ。
「なるほどね」
「金がある奴が強い。どの世界でも当たり前のことだ」
意外に広い部屋の中、安っぽい机を前にふんぞり返っている子熊のような筋肉質の男、モーリスがうそぶく。
実際その通りなので、その意見に異を唱える者は誰も居なかった。
「で、だ、親父。例の証拠ってヤツをコイツに見せてやってくれ」
言われた途端、モーリスは胡乱な顔をダンテへと向ける。
「なんだ、お前。以前、俺の父親はサッチだけだみたいなこと言ってなかったか?」
「それは今でも変わってねえよ。俺がほんとにジュナスなのかを確認したいだけだ。とにかく出してくれ」
モーリスは相変わらず表情を変えず、それになんの意味があるとでも言いたげであった。
ダンテとモーリスの視線が、ふたりの中間地点でぶつかって火花を散らす。
証拠はモーリスにとっての切り札だ。
理由も言わずにおいそれと見せられるものでもないのだろう。
焦れたダンテが拳をテーブルに振り下ろし……仕方がないと肩を落とした。
「モーリス。アンタ、本当は母親と妹が生き延びていたって知ってるか?」
「あとから知った。ただ、ガルヴァス――お前の父親とお前を殺したんだ。それで十分だったから、報奨金はそのままいただいた」
ダンテ……ジュナスとその父親が殺された理由は、ダンテにも簡単に予想がつく。
継承権だ。
皇帝を継ぐのには男が優先されるのだが、現皇帝には二人の娘しかいない。
そうなると、継承権は腹違いの弟であるガルヴァスとその息子であるジュナスの方が上に来てしまう。
つまり、存在自体が邪魔なのだ。
現皇帝もさることながら、その娘と婚約している男およびその家も、ガルヴァスたちの事を消えてほしいと願ってやまなかっただろう。
それをブルームバーグが察したのか命じられたのかは分からないが、計画を主導し、モーリスとサッチやその部下たちが直接の下手人となったのだ。
「そうか。なら……」
ダンテは一度その事実を話そうとして失敗し、無意味に口を開閉させる。
どうしても認めたくない事実。それは――。
「なら、妹の方が……あの学校に……通ってた……ってのは?」
一言につき一度呼吸を挟み、ゆっくりと文章を紡いでいく。
ベアトリーチェが家族。
ベアトリーチェとダンテの血がつながっている。
家族が生きていてくれたことは嬉しいのに、ベアトリーチェがその家族であったことが、ダンテにとっては最大の不運だった。
「知るわけがないだろう、誰だ」
「…………」
ダンテは都合三度も深呼吸をしてから、
「ベアトリーチェだ」
そう、呟いた。
「ダンテ……お前……」
アルが全てを察したのか、複雑な表情を浮かべて息を呑む。
「…………ロナ子爵家のご令嬢か、なるほど」
ダンテも学校に通っている貴族の情報は頭に入っていたが、その来歴までは知らない。
だが、その時代を生きていたモーリスは、ジェイド・オーキス・ロナ子爵が、ダンテの父であるガルヴァスに仕えていたことを知っていたのだろう。
得心がいったとばかりに頷いていた。
「いいから、早く見せやがれ!」
苛立ちを抑えきれなかったダンテが怒鳴り声をあげると、モーリスは軽く肩をすくめて立ち上がる。
無言のまま壁際へと移動し、そこに置いてあった大きな木製の長櫃から、縦40サント、横25サントくらいの黒い箱を取り出した。
「この中だ、汚すなよ」
モーリスはそう言ってダンテの目の前に箱を置くと、元の位置に腰を下ろした。
「……どんな、ものだ?」
ダンテは震える手を小箱へと伸ばし、触れるか触れないかの直前で手を止める。
「俺たちへの指示を書いた紙と標的の似顔絵だ。もちろん、両方に印章とサインが入っている。じゃねえと証拠にならねえからな」
印章とは、その家の紋章をかたどったスタンプのことだ。
ブルームバーグ伯爵家は馬が両足をあげていなないている形の紋章なのだが、それが捺されているのだろう。
これを偽造することは容易ではないし、サインも併記されているとなれば、更に証拠能力は高くなる。
すなわち、箱の中に入っている書物に書かれていることは、違いようのない真実なのだ。
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