上 下
31 / 59

第31話 家族

しおりを挟む
 ジェイドとの話し合いのためにあてがわれた寄宿舎の一室には、茜色の陽光が差し込んでいる。

 ダンテがアンジェリカを優先した結果なのだが、仮にも爵位持ちの相手に対して失礼な行動だった。

 しかし、ジェイド本人は気にもしていないのか、背の低い来客用のテーブルを挟んで向かい側、ダンテの真正面で微笑んでいた。

「それで……」

 口を開いたダンテは、ジェイド……ではなく、首を90度左に向ける。

「なんでお前がここに居るんだ……」

 やや声が小さくなったのは、ダンテの前に居るふたりの大人を気にしての事だろう。

 なにせ、今ダンテと同じ革張りのソファーに座っている茶色い髪の少女は、その娘であるのだから。

 特に、ダンテの左斜め前に座っている母親のフェリシアは、なかなかに過激な性格だ。

 不用意な事を言って、アンジェリカの様に彼女の逆鱗に触れてしまうことは十分ありえた。

「私のお父さんとお母さんがいるんだよ? 私が居てもいいと思うんだけど」

 ダンテと同じくベアトリーチェも小声でダンテに反論する。

 ただ、彼女の顔には不満と真逆の感情が浮かんでいた。

「いや、だけどな……」

 ダンテは二週間以上、ベアトリーチェと積極的に関わることを避けてきた。

 それがベアトリーチェのためでもあると信じていたし、事実、関わった途端にアンジェリカからの嫌がらせを受けてしまった。

 だから何とかして説き伏せようとダンテは頭を捻り……。

「ああ、やっぱり貴方たちは仲がいいのね!」

 ポンッと手を打ち、フェリシアが快活な笑顔とともにそう断言する。

「だって、手紙にあれだけ――」

「ふわわわわぁぁぁぁっ!! おおおお母さんっ!!」

 フェリシアの不用意な発言は、娘のあげたあまりにも大きな声の前にかき消されてしまう。

「へ、変なこと言わなくていいのっ!!」

「変なことじゃないでしょぉ~。いいじゃない。気になる――」

「わーわーわーっ!!」

 ベアトリーチェは耳どころか首筋まで真っ赤にして手を振り回しながら騒ぎ立てる。

 実のところ、手紙といった単語はダンテにも聞こえていたため、大体の内容はダンテにも推察することができていた。

「お母さんっ!!」

「どうせもうバレてるでしょ」

「そういう問題じゃないのっ!!」

 ベアトリーチェは自分の母親を一括して黙らせてから、ダンテの方へと顔を向ける。

 真っ赤なのは変わらなかったが、感情が高ぶったせいか、目じりには涙まで浮かんでいた。

「ダンテさんは気にしないでっ」

「……別にいいんじゃないか、手紙くら――」

「良くないのっ」

 怒鳴られてしまったのでダンテは素直に口をつぐむ。

 そもそも、ベアトリーチェには仲のいい友達などが居なかったため、ダンテの事しか書くことが出来なかったということもあったのだろう。

「ほら、バレてたじゃない」

「お母さんっ!!」

 ベアトリーチェはダンテに言い訳したかと思ったら、次は母親に大声で抗議したりと、実に忙しそうに騒ぎ立てる。

 そんな娘を眺め、楽しそうに微笑んでいるジェイドがフェリシアの様にからかわないのが、まだベアトリーチェにとっては救いだった。

「……ダンテくん。君はそんな目でベルを見てくれているのだね」

「はい?」

 ダンテは何を言われたのかまったく理解ができずに片眉を30度ほど傾ける。

「あなた、ベルを見る目が凄く優しいのよ。それに、とっても幸せそうに笑っているの、気づいてる?」

「え?」

 ダンテはすぐさま自らの口元に手を伸ばし……ようやく自分が笑っていることに気づく。

 そう、ダンテは笑っていた。

 アンジェリカとともに居るときは、わざわざ笑顔を作って張り付けているというのに、ベアトリーチェとこうして話していたら、自然と笑顔になっていたのだ。

「少し不思議だったのよね~。ブルームバーグの娘ちゃんと一緒に居るときは、全然嬉しそうじゃなかったのに、ベルと一緒だと、凄く自然に笑うんだもの」

「ふぇっ!?」

「…………」

 ダンテは詐欺師である。

 女性を騙したことも、口説いたことも、恋人のふりをしたことだって数えきれないほどだ。

 いずれの時も、決して本気ではなかったが、それでも決してバレることはなかった。

 しかし、フェリシアにはどうやら一目で見抜かれていたらしい。

 フェリシアが鋭かったのか、それともダンテが鈍ったのか……。

「いえ、楽しい家族でらっしゃって……。私はそういう風に育ちませんでしたから、それが味わえて嬉しかったんだと思います」

 もちろんダンテだってサッチという父親は居たし、売春婦たちやその主人であるミランダから可愛がられた。

 だがそれは、あくまでもスラム街の仲間としてであり、こうして特別なぬくもりを持った家族としてではない。

「……嘘をついている目ね」

 ダンテの目をまっすぐ見たフェリシアが、そう断言する。

 目を見て嘘をついてるかどうか見破る特技はベアトリーチェも持っていたのだから、その母親が持っていてもおかしくはない。

「いえ、私は嘘などついていません」

 しかし、その力は100%あたるというものでもないのだろう。

 これは本当のことだ。本当にダンテは仲の良い家族だと、その温かさに触れたことが嬉しかったのだと思っていた。

「自分でも気づいていない嘘ってあるものよ」

「それを言われたら、なんでもありになってしまいますよ」

 ダンテの言葉に、フェリシアは分かって無いなぁとでも言いたげな、何とも言えない生暖かい視線を返す。

 普通ならばそんな目で見られれば、居心地が悪いものなのだが、ダンテは不思議と悪い気分ではなかった。

「じゃあ、今はそれでもいいわ」

「なにか含みのある言い方ですね」

「だって……」

 ちょいちょいっとフェリシアがダンテの隣を人差し指で差す。

「あんまりやりすぎると、ベルが倒れちゃいそうなんだもの」

「はい?」

 ダンテが指の先へ視線を向けると、ベアトリーチェが口元を抑え、先ほどよりも更に真っ赤になってうつむいていた。

「べ、ベアトリーチェ……」

「何も気にしないで」

「…………」

「お願いだから」

 ダンテ自身、それ以上なんと声をかけていいか分からなかったため、無言でその言葉に従った。

 何とも言えない雰囲気になってしまったこの場を一度リセットするため、ダンテはこほんと咳ばらいをしてからジェイドの方へと向き直る。

「それで、私への話というのはいったいなんでしょうか?」

 最初から話が斜め上にそれてしまったが、本題はブルームバーグ伯爵家に聞かせられない話をするためだ。

 ダンテは、知る気もなかった父の話をされるのだろうと予想し、内心では早く終わらせたいと考えていたのだが――。

「……ベル、お母さんに色々と詳しく聞かせなさい」

「ふぇっ? な、なにを?」

「なに? ダンテくんの前で言ってほしいの?」

 フェリシアが気を利かせたのか、ソファーから立ち上がり、娘に部屋を出るよう急かす。

 ダンテとしても「なんでここに居る」なんてベアトリーチェに聞いてしまった手前、やっぱり居てもいいとは言えなかった。

「詳しく知りたかったらまた後でお父さんが教えてくれるから、ね?」

 フェリシアの問いかけに、ジェイドは首肯する。

「話せると判断したところだけだがね。……それでいいかな?」

「ええ、まあ」

 ダンテがそう頷いても、まだベアトリーチェは不服そうだったが、押しの強い母親には結局勝てず、渋々部屋の外へと出て行ったのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

強い祝福が原因だった

恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。 父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。 大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。 愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。 ※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。 ※なろうさんにも公開しています。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈 
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【完結】異世界転生した先は断罪イベント五秒前!

春風悠里
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したと思ったら、まさかの悪役令嬢で断罪イベント直前! さて、どうやって切り抜けようか? (全6話で完結) ※一般的なざまぁではありません ※他サイト様にも掲載中

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

処理中です...