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前章 妹がいじめられて自殺したので復讐に罰されない教師たちでデスゲームをして分からせてやることにした
第1話 終わった後の抜け殻に
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「は……? なに、言ってんの……?」
意味が分からなかった。
目の前に居るメガネをかけて、すかしたスーツで隙なく身を固めた男の言葉がまったく理解できなかった。
学校という切り離された社会の中で、私は完全に異物であった。
「ですから、証拠がないから罪に問うのは不可能です」
「………………」
分からないじゃなくて、理解したくないというのが正しいのかもしれない。
だって、優乃を殺した奴らはなんの罰も受けずにのうのうと人生を謳歌できるということだから。
「精神的なものも含めた暴行や傷害を行ったと刑事告訴したいのならば、物的証拠が必要になります。例えば殴っているその状況を写した映像。罵倒している最中の音声といったものです」
「……は?」
優乃がいじめられてきたのは学校に居る時だ。
当然、監視カメラは一切存在しない。
じゃあ音による証拠はというと、あまり小遣いを持っていない優乃が録音機器など買えるはずもなかった。
「でも、証言はあるでしょ。優乃が嫌がらせを受けていたり、殴られたのを見たことがあるって生徒はいくらでも……!」
「クラスメイトの場合は利害関係の生じるため、証言そのものが証拠として認められません。学校関係者でも同様です」
「なら、遺書や日記に細かく書き残されて――」
「当事者本人の記述には、残念ながら一切の証拠能力がございません。被害を受けたことを直接立証する証拠が必要なのです」
「なんだったらできるんだよっ!」
「証拠が無ければ何もできません。疑わしきは被告人の利益に、です。証明できなければ罪には問えません」
「――――っ」
できない。できない。できない。
優乃をいじめて、優乃を死に追いやったのに、誰を罰することも出来ない。
誰の罪も証明することが出来ない。
ふざけてる。
あまりにもこいつの言うことはふざけてる。
「それに、いじめと自殺の因果関係も証明しなければなりませんし、いじめていた時に自殺するかもしれないという認識があったのかなども争点になります」
「は? 意味が分からないんだけど」
「自殺するほど追い詰めているという認識が無ければ、そのいじめは殺意があったわけではないということで――」
「はぁ!?」
殺意が無かったから許される。
遊び半分で殺したから減刑される。
あまりにも理不尽だ。
もはや怒りを通り越してなにもかもがどうでもよくなってくる。
自分なんか、どうなってもいい、と。
「なんだよ、それっ!! なに言ってんだよっ!!」
「落ち着いてください。あまり大声を出さないで。ここは学校ですから」
「十分落ち着いてるっ!!」
私が落ち着いていなかったら、今すぐ優乃を殺した連中のところに行って、この手でブチ殺している。落ち着いているからこそ、校長室なんぞで弁護士と差し向かいで話しなんかしているのだ。
「学校が静かなことがそこまで大事かっ? 優乃の命よりも大事なことなのか、えぇっ!?」
弁護士の顔面に怒声を叩きつけ、更にその背後のデスクで突き出た腹を抱えてふんぞり返っている校長を睨みつける。
「なあ、どうなんだよ!! 答えろ、アンタ校長だろ!?」
「ああ、いえー……その、我々には全ての生徒を守る義務がございまして……」
「だから、優乃を守ってねえだろ。お前の言う全てには優乃が入ってなかったろ!」
何度も何度も、耳にタコができるほど聞いた言い訳を唱え始めた校長に、こちらも何度目かの言葉を叩きつけて黙らせる。
やはりコイツとは話にならないのだと思い至り、思考を切り替えた。
長く、デカいため息をこれ見よがしについてから弁護士の方へと視線を戻す。
「アンタはなんでわざわざそんなクソみたいなことを言って来たんだよ」
「は、はい、それはですね……」
こちらの乱高下した態度について来られなかったのか、袖口で額を拭ってから震える手で机の上に置かれていた書類をめくっていく。
何度かめくることに失敗していたようだがなんとか目的の書類を発見したようで、こちらの眼前に差し出して来た。
「こちらなんですが……」
そこには色々とめんどくさそうな文章がつらつらと書き連ねてあった。正直、読む気すら失せるのだが――。
「災害共済給付制度により、古賀さまには2800万円の見舞金が支払われることになっております」
「…………はっ」
「こ、これはどの学校でも決まっていることでございまして、今回だけ特別というものではございません。全国の学校で、いじめが原因の自殺者が出た場合にはこうして見舞金が支払われる仕組みになっているのです」
2800万円という金額が優乃の値段なのだと言われた気がして、頭に血がのぼってくるのを感じる。
こちらの怒りの気配を感じたか、弁護士は慌てて言葉を重ねて取り繕った。
「も、もちろん、こちらのお金だけで全てを終わりにしようというものではございませんので誤解なきようお願いいたします。お望みでしたら更に加算できるようにかけあって――」
「…………これって国から?」
「え~、いえ、独立行政法人ですので設立時には国のお金が投入されましたが、基本的には違います。本来こちらの給付金は自宅で自殺なさった場合は給付されないのですが、寮ということもあって特別に……」
なにやらぐちゃぐちゃ弁護士が言っているが、私が聞きたかったことは別のこと。
その答えは得られていた。
この金は、いじめを行っていた連中のものではない。
全て、他人にケツを拭いてもらっている。
人をひとり殺しておいて、その責任すら他人が取ってくれるなんて、なんと素晴らしいシステムだろう。
素晴らしすぎて吐き気がしてくる。
「もういい」
「はい?」
「もういいって言ったんだよ」
民事であろうと刑事であろうと告訴は難しいとぐちゃぐちゃ並べ立てる。
そして多額の見舞金を提示。しかも自分たちが取ってあげましたとの恩着せ付き。
つまるところ、この金を受け取って黙れと言いたいのだ、こいつらは。
「どうせ自分たちの望みだけ呑ませて、こっちの願いなんて聞く気はないんだろ」
「それは……」
弁護士は私に指摘された途端、露骨に目線を逸らした。
もはや態度が物語っている。
「それがアンタたちのやり方か……」
いくら文句をつけようと、一切、何も、こちらの要求は通らない。
全ては子どもを守るため。
子どもがやったことだから。
そんな美辞麗句を理由に、殺人犯たちとの面通しすら叶わなかった。
「帰る」
「ま、待ってください。見舞金の許諾を……」
「しない」
「ならせめてクラス全員が書きました謝罪の手紙だけでも受け取ってください」
「いらない」
なんの書類にもサインしないし、どんなものも受け取るつもりはなかった。
人間、言葉では何とでも言える。上っ面だけは取り繕える。
だが行動だけは結果という形で本心が出てしまう。
今回で言えば、顔も見せないし謝罪だってまともにしないのだから、本気で悪いと思っていないということ。
優乃を死なせてしまったことを、罪だと思っていないということだ。
「はじめっからなにも期待してない」
そう吐き捨ててから校長の顔をちらりと見やる。
私がここまで言っているのにも関わらず、相変わらずの四角四面な表情のまま、一言も言葉を発さなかった。
なにか問題になるようなことを口にして、責任を取らなければならなくなるのがそこまで怖いのか。
相変わらずの自己保身ばかりで胸がむかむかして来た。
「じゃあ」
引き下がろうとする弁護士を完全に無視して校長室を後にする。
授業中なため人気のない廊下を進み、寂れた裏門をくぐって学校の外に出た。
「…………」
振り向いて見るとはなしに校舎を視界に入れる。
四角いコンクリートの建物は、逃げようと思えばいくらでも逃げられる構造をしているが、どこか人を縛り付ける異様な雰囲気を持っていた。
「火をつけても逃げられるよなぁ……」
呟いてしまってから、ハッとする。
今私はなんてことを口にしてしまったのだ、と。
人を殺すのは許されない。
本人が一番苦しいだろうが、遺された人も苦しむからだ。
喪失感や虚無感、後悔や衝動その他諸々の感情が心を苛んで。
苛んで苛んで苛んで苛んで。
自分ではどうしようもないほど、どうしようもなくなるからだ。
この身の内に渦巻いている情動が命じる。
「……いっそ全員殺すか」
ああ、そうだ。
私はアイツらを殺したい。
優乃を死に追い込んだやつに復讐したい。
八つ裂きにしてやりたい。
同じ苦しみを味わわせてやりたい。
生まれてきたことを後悔するほど苦しめてやりたい。
自分の罪から目を逸らし、謝罪ひとつまともにしないやつらを……。
「やはり、復讐したいのですか」
どうやらよほど殺意に取りつかれていたらしい。
私に話しかけていた男が裏門をくぐり近づいてきたことすら気づいていなかった。
「申し訳、ありません。盗み聞きの様な事を」
髪に白いものが混じり始めた五十路くらいに見えるの男性教員。
やや頬がこけており、瞳には生気が見当たらない。
全体的な印象としては、今にも折れてしまいそうなほどに朽ちた枯れ木といったところか。
「……いえ、間違えました。先に古賀優乃さんのことを謝罪するのが筋ですね。すみません」
肩が激しく上下している理由は、私を急いで追いかけて来たからかもしれない。
それほどまでにしたかったことが、優乃についての謝罪。
あれほど望んでいた謝罪だが、されたところで全く心に響かなかった。
だって――。
「あなたに謝罪してもらう理由がない」
「そんなことはっ」
手のひらを突きつけて反論を封じる。
「先生じゃあ、意味がない」
「――――っ」
この人から謝られたところで一番欲しい相手からはもらえない。
教師の管理責任がどうこう言うのなら、今、加害者たちと顔合わせすら出来ないことも責任を問われるべきだろう。
「というわけで、謝罪するつもりがあるなら今のを忘れてくれる? 本気じゃあないから。そうしたいっていう夢想だし」
本当にそうだろうか。
仮に放火をしたところでひとりも殺せず終わりなのが分かっているから実行しないのであって、もしも全員を殺せる方法があるのならためらうことはないだろう。
だが、現実には不可能なことを知っている。
学校を封鎖するのに人員もお金も時間も、私には何もかもが足りていない。
だから、夢想。
自分に嘘をついて納得させて、諦めるしか……ない。
なのに、
「本当にそう思ってらっしゃるんですか?」
男は私の心を揺さぶってくる。
「本気じゃないってさっき言――」
「お手伝いします、と言ってもですか?」
本当に、揺さぶってくる。
意味が分からなかった。
目の前に居るメガネをかけて、すかしたスーツで隙なく身を固めた男の言葉がまったく理解できなかった。
学校という切り離された社会の中で、私は完全に異物であった。
「ですから、証拠がないから罪に問うのは不可能です」
「………………」
分からないじゃなくて、理解したくないというのが正しいのかもしれない。
だって、優乃を殺した奴らはなんの罰も受けずにのうのうと人生を謳歌できるということだから。
「精神的なものも含めた暴行や傷害を行ったと刑事告訴したいのならば、物的証拠が必要になります。例えば殴っているその状況を写した映像。罵倒している最中の音声といったものです」
「……は?」
優乃がいじめられてきたのは学校に居る時だ。
当然、監視カメラは一切存在しない。
じゃあ音による証拠はというと、あまり小遣いを持っていない優乃が録音機器など買えるはずもなかった。
「でも、証言はあるでしょ。優乃が嫌がらせを受けていたり、殴られたのを見たことがあるって生徒はいくらでも……!」
「クラスメイトの場合は利害関係の生じるため、証言そのものが証拠として認められません。学校関係者でも同様です」
「なら、遺書や日記に細かく書き残されて――」
「当事者本人の記述には、残念ながら一切の証拠能力がございません。被害を受けたことを直接立証する証拠が必要なのです」
「なんだったらできるんだよっ!」
「証拠が無ければ何もできません。疑わしきは被告人の利益に、です。証明できなければ罪には問えません」
「――――っ」
できない。できない。できない。
優乃をいじめて、優乃を死に追いやったのに、誰を罰することも出来ない。
誰の罪も証明することが出来ない。
ふざけてる。
あまりにもこいつの言うことはふざけてる。
「それに、いじめと自殺の因果関係も証明しなければなりませんし、いじめていた時に自殺するかもしれないという認識があったのかなども争点になります」
「は? 意味が分からないんだけど」
「自殺するほど追い詰めているという認識が無ければ、そのいじめは殺意があったわけではないということで――」
「はぁ!?」
殺意が無かったから許される。
遊び半分で殺したから減刑される。
あまりにも理不尽だ。
もはや怒りを通り越してなにもかもがどうでもよくなってくる。
自分なんか、どうなってもいい、と。
「なんだよ、それっ!! なに言ってんだよっ!!」
「落ち着いてください。あまり大声を出さないで。ここは学校ですから」
「十分落ち着いてるっ!!」
私が落ち着いていなかったら、今すぐ優乃を殺した連中のところに行って、この手でブチ殺している。落ち着いているからこそ、校長室なんぞで弁護士と差し向かいで話しなんかしているのだ。
「学校が静かなことがそこまで大事かっ? 優乃の命よりも大事なことなのか、えぇっ!?」
弁護士の顔面に怒声を叩きつけ、更にその背後のデスクで突き出た腹を抱えてふんぞり返っている校長を睨みつける。
「なあ、どうなんだよ!! 答えろ、アンタ校長だろ!?」
「ああ、いえー……その、我々には全ての生徒を守る義務がございまして……」
「だから、優乃を守ってねえだろ。お前の言う全てには優乃が入ってなかったろ!」
何度も何度も、耳にタコができるほど聞いた言い訳を唱え始めた校長に、こちらも何度目かの言葉を叩きつけて黙らせる。
やはりコイツとは話にならないのだと思い至り、思考を切り替えた。
長く、デカいため息をこれ見よがしについてから弁護士の方へと視線を戻す。
「アンタはなんでわざわざそんなクソみたいなことを言って来たんだよ」
「は、はい、それはですね……」
こちらの乱高下した態度について来られなかったのか、袖口で額を拭ってから震える手で机の上に置かれていた書類をめくっていく。
何度かめくることに失敗していたようだがなんとか目的の書類を発見したようで、こちらの眼前に差し出して来た。
「こちらなんですが……」
そこには色々とめんどくさそうな文章がつらつらと書き連ねてあった。正直、読む気すら失せるのだが――。
「災害共済給付制度により、古賀さまには2800万円の見舞金が支払われることになっております」
「…………はっ」
「こ、これはどの学校でも決まっていることでございまして、今回だけ特別というものではございません。全国の学校で、いじめが原因の自殺者が出た場合にはこうして見舞金が支払われる仕組みになっているのです」
2800万円という金額が優乃の値段なのだと言われた気がして、頭に血がのぼってくるのを感じる。
こちらの怒りの気配を感じたか、弁護士は慌てて言葉を重ねて取り繕った。
「も、もちろん、こちらのお金だけで全てを終わりにしようというものではございませんので誤解なきようお願いいたします。お望みでしたら更に加算できるようにかけあって――」
「…………これって国から?」
「え~、いえ、独立行政法人ですので設立時には国のお金が投入されましたが、基本的には違います。本来こちらの給付金は自宅で自殺なさった場合は給付されないのですが、寮ということもあって特別に……」
なにやらぐちゃぐちゃ弁護士が言っているが、私が聞きたかったことは別のこと。
その答えは得られていた。
この金は、いじめを行っていた連中のものではない。
全て、他人にケツを拭いてもらっている。
人をひとり殺しておいて、その責任すら他人が取ってくれるなんて、なんと素晴らしいシステムだろう。
素晴らしすぎて吐き気がしてくる。
「もういい」
「はい?」
「もういいって言ったんだよ」
民事であろうと刑事であろうと告訴は難しいとぐちゃぐちゃ並べ立てる。
そして多額の見舞金を提示。しかも自分たちが取ってあげましたとの恩着せ付き。
つまるところ、この金を受け取って黙れと言いたいのだ、こいつらは。
「どうせ自分たちの望みだけ呑ませて、こっちの願いなんて聞く気はないんだろ」
「それは……」
弁護士は私に指摘された途端、露骨に目線を逸らした。
もはや態度が物語っている。
「それがアンタたちのやり方か……」
いくら文句をつけようと、一切、何も、こちらの要求は通らない。
全ては子どもを守るため。
子どもがやったことだから。
そんな美辞麗句を理由に、殺人犯たちとの面通しすら叶わなかった。
「帰る」
「ま、待ってください。見舞金の許諾を……」
「しない」
「ならせめてクラス全員が書きました謝罪の手紙だけでも受け取ってください」
「いらない」
なんの書類にもサインしないし、どんなものも受け取るつもりはなかった。
人間、言葉では何とでも言える。上っ面だけは取り繕える。
だが行動だけは結果という形で本心が出てしまう。
今回で言えば、顔も見せないし謝罪だってまともにしないのだから、本気で悪いと思っていないということ。
優乃を死なせてしまったことを、罪だと思っていないということだ。
「はじめっからなにも期待してない」
そう吐き捨ててから校長の顔をちらりと見やる。
私がここまで言っているのにも関わらず、相変わらずの四角四面な表情のまま、一言も言葉を発さなかった。
なにか問題になるようなことを口にして、責任を取らなければならなくなるのがそこまで怖いのか。
相変わらずの自己保身ばかりで胸がむかむかして来た。
「じゃあ」
引き下がろうとする弁護士を完全に無視して校長室を後にする。
授業中なため人気のない廊下を進み、寂れた裏門をくぐって学校の外に出た。
「…………」
振り向いて見るとはなしに校舎を視界に入れる。
四角いコンクリートの建物は、逃げようと思えばいくらでも逃げられる構造をしているが、どこか人を縛り付ける異様な雰囲気を持っていた。
「火をつけても逃げられるよなぁ……」
呟いてしまってから、ハッとする。
今私はなんてことを口にしてしまったのだ、と。
人を殺すのは許されない。
本人が一番苦しいだろうが、遺された人も苦しむからだ。
喪失感や虚無感、後悔や衝動その他諸々の感情が心を苛んで。
苛んで苛んで苛んで苛んで。
自分ではどうしようもないほど、どうしようもなくなるからだ。
この身の内に渦巻いている情動が命じる。
「……いっそ全員殺すか」
ああ、そうだ。
私はアイツらを殺したい。
優乃を死に追い込んだやつに復讐したい。
八つ裂きにしてやりたい。
同じ苦しみを味わわせてやりたい。
生まれてきたことを後悔するほど苦しめてやりたい。
自分の罪から目を逸らし、謝罪ひとつまともにしないやつらを……。
「やはり、復讐したいのですか」
どうやらよほど殺意に取りつかれていたらしい。
私に話しかけていた男が裏門をくぐり近づいてきたことすら気づいていなかった。
「申し訳、ありません。盗み聞きの様な事を」
髪に白いものが混じり始めた五十路くらいに見えるの男性教員。
やや頬がこけており、瞳には生気が見当たらない。
全体的な印象としては、今にも折れてしまいそうなほどに朽ちた枯れ木といったところか。
「……いえ、間違えました。先に古賀優乃さんのことを謝罪するのが筋ですね。すみません」
肩が激しく上下している理由は、私を急いで追いかけて来たからかもしれない。
それほどまでにしたかったことが、優乃についての謝罪。
あれほど望んでいた謝罪だが、されたところで全く心に響かなかった。
だって――。
「あなたに謝罪してもらう理由がない」
「そんなことはっ」
手のひらを突きつけて反論を封じる。
「先生じゃあ、意味がない」
「――――っ」
この人から謝られたところで一番欲しい相手からはもらえない。
教師の管理責任がどうこう言うのなら、今、加害者たちと顔合わせすら出来ないことも責任を問われるべきだろう。
「というわけで、謝罪するつもりがあるなら今のを忘れてくれる? 本気じゃあないから。そうしたいっていう夢想だし」
本当にそうだろうか。
仮に放火をしたところでひとりも殺せず終わりなのが分かっているから実行しないのであって、もしも全員を殺せる方法があるのならためらうことはないだろう。
だが、現実には不可能なことを知っている。
学校を封鎖するのに人員もお金も時間も、私には何もかもが足りていない。
だから、夢想。
自分に嘘をついて納得させて、諦めるしか……ない。
なのに、
「本当にそう思ってらっしゃるんですか?」
男は私の心を揺さぶってくる。
「本気じゃないってさっき言――」
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