妹がいじめられて自殺したので復讐にそのクラス全員でデスゲームをして分からせてやることにした

駆威命(元・駆逐ライフ)

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1巻

1-3

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『実はあと一枚用意してあるんだ。このカードに書かれた番号を入力してもクリアできる』

 彩乃が一枚のカードを片手に持ち、顔の横でひらひらと泳がせていた。もちろん番号が見えないように真っ白な裏面をこちらに向けている。

『欲しい?』

 試すような目つきに、僕の中で疑念が湧き起こる。もしも、もしも僕のポケットにカードを入れたのが偶然でなく彩乃の意思ならば、彼女は僕に生き残ってほしかったのだろうか。

「欲しいは、欲しいです。僕も、進んで死にたいわけではありませんから」

 進んで生きたいわけでもないけれど。

『うん、絶対あげない。これはね、私にとって何よりも大切な番号なの。絶対他人にはあげない』
「……なんであなたはそんなことを言うんですか!」

 僕の代わりに多治比が食ってかかる。「偽善者」なんて呼ばれたあとに、僕を助けられる手段を目の前にちらつかせられたら、彼がそれに飛びつくのは仕方がないだろう。

『ん~……楽しいから?』
「なら、もういいでしょう。こんなに人が死んだんだ。これ以上殺す必要なんてない」
『……やっぱり君、偽善者だねぇ~』
茶化ちゃかさないでくださいっ」

 僕のことなのに、多治比は僕以上に熱く、必死になってくれていた。彩乃は偽善者なんて言っているけれど、なんとかして僕を助けたいのはきっと本心からの行動だ。多治比は、僕と違っていい人だから……。
 言い合いを続ける二人を、どこか他人事ひとごとのようにぼんやりと眺める。
 必死な多治比の横顔と、つまらなそうな彩乃の顔を眺めていたら――。

「……あれ?」

 ふと、あることに気が付いた。
 僕に渡さないのにもかかわらず、何故わざわざカードを見せたのだろう。渡すつもりがないのなら、黙っていればいいはずなのに。もしも見せることになんらかの意味があって、それを伝えるためだとしたら――。

『君が死ぬまでの時間はあと五分』

 彩乃が無情にも残り時間を宣告する。
 あと五分。それが僕に残された人生の時間。
 でも、僕はそんな言葉もやけに気にかかった。
 彩乃はゲームの前、制限時間は二十分と言った。だが、ゲーム中は誰もスマホを取り出して時間を確認しなかったし、腕時計をつけている生徒もいなかった。両方共、意識を失っている間に取り上げられたに違いない。
 僕は教室中を見回す。
 この教室には時計が存在しない。いつもあるはずの掛け時計が取り外されていた。
 僕たちから時間の感覚を失わせるために、そんなことをしたのだとしたら……。あと何分だとか言っても、僕らにはそれを知るすべがなくて、それはつまり、彩乃のさじ加減一つで残り時間を決められるということで――。

「……ありがとうございます」
『どういたしまして。ま、せいぜいあがいてね~』

 やっぱり、そうだ。
 。彩乃はわざと僕にヒントを与え、考える時間を用意した。
 確信を得た僕は、思考をはしらせる。今までの言葉を精査し、行動を考慮に入れて。
 ――そして僕は首を動かし、教室前方、黒板の左隣にある、様々な資料が入れられた棚を視界に入れた。そこは全ての資料が引き出され、床に捨てられてぐちゃぐちゃになってしまっている。しかし、そこにがあるはずだった。
 誰もが僕を遠巻きに眺める中、僕はそこに近づいて目的のものを探す。
 さほど時間もかからずそれ――クラス名簿を見つけると、パラパラめくって……。

「蒼樹、何か手伝うことはあるか?」

 彩乃の説得を諦めた多治比が声をかけてくれる。彼は彼なりに僕の力になりたいのだろう。
 もう、必要ないけれど。

「ううん、ありがとう。もう、終わったからいいよ」
「終わった?」

 多分これで合っているだろうけれど、まだ確実というわけではない。
 僕は教卓の上に置いてある番号を入力する機械の前にまで行くと、先ほど確認したばかりの数字を入力して――。
 本当に合っているだろうか。そんな疑問が頭をかすめ、鼓動こどうが高鳴る。これがダメだったら、僕は本当に死んでしまうのだ。生きられるかもしれないと思った時、僕は一瞬喜びを覚えた。
 そうだ。僕だって本当は死にたくなどない。でも、安穏あんのんと生きてていいとも思えなかった。
 だから柴村にカードを渡したんだ。
 それなのに生きてもいいだなんて可能性を、彩乃から示されてしまって――。
 結局僕はそれに……しがみついてしまった。
 僕の指が、ためらう意思とは関係なしに迷いなく動いてエンターを押す。一瞬のラグのあと、取り付けられたモニターが光って僕の考えが正しかったことを示した。
 僕は、生き残ってしまった。

『は~い。それでは第一のゲームしゅうりょ~。今生き残っている人たちは、全員ゲームをクリアしました~。おめでとー』

 ぱちぱちと乾いた拍手と共に、彩乃が全然嬉しくなさそうな祝辞を述べた。

「ま、待ってくれ。終わった? なんで?」

 多治比が泡を食ったような表情で問いかける。

『空也クン、説明してあげて~』

 彩乃は取り合うつもりなどないのか、手をしっしっと振って面倒事を僕に押しつけてしまった。

「……考えてみれば、簡単なことだったんだ。カードはクラスの人数分あったんだから」

 この教室に集められたのは二十九人。そしてカードは二十九枚あった。
 そう、最初に彩乃がチュートリアルに使ったカードを含めれば、だ。
 中砂匠吾が殺された時、彼女はわざわざ何かを調べて無効になる四桁の数字を発表した。
 さらに加えて彩乃の手の中にもう一枚カードが存在したが、これは『彩乃にとって最も大切な四桁の番号』だという。
 ここまで整理すれば、ほとんど正解にたどり着いたようなものだ。ヒントはいくつもいくつもちりばめられていた。
 ただ僕たちが気付けなかっただけだ。

「僕たちは、一人一人が生まれた瞬間に四桁の番号を手に入れるよね」
「――誕生日か」

 多治比が口にした言葉を、僕は頷いて肯定する。

「そして、まだ使われていない番号は、彩乃さんにとって最も大切な番号。つまり、古賀優乃さんの誕生日」
『正解。まあヒントを出しまくった上での正解だから、ギリギリ赤点回避ってところだけどね~』

 彩乃はそう言ったあと、「というか」と口元に加虐的な笑みをたたえながら続ける。彼女は多治比の傷口をえぐることが楽しくて仕方ないのだろう。

『偽善者クン。あなた、空也クンを助けたかったんだよね。でも、あなたがしていたことは助けたいフリ。善人の真似事。その証拠に、あなたは私から番号を聞き出そうとするだけでこんな簡単な問題すら考えようとしなかった』

 結果論だと抗弁するのは簡単だ。しかし、言い訳をするには問題が簡単すぎた。
 何も言い返せない多治比は、悔しそうに己のくちびるを噛む。
 そんな多治比をハッとあざけった彩乃は、矛先ほこさきを別の対象へと向ける。彩乃の攻撃対象は多治比だけではない。このクラスにいる全員なのだ。

『数人がカードを見せ合うだけで気付けるよねぇ。でもあなたたちは気付かなかった。なんでか。カードを取られたくなくて隠したから。わざわざルールで奪うのを禁止したのに、周りの誰も信じなかった。それどころか、用済みになったカードを見せ合い、法則を探して残った一人を助けようともしなかった!』

 それはまさに、古賀優乃が自殺したことの再現。
 自分たちのゆがみを誰か一人に押しつけて、それが当然と、それで仕方ないと終わらせてしまうこと。

『アンタたちはそういうクズなんだよ! どこにでも当たり前に存在している、人間って名前の付いた汚物おぶつだ! アンタたちの間にある信頼も友情も何もかもが嘘、薄っぺらいゴミでしかない! お前たちに存在価値なんてない! 少しでもマシな存在になりたかったら今すぐ自分で首をくくれ!』

 言葉の刃がみんなの心に突き刺さり、抉り、破壊する。人の一番見たくないであろうみにくい部分を引きずり出して眼前にさらけ出した。
 ……そして、僕はみんなより先にそれに気付いた。僕が、そんな最低な存在だってことを既に思い知っていたから、僕は罰を受けようと思ったのだ。
 でも――。

「人殺しがえらそうに説教かよ」

 その事実をまだ認めようとしない奴がいた。率先して優乃をいじめた山岸だ。
 それだけでなく、普通の生徒の間からも不満が上がる。

「そうさせない状況に追い込んどいて……! 言うだけならなんとでも言えるでしょっ」

 自分は悪くないと己の罪から目を背け、相手の罪の方が大きいから仕方ないと、自分は無罪だと、河野をはじめとした女子生徒が主張し始めた。
 誰もが自分は悪だと認めたくない。だから――人のせいにする。自分以外の何かが悪だと決めつけ攻撃して自分を正当化する。人間ならば誰しもが行う、ごくごく普通の醜い行為だ。

『人殺しはお前たちもだろうがっ!!』

 彩乃の怒声に対し、クラスメイトたちが次々と反論する。

「俺たちは殺してねえ! アイツは自殺だ!」
「アイツが勝手に死んだだけだっ」
「ちょっと口きかなかっただけでしょ。あの娘が弱すぎるだけ」

 不満という形で一度噴出した感情は、もう止まらなかった。
 口々に、好き勝手に、自由に、言いたい放題、思い思いの理由を吐き出していく。その内容がどれほど身勝手に聞こえたとしても、彼らにとってはそれが真実。心のりどころ。
 決して手放すはずがない。

「やめろ! 言いすぎだ! みんなやめるんだ!」

 必死になって多治比一人がクラスメイトたちを抑えようと大声を上げる。しかし二十五人に対して一人では焼け石に水にもなっていなかった。
 そんなクラスメイトたちを前に、彩乃は――。

『あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは――――っ』

 笑った。
 哄笑わらった。
 嗤笑わらった。
 嘲笑わらった。
 嘲弄わらった。
 冷笑わらった。
 失笑わらった。
 憫笑わらった。
 愚弄わらった。
 嘲謔わらった。

『最高だよ、あなたたち。最低に最高! そこまで突き抜けてると思わなかった! まさかそんなにも腐ってるだなんて思わなかった。数人、多くて十数人かなって思ってたのに、ほとんど全員だなんて!』

 本当に、心の奥底から、魂ごと震わせるように。古賀彩乃は笑い尽くしつぼうしているようだった。



 二時限目――残り生徒数 27人


 彩乃は顔面を片手で抱えるようにして笑い続ける。目から涙をこぼしながら、体をくの字に折って、楽しそうに、嬉しそうに。もう、彼女のタガが外れてしまったのかもしれない。
 あまりにも一つの感情が振り切りすぎて、溢れ出した気持ちが笑いという形でしか表現できなくなっているかのように見えた。
 その異様な様子に圧倒されたクラスメイト全員が口をつぐむ。そうなってもなお、彩乃は壊れた人形のようにけたたましい嗤い声を上げ続けた。
 正確には分からないが、体感で秒針が五、六周するほどの時間が経ってようやく彩乃は笑いを収め始める。

『あー……くふっ……。うひっ、次行こ。……ひはっ、次』

 不気味に痙攣しながらそう言うと、彩乃は人差し指をまっすぐ前に伸ばした。

『掃除用具、いれ。……あるよね』

 指先の方向にはないが、確かにこの教室後方の窓際にはスチール製の掃除用具入れが設置されている。ただ、今その掃除用具入れにはダイヤル式の錠前じょうまえが取り付けられていて、開けられないようになっていた。

『空也クン。さっきの番号、入れて』
「……はい」

 さっきの番号とは、優乃の誕生日のことだろう。僕は素直に従い錠前を外す。おそらくはこの中に次のゲームに関する道具か何かでも入っているんだろうと思って、ついでとばかりに掃除用具入れを開け――。
 扉を開けた瞬間、支えを失った中身が、ぐらりと僕へ向けて寄りかかってきた。

「うわぁぁぁっ!!」

 信じられないものに押し倒されてしまった僕は、大声で悲鳴を上げる。掃除用具入れに入っていたものは、掃除するための道具なんかじゃなくて……。

『は~い、みんなのために体を張って授業をしてくれた、佐竹先生で~す。拍手拍手』

 ビデオの中で殺されてしまった、佐竹先生だった。
 先生の体は既に冷たくなっており、何よりこれが本当に人間の体なのかと疑いたくなるほど固い。皮膚ひふの下にあるのは木材か何かと言われた方がまだ信じられるような感触だった。それでも、血液のサビのような臭い、カッと見開かれた目、どす黒く染まった首元などがあまりにもリアルすぎて、僕の喉奥から灼熱しゃくねつの塊がせり上がってくる。

「うっ」

 僕は慌てて口元を押さえると、空いている方の手と足を使ってもがき、床を這って死体から離れた。

『第二のゲームは、先生の体を使ってやるよ』

 明るい声で、あり得ないほどに残酷で無茶苦茶な要求をしてくる。先ほどのことで振り切れたのか、こちらを気遣う感じもない。

『死んだ先生のお腹を切り開いて、この教室を封鎖している鉄板の鍵を入れておいた。それを取り出すだけ』

 取り出すだけ。言うのは簡単だ。でも実際にそれをすると、地獄のような絵面になることだろう。何より死んだ人を冒涜ぼうとくするような真似は、絶対にやりたくない。

『ああでも、禁止事項として、道具を使ったら即アウト。手とか足も使っちゃダメ』
「……ならどうすりゃいいんだよ! 取れねえだろうが!」

 山岸が怒声を上げた。

『アンタたちがトイレで優乃にした方法を使えばいいでしょ』

 トイレで行われたいじめ。
 その内容は女子グループが積極的に噂を広めてみんなでせせら笑っていたから僕も知っている。汚水まみれの便器に彼女のヘアピンを投げ入れ、口で取らせたのだ。トイレを舐めただの、ションベンを飲んだ家畜以下の女だのと色々言われていたのを覚えている。
 それをやれ、というのだろう。

『あと、最終的にやるのは一人ってルールね。話し合いでも暴力でもなんでもいいから決めなさい』

 ここでもまた一人を犠牲にするよう強要してくる。
 つまりはそういうゲームなのだ。今まで苦しんで来た優乃の気持ちを僕たちに分からせるための……。

「……なら、俺が――」
『立候補は不可。分かった? 偽善者クン』

 今度こそはと思ったのだろうが、多治比がそうやって自分をふるい立たせたところを、彩乃が水を差す。

『あくまでもあなたたちが犠牲者を決めるの』

 また、嗤う。
 悪魔のように、嫌らしくも顔を歪めて。

『優乃にもしたでしょ?』

 そして、第二のゲームが始まった。


 ◇


 誰もがお互いの顔色をうかがっている中で、最初に口火を切ったのはもちろん――。

「みんな、分かってるよな?」

 多治比だった。彼は堂々と、自分を犠牲者にしろと言っていた。先ほど動けなかったことに後悔があるのだろう。古賀優乃の自殺に対する贖罪しょくざいのつもりもあるのかもしれない。

「俺を選べ。それで終わる。誰が犠牲者になることもない」

 彼は正義感が強く、直接優乃に話しかけることこそなかったものの、いじめに参加することはしなかった。ただ、いじめに立ち向かうこともなかったけれど。

「今度は死ぬわけじゃない。ちょっと嫌な思いをするだけだ」

 誰もがそんな多治比の言葉にうつむいて、肯定も否定もしない。彼を積極的に犠牲者にするのは気が引ける。しかし自分が犠牲になるのは嫌だ。だから何も言わない、こたえない。黙っていたら決まってくれるだろうと逃げているのだ。
 一方僕はどうするべきか迷っていた。
 もちろん僕だってやりたいわけではない。でも、このまま黙っているのも今までの古賀優乃を見殺しにした僕と同じだ。そんなことがあっていいはずがない。

「あの――」
「でも、正邦がするのは違わない?」

 悩み、しり込みしていた僕の言葉を遮り、河野詩織が長い髪をかき上げながら多治比に文句をつけた。

「いや、誰もやりたくないんだから答えは一つしかないだろ」
「そうかもしれないけど……」

 容姿端麗で、女子の中で一番ヒエラルキーの高い河野と、男女問わず人気者の多治比は、はたから見ていても仲がいいことが分かる。多分、お互いに意識しているか、付き合っているのだろう。だからこそ河野は、多治比にそんなむごいことなどさせたくなかったのではないだろうか。

「原因を作った奴が責任を取るべきじゃない?」

 その瞬間、クラス全員の視線が不良グループ――今は一人減ったため五人になった――の方へと向けられた。

「古賀さんをいじめてたのって、アンタたちでしょ」
「あぁ?」

 ふいに矛先を向けられ、山岸が片眉を上げて怪訝けげんな顔をする。
 もちろん、山岸以外のメンバーたちも顔を上げた。

「やりたがってる奴がいるんだからそれでいいだろうが」

 山岸の言葉に対し、河野が反論する。

「やりたいはずないでしょ。みんなが嫌がるから仕方なくやるってだけ。ならもっと相応ふさわしい人たちがやるべきだと思うんだけど」

 確かに、特に古賀優乃への嫌がらせや激しい暴力を振るっていたのは不良グループだ。クラスのみんなもそれを証言し、僕も証言をした。先生たちも表向きにはかばったが、自殺の原因となったのは彼らだという結論を出した。
 でも、原因は間違いなく彼らだけではない。

「えっらそーに。アンタもやってたじゃない!」

 不良グループの女子生徒の一人、日谷沙耶香が河野に言った。グループ内でも派手なメイクをしたギャルっぽい感じのする女子だ。
 明らかに見える形の暴力以外にも、いじめというのは色々存在する。たとえば薄皮を剃刀かみそりで切り裂くように、ほんの少しだけ傷つけ続ける、そんないじめ方が。

「毎日毎日せせら笑ったり、陰口叩いたりさ。陰険いんけんすぎでしょ」

 日谷に続き、不良グループの女子生徒、旗野満も同調する。旗野は量の多い黒髪にウェーブをかけ、薄化粧を施して中身とはかけ離れた清楚せいそな顔に仕上げている。

「あとさ、足引っかけたり無視したりもあったよーに見えたけど。アタシたちはたまーに遊んでただけ。陰険なアンタたちの方がよっぽど原因じゃないの?」

 河野たち女子グループも、古賀優乃へささいな嫌がらせを毎日のように行っていた。
 それから――。

「おい、お前らもやってただろ?」

 山岸とは別の不良、小野田人士が他のクラスメイトを威圧する。
 彼の視線の先にいるクラスメイトたちも、空気に流されてそういった行為をしていた。

「俺らのせいにすんじゃねえよ、いい子ぶりやがって」
「そーそー。しかもアンタら口裏合わせてやってないとかそういう気はなかったって言ってさ。卑怯ひきょうじゃね?」

 ここぞとばかりにクラスメイトをなじる小野田と日谷。
 罪の大小を言うならば、確かに不良グループの罪は大きいだろう。しかし、罪の有無で言うのなら、このクラス全員が真っ黒だった。

「やめろ、みんな。そんなこと言う必要ないだろう! 俺がやる……俺にしろってみんなが言えばそれで終わりなんだ!」

 そう言って多治比が割って入る。しかし彼は決定的なことを忘れていた。

「正邦はそんなことする必要ないの」
「そうだ、もっとやるべき連中がいるだろ!」
「あぁっ!? ざっけんな!」

 僕には苗字も怪しいようなクラスメイト達が多治比のために立ち上がる。
 第一のゲームの時、もし彼が柴村にカードを差し出していたらどうなっただろう。
 間違いなく周りのみんなが止めに入ったはずだ。僕がすんなり受け入れられたのは、あくまでも「こいつが犠牲になるなら仕方がない」と、みんなが許容できる存在だったから。
 多治比は違う。
 彼は人気者で、彼を犠牲にしてはならないと考える人がたくさんいる。そして人間は、そういった存在のためならば一生懸命になることが多い。相手が本当に望むことが分からないため、最大限の利益を確保しなければならないと勝手に解釈し、結果、本人よりも熱くなってしまう。多治比がいくら命に別状はないからと受け入れようとしても、それを周りの人が許容しない。
 ――そう、このゲームでは死者は出ない。
 だからこそ第一のゲームよりのだ。
 多治比の友達と思しき生徒たちが、彼を庇うように引き戻し、不良グループの前に壁を作る。

「いい加減、お前たちにはうんざりしてたんだよ」
「そうよ。授業の邪魔はするし、いっつも無意味に威張り腐ってるし。馬鹿のくせして」
「さっきのカードを探す時だって他人ひとのを奪おうとしてたよね!」

 人による物理的な壁は、そのまま心の壁を現している。常々抱いていた不良グループへの不満が、こんな異常な状況になって形を持ち始めた。

「ちっと痛い目見ないと分かんねえか?」

 小野田がポキポキと指を鳴らして威嚇いかくを始める。いつもならこうして暴力を示唆して脅しつければ誰しもが引いていった。けれど今回ばかりは違った。大切な多治比ともだちが失われることは避けたいし、何よりここで引けば多治比ともだちの信頼を失い、第三のゲーム以降で不利益をこうむるかもしれない。
 だから、彼らは引かなかった。

「やってみろよ。さっき殴られたの忘れちゃいねえからな」
「お前ら現実見ろよ。人数差どんだけあると思ってるんだ」

 その男子生徒の言う通り、不良グループは現在男二人に女三人だ。
 対して多治比の前に立つクラスメイトの数は倍以上もいる。山岸たちが喧嘩慣れしていたとしても、絶対にひっくり返すことのできない差だった。

「それがどうしたよ」

 小野田は強がったのだが、予想外の反抗にあって先ほどまでの威勢は陰りを見せている。
 それを感じ取ったのか、多治比を守る生徒たちはさらに強気になっていく。このままだと不良たちよりも先に、彼らの方が手を出してしまいそうだった。

「山岸、あなたたちの誰かがやってよ」

 河野は腕組みをして、山岸に詰め寄る。彼女の背後には何人もの取り巻きが威圧していて、陰で言われている通り女王様のような圧力を放っていた。

「…………」

 山岸はそんな河野や取り巻きたち、そして他のクラスメイトを観察して自分たちが孤立しつつあることを感じ取ったのだろう。
 ちっと舌打ちをすると――。

「咲季、やれ」

 不良グループの中で一番背の低い女子に命令した。

「なんでアタシが!」

 金色に染めた髪の毛を男子かと思うほど短くし、丸くて小顔だが攻撃的な目つきをしている横倉咲季が抗議の声を上げる。

「っせぇな。いいからやれ! 俺はこんなくだらねえことで時間を潰したくねえんだよ」
「はぁ!?」

 不良グループの中にも上下はあるのだろう。その中で一番下だと認識されているのが横倉だったに違いない。

「優、アンタビビってんでしょ。こいつらの誰かにさせりゃあいいじゃん!」

 横倉は多治比の前に壁を作った生徒たちを指差しながら言った。あまり考えずに口にしたのだろうが、それは山岸の一番触れられたくないところをついてしまっていたようだ。

「ふざけんなよ……!」

 途端に山岸が気色ばんだ。彼ら不良たちのほとんどは、虚勢きょせいと反骨心で構成されている。そのため、周りからどう見られるのかを気にしながらも周りにおもねることはよしとしない。もちろん山岸もそういう生き方なのだが、先ほどの彼は現実に屈し、反骨心を眠らせていた。
 平たく言うならば、横倉の言葉通りビビってしまっていたのだ。


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