妹がいじめられて自殺したので復讐にそのクラス全員でデスゲームをして分からせてやることにした

駆威命(元・駆逐ライフ)

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1巻

1-2

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 ◇


 真っ暗な画面を前にして、全員パニックを起こしていた。意味もなく怒鳴る人、恐怖のあまり首輪を外そうと試みる人、それを必死に止める人、ショックのあまりその場に座り込んで泣き出してしまう人、教室から逃げ出そうとドアを開けようとし、窓を必死に叩く人……。
 それぞれが好き勝手に動いていた。
 そんな中、一拍間をおいてからテレビが点灯する。

『いやぁ、こ――――初め――から手間――――ちゃった、ごめ――』

 騒音のせいで、声が、聞こえない。

「ふざけんな! これ外せ!」
「いや、お母さん助けてぇ!」
「おい、こんなところ出るぞっ。どうせハッタリだ!」
「静かにしろっ! みんな、静かにするんだっ!!」

 正義感の強い多治比が必死になってみんなをしずめようと怒鳴っているが、それが余計混乱に拍車をかけてしまっている。今パニックに陥ってしまったみんなは、もう冷静な判断なんてできないようだった。不良グループたちは雄叫おたけびと共に出入り口へと突進し、ドアを足で蹴りつける。その勢いでドアが外れたが、窓と同じく出入り口を覆うように金属板が取り付けられていたらしく、扉と固定された金属板とがぶつかって派手な音を立てた。

「やめろ、山岸っ。勝手な行動を取るなっ」
「うっせぇ!! 俺に命令してんじゃねえっ!!」

 テレビではまだ女性が何か言っているのに、それを無視して喧嘩けんかまで始まってしまう。
 これからが重要なはずなのに。今まさに、僕らの命に関わることを言っているはずなのに。

「ごめん、どいてっ」

 僕は生き残るために少しでも情報を得ようとして、クラスメイトを掻き分けながらテレビの方へと進む。しかしテレビの位置はみんなが殺到している出入り口の近くにあるため、容易に近づくことができなかった。

「おい、天井にカメラがあるぞ!」

 誰かの声がして視線を上に向けると、教室のちょうど中心、それから四方に監視カメラが取り付けられているのが見えた。

「取っちまえ!」
「よしっ、机押さえてろ」

 正直、耳を疑った。
 そのカメラは間違いなくあの女性が、僕らを監視するために設置したものだ。そして、僕らの首にはいつでも起爆できる爆弾が取り付けられている。下手にカメラに触れたら最悪の結果しか予想できないというのに、パニックに陥った彼らは、そんな簡単なことすら考えられないみたいだった。

「やめてっ」

 僕が叫んでも、他の物音に掻き消されてしまって届かない。直接止めようとしても、人の波に呑まれてしまっている状況では不可能だった。

「ダメだよ、そんなことしたら!」

 僕の言葉もむなしく、一人の男子生徒が机の上に飛び乗って天井へ手を伸ばした。
 その指先がカメラに届きそうになった瞬間――。
 ――パンッ。
 乾いた音と同時に、先ほど映像で見たものと同じ、真っ赤な血煙が上がった。

「きゃぁぁぁぁぁっ!!」

 悲鳴のあと、一拍遅れてその男子生徒の体がかしぎ、どうっと頭から床に落下する。
 間違いなく、死んだ。たとえ爆弾による即死でなくとも、あんな倒れ方をして無事なわけがない。

『ねえ、今の高校生ってこんなに馬鹿なの? 私の時は……って私、高校行かずに働いてたや』

 教室が静まり返る中、テレビの女性の心から不思議そうな声が響く。

『さっき私見せたよね? このリモコンでいつでも爆発できるっての。私に不利になることをしてるのにさ、爆発させないわけがないじゃん』

 画面に目を向けると、女性が手にリモコンを持っている様子が映し出されている。彼女がどこにいるのかは分からないが、リアルタイムで僕たちを監視していて、テレビを通じて直接やり取りをしていることはもはや疑いようがない。

『お、静かになって良かったねぇ。その子も死んだ甲斐かいがあったと思うよ』
「……なんで! なんで匠吾しょうごを――人間をそんな簡単に殺せるんだ!?」

 多治比はこのクラスの中心的な存在だけあって、いろんなクラスメイトと仲がいい。今死んだばかりの中砂なかさご匠吾も、多治比とよく一緒にいるのを見かける一人だった。

『なんで? あなたたちも殺したじゃない、偽善者ぎぜんしゃクン』

 あれほど激昂げきこうしていた多治比が、その一言で黙り込む。
 そう。彼女の言う通り、僕たちも一人のクラスメイトを死に追いやってしまっていた。

『私のたった一人の妹、古賀こが優乃を殺したじゃない。忘れたの?』

 古賀優乃。
 彼女はこのクラスで酷いいじめにあっていた。いたずら書きなどの嫌がらせや無視、配布物や持ち物を捨てるなどは当たり前。人格を否定するような暴言や暴力が振るわれ、性的な暴行もされたんじゃないかって噂まであった。
 もちろん、いじめの件は噂になるくらいだったから、何度か先生たちの介入があったけれど、全て無駄だった。注意があると一時的になりを潜めたようではあるが、時が経てばまたいじめが再開してしまう。しかも、次はより陰湿に、より激しく。
 そんないじめがずっと続いて、耐えられるはずがなかったのだ。
 彼女は一カ月前、首を吊って自分で人生にピリオドを打った。
 ――自殺、してしまった。

『そういえばあなたたち全員、私に誰だとは聞かなかったよね。やっぱり分かってた?』

 もちろんだ。
 テレビに映る女の人の顔は、死んだ古賀優乃と似ている。関係ないと考える方が不自然だ。

『今自己紹介しておこうか。私の名前は古賀彩乃あやの。あの子の家族で肉親で、あの子がこの高校で楽しく学校生活を送っていると思い込んでいた間抜けな姉』
「あ、あいつは勝手に自殺したんだ! 俺は殺してない!」

 恐怖、罪悪感、逃避……。様々な感情から、山岸が自分を正当化するかのような言い訳を口にする。呆れてしまうような言葉だったが、それはテレビの女性――古賀彩乃の神経を逆撫でするのには充分だったらしい。

『へぇ』

 彩乃は手に持ったリモコンを操作して――。

『なるほど――ねぇ』

 途中で手を止めた。
 画面越しにでも見て取れるほど、彼女の手は怒りに震えているのだが、それでも彼女は決定的な操作を――いじめの主犯である山岸の殺害をしなかった。理由は分からないが、感情のままに山岸を殺したくはないようだった。
 もっとも、この状況を破綻はたんさせる可能性が生じた場合は嬉々ききとして殺すのだろう。中砂をためらうことなく殺害したように。

『なるほど……ね』

 彩乃は何度も深呼吸をして、自分の感情を飼いならそうとしているように見える。やがて時間をかけてそれに成功したらしく、彩乃は再びいびつな笑みを浮かべた。

『……話を戻すけど、さっきのカメラを壊そうとするみたいな、私の不利に働く行為をした人は容赦なく殺すから。それは理解しておくように』

 その言葉に逆らえる者は、誰もいなかった。
 沈黙を肯定と取ったのか、彩乃は満足げにうなずく。

『それじゃあ、これからあなたたちにはちょっとしたゲームをしてもらうけど、嫌とは言わないよね』

 そして、そんな不穏ふおんなことを言い出した。



 一時限目――残り生徒数 28人


「な、なんでそんなこと俺らがやらなくちゃならないんだよ!」
『そんなに難しいゲームじゃないからダイジョブダイジョブ』

 男子生徒の一人の恐怖からの反発を、彩乃はパタパタと手を振っていなす。そもそも彩乃は教室を封鎖し、僕たちの首に爆弾を仕掛け、人を二人も殺したのだ。ゲームを拒否させるつもりなんて、絶対にない。

『そこの教卓の中に機械があるんだけど、誰か出してくれる?』

 そこの、というのは黒板の前に設置してある教卓のことだろう。だが、彩乃の指示に従って動く者など誰一人としていなかった。僕も、下手に動けば何かされるんじゃないか、ゲームとやらの見せしめに使われてしまうんじゃないかと思ったら、足がこおりついたように動かなかった。
 誰もが動かず体を固くしている中、ただ一人、多治比だけが動き出す。彼は教卓の中をのぞき込み、数字を打ち込むためのテンキーボードを改造したような四角い機械を取り出し教卓の上に載せた。

『はい、ご苦労様。それじゃあゲームのルール説明をするね』

 そう言って彩乃も同じような機械を足元から持ち上げ、カメラに近づけて画面に映す。機械には上部に長方形のモニターが取り付けられ、その下には0~9までの数字やエンターキーが書かれた、押しボタンが並んでいた。

『今、あなたたちのいる教室には、カードが二十八枚隠されています』

 こういうカードね、と言いながら、彩乃は機械を画面から外して代わりに名刺サイズのカードをかざす。
 そのカードには、0111と、四桁の数字が書かれていた。

『カードを探して、そこに書かれた数字をこの機械に入力して……』

 彩乃はつぶやきながら、機械に数字を入力してみせる。
 機械上部のモニターには、0111との数字が並んだ。

『エンターを押す。これだけ。簡単でしょ?』

 彼女がエンターを押した瞬間、ピポッという音がして、上部のモニターが黄色く点灯した。
 確かに簡単だ。
 でも、僕は激しく嫌な予感がした。何故わざわざ二十八枚なのだろう。僕たちのクラスは三十人クラスで、優乃が自殺してしまったことで二十九人に減った。つまり、先ほどまでは二十九人がこの教室に存在していたのだ。
 ……カードが一枚、少ない。

『そうそう、今一人死んじゃったからさ』

 彩乃はしゃがむと、え~っと、と画面外で何かを確認してから再び画面に戻った。

『0823のカードは使用不可にするね。つまり、有効なカードはあと二十七枚』

 二十七……今生きている人数より、一つ少ない数だ。

『コードは一度使用したら無効。それから二十分以内にコードを入力できなかった人には……』

 にたりと、彩乃が嬉しそうにわらう。
 それで、理解した。復讐のためにただ殺したのでは生温なまぬるい。子どもが平然と虫をいたぶってから殺すように――。

『……死んでもらうね』

 彩乃も僕たちをもてあそび、オモチャにしてから殺すつもりだ。僕たちはそのためにこの場所に集められたのだ。

「どけよてめえらぁっ!」

 誰かの怒鳴り声を皮切りに、みんなが走り出す。

「邪魔すんなぁ!」
「ちょっ、そこ私の机でしょ!?」
「知るかよっ」
「痛いっ。やめてぇ!」

 隣にいるクラスメイトを突き飛ばし、同じ場所を探ろうとする者を殴りつける。罵倒ばとうが飛び交い、あちこちで悲鳴や泣き声が上がる。たった一人の犠牲者になりたくないから。
 クラスのみんながそうやって血相を変えてカードを探し始める中、僕は呆然とその場に立ち尽くしていた。
 やがて。

「あったぁ!」

 という歓声と共に、第一のカード発見者が現れる。彼は喜びながら人や机を掻き分けて進み――横から殴り飛ばされた。
 殴り飛ばしたのは、不良グループの一人である倉木剛久だ。
 倉木はそのまま第一発見者の上に馬乗りになると、何度も拳を叩きつける。よほどの力で殴っているのか、ごっ、ごっという鈍い音が喧騒を貫いて僕の耳にまで届いた。
 やがてぐったりとした様子の彼からカードをもぎ取ると、トドメとばかりに唾を吐き捨てる。不良グループの面々は、古賀優乃の命を奪ったというのに、人を傷つける行為に迷いなど一切感じられない。命がかかった状況ではなおさら他人から奪うことに躊躇ちゅうちょはないようだ。

「黙って渡すのがすじってもんだろ」

 倉木はそううそぶくと、不敵な笑みを浮かべながら教卓まで歩いていく。同じように奪う方が手っ取り早いと判断したのか、他の不良メンバーも探すのをやめて教卓の周りに集まり始めた。

「お前らも俺らの分を早く探せよ」

 山岸が偉そうに命令した。誰もが反感をつのらせるが、男女合わせて六人もいる不良グループにはなかなか逆らえない。クラス全員でかかれば彼らに勝てるだろうが、二十分という短い時間の間にそんなことをしているくらいなら、カードを探す方がまだ建設的だった。

「え~っと、1230っと……」

 倉木が奪ったカードの数字を入力してエンターを押した瞬間――パンッと破裂音がして、倉木の喉元から真っ赤な血が噴き出した。
 倉木は信じられないという顔をして、言葉の代わりにゴポリと音を立てて……その場にくずれ落ちる。不良グループの連中も完全に言葉を失い、死にゆく倉木を呆然ぼうぜんながめることしかできなかった。
 言われた通りに数字を入力したのに、殺されてしまった。
 全員の頭に去来した、何故? という疑問は――。

『バッカだね~。私、ルール説明の途中だったんだよ?』

 けらけらと笑う彩乃の笑い声で引っ掻き回される。

『私の説明を最後まで聞かずに大声上げて探し回るからそうなるの、あはははは……』

 間違いなく、わざとだろう。彼女は持って回った言い方をして、みんなの恐怖心をあおり、やってはいけない行動を、ルールを聞く余裕をなくしたのだ。

『私はさ、優乃を奪われたんだよ? そんな私が、他人から奪うなんて行動、許可するわけないじゃん。。はい、これでルール説明はおしまぁい』
「なっ」
『というかさぁ……一般常識として他人のものを奪うのはダメでしょ。犯罪だよ?』

 確かにそうだ。だが、それ以上の罪である殺人を犯している彼女が言うのは、とんでもない皮肉に思えた。

「てめぇっ!」

 山岸がキレて、ツカツカとテレビに歩み寄る。もしそこに彩乃がいたのなら、殴りかかっていただろう。それができない代わりにテレビを両手で掴んで思い切りねめつける。

「舐めんなよ、ぶっ殺してやる!」
『あ、そ。でもいいの? 君がそんなことしている間に、他の人たちがカード見つけたら君の人生が終わるよ?』

 山岸が食ってかかっている間に、他の不良メンバーはすでにカードを探しにかかっている。そして、奪われる心配のなくなったクラスメイトたちが、見つけたカードを手に次々に機械へと殺到していた。倉木に殴られた男子生徒も起き上がり、再びカードの探索に戻った。
 じりじりと迫りくる死の足音に耐え切れなくなった山岸は、即座に身をひるがえすと人の群れに突っ込んでいく。

「――くっそ、退けテメェらぁ!!」

 他人を妨害しつつ探そうとでもいうのだろう。みんな、必死になって生きようとしていた。
 なのに……。

「僕も、探さないといけないんだよね……」

 僕はそんな気にはなれなかった。理由は分かっている。僕は――僕も、古賀優乃を傷つけてしまった一人だからだ。彼女と同じく不良グループにいじめられていた僕は、自分が傷つかないために言われるがままに彼女を無視したし、悪口に対しても愛想笑いを浮かべながら頷いた。
 それから……僕が、が、彼女の背中を押してしまったんだ。僕があんなことを言わなければ、彼女はまだ生きていたかもしれない。だから、彼女の姉に殺されるのなら、それが正しい気がしてならなかった。

「時間まで、どうしよう」

 ふと、床に転がる中砂の死体が目に入る。この混乱の中、何人かに蹴られ、踏んづけられてぐちゃぐちゃになってしまっていた。

「…………」

 これ以上傷つかないところに運んであげれば、彼の両親も喜ぶだろう。
 それが最期にできる善行なら――。

「あれ?」

 一歩踏み出した時、ズボンの左ポケットに違和感を覚えた。あせっていた時には分からなかったが、死を覚悟して冷静になった今だからこそ気付けたかすかな異物感。その正体を探るために僕は手を突っ込み、それをつまみ出す。

「…………なんで?」

 僕の左ポケットの中に入っていたもの、それは、四桁の数字が書かれたカードだった。


 ◇


 カードは十分としないうちに全て見つけられてしまった。それは同時に、処刑される生徒も決まってしまったということだ。

「ねえお願いっ。誰か私にカードをちょうだいよ!」

 死を押しつけられたのは、柴村伴子しばむらともこ。身長は平均より少し上。髪の毛を肩口くらいまで伸ばし、どこにでもいるような顔つきをした普通の女の子だ。

「お願いだからぁ! 何でもするからっ!!」

 柴村は涙で顔をぐちゃぐちゃにして、機械に並ぶみんなへ向けて懇願する。

「ねえ吉屋よしや。前私に告白してくれたよね。私のこと好きにしていいよ、なんでもしてあげるから。だから……」

 性的な意味すら含む言葉。だが、そんな誘いを、吉屋と呼ばれた男子生徒は冷たい視線で一蹴して機械に自分のカードの番号を入力する。色仕掛けが通じないと悟った柴村は、すぐに視線を移して今度は別の女子生徒に縋りついた。

「――華凜かりん、私たち友達だよね。譲ってよ、ねえ」
「やめて、来ないで」
「お願い、私まだ死にたくないの。いいでしょ?」
「…………」

 柴村はそれから何度も何度も頭を下げ、いろんな人に縋りついて、時には土下座すらした。でも、もちろん誰も譲るわけがない。カードを譲ることは、すなわち自分の命を差し出すのと同義なのだから。
 みんながみんな、気まずそうな顔で目をそむけ、カードの番号を入力していく。あの正義感の強い多治比ですら、今回ばかりは手を差し伸べることができずに列に並んでいた。

「やめろっ」

 柴村は一人の男子生徒にしつこくすり寄っていたが、蹴り飛ばされて無様ぶざまに床を転がる。

「ちょうだいよぉっ。私死にたくないのぉっ! ねえ、みんなぁっ!」

 死にたくない。それはみんなも同じだ。だから、誰もが気まずそうに視線を逸らす。
 自分は死にたくない。だからお前が死んでくれ、と。

『あはは……地味子じみこちゃん。優乃の気持ち、分かった?』

 テレビの中から彩乃が楽しそうに、地味子ちゃん……つまり柴村に告げる。彼女は多分、僕たちにこの気持ちを分からせるためにこのゲームを仕組んだのだろう。
 柴村は今、クラス全てが敵になって、たった一人で死んでいく。それは、いじめられ、クラスの中で孤立し、たった一人で死んでいった古賀優乃と完全に同じだった。
 違うのは、その悲しみと苦しみが、はっきりと分かる形で目の前に存在していること。

「分かりましたぁ。分かったからぁ。ごめんなさい、謝ります。許してくださいっ」
『絶対、許さないけどね。ここまでしないと分からないって、結局分かるつもりがないってことだからさ』

 自分の番になってからようやく自覚する。そんなのは、致命的なまでに遅すぎた。古賀優乃が自殺する前に気付いて、止めなければならなかったのだ。
 どれだけ謝罪しても、彩乃にとっては今更でしかない。むしろ怒りは募るばかりだろう。

「あああぁぁぁぁ~~!!」

 柴村は癇癪かんしゃくを起こしたように、床をバンバンと叩く。何もできない。何もすることはない。カードを奪っても、結局死ぬ。彼女が助かるには誰かからカードを譲渡されるしかないが、自分の命を差し出す人は誰もいない。
 だから彼女は、絶望しながらただ死を待つしかない――はずだった。

「……柴村さん、これ使って」
「え?」

 柴村は信じられないといった感じで、呆然と目の前に差し出されたカードを見つめる。あれほど望んでいたものが目の前にあるというのに受け取ろうとしなかった。わなだとか、そんなことを考えているのではないだろう。降って湧いた望外の幸運に、思考がついてこられないだけだ。

『…………ねえ、空也クン』
「はい」

 カードを柴村の目の前に置いてからテレビを見ると、冷めた目で僕を見つめる彩乃の姿があった。

『君は自殺志願者なの? それとも死ぬって意味を理解できてないの?』

 僕は少しだけ考えてから答えを出す。

「…………多分、前者に近いです」

 優乃ほどではないけれど、僕だっていじめられていた。パシリにされたり、嫌味を言われたり、普段から色々な嫌がらせをされていた。クラスに友達だっていないし、学校に行くことが苦痛だった。
 そんな風にいじめられることが辛いって分かっていたのに、優乃を無視したり陰口に頷いたりと、自分可愛さにいじめに参加してしまったのだ。結果、取り返しのつかないことになってしまったのだから、復讐を受け入れるのは正しいことだと思う。
 僕は臆病だから、最初は死ぬのが怖かった。だけど、彩乃の動機を理解した今、恐怖よりも罪悪感がまさったのだ。

「すみませんでした。僕も、古賀さん……古賀優乃さんを傷つけてしまいました。その罪は、つぐなわないといけないと思います」

 僕はそう言うと、テレビ画面に向けて深々と頭を下げた。
 これはもっと早くにやらなくちゃいけなかったんだ。悪いことをしたのに、謝りもせずにいるだなんて、絶対にしちゃいけないことなのに……。
 僕は、加害者だ。
 そんな僕を彩乃は感情の一切こもらない目で眺め、何事か言葉にしようとして、再び口を閉じる。何度かそれを繰り返したあと、彼女はようやく言葉を絞り出した。

『……あなたに謝られても、もう優乃は帰ってこない。それに……』

 チラッと、彩乃は様々な方向に視線を走らせる。

『あなたより悪いことをした奴らが大勢いる。あなたの謝罪がなんの意味になるの?』
「……はい」
『それとも君は、自分だけ許してもらおうってつもり?』
「それはないです。…………僕を許してくれる人は、もう……」

 すでにい。
 死、というものがどこかあやふやで、まったく実感が湧かなかったけれど、彩乃が仕掛けたこのゲームでその意味をはっきりと思い知らされてしまった。死とは不可逆であり、どれだけ後悔しても絶対に戻らない、取り返しがつかないことなのだと。

『そうだね。優乃はもう死んじゃったもんね』
「はい、すみません……」

 そして彩乃は口を閉ざす。他の何よりも、彼女の沈黙は痛かった。
 カードを持ったクラスメイトたちが、無言でカタカタと数字を入力して生きながらえていく中、僕一人だけは、冷たい死が一歩一歩忍び寄ってくるのを感じる。
 あと何分、時間が残されているだろうか。
 死ぬならどこで死ぬべきだろうか。
 母さんたちに、何か言葉を残した方がいいだろうか。
 そんな考えが頭をよぎっては消えていく。不思議ともう恐怖はなく、僕という存在を映した映画をているような感覚で、まったく実感が湧かなかった。

「あ、あの、蒼樹……ごめんなさい」

 番号を入力するための列は消え去り、とうとう最後の一人――柴村も入力を終えた。彼女は真っ赤な目をして、僕から受け取ったカードを返してくる。お礼のつもりだろうか。
 変なところで律儀りちぎなのだな、なんて考えながら受け取ってそれを左ポケットに戻す。
 僕からすれば、どうでもいいことだ。

「蒼樹。お前、その……本当は強かったんだな……」
「多治比くん」

 僕の背後から、申し訳なさそうな顔をした多治比が呼びかけてくる。こんな風に彼から声をかけられたのは、間違いなく初めてのことだった。

「……別に、強いとか弱いじゃないよ」
「でも俺にはできな――」
『あのさー、偽善者クンは何がしたいの? 助けるつもりもないのにさぁ。なぐさめのつもり? それってただの自己満足だよね』

 多治比は痛いところをつかれたようで、ぐっと言葉を詰まらせる。彼がどれだけ正義感を持っていようと、反論ができるはずもない。実際に先ほど柴村を見捨て、今また僕を見捨てるのだから。
 もっとも、自分の命を差し出せる人間の方が普通ではないのだ。だから、多治比が柴村や僕を見捨てたのは仕方がないだろう。僕は……自分に価値を見出せなかったから、そんなに命を惜しむ人がいるのならって、そう思っただけだ。

『ねえ空也クン、こっち見て』

 僕は彩乃に言われるがままに視線をテレビへと向ける。


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