王子の俺が森でポツンと一軒家に住む理由

夏遠

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コングレスへの誘い④

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 そして、最後のひとり。俺をここに連れてきたローブの男ルーナ。こいつが最も位の高い者だろう。そして、恐らく一番強い。暴走しようとしたサトゥルヌスをたった一言で鎮め、その場にいた全員を恐怖させる程の威圧感を放つ竜人族の王。奴ら六人が七崇官だろう。ルーナ以外はほぼ対等に会話をしているように見えたし、名前が曜日に由来されている。だが、そうなるとあと一人は誰だ? あの場にあった椅子は全部で六脚。全員揃っていたということになる。しかし、七崇官となっているのだから七人いるはずではないか? それに名前だけで考えれば月の名を冠するルーナよりも日の名を冠する者の方がリーダーっぽいような気がするがあの場にその名を冠した者はいなかった。それにルーナは七崇官を指揮していると名乗っていた。ルーナが一番強いと思っていいのだろうか? だが、少なくとももう一人いると考えて良いだろう。もし、あのルーナ以上の強者がまだまだいるのなら白旗を揚げるからどうか国に帰してほしい。犬を全滅させて国で大人しくしているから、もうそっとしておいてほしい……。何やら勝手に警戒してくれているが、どう考えてもあの場にいた全員が俺よりも遥かに強いじゃないか……。
 
 井の中の蛙大海を知らず……か。今ならわかる。王宮の中で威張っている枢軸院の気持ちが。連合の言いなりになっていた理由が。こんな化け物を敵に回すのは馬鹿だ。俺の知る世界。同族同士が小競り合いをして一喜一憂していた小さく平和な世界の外は、あまりにも広く、恐ろしい化け物だらけの異世界だった。こんな奴らに会わずに暮らせるならそれ以上の幸せはないのかもしれない。

 落ち着け。奴らの話を整理しよう。他にもわかったことはある。奴らは数字の魔法の事をロジックと呼んでいる。ロジック……直訳すると論理、考えの道筋、法則といったところか? 確かにあの時解読した暗号はこの魔法を使う為のロジックと言ってもいいのかもしれない。数字をアルファベッドに導くための手段という意味合いではロジックという言葉は理にかなっているように思える。
 次に、奴らは魔法をはね返す術を知らないという事。恐らく特別な魔法として主と呼ばれる人物だけが使えるように誰にも教えていないのだろう。あんな化け物に囲まれれば、俺が主であってもそうする。この世界の魔法ロジックはあまりにも便利すぎる。故に危険すぎる。その気になれば天変地異を起こして国を滅ぼすことだって容易にできる。そんな強力な魔法を放ってしまえばあっという間にこの星の生物は全滅してしまうだろう。だが、もし魔法を反射される可能性があればそれだけで強力な魔法を放つことを躊躇する。強力な武器を抑止することが出来る。だからこそ今、俺はあの化け物共に手を出されずに済んでいる。

 俺は過去に攻撃魔法を使ってみたことがある。最初は爆発魔法”エクスプロージョン”。この魔法は色々がゲームやアニメで使われていたので憧れもあった。誰もいない広い場所でこの魔法を使った時、俺は自分が放った魔法の爆風で二十メートル以上吹っ飛ばされて気を失った。目を覚ました時には近くの木々がなぎ倒され一部で火災も起こっていた。
 それならばと今度は落雷魔法”サンダーボルト”を使ってみた。数メートル離れた場所に置いた標的に命中したと同時に雷鳴が耳を劈き、落雷の衝撃でまたもや意識を失った。そして俺は悟った。どれだけ強力な魔法を自由に扱えても、人間の弱い肉体ではその魔法の威力に耐える事が出来ない。強力な魔法を自在に操る為には奴らの様な屈強な肉体、もしくは魔法の衝撃に耐える為の魔法を先に施しておくが必要なのだ。

 弱い人間は自分よりはるかに強い魔法を使える者を相手にする場合、より強力な魔法を覚えるより、その強力な魔法をはね返した方がよっぽど簡単で強力な武器になる。長い時間を掛けて使えもしない高威力の魔法をたくさん覚えるくらいならば、その時間で強力な魔法をはね返す術や、使える者を使役できる術を覚えるほうが遥かに有益だ。防御こそ最強の攻撃なのだと。だから俺は弱い皆に”リターン”を覚えさせた。相手が魔法で攻撃してくるのであれば十分に対抗できると考えたからだ。

 次に、あのサトゥルヌスという男が言ったアール・ユー・エス・エイチというロジック。RUSH……ラッシュ。突撃するといった意味の英単語。恐らく地中から地上に突撃する為の魔法だったのだろう。それを奴らはアルファベッドで発音した。奴らは俺の国の人間と同様に英語を正しく教わっているわけではない。この世界にロジックという魔法を作った何者かは、英語を教えるには至らなかったのだろう。いくつかの英単語とアルファベッド読みが広まり今に至る。それが証拠にキャンバスが放った魔法”イレイザー”の意味を理解していない。ただ、俺の名を呼んだだけだと思っている。奴らにとってロジックとはアルファベッド読みの英単語、もしくは英文なのだろう。これは俺にとっては何よりも大きな収穫だ。
 さらに都合の良い事に、俺が事前にキャンバスに仕掛けておいた”スケープゴート”のおかげで”イレイザー”という消去魔法から難を逃れただけなのに、奴らは俺が瞬時に対応したと思い込んでくれた。本当は何が起こったのかさえ分からなかったのに……。
 
 キャンバス。お前はなんなんだよ。人の事を散々玩んでおいて、あのあっけない最後は……。お前にはもっともっと恐怖や絶望を与えてジワジワ追い詰めてやろうと思っていたのに。こんな幕切れってあるかよ……。今にして思えばお前とイーゼルだけだったな。本心と言葉が合致していたのは。お前は言葉でも心の中でも真っ直ぐ俺を憎んでいた。そういう男だから信じたかったのかもしれない。城を発つ俺達の手助けをしてくれたお前を。
 
 ……今は感傷に浸っている場合ではない。俺が井の中の蛙なのは身に染みて理解した。やらなければならないことは大海を知る事でも、空の青さを知ることでもない。井の中の狭さや浅さを奴らに悟らせない事だ。井戸の中が如何に深く、広大で、恐怖に満ちた闇が広がる場所であるかのように謀つことだ。俺たち人間に手を出すことがいかに危険な行為であるかを錯覚させておかなければ一瞬で消し炭にされてしまう。奴ら一人一人にはそれだけの力がある。そして、奴らは俺を主とやらに会わせたくないと思っている。明らかな敵対心を持っている化け物たちを抑止しつつ、主に会うことに全力を向ける以外に助かる術はない。その為に俺は、奴らより強い虚栄の自分を作り出さなければならない。

 コンコン。ドアをノックする音に以上に驚いてベッドから落ちそうになる。心拍数がヤバい。化け物を相手に平静を装い虚栄を張るのは容易ではない。ただでさえ俺は化け物に命を奪われそうになったトラウマがあるんだ。俺は自分自身に”リラックス”の魔法を何度も掛けて心を落ち着かせた。そして思いつく限りの防御魔法を重ね掛けした。

「……どうぞ」

 部屋の中に入ってきたのはルーナだった。だが、ドアの前には隠れているようだが七崇官がそろい踏みだ。素直に怖い。先程の威圧感を直ぐ傍で感じたせいで余計に恐ろしい……。どんなに魔法で落ち着かせていても、恐怖を隠そうとしても身体から汗が噴き出す。

「先ほどは急に失礼した。予定が変更になり急遽会議をさせていただいた。それにしても、どうなされた? 緊張しているのか? この部屋には緊張の汗のにおいが充満している」

 俺は焦った。汗の臭い!? しまった! 嗅覚も獣か!? だとしたら俺があの場にいたことがばれている!?

「あ、ああ。申し訳ありません。あまりにも暇なので匂いの魔法を飛ばして遊んでいたんですよ。こんな感じで」

 俺は口を動かさず声に出ないほど小さな声で”スメル”と呟いた。そして、ルーナに向かって色々な臭いを順番に飛ばした。

「この匂いが壁を通り抜けるかどうか実験していたんですが、どうでしたか? 皆さんが集まっていた会議室にも汗の臭いを飛ばしてみたのですが届きましたか? とはいえ、汗の臭いは失礼でした。もっと良い匂いを送るべきでした。申し訳ありません」

「……ほう? そんな魔法が? すばらしい。私たちが知らない魔法ですね」

「いえいえ。何の役にも立たない魔法です。あ、ロジックと言った方がいいでしょうか?」

「なるほど。……どうやらあなたは主の仰せられた通り非常に優秀な魔導士の様ですね」

「いえいえ。私など、そこにおられる七崇官の皆様の足元にも及びません。わざわざ私の為に足をお運び頂いた皆様にはこの香りを」

 そう言って外の七崇官に目がけて壁越しに金木犀の香りを放った。七崇官はその匂いに反応して俺に向けて殺気を放った。

「おっと失礼。お気に召されませんでしたか? その香りに害はございません。ごあいさつを兼ねた、ただのプレゼントです。そんなところでは私も心苦しい。宜しければ皆さまもお入りください。チュール様。ウォーディン様、トール様、フレイア様、そしてサトゥルヌス様」

 その言葉でルーナは頷き全員部屋に入ってきた。それなりに広いはずだった部屋は、巨大な体躯の六体の化物がなだれ込み、殺意をむき出して俺を睨んでくる。さながら腹をすかせた虎の巣に踏み入れたウサギにでもなった気分だ。”リラックス”の魔法を掛けていなければこの状況だけで気を失っている。

「貴様! 何故ワシらの名を知っておる? 何故ワシらがわかった? 気配は消していたのつもりなのだがな」

 ウォーディンは俺を威圧しながら問いかけてくる。

「お初にお目にかかり恐悦至極に存じます。そうですか。気配を消していることに気が付きませんでした。皆様の名前は先程の会議での会話がここまで届いておりましたので。トール様とサトゥルヌス様には申し訳ない事を致しました。あの程度のロジックでは牽制程度にしかならないと思っておったのですが、まさか多くの方を傷つけてしまうことになるとは。もっと優しい結界を張っておくべきでした」

「貴様! ……俺達を愚弄するか!?」

 そう言ってチュールは俺の頭に向かって手を伸ばしてくる。しかし、その手は俺の魔法の結界の壁に阻まれ届かない。

「いえいえ、滅相もございません。というより、私は自分の国を護る為に少々結界を張っておいたまで。そこに無断で飛び込んでこられたのは皆様方です」

「ふざけるな! そもそも、ヴェノムパピーを繁殖させ、あまつさえ聖地ダンカロアに持ち込んだのは貴様らだ! 本来皆殺しにしても余りある罪を犯しているのだぞ!」

 俺は両手を床に付き、頭を下げた。

「それについては誠に申し訳ございません。ルーナ様にもお伝えしましたが、まさか愚兄が本当にあそこまで愚かであろうとは……。確かに無知な私共はなにも知らぬままヴェノムパピーの繁殖をさせました。これについては不徳の致す限りでございます」

 不遜な態度をしていた俺が、一転して頭を床に押し付けて詫びる姿にチュールは動揺を隠せない。

「現在、確認している頭数は約一万。こちらから危害を加えなければ決して人を襲うことはございません。皆様はあの子たちの対処にお困りなのでしょう? 故に主の命に逆らってでも引き返すとご決断なされた。そこでどうでしょうか? あの子たちの処理を私にお任せいただけないでしょうか? トール様の部隊は魔法をはね返されていたようですが、私であれば容易く処分できます。愛着がないと言えば噓になりますが、皆様のお心を煩わすのであれば快く処分いたしましょう。どうか、このまま軍を引き、ダンカロアでお待ちいただけませんでしょうか? 数が多いので少々時間が掛かるやもしれませんが、全て処分が終わり次第、私自ら聖地ダンカロアに赴き、改めて主に深謝に参ります」

「申し訳ありませんがその提案にはお応えしかねます。私たちの最優先事項は貴方を主の許にお連れすること。一応人間には手を出すなとの勅命を受けてはおりますので手を焼いておりますが、貴方をお連れできない場合は国ごとヴェノムパピーを滅する許可も得ておりますのでご心配には及びません」

 ルーンは間髪入れずに俺の提案を否定した。

「そうですか。わかりました」

 ……やはりダメか。俺の挑発に挑発で返してきやがった。俺が行かなければ奴らは国ごと破壊する。仮にそれを退けたとしても、その場合は世界を完全に敵に回す。くそ。やはりどうあってもこのままこいつ等と行くしかないのか? この化け物共と一緒に敵の巣窟に……。

「ですが、宜しいのですか? 皆さまは主に私を会わせたくないのでは?」

 ルーンを除く五人が今まで以上の殺気を放つ。魔法で防いでいてもこの殺気だけで失神しそうだ。

「何の事でしょうか? 主の命は絶対。私どもは命に代えても貴方様を無事、主の許にお連れ致します」

「そうですか。安心しました。では改めて道中、宜しくお願い致します」

 そう言って頭を深々と下げた。七崇官はその場を立ち去った。俺の身体から異常な量の汗が噴き出す。インフェルノドラゴンで恐怖に耐性を付けたつもりだったが奴らに比べればインフェルノドラゴンなんてヤモリみたいなもんだ。奴らと一緒に船旅を余儀なくされるのであればもっと情報を集める必要がある。俺は再びルーナに対して”テレパシー”を行った。

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