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コングレスへの誘い③
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俺は目の前のルーナと名乗った化け物の姿を見る。こいつ等は俺の事を知らない。敵意は有っても俺個人に対して何らかの感情を向けることは無いはずだ。俺は自分に言い聞かせながら小さな声で魔法を唱えた。
「”テレパシー”」
「ん? 何かおっしゃいましたか?」
「いいえ。何でもありません。ただの独り言です」
「そうですか……」≪ちっ、気持ちが悪い人間だ。なぜ私が自らこんな辺境まで……。おのれ忌々しい! 下等な人間の分際で偉そうに! 私は竜王。この世界の頂点に立つ種族の王だぞ!≫
竜王。たしか、この世界にいる獣人族の頂点である竜人族の王だ。身体能力も魔力も最強を誇る種族。主という奴はこんな奴まで従えているのか!?
≪しかもよりにもよってヴェノムパピーだけを殲滅だと? あんな化け物、国ごと焼き尽くしてしまえばいいものを。わざわざ危険を冒してまで人間を救おうというのか? 完全に封印したと言っていたロジックを使える事といい、やはり私たちの封印を終えた後に、最後は同じ人間だけがロジックを使えるようにするつもりだったか。やはり、奴をこのままにしてはおけん。……それに、この男。いったい何者だ? さっきの白い光を瞬時に相手に跳ね返しただと? どれほどの詠唱速度だ。いや、そもそも詠唱をしているようには思えなかった。何かカラクリがあるのだろうが、やはり人間は危険な種族だ。ほとんどの個体は脆弱なのにごく稀に異常な魔力を持つ者が生まれる。まるでヴェノムウルフだ。化け物同士、惹かれるものでもあるんだろう。どちらも完全に根絶やしにしなければいずれ必ず取り返しがつかないくなる≫
まさか化け物に化け物呼ばわりされるとは。それにしても、コイツ等は反射魔法を知らないのか? もしかしたら魔法の打ち合いであれば何とか出来るかもしれない。だが相手は竜人族。この狭い舟で力任せに襲われれば手の打ちようがない。こいつ等は正真正銘の化け物だ。その気になれば俺たち人間なんていつでも滅亡させる力を持っている。俺たち人間が今、平穏に暮らせているのは主とやらのおかげなのか? とにかく今は情報を引き出し、主とやらと直接話をするのが先決だ。とりあえず俺を客人として扱ってくれている以上安全ではあると考えて良いのか?
「さあ、これが私の船です。客室をご用意しておりますので到着までゆっくりとお寛ぎ下さい。私の部下で最も有能な者に案内させます。私は一度、船長や他の船の者と話さなければならないのでこちらで失礼いたします」
そう言ってルーナはその場を後にした。
「どうぞ。こちらです。足元にお気を付けください」
そう言って別の竜人が俺を客室に案内してくれた。さっきのルーナという男は深々とローブを被ったままでよくわからなかったが、今前を歩いている竜人は明らかに人間ではない。明らかに目や肌質、そして骨格がいわゆる爬虫類の容姿をしている。目が異様に大きく、髪や耳は一見、見当たらない。肌はゴツゴツしていて鼻だけが飛び出している人間とは違い、鼻から口に掛けて全体が少し前に突き出している。口はそれほど大きくはないように見えるが、口から横に線が見えるので大きく開けることもできるのかもしれない。今は口を小さく動かし流暢に言葉を発生している。いわゆる進化の過程でそう変異していったのだろう。初めて見る亜人に恐怖と同時に感動を覚えた。こういう出会いはこの世界に来て初めての経験だった。
「こちらが客室になっております。どうか中でゆっくりとお過ごしください。私はこちらで護衛を務めさせていただきます。何かありましたらいつでもお声がけください」
「わかりました。ありがとうございます。疲れたのでしばらく横になれせて頂きます」
そう挨拶して部屋に籠った。この部屋には鍵が見当たらない。というより外された形跡がある。護衛? 自分の船で何を護衛するのか? 奴の役割は恐らく俺の見張りだ。最も有能な部下ってことはそれだけ危険視しているという事。同時に俺に対する警告でもある。余計な事をするなと。何かすればいつでも部屋に突入するぞ、と。賓客という割には随分無礼な扱いだ。だが、同時に確信できた。”フライ”で驚いた事といい、この中途半端な監禁といい、奴らは数字の魔法を自在に扱うことができない。
俺なら最低でも見張りを同室させるか上下左右から透視魔法で見張らせる。ところが先ほどの護衛がドアの前にいるだけで左右の部屋も上下の部屋も空き部屋だ。この程度の警戒しかしてこないというのはそんな魔法の存在を知らないとしか考えられない。これは推察だが、この魔法を作った人間は他人に最低限の英単語しか教えていなかったのではないだろうか? 俺がそうであるように。当然と言えば当然だ。この魔法はあまりにも便利で危険すぎるのだから。
「とはいえ、警戒するに越したことはないな。”ダミー”」
俺はベッドに自分そっくりのダミー人形を寝かせて毛布をかぶせた。
「”インビジブル””フライ””スリップスルー”」
部屋にダミー人形を残し、いつものように姿を消して部屋の壁を通り抜け、先程のルーナの許に急いだ。先程の口ぶりから推察すると恐らく、奴らは異常事態に対しての幹部会議をしている。そして、本当にわざわざ集まって話をしているのであれば、”テレパシー”の類の魔法が使えないと見て間違いないだろう。だが、もし逆に、今までの会話や思考の全てが俺を欺くために裏をかいた演技であれば俺の敗北だ。なぜなら今のこの俺の思考さえも読まれている可能性があるからだ。俺は恐る恐る物陰に身を隠しながら”サーチ”でルーナの居場所を探った。すると、都合の良い事にこの船の船尾にある会議室に姿を見つけた。”スリップスルー”でその会議室の隅に半身だけ潜入した。部屋の中には他にも十数名の人型の姿があった。ほとんどが人間より遥かに大きい体格をしている。遠くから見ているだけでも恐怖を感じるその圧倒的な威圧感はインフェルノドラゴンさえ凌ぐほどで、決して敵に回してはいけないと身体が勝手に身震いして警告してくる。今すぐこの場から立ち去りたい衝動を抑えながら会話に聞き耳を立てた。
「どういうことだ! 撤退だと!? 奴らをあのまま放置するというのか!」
「落ち着け、チュール。先ずは話を聞け。トール。何が起こったのだ?」
「正直我々も何が起こったのかわからない。相手はヴェノムパピー。ただでさえ炎が効きにくい相手。だからこちらとしては塵も残さぬつもりで風刃を放った。しかし、そのロジックは奴らに届く寸前で跳ね返り、爆音と共に我が部隊に甚大な被害をもたらした。さらに、攻撃された奴らは怒り、毒を撒き始めた。前線にいた兵は気を失い地上に落下した。ロジックも直接攻撃もできない状況を打開できず、あえなく撤退した」
「ロジックをはね返すだと!? そんな馬鹿な! 無効化ならいざ知らず、はね返すなんて聞いたことがないぞ。もしや!? 新種のヴェノムウルフが誕生しているのか?」
「落ち着きましょうチュール殿。その可能性は低いでしょう。もしそうであるなら、あの国の人間は既に全滅しているはず。主でさえ危険視されているのです。ヴェノムウルフの毒を無効化する術があるのであれば、わざわざ我らに殲滅の命令はでていないはず」
「その通り。さすがはフレイア。恐らくあれは、この船にいるイレイザーという人間の仕業。あの人間はロジックをはね返す術を心得ている」
「まさか!? それではまるで主と同じではないか!」
「そうだ。実に恐ろしい事だが、奴は主と同等の力を備えている可能性がある。奴らは我々さえ知らないロジックを無詠唱で放った。キャンバスという例の男はイレイザーの名前を呼んだだけで我々の知らないロジックを発現させ、さらに、イレイザーという男はそのロジックを無詠唱で瞬時にはね返しキャンバスという男を跡形もなく消し去ったのだ。それも、私でさえ何が起こったかわからないほどの反応速度で」
「ルーナ様が反応できないほどの速度ですって!? まさか! 人間にそんな力があるわけ……。第一、そのキャンバスとかいう男は他の人間同様、大した力もなく、ロジックもまともに使えなかった。ほぼ無抵抗で我々に拘束されたのですよ?」
「ああ。そこが分からん。あれほどのロジックを使える男がなぜすんなりと拘束されたのか。あのロジックであれば我々でさえ簡単に消し去れたはず」
「あえて、力を隠していたのでしょうか?」
「それこそあり得んだろう。殺されていてもおかしくない状況で……というより、あの時キャンバスとやらは非力なだけで全力で抗っているように見えた。赤子の様な弱い力で涙を浮かべながらワシの手を振り払おうと藻掻いておった。演技にはとても思えんかった」
「ウォーディンの言葉が真実であるならキャンバスとやらが使ったロジックは余程の条件下、あるいは代償を必要とするものだったのかもしれんな。いずれにせよ、そのロジックをいとも容易くはね返したイレイザーという男は相当危険であることは間違いない」
「それほど危険な者であれば主と合わせるのはマズいのではないか?」
「ああ。しかし、だからといってヴェノムパピーが毒を放ち始めた今、私たちはこの国にいることは出来んし、このままあの男をこの国に残しておくことも出来ん。あの男を連れてこの場は一度撤退し、道すがら奴の処遇を決めたいと思っている」
「――今すぐ俺に殺させろ! 我らの部隊は半数を失ったのだ!」
後から入ってきた男がドアを開けるなり怒号を上げた。
「なに!? どういうことだサトゥルヌス殿。半数を失った? 貴公らは地下から攻める手筈であっただろう」
「そうだ! 俺たちは地底族は地下からゆっくりと潜入し合図を待っていた。そして、合図とともに先行部隊がアール・ユー・エス・エイチで一気に地上に進撃しようと魔力を高めた。その刹那に魔力を放出した者たちだけが何かに切り刻まれた! 奴らが何をしたかはわからんがあんな芸当が出来る者を主と合わすわけにはいかん! 今すぐ殺すべきだ!」
「気持ちはわかるが、今は待て。主の命はあの男を連れてこいと命令されたのだ。殺してしまえば我らもただではすまん――」
「知ったことか! 貴様らがやらんなら俺がやってやる!」
そう言ってサトゥルヌスと呼ばれた男が部屋を出ようとした。その時、
「……待てと言っているのが分からんのか?」
ルーナの声のトーンが変わり、途轍もない威圧感を放った。その瞬間その場にいた全員が蛇に睨まれた蛙のごとく震え上がり、静寂に包まれた。
スッ。
気圧された俺は自分でも気づかないうちに後退りし、部屋の角に置いてあった棚に服の裾が当たり、衣擦れした。そのほとんど誰も気づかないほどの小さな物音にすかさず反応したルーナは一瞬のうちに間合いを詰め、見えないはずの俺に向かってとがった爪を槍のように突き刺す。だが、半身だけを潜入させていたおかげでギリギリ攻撃が当たることはなかった。いや、元々の身長の位置に頭があれば脳をえぐられていた。それを想像すると鳥肌が立ち、嫌な汗が異常に噴き出した。
「……すまない。話の途中だったな」
「い、いえ。こちらこそ申し訳ございません……。頭に血が上っておりました」
「とにかく座れ。私もこのままでいいとは思っておらん。だが、貴公の部隊の奇襲をすんなりと看破したほどの者。私の船で備えをできていないとはいえ、うかつに手を出せば再び返り討ちに合うやもしれん。主の許に到着する十日余りの間で策を練る必要がある。……もし奴らが手を組めば私たちの命運は尽きる」
これ以上ここに居るのは危険と判断した俺はゆっくりとその場を後にした。先程の攻撃で血の気が引いて寒いはずの体から、汗がとめどなく流れ出してくる。インフェルノドラゴンが可愛く思える程の威圧感に、あの場に留まっていることができなかった。だが、色々とわかったことがある。
俺はこっそりと部屋に戻り、ダミーを消して布団に潜り込んだ。あの場にいた者たちの中で椅子に腰を掛けていたのはたった六人。あの中で一番大きな身体と声。像の様なゴツゴツとした皮膚をした頭の悪そうな赤いローブを着た大男がチュール。
次に大きな身体で筋肉質な身体はうろこの様な青緑色の肌に覆われ、白髪の長い髪のせいか、最も見た目の年齢が高そうに見える青いローブを着た男がウォーディン。
俺の国に攻撃を仕掛けた有翼人種で全身が固い甲殻に覆われ、顔のほとんどが不思議な模様の大きな赤い目で、腕が四本。関節が節の様になっていて、手の先は指というより爪。触角を生やした新手のヒーロー、いや、怪人さながらの姿の緑色のローブを翻していた奴がトール。
もう一人の有翼人で、トールとは反対に腕が無い。というより腕と翼が一体となっている様な身体で、派手な羽毛の様な体毛に覆われ、嘴の様な口をしていて黄色のローブを纏った奴がフレイヤ。
体毛とよく似た色の茶色いローブで全身を隠し、所々から見える体毛はヤマアラシの様に硬いとげの様な姿。大きな爪をかざしながら後から入ってきて、俺を殺させろと大声を出して興奮していた獣人がサトゥルヌス。
そろいもそろって怪物だらけじゃないか……。
「”テレパシー”」
「ん? 何かおっしゃいましたか?」
「いいえ。何でもありません。ただの独り言です」
「そうですか……」≪ちっ、気持ちが悪い人間だ。なぜ私が自らこんな辺境まで……。おのれ忌々しい! 下等な人間の分際で偉そうに! 私は竜王。この世界の頂点に立つ種族の王だぞ!≫
竜王。たしか、この世界にいる獣人族の頂点である竜人族の王だ。身体能力も魔力も最強を誇る種族。主という奴はこんな奴まで従えているのか!?
≪しかもよりにもよってヴェノムパピーだけを殲滅だと? あんな化け物、国ごと焼き尽くしてしまえばいいものを。わざわざ危険を冒してまで人間を救おうというのか? 完全に封印したと言っていたロジックを使える事といい、やはり私たちの封印を終えた後に、最後は同じ人間だけがロジックを使えるようにするつもりだったか。やはり、奴をこのままにしてはおけん。……それに、この男。いったい何者だ? さっきの白い光を瞬時に相手に跳ね返しただと? どれほどの詠唱速度だ。いや、そもそも詠唱をしているようには思えなかった。何かカラクリがあるのだろうが、やはり人間は危険な種族だ。ほとんどの個体は脆弱なのにごく稀に異常な魔力を持つ者が生まれる。まるでヴェノムウルフだ。化け物同士、惹かれるものでもあるんだろう。どちらも完全に根絶やしにしなければいずれ必ず取り返しがつかないくなる≫
まさか化け物に化け物呼ばわりされるとは。それにしても、コイツ等は反射魔法を知らないのか? もしかしたら魔法の打ち合いであれば何とか出来るかもしれない。だが相手は竜人族。この狭い舟で力任せに襲われれば手の打ちようがない。こいつ等は正真正銘の化け物だ。その気になれば俺たち人間なんていつでも滅亡させる力を持っている。俺たち人間が今、平穏に暮らせているのは主とやらのおかげなのか? とにかく今は情報を引き出し、主とやらと直接話をするのが先決だ。とりあえず俺を客人として扱ってくれている以上安全ではあると考えて良いのか?
「さあ、これが私の船です。客室をご用意しておりますので到着までゆっくりとお寛ぎ下さい。私の部下で最も有能な者に案内させます。私は一度、船長や他の船の者と話さなければならないのでこちらで失礼いたします」
そう言ってルーナはその場を後にした。
「どうぞ。こちらです。足元にお気を付けください」
そう言って別の竜人が俺を客室に案内してくれた。さっきのルーナという男は深々とローブを被ったままでよくわからなかったが、今前を歩いている竜人は明らかに人間ではない。明らかに目や肌質、そして骨格がいわゆる爬虫類の容姿をしている。目が異様に大きく、髪や耳は一見、見当たらない。肌はゴツゴツしていて鼻だけが飛び出している人間とは違い、鼻から口に掛けて全体が少し前に突き出している。口はそれほど大きくはないように見えるが、口から横に線が見えるので大きく開けることもできるのかもしれない。今は口を小さく動かし流暢に言葉を発生している。いわゆる進化の過程でそう変異していったのだろう。初めて見る亜人に恐怖と同時に感動を覚えた。こういう出会いはこの世界に来て初めての経験だった。
「こちらが客室になっております。どうか中でゆっくりとお過ごしください。私はこちらで護衛を務めさせていただきます。何かありましたらいつでもお声がけください」
「わかりました。ありがとうございます。疲れたのでしばらく横になれせて頂きます」
そう挨拶して部屋に籠った。この部屋には鍵が見当たらない。というより外された形跡がある。護衛? 自分の船で何を護衛するのか? 奴の役割は恐らく俺の見張りだ。最も有能な部下ってことはそれだけ危険視しているという事。同時に俺に対する警告でもある。余計な事をするなと。何かすればいつでも部屋に突入するぞ、と。賓客という割には随分無礼な扱いだ。だが、同時に確信できた。”フライ”で驚いた事といい、この中途半端な監禁といい、奴らは数字の魔法を自在に扱うことができない。
俺なら最低でも見張りを同室させるか上下左右から透視魔法で見張らせる。ところが先ほどの護衛がドアの前にいるだけで左右の部屋も上下の部屋も空き部屋だ。この程度の警戒しかしてこないというのはそんな魔法の存在を知らないとしか考えられない。これは推察だが、この魔法を作った人間は他人に最低限の英単語しか教えていなかったのではないだろうか? 俺がそうであるように。当然と言えば当然だ。この魔法はあまりにも便利で危険すぎるのだから。
「とはいえ、警戒するに越したことはないな。”ダミー”」
俺はベッドに自分そっくりのダミー人形を寝かせて毛布をかぶせた。
「”インビジブル””フライ””スリップスルー”」
部屋にダミー人形を残し、いつものように姿を消して部屋の壁を通り抜け、先程のルーナの許に急いだ。先程の口ぶりから推察すると恐らく、奴らは異常事態に対しての幹部会議をしている。そして、本当にわざわざ集まって話をしているのであれば、”テレパシー”の類の魔法が使えないと見て間違いないだろう。だが、もし逆に、今までの会話や思考の全てが俺を欺くために裏をかいた演技であれば俺の敗北だ。なぜなら今のこの俺の思考さえも読まれている可能性があるからだ。俺は恐る恐る物陰に身を隠しながら”サーチ”でルーナの居場所を探った。すると、都合の良い事にこの船の船尾にある会議室に姿を見つけた。”スリップスルー”でその会議室の隅に半身だけ潜入した。部屋の中には他にも十数名の人型の姿があった。ほとんどが人間より遥かに大きい体格をしている。遠くから見ているだけでも恐怖を感じるその圧倒的な威圧感はインフェルノドラゴンさえ凌ぐほどで、決して敵に回してはいけないと身体が勝手に身震いして警告してくる。今すぐこの場から立ち去りたい衝動を抑えながら会話に聞き耳を立てた。
「どういうことだ! 撤退だと!? 奴らをあのまま放置するというのか!」
「落ち着け、チュール。先ずは話を聞け。トール。何が起こったのだ?」
「正直我々も何が起こったのかわからない。相手はヴェノムパピー。ただでさえ炎が効きにくい相手。だからこちらとしては塵も残さぬつもりで風刃を放った。しかし、そのロジックは奴らに届く寸前で跳ね返り、爆音と共に我が部隊に甚大な被害をもたらした。さらに、攻撃された奴らは怒り、毒を撒き始めた。前線にいた兵は気を失い地上に落下した。ロジックも直接攻撃もできない状況を打開できず、あえなく撤退した」
「ロジックをはね返すだと!? そんな馬鹿な! 無効化ならいざ知らず、はね返すなんて聞いたことがないぞ。もしや!? 新種のヴェノムウルフが誕生しているのか?」
「落ち着きましょうチュール殿。その可能性は低いでしょう。もしそうであるなら、あの国の人間は既に全滅しているはず。主でさえ危険視されているのです。ヴェノムウルフの毒を無効化する術があるのであれば、わざわざ我らに殲滅の命令はでていないはず」
「その通り。さすがはフレイア。恐らくあれは、この船にいるイレイザーという人間の仕業。あの人間はロジックをはね返す術を心得ている」
「まさか!? それではまるで主と同じではないか!」
「そうだ。実に恐ろしい事だが、奴は主と同等の力を備えている可能性がある。奴らは我々さえ知らないロジックを無詠唱で放った。キャンバスという例の男はイレイザーの名前を呼んだだけで我々の知らないロジックを発現させ、さらに、イレイザーという男はそのロジックを無詠唱で瞬時にはね返しキャンバスという男を跡形もなく消し去ったのだ。それも、私でさえ何が起こったかわからないほどの反応速度で」
「ルーナ様が反応できないほどの速度ですって!? まさか! 人間にそんな力があるわけ……。第一、そのキャンバスとかいう男は他の人間同様、大した力もなく、ロジックもまともに使えなかった。ほぼ無抵抗で我々に拘束されたのですよ?」
「ああ。そこが分からん。あれほどのロジックを使える男がなぜすんなりと拘束されたのか。あのロジックであれば我々でさえ簡単に消し去れたはず」
「あえて、力を隠していたのでしょうか?」
「それこそあり得んだろう。殺されていてもおかしくない状況で……というより、あの時キャンバスとやらは非力なだけで全力で抗っているように見えた。赤子の様な弱い力で涙を浮かべながらワシの手を振り払おうと藻掻いておった。演技にはとても思えんかった」
「ウォーディンの言葉が真実であるならキャンバスとやらが使ったロジックは余程の条件下、あるいは代償を必要とするものだったのかもしれんな。いずれにせよ、そのロジックをいとも容易くはね返したイレイザーという男は相当危険であることは間違いない」
「それほど危険な者であれば主と合わせるのはマズいのではないか?」
「ああ。しかし、だからといってヴェノムパピーが毒を放ち始めた今、私たちはこの国にいることは出来んし、このままあの男をこの国に残しておくことも出来ん。あの男を連れてこの場は一度撤退し、道すがら奴の処遇を決めたいと思っている」
「――今すぐ俺に殺させろ! 我らの部隊は半数を失ったのだ!」
後から入ってきた男がドアを開けるなり怒号を上げた。
「なに!? どういうことだサトゥルヌス殿。半数を失った? 貴公らは地下から攻める手筈であっただろう」
「そうだ! 俺たちは地底族は地下からゆっくりと潜入し合図を待っていた。そして、合図とともに先行部隊がアール・ユー・エス・エイチで一気に地上に進撃しようと魔力を高めた。その刹那に魔力を放出した者たちだけが何かに切り刻まれた! 奴らが何をしたかはわからんがあんな芸当が出来る者を主と合わすわけにはいかん! 今すぐ殺すべきだ!」
「気持ちはわかるが、今は待て。主の命はあの男を連れてこいと命令されたのだ。殺してしまえば我らもただではすまん――」
「知ったことか! 貴様らがやらんなら俺がやってやる!」
そう言ってサトゥルヌスと呼ばれた男が部屋を出ようとした。その時、
「……待てと言っているのが分からんのか?」
ルーナの声のトーンが変わり、途轍もない威圧感を放った。その瞬間その場にいた全員が蛇に睨まれた蛙のごとく震え上がり、静寂に包まれた。
スッ。
気圧された俺は自分でも気づかないうちに後退りし、部屋の角に置いてあった棚に服の裾が当たり、衣擦れした。そのほとんど誰も気づかないほどの小さな物音にすかさず反応したルーナは一瞬のうちに間合いを詰め、見えないはずの俺に向かってとがった爪を槍のように突き刺す。だが、半身だけを潜入させていたおかげでギリギリ攻撃が当たることはなかった。いや、元々の身長の位置に頭があれば脳をえぐられていた。それを想像すると鳥肌が立ち、嫌な汗が異常に噴き出した。
「……すまない。話の途中だったな」
「い、いえ。こちらこそ申し訳ございません……。頭に血が上っておりました」
「とにかく座れ。私もこのままでいいとは思っておらん。だが、貴公の部隊の奇襲をすんなりと看破したほどの者。私の船で備えをできていないとはいえ、うかつに手を出せば再び返り討ちに合うやもしれん。主の許に到着する十日余りの間で策を練る必要がある。……もし奴らが手を組めば私たちの命運は尽きる」
これ以上ここに居るのは危険と判断した俺はゆっくりとその場を後にした。先程の攻撃で血の気が引いて寒いはずの体から、汗がとめどなく流れ出してくる。インフェルノドラゴンが可愛く思える程の威圧感に、あの場に留まっていることができなかった。だが、色々とわかったことがある。
俺はこっそりと部屋に戻り、ダミーを消して布団に潜り込んだ。あの場にいた者たちの中で椅子に腰を掛けていたのはたった六人。あの中で一番大きな身体と声。像の様なゴツゴツとした皮膚をした頭の悪そうな赤いローブを着た大男がチュール。
次に大きな身体で筋肉質な身体はうろこの様な青緑色の肌に覆われ、白髪の長い髪のせいか、最も見た目の年齢が高そうに見える青いローブを着た男がウォーディン。
俺の国に攻撃を仕掛けた有翼人種で全身が固い甲殻に覆われ、顔のほとんどが不思議な模様の大きな赤い目で、腕が四本。関節が節の様になっていて、手の先は指というより爪。触角を生やした新手のヒーロー、いや、怪人さながらの姿の緑色のローブを翻していた奴がトール。
もう一人の有翼人で、トールとは反対に腕が無い。というより腕と翼が一体となっている様な身体で、派手な羽毛の様な体毛に覆われ、嘴の様な口をしていて黄色のローブを纏った奴がフレイヤ。
体毛とよく似た色の茶色いローブで全身を隠し、所々から見える体毛はヤマアラシの様に硬いとげの様な姿。大きな爪をかざしながら後から入ってきて、俺を殺させろと大声を出して興奮していた獣人がサトゥルヌス。
そろいもそろって怪物だらけじゃないか……。
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