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箱庭②
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同時に新たな疑問が生まれた。これが星座だとして、そもそもなぜこの世界に同じような星座のシンボルがある? それに、今まで気が付かなかったけど、当然のように月や太陽があり地球と同じように時間や季節が巡る。もしかしたらここは地球? いや、それは無い。現に俺は魔法が使えている。それに、この世界には前世では見たことも聞いたことも無いもので溢れている。だが、全く違う世界でこんなに同じような環境はあり得るだろうか? 正確な時間こそわからないが朝日で目を覚まし、昼には太陽が真上から差し、夕暮れには空は赤く染まり、夜には月が満ち欠けする。地球ではないのであれば、月は無いはずだし、仮に同じような衛星あったとしてもこれほど同じように見えるものだろうか? 太陽系と全く違う場所なのであれば見える星座も違っているはずだ。いくらなんでもコレを偶然で片付けるには都合がよすぎる。
「やはりアイツらの……神のいたずらってやつか?」
現状、いくら考えたところで答えは出ないだろう。正直なところ十二字の謎よりよっぽど気になったが無理やり頭を切り替えた。 俺は星座のシンボルをすべて覚えていたわけではない。だから、ひとまず星座と仮定したうえで詩に照らし合わせて考えてみた。
「とりあえず星座のシンボルを……どうすればいい?」
他の内容も踏まえて考えてみた。まずは一つ目。『十二人の戦士は夜を好む。新月の夜にこそ最も光り輝く』という一節。新月の夜にこそ星座が一番よく見える時という意味だろうか? 次に、『隣人と共に十二の悪魔を眠らせる』という一節。
「隣人ってことは並べればいいのか? えっと……一月の星座ってなんだっけ? まずは双子座は六月だから六番目かな? 二月は確かみずがめ座だよな? どれだ?」
よくよく考えたら星座の順番も何月が何座かもほとんど覚えていなかった。
「そういえば、聖闘士星矢で最初に出てきたのはおひつじ座のムーだ! それからおうし座で、双子座……次何だっけ? あれ? そういやなんでおひつじ座からなんだ? おひつじ座って四月だよな?」
……すぐに行き詰った。
「なんだよ! わかんねーよ! 『魔導士』とか『悪魔』とか! もっとわかりやすく書いとけよ! 何でこういうのってみんな敢えてわかりにくく書くんだ?」
結局その段階ではそれ以上わからなかった。
「あ、あの。星座って? せいんとせいやってなに?」
イーゼルは俺に訪ねた。
「ああ。星座については後で説明するよ。 聖闘士星矢は……忘れて」
そう答えるしかなかった。
魔法を勉強する時に注目される詩は三つ目と四つ目。そして七つ目と八つ目だけだ。分かっているのは文字同士に相性があるという事。種類が分けられているという事だ。大別すると魔法は十二字を組み合わせて四種類の属性に大別される。火・水・土・風だ。組み合わせ方で威力を調整したり、属性を変化させたりできる。
『三人以上で戦地に赴く』という一節をそのままの意味で捉えると十二字を三つ並べろという意味合いになる。それと同時に『七人で戦地に赴けば、悪魔が目覚め災禍に見舞われる』という一節が十二字を七つ並べるなという警告であるのであれば、第七階位の魔法は作れない。過去に試した者もいるそうだが死という災いが降りかかったそうだ。そんな理由でこの国では第六階位が事実上最高階位であり、それが当たり前なのだ。第九階位の魔導書を開いてしまった俺は異端者というわけだ。だが、この世界にいる他の種族たちはどういうわけか第六階位以上の魔法が使えるらしい。だからこそ王は俺を第一王位継承者にしたのだ。魔法が優劣を決めるこの世界で、俺の存在が自分たちの立場を優位なものに出来るのではないかと。
「新しく見つけた魔導書には、第一階位の魔導書に書かれている内容に加えて、さらにその続きが存在していたんだ。その内容はこうだった」
Ⅹ、私たちは円卓の十二騎士。その力は悪魔を討ち滅ぼす力。
Ⅺ、私は真夜中に一時、最強の鎧を脱ぎ真の姿となる。その姿は無に等しい。
Ⅻ、羊の悪魔に眠らされし隣人、私の鎧を得て最強となり悪魔を討つ。
ⅩⅢ、私の鎧は他の者には長くは扱えぬ。一時の猶予しかない。
ⅩⅣ、時は過ぎる。鎧は次の者に託される。悪魔が弱りし今こそ滅ぼせ。
ⅩⅤ、時は巡り鎧は再び私の許に。十二の悪魔は滅びた。真の姿が目覚める。
ⅩⅥ、悪魔を屠りし騎士。十字架の盾を掲げる。真の姿に良く似合う。
ⅩⅦ、新たな盾が合わぬ者がいる。これでは足りない。
ⅩⅧ、第一席の騎士は九番目の力を兼任する。
ⅩⅨ、第五席の騎士は二十二番目の力を兼任する。
ⅩⅩ、第十席の騎士は二十四番目の力を兼任する。
ⅩⅪ、幾度も戦場を駆け巡る。三騎士が力を発揮する時、私が盾となろう。
ⅩⅫ、一つ足りぬ。最後はこの兜を持つ私こそが相応しい。これで全てそろう。
私は何者だ?
「何だこれ? 全く意味が解らない……。『私は何者だ?』ってことは謎解きなのか? 『最強の鎧を脱ぎ真の姿になる』ってどういう意味だ? 『Ⅹ』から始まっているんだからやっぱり詩の続きだよな?」
新たな詩はさらに俺を迷宮に誘った。
「『羊の悪魔』? 羊ってなに?」
イーゼルはさらに疑問を投げかける。そうだ。そもそも羊は少なくともこの国にはいない。仮に世界のどこかに似たような生物がいたとしてそれをこの異世界で『羊』と名付けるだろうか? やはり偶然にしては出来過ぎている。この魔導書はこの世界の人間が作ったものではない。エンマのような神の存在。あるいは……。魔導書はここに来て俺の疑問をさらに確信へと近づけた。話をしている間に目的地が見えた。
「さあ、着いたよ。もう一度言うけど決して驚かないでね。じっとしていて。大きな声を上げたり、逃げたり、敵意を向けたりしたらアイツら興奮しちゃうから」
俺は三人に最後の警告をして最後の角を曲がった。
「あ、あ、あ……」
「う、嘘だろ……」
「ヤバいよ! これヤバいって――」
三人は口々に言葉を発する。魔法の効果で虚ろだったキャンバスとクリップも一気に醒めたようだが大声を上げることはなかった。本能がそれを否定したのだろう。それをすれば命にかかわることを理解しているのだ。
「ここはね。ファームだよ。あの子たちを育成しているんだ」
俺はそう言って振り返って三人の顔を見た。思った通り、三人はまるで化け物でも見たかのような蒼白な表情をして怯えている。その顔を見て思わず顔がほころびそうになった俺は、慌てて後ろを振り返った。
「大丈夫だよ。僕から離れないで」
つり上がった頬を隠すように俺は前へ進んだ。
「イレイザー! ダメだ!」
今にも消えそうな大声で俺を留めようとするがすでに手は届かなかった。そのまま逃げるかと思ったが俺の傍に居るほうが安全だと判断したのだろう。急いで俺の傍まで走って追ってきた。息が掛かるほどに。そして直ぐに後悔したのだろう。俺に気付いたアイツらは俺向かって一斉に走って近寄ってきた。三人は声を殺して俺にギュッと掴まり怯えてガクガク震えている。
「大丈夫だよ。見ててね」そう言って腕を前に伸ばし「待て!」と大声を出した。
俺たちを取り囲むように迫ってきたソイツらはその声を聞いて一斉にブレーキを掛けて止まった。直ぐにでも飛びつきたい衝動を全身で我慢しながら制止しきれないしっぽと舌が大きく揺れている。
「みんな、いい子だね。兄さん。姉さん。さっきも言ったでしょ? コイツ等の毒は精神状態に大きく左右される。楽しい時、嬉しい時のコイツらの体液はほぼ無毒なんだよ」
そう言って一歩踏み出した俺に我慢しきれなくなった一匹が飛び掛かってきた。それにつられるように取り囲んでいた無数のヴェノムウルフは一斉に俺に飛び掛かってきた。
押し倒され、もみくちゃにされた俺はヴェノムウルフの体毛と唾液でぐちゃぐちゃになった。
「わかった! わかったって! よしよし」
俺はヴェノムウルフを身体から引き離し起き上がった。
「ふぅ。コイツらはね。とても弱くて甘えん坊なんだ。そんなコイツらが生きていくにはこの世界は厳しすぎる。この世界で生き延びるために、ほとんどの生物は強く硬く大きく進化した。もちろんそれ以外の進化をした生き物もいっぱいいる。コイツらはそんな生物の中の一つだ。強く大きくなるんじゃなく、生き物に襲われない方法を身に付けたんだ。それが毒。ただ、その毒は強すぎた」
じゃれつくヴェノムウルフの頭を撫でながら俺は話を続けた。
「コイツ等の体臭を感じると他の生物は恐れて一目散に逃げ出す。餌である生き物がいなくなると空腹と疲労のストレスでその毒はさらに強力になり常態化していく。そして他の生き物どころか仲間さえ傍にいれない。もちろん手分けして安全な場所を探す意味もあるんだろうけど群れで行動するはずのこの子たちはそうやってバラバラになり孤独な生き物となった」
そう言って俺にくっつき甘えてくるヴェノムウルフ達の身体を手が届く限り撫でてあげた。
「で、でも。機嫌が悪くなったりしたら猛毒を出すんじゃ?」
少し恐怖が薄れヴェノムウルフに興味が湧いてきた様子のイーゼルが尋ねた。
「もちろんそうだよ。でも普段からこいつらと接していれば、だんだんと毒に耐性が付くよ。コイツ等の毒は耐性が付きやすいのも特徴の一つだ。コイツ等の唾液は傷を癒したり、毒を浄化する力があるんだ。親は子供の身体をいっぱい舐めて自分たちの毒に対する抵抗力を高めていくんだ。僕も最初の頃に少し引っかかれて高熱や吐き気で苦しんだけど死ぬほどではなかった。たくさん舐められれば舐められるだけこの子たちの毒に慣れるんだ。もちろん気持ちが穏やかな時に、だけどね。僕がさっきナイフの血を浴びても大丈夫だったのはコイツらと一緒にずっと遊んでいたからだよ。姉さんも撫でてあげてよ。喜ぶよ」
そう言ってイーゼルの腕をつかんで引っ張った。
「う、うん」そう言って恐る恐る手を伸ばし、ゆっくりとヴェノムウルフの頭に触れた。ヴェノムウルフはというと、早くしてと言わんばかりにしっぽを大きく左右に振っている。そして、頭に触れた瞬間、嬉しそうにその手に飛びつきじゃれついた。とにかく触って欲しい衝動を全身で表現している。イーゼルが腰を下ろしさらに近づくと、もっと擦ってとお腹を見せて寝そべった。その姿にイーゼルの心は陥落した。
ヴェノムウルフはそもそも外敵がおらず敵に襲われるという経験がない。その為、警戒心が極めて薄い。大丈夫と感じると同時に全身を委ねてくる。その姿を見て仲間の警戒心も完全にゼロになったようで、俺に纏わり付いていた奴らも新しい人間に構ってもらいたくてイーゼルの許に集まった。困惑しながらもその愛くるしさに心を奪われたイーゼルは今まで見たことがないくらいの笑顔で笑っていた。
「コイツらの事少しは解ってもらえたかな?」
俺はキャンバスと、いつの間にか自分の足で立って歩いているクリップに向かって言った。実はこの二人は威勢はいいが、案外臆病な似た者同士だ。その姿を見てもやはりその毒が怖いのだろう。仁王立ちしたまま動こうとしない。俺はヴェノムウルフの内で最も小さい子を抱き上げ二人に差し出した。
「ほら。こんなに可愛いんだよ。抱っこしてあげてよ」
そう言って二人に向かって差し出す。こういう場合、確実にキャンバスが先に名乗り出る。キャンバスはクリップに対して特に虚栄心が強い。キャンパスはクリップの後手に回るのだけは何があっても許せないようだ。クリップもそれを理解している。普段はキャンバスに負けじと先手を打つことを生き甲斐にしているが、本当に都合が悪い時は決して名乗り出ない。言ってしまえばドングリの背比べをしている子供と一緒だ。
「お、おう。ホントだな。可愛いな」
キャンバスは腕が伸びて腰が引けている。実に無様だ。こういう時はすかさずクリップが冷やかすのがお決まりだが、今冷やかすと自分の首を絞めることになるのが分かっているので声を出さない。実にクリップらしい。ヴェノムウルフ達の興味はそんな二人に移り半数近くがキャンバスとクリップの足元に群がった。ヴェノムウルフの子供を二人で仲良く抱えて足元に群がるヴェノムウルフの達に耐える姿は何とも滑稽だった。
それに比べてイーゼルはすっかり仲良くなって顔まで舐めさせている。こういう時は女の方が度胸が据わっているようだ。
「僕はね。ここでこいつ等の餌を確保するためにコイツらの好物をもっと増やしたいと思ってるんだ。そこでコイツらの餌を滞りなく確保するために、国を挙げてファームを造ろうと計画している――」
それを聞いた三人は一斉にこっちを振り向いた。
「いや、いや! さすがにそれは……」
「いくら可愛いと言っても、猛毒を持つヴェノムウルフだぞ! 危険だ!」
「ここで育てるだけで十分よ。これ以上は――」
三人は予想通りの反応で俺の考えを否定してくる。俺は三人の意見を遮るように言った。
「――兄さんたちは、僕達がどういう立場にいるか本当にわかっているのかい?」
俺がそう言うと三人は言葉の意味が理解できない様子で言葉を詰まらせる。
「僕が魔導書を開き、新しい詩を見つけた。そして、その謎を解いた時、僕たちがなぜこういう立場になっているのか理解できたんだ」
俺は憤った。ナイフ以外のヴェノムウルフは俺から離れて三人の所に駆け寄る。
「その立場って言うのは何だ。何の話だよ?」
キャンバスは問いかけてきた。
「この世界には多くの種族がいるのは知っているよね? 僕たちは地上に住む亜人種の中でも立場が弱い種族だって」
俺は少し大きな声で憤った。
「あ、ああ。魔力も能力も弱いからな。でもだからと言って他の種族に支配されるでもなく平和に暮らせている。いつかどの種族かに支配される可能性はあるが……」
「――支配される可能性? 違うよ兄さん。俺たちはとっくの昔から支配されているんだよ。誰にも気づかれることなくね」
「気づかれずに支配されている? どういう意味だ?」
キャンバスは俺に疑問をぶつける。それに答えるために俺はいつも肌身離さず身に付けている魔導書を腰のバンドから外し三人に見せた。
「やはりアイツらの……神のいたずらってやつか?」
現状、いくら考えたところで答えは出ないだろう。正直なところ十二字の謎よりよっぽど気になったが無理やり頭を切り替えた。 俺は星座のシンボルをすべて覚えていたわけではない。だから、ひとまず星座と仮定したうえで詩に照らし合わせて考えてみた。
「とりあえず星座のシンボルを……どうすればいい?」
他の内容も踏まえて考えてみた。まずは一つ目。『十二人の戦士は夜を好む。新月の夜にこそ最も光り輝く』という一節。新月の夜にこそ星座が一番よく見える時という意味だろうか? 次に、『隣人と共に十二の悪魔を眠らせる』という一節。
「隣人ってことは並べればいいのか? えっと……一月の星座ってなんだっけ? まずは双子座は六月だから六番目かな? 二月は確かみずがめ座だよな? どれだ?」
よくよく考えたら星座の順番も何月が何座かもほとんど覚えていなかった。
「そういえば、聖闘士星矢で最初に出てきたのはおひつじ座のムーだ! それからおうし座で、双子座……次何だっけ? あれ? そういやなんでおひつじ座からなんだ? おひつじ座って四月だよな?」
……すぐに行き詰った。
「なんだよ! わかんねーよ! 『魔導士』とか『悪魔』とか! もっとわかりやすく書いとけよ! 何でこういうのってみんな敢えてわかりにくく書くんだ?」
結局その段階ではそれ以上わからなかった。
「あ、あの。星座って? せいんとせいやってなに?」
イーゼルは俺に訪ねた。
「ああ。星座については後で説明するよ。 聖闘士星矢は……忘れて」
そう答えるしかなかった。
魔法を勉強する時に注目される詩は三つ目と四つ目。そして七つ目と八つ目だけだ。分かっているのは文字同士に相性があるという事。種類が分けられているという事だ。大別すると魔法は十二字を組み合わせて四種類の属性に大別される。火・水・土・風だ。組み合わせ方で威力を調整したり、属性を変化させたりできる。
『三人以上で戦地に赴く』という一節をそのままの意味で捉えると十二字を三つ並べろという意味合いになる。それと同時に『七人で戦地に赴けば、悪魔が目覚め災禍に見舞われる』という一節が十二字を七つ並べるなという警告であるのであれば、第七階位の魔法は作れない。過去に試した者もいるそうだが死という災いが降りかかったそうだ。そんな理由でこの国では第六階位が事実上最高階位であり、それが当たり前なのだ。第九階位の魔導書を開いてしまった俺は異端者というわけだ。だが、この世界にいる他の種族たちはどういうわけか第六階位以上の魔法が使えるらしい。だからこそ王は俺を第一王位継承者にしたのだ。魔法が優劣を決めるこの世界で、俺の存在が自分たちの立場を優位なものに出来るのではないかと。
「新しく見つけた魔導書には、第一階位の魔導書に書かれている内容に加えて、さらにその続きが存在していたんだ。その内容はこうだった」
Ⅹ、私たちは円卓の十二騎士。その力は悪魔を討ち滅ぼす力。
Ⅺ、私は真夜中に一時、最強の鎧を脱ぎ真の姿となる。その姿は無に等しい。
Ⅻ、羊の悪魔に眠らされし隣人、私の鎧を得て最強となり悪魔を討つ。
ⅩⅢ、私の鎧は他の者には長くは扱えぬ。一時の猶予しかない。
ⅩⅣ、時は過ぎる。鎧は次の者に託される。悪魔が弱りし今こそ滅ぼせ。
ⅩⅤ、時は巡り鎧は再び私の許に。十二の悪魔は滅びた。真の姿が目覚める。
ⅩⅥ、悪魔を屠りし騎士。十字架の盾を掲げる。真の姿に良く似合う。
ⅩⅦ、新たな盾が合わぬ者がいる。これでは足りない。
ⅩⅧ、第一席の騎士は九番目の力を兼任する。
ⅩⅨ、第五席の騎士は二十二番目の力を兼任する。
ⅩⅩ、第十席の騎士は二十四番目の力を兼任する。
ⅩⅪ、幾度も戦場を駆け巡る。三騎士が力を発揮する時、私が盾となろう。
ⅩⅫ、一つ足りぬ。最後はこの兜を持つ私こそが相応しい。これで全てそろう。
私は何者だ?
「何だこれ? 全く意味が解らない……。『私は何者だ?』ってことは謎解きなのか? 『最強の鎧を脱ぎ真の姿になる』ってどういう意味だ? 『Ⅹ』から始まっているんだからやっぱり詩の続きだよな?」
新たな詩はさらに俺を迷宮に誘った。
「『羊の悪魔』? 羊ってなに?」
イーゼルはさらに疑問を投げかける。そうだ。そもそも羊は少なくともこの国にはいない。仮に世界のどこかに似たような生物がいたとしてそれをこの異世界で『羊』と名付けるだろうか? やはり偶然にしては出来過ぎている。この魔導書はこの世界の人間が作ったものではない。エンマのような神の存在。あるいは……。魔導書はここに来て俺の疑問をさらに確信へと近づけた。話をしている間に目的地が見えた。
「さあ、着いたよ。もう一度言うけど決して驚かないでね。じっとしていて。大きな声を上げたり、逃げたり、敵意を向けたりしたらアイツら興奮しちゃうから」
俺は三人に最後の警告をして最後の角を曲がった。
「あ、あ、あ……」
「う、嘘だろ……」
「ヤバいよ! これヤバいって――」
三人は口々に言葉を発する。魔法の効果で虚ろだったキャンバスとクリップも一気に醒めたようだが大声を上げることはなかった。本能がそれを否定したのだろう。それをすれば命にかかわることを理解しているのだ。
「ここはね。ファームだよ。あの子たちを育成しているんだ」
俺はそう言って振り返って三人の顔を見た。思った通り、三人はまるで化け物でも見たかのような蒼白な表情をして怯えている。その顔を見て思わず顔がほころびそうになった俺は、慌てて後ろを振り返った。
「大丈夫だよ。僕から離れないで」
つり上がった頬を隠すように俺は前へ進んだ。
「イレイザー! ダメだ!」
今にも消えそうな大声で俺を留めようとするがすでに手は届かなかった。そのまま逃げるかと思ったが俺の傍に居るほうが安全だと判断したのだろう。急いで俺の傍まで走って追ってきた。息が掛かるほどに。そして直ぐに後悔したのだろう。俺に気付いたアイツらは俺向かって一斉に走って近寄ってきた。三人は声を殺して俺にギュッと掴まり怯えてガクガク震えている。
「大丈夫だよ。見ててね」そう言って腕を前に伸ばし「待て!」と大声を出した。
俺たちを取り囲むように迫ってきたソイツらはその声を聞いて一斉にブレーキを掛けて止まった。直ぐにでも飛びつきたい衝動を全身で我慢しながら制止しきれないしっぽと舌が大きく揺れている。
「みんな、いい子だね。兄さん。姉さん。さっきも言ったでしょ? コイツ等の毒は精神状態に大きく左右される。楽しい時、嬉しい時のコイツらの体液はほぼ無毒なんだよ」
そう言って一歩踏み出した俺に我慢しきれなくなった一匹が飛び掛かってきた。それにつられるように取り囲んでいた無数のヴェノムウルフは一斉に俺に飛び掛かってきた。
押し倒され、もみくちゃにされた俺はヴェノムウルフの体毛と唾液でぐちゃぐちゃになった。
「わかった! わかったって! よしよし」
俺はヴェノムウルフを身体から引き離し起き上がった。
「ふぅ。コイツらはね。とても弱くて甘えん坊なんだ。そんなコイツらが生きていくにはこの世界は厳しすぎる。この世界で生き延びるために、ほとんどの生物は強く硬く大きく進化した。もちろんそれ以外の進化をした生き物もいっぱいいる。コイツらはそんな生物の中の一つだ。強く大きくなるんじゃなく、生き物に襲われない方法を身に付けたんだ。それが毒。ただ、その毒は強すぎた」
じゃれつくヴェノムウルフの頭を撫でながら俺は話を続けた。
「コイツ等の体臭を感じると他の生物は恐れて一目散に逃げ出す。餌である生き物がいなくなると空腹と疲労のストレスでその毒はさらに強力になり常態化していく。そして他の生き物どころか仲間さえ傍にいれない。もちろん手分けして安全な場所を探す意味もあるんだろうけど群れで行動するはずのこの子たちはそうやってバラバラになり孤独な生き物となった」
そう言って俺にくっつき甘えてくるヴェノムウルフ達の身体を手が届く限り撫でてあげた。
「で、でも。機嫌が悪くなったりしたら猛毒を出すんじゃ?」
少し恐怖が薄れヴェノムウルフに興味が湧いてきた様子のイーゼルが尋ねた。
「もちろんそうだよ。でも普段からこいつらと接していれば、だんだんと毒に耐性が付くよ。コイツ等の毒は耐性が付きやすいのも特徴の一つだ。コイツ等の唾液は傷を癒したり、毒を浄化する力があるんだ。親は子供の身体をいっぱい舐めて自分たちの毒に対する抵抗力を高めていくんだ。僕も最初の頃に少し引っかかれて高熱や吐き気で苦しんだけど死ぬほどではなかった。たくさん舐められれば舐められるだけこの子たちの毒に慣れるんだ。もちろん気持ちが穏やかな時に、だけどね。僕がさっきナイフの血を浴びても大丈夫だったのはコイツらと一緒にずっと遊んでいたからだよ。姉さんも撫でてあげてよ。喜ぶよ」
そう言ってイーゼルの腕をつかんで引っ張った。
「う、うん」そう言って恐る恐る手を伸ばし、ゆっくりとヴェノムウルフの頭に触れた。ヴェノムウルフはというと、早くしてと言わんばかりにしっぽを大きく左右に振っている。そして、頭に触れた瞬間、嬉しそうにその手に飛びつきじゃれついた。とにかく触って欲しい衝動を全身で表現している。イーゼルが腰を下ろしさらに近づくと、もっと擦ってとお腹を見せて寝そべった。その姿にイーゼルの心は陥落した。
ヴェノムウルフはそもそも外敵がおらず敵に襲われるという経験がない。その為、警戒心が極めて薄い。大丈夫と感じると同時に全身を委ねてくる。その姿を見て仲間の警戒心も完全にゼロになったようで、俺に纏わり付いていた奴らも新しい人間に構ってもらいたくてイーゼルの許に集まった。困惑しながらもその愛くるしさに心を奪われたイーゼルは今まで見たことがないくらいの笑顔で笑っていた。
「コイツらの事少しは解ってもらえたかな?」
俺はキャンバスと、いつの間にか自分の足で立って歩いているクリップに向かって言った。実はこの二人は威勢はいいが、案外臆病な似た者同士だ。その姿を見てもやはりその毒が怖いのだろう。仁王立ちしたまま動こうとしない。俺はヴェノムウルフの内で最も小さい子を抱き上げ二人に差し出した。
「ほら。こんなに可愛いんだよ。抱っこしてあげてよ」
そう言って二人に向かって差し出す。こういう場合、確実にキャンバスが先に名乗り出る。キャンバスはクリップに対して特に虚栄心が強い。キャンパスはクリップの後手に回るのだけは何があっても許せないようだ。クリップもそれを理解している。普段はキャンバスに負けじと先手を打つことを生き甲斐にしているが、本当に都合が悪い時は決して名乗り出ない。言ってしまえばドングリの背比べをしている子供と一緒だ。
「お、おう。ホントだな。可愛いな」
キャンバスは腕が伸びて腰が引けている。実に無様だ。こういう時はすかさずクリップが冷やかすのがお決まりだが、今冷やかすと自分の首を絞めることになるのが分かっているので声を出さない。実にクリップらしい。ヴェノムウルフ達の興味はそんな二人に移り半数近くがキャンバスとクリップの足元に群がった。ヴェノムウルフの子供を二人で仲良く抱えて足元に群がるヴェノムウルフの達に耐える姿は何とも滑稽だった。
それに比べてイーゼルはすっかり仲良くなって顔まで舐めさせている。こういう時は女の方が度胸が据わっているようだ。
「僕はね。ここでこいつ等の餌を確保するためにコイツらの好物をもっと増やしたいと思ってるんだ。そこでコイツらの餌を滞りなく確保するために、国を挙げてファームを造ろうと計画している――」
それを聞いた三人は一斉にこっちを振り向いた。
「いや、いや! さすがにそれは……」
「いくら可愛いと言っても、猛毒を持つヴェノムウルフだぞ! 危険だ!」
「ここで育てるだけで十分よ。これ以上は――」
三人は予想通りの反応で俺の考えを否定してくる。俺は三人の意見を遮るように言った。
「――兄さんたちは、僕達がどういう立場にいるか本当にわかっているのかい?」
俺がそう言うと三人は言葉の意味が理解できない様子で言葉を詰まらせる。
「僕が魔導書を開き、新しい詩を見つけた。そして、その謎を解いた時、僕たちがなぜこういう立場になっているのか理解できたんだ」
俺は憤った。ナイフ以外のヴェノムウルフは俺から離れて三人の所に駆け寄る。
「その立場って言うのは何だ。何の話だよ?」
キャンバスは問いかけてきた。
「この世界には多くの種族がいるのは知っているよね? 僕たちは地上に住む亜人種の中でも立場が弱い種族だって」
俺は少し大きな声で憤った。
「あ、ああ。魔力も能力も弱いからな。でもだからと言って他の種族に支配されるでもなく平和に暮らせている。いつかどの種族かに支配される可能性はあるが……」
「――支配される可能性? 違うよ兄さん。俺たちはとっくの昔から支配されているんだよ。誰にも気づかれることなくね」
「気づかれずに支配されている? どういう意味だ?」
キャンバスは俺に疑問をぶつける。それに答えるために俺はいつも肌身離さず身に付けている魔導書を腰のバンドから外し三人に見せた。
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彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。
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真訳・アレンシアの魔女 上巻 マールの旅
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