上 下
41 / 53
第一章 冒険者

第九話 訓練と遊びと②

しおりを挟む
 店主に案内されて入った部屋は、二人用の隅々まで掃除が行き届いている綺麗な所だった。
 外観はミーナの言っていた通りかなり年季が入っていたが、内装や宿の店主や女将さんの仕事ぶりは、お客が過ごしやすいように細かい所まで配慮してあり、彼らが自身の仕事に誇りを持っているのが伺えた。
 颯太はホッと息を吐いて肩の力を抜く。
 緊張しているつもりはなかったが、やはり見知らぬ土地で色んな出来事に巻き込まれたせいか、無意識に力が入ってしまっていたらしい。
 そっとシエルの方を伺うと、シエルはまだ少し不安げな顔で颯太の手を握っていた。
 先程は、宿屋の人達に一斉に視線を向けられただけでも萎縮していた。
 予想よりもハードな一日で、あまりリラックスする余裕がなさそうだった。
 ふと窓を見ると、外はもう真っ暗で街灯がない所は全く見えなかった。

「シエル、お腹すいてないか?そろそろ夕食取ろうと思うんだけど」
「…大丈夫」

 グゥ~

「!?」

 シエルがそう答えたのと同時に、彼女のお腹が盛大な返事をした。
 シエルは真っ赤な顔で慌ててお腹を抑える。
 恐る恐る見上げてくる様子が愛らしくて、颯太は思わず吹いてしまった。

「笑った!」
「いや、でも、今のは、ちょっと」

 抑えようとはするが声が震えてしまう颯太の脇腹を、ポカポカと叩くシエル。

「笑うのダメ~!」

 この後、颯太は必死に謝ってなんとかシエルに許してもらうのだが、遅くなってしまった為に、結局この日は身体についた泥を落とす為に水浴びをしただけで、夕食は食べそこねたのだった。





~~


 その頃レイドナルク城内では明日のダンジョン攻略へ向けて、参加するパーティーでの念入りなミーティングが行われていた。
 パーティーとは言っても、勇者である綾乃と大輝、それに政人達五人の一組しかいない。
 他のメンバーは、まだ突然見えてきた「死」から目を逸らし塞ぎ込んでいたり、魔物や死の恐怖に怯えているのだ。
 例外として、昼食時に食堂で遭遇した東堂達は参加するようだ。
 しかしミーティングには瀬川一人しか来ておらず、昼間のあの態度から見て、颯太を探すつもりなどないことは明白だった。
 政人曰く、彼はあのグループの中で、仲間というよりパシリ的な位置に居る、比較的大人しい普通の人らしい。
 勿論パーティーが違うのでミーティング中は話すこともなかったが、瀬川はミーティングが終わった後、わざわざこちらに駆け寄ってきて頭を下げてきたのだ。

「あの…江川君、一宮さん、昼間はごめんなさい!あんな無神経なことを…」

 謝られるとは思っていなかった綾乃達は目を丸くする。
 だが、謝るべきは松元であって瀬川ではない。

「…なんで、瀬川が謝るんだ?」

 大輝は、瀬川に恐ろしく冷たい声で尋ねた。
 ビクッと肩を縮こまらせ、恐る恐る顔を上げた瀬川は予想外の返しに困っている様子だ。

「そ、それは…」

 瀬川からは、有本のように「よく分からないけれど取り敢えず謝ろう」といった適当さはないように思える。
 それなのに何故、彼が謝ってくるのだろう。
 あの時、他のメンバーは無関心だったのに対して、立ち去る際に瀬川はこちらに謝罪の意を示していた。
 しかし、この件に関して瀬川本人は、全くの無関係と言ってもいいのだ。

「俺らは松元の発言に怒っただけだし、あの時瀬川は俺らと一言も話してなかったろ?」
「…松元君は…多分君達に謝る気はないんだ」

 瀬川のこの言葉に、その場にいた七人全員が目を向く。
 どうやら松元自身は、あの一件のことは全くと言っていい程何も反省していないらしい。
 しかし、いくら同じパーティーだからと言っても、メンバー全員を責めるつもりは大輝達にはない。

「それでも、瀬川君が私達に謝る理由ないわよね?」

 綾乃はそう言うと、その場を後にしようと踵を返した。
 他のメンバーもそれに続こうとした時、瀬川は震える声で言葉を絞り出した。

「……止められなかったから」

 返答が返ってくるとは思わなかった為驚いて振り返る七人に、瀬川は更に言葉を重ねる。

「…僕は…傍観してた僕も悪いと思ったんだ。だから、その…松元君を止められなかったことを、謝りたくて…」

 その声はどんどん小さくなっているが、瀬川の誠意は大輝達七人に痛いほど伝わってきた。
 見ていただけの人も悪い、という考えは誰でも出来るものではない。
 ほとんどの人が、「問題そのものには関わっていないから自分は無関係」と思うであろう場面にも関わらず。

「……」

 大輝達は始め、瀬川は松元に命令されて謝りに来たと思っていたのだ。
 だから、「自分で謝りに来い」という意味で瀬川に「貴方は関係ない」と突き放した。
 ところが彼は、自分の意思で謝罪をしに来ていた。
 誰も瀬川のような考え方はしなかったので、全員唖然としてしまう。
 そしてたっぷりと間を置いてから、大輝がゆっくりと口を開く。

「…瀬川は悪くないよ。あの場で止めに入らなかったことを気にする必要もない」
「で、でも…」
「顔を上げて?私達は、貴方に対して怒っている訳じゃないから」

 綾乃が優しく促し、漸く恐る恐るではあるが瀬川が顔を上げる。
 どうすれば良いのか分からないと言った風の、不安げな表情の瀬川に、今度は大輝と綾乃が頭を下げた。

「「「「「!?」」」」」
「えぇっ!?」
「ごめんなさい」
「俺達こそ、瀬川のこと勘違いしてたみたいだ」

 自分が謝罪をしに来た筈なのに、突然その相手である二人に頭を下げられたことに驚きを顕にする瀬川。
 周りで見ていた五人も目を剥く。

「え、何で!?二人は、謝ることなんか…」
「さっき謝られた時、松元からの伝言だと思っててさ」
「私も、瀬川君は人に謝らせるような奴の言うこと聞いてるんじゃないかって…」
「だから、ちゃんと謝ってくれた瀬川に申し訳ない」
「本当にごめんなさい」

 瀬川は少し驚いたようだが、それでもと首を振った。

「そう思われても仕方ないよ。普段の僕は、ほんとに、松元君の言いなりだから。…でも、僕の気持ち、ちゃんと二人に伝わったみたいで嬉しいよ。ありがとう」

 そう言って微笑む瀬川を見て、政人もふっと笑いまだ頭を下げた状態の二人の背中を叩き、顔を上げさせた。

「もう良いじゃん、この話は。ずっと謝り合戦みたいなことしてないで、明日のダンジョン攻略の話でもしようぜ。瀬川も一緒にどうだ?」
「え、僕も?」

 若干腰が引けてる瀬川に、猛が近づいて肩を組んでニカッとした笑顔を向ける。

「遠慮すんなよ。松元達とはこういう話しないんだろ?」

 瀬川はまだ少し迷っていたが、やがて意を決したように頷いた。

「じゃあ…お言葉に甘えて」
「おっし、決まり!じゃあ俺の部屋行こうぜ!」
 
 そして、政人を筆頭にその部屋を後にした瀬川を含めた彼ら八人は、政人と颯太にあてがわれた部屋に行き、日が暮れるまでずっと色んな話をするのであった。




 翌日、朝早く目を覚ました綾乃はゆっくりと身体を起こす。
 出発までには大分ある時間帯だ。

(いよいよか…)

 綾乃は、まだ少し寝惚けている頭でぼんやりと颯太のことを考える。
 彼が、魔物達がうごめくダンジョンの中で、外からの救助をただじっと待つような人物ではないことは分かっている。
 恐らくは、とっくにこちらの予測位置よりも遥か先に進み、自分達とは比べ物にならない程この世界での経験を積んでいることだろう。
 彼はそんな人だ。

(それでも…少しだけでも良い……貴方に追いつきたい)

 そして決意を新たに固め、綾乃はベッドを抜け出し身支度をして朝の稽古に向かう。

(例え勇者じゃなくても、颯太は私の…私達にとっての目標だから!)

 一人の恋する乙女は、そうして日々、最愛であり最も尊敬する人に追いつくために、今日も全力で前に突き進むのであった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

国を建て直す前に自分を建て直したいんだが! ~何かが足りない異世界転生~

猫村慎之介
ファンタジー
オンラインゲームをプレイしながら寝落ちした佐藤綾人は 気が付くと全く知らない場所で 同じオンラインゲームプレイヤーであり親友である柳原雅也と共に目覚めた。 そこは剣と魔法が支配する幻想世界。 見た事もない生物や、文化が根付く国。 しかもオンラインゲームのスキルが何故か使用でき 身体能力は異常なまでに強化され 物理法則を無視した伝説級の武器や防具、道具が現れる。 だがそんな事は割とどうでも良かった。 何より異変が起きていたのは、自分自身。 二人は使っていたキャラクターのアバターデータまで引き継いでいたのだ。 一人は幼精。 一人は猫女。 何も分からないまま異世界に飛ばされ 性転換どころか種族まで転換されてしまった二人は 勢いで滅亡寸前の帝国の立て直しを依頼される。 引き受けたものの、帝国は予想以上に滅亡しそうだった。 「これ詰んでるかなぁ」 「詰んでるっしょ」 強力な力を得た代償に 大事なモノを失ってしまった転生者が織りなす 何かとままならないまま チートで無茶苦茶する異世界転生ファンタジー開幕。

マホウノセカイ

荒瀬竜巻
ファンタジー
2050年、日本の中心千代田区から男が消えた。人類史上最強の科学兵器「魔力炉管解放機」によって、全ての人類は魔術を得た。地球温暖化、食糧難、多くの社会問題が解決された。更には男女に偏りなく平均が一律の魔力のお陰で、男女平等に大きく近づき、世界はより良くなっていていた。 しかしその時日本では、女性しかいない魔術研究所からなる「新生魔術党」が政権を奪取。世界で魔術の優先度が高まるなか当然のことであり、魔力炉管が確立されていない時代に女性に魔術を押し付けた政治家の怠慢だと当時の諸外国は沈黙した。 そして2080年現在。多少の反乱はあるものの、男性を排除した千代田区での女性の女性による女性のための政治が執り行われていた。 これは男女平等を目指す主人公伊藤妃芽花とその仲間達、そして志を高く持つライバル達との領地奪い合い系現代ファンタジー物語である。 カクヨムにも同じ名義で投稿しております。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

女神がアホの子じゃだめですか? ~転生した適当女神はトラブルメーカー~

ぶらっくまる。
ファンタジー
魔王が未だ倒されたことがない世界――ファンタズム大陸。 「――わたしが下界に降りて魔王を倒せば良いじゃない!」 適当女神のローラが、うっかり下界にちょっかいを出した結果、ヒューマンの貧乏貴族に転生してしまう。 しかも、『魔王を倒してはいけない』ことを忘れたまま…… 幼少期を領地で過ごし、子供騎士団を作っては、子供らしからぬ能力を発揮して大活躍! 神の知識を駆使するローラと三人の子供騎士たちとの、わんぱくドタバタ浪漫大活劇を描くヒューマンドラマティックファンタジー物語!! 成長して学園に行けば、奇抜な行動に皇族に目を付けられ―― はたまた、自分を崇めている神皇国に背教者として追われ―― などなど、適当すぎるが故の波乱が、あなたを待ち受けています。 ※構成の見直しを行いました。完全書下ろしは「★」、大部分を加筆修正は「▲」の印をつけております。 第一章修正完了('19/08/31) 第二章修正完了('19/09/30)⇒最新話、17話投稿しました。

これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅

聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。

処理中です...