上 下
33 / 53
第一章 冒険者

第一話 出発と苦笑と

しおりを挟む
 ダンジョン「黒龍の迷宮」のゴール地点にあった魔法陣を使った颯太が降り立った場所は、まさに先程まで居たダンジョンの出入口だった。

「よし。無事に到着っと」

 久しぶりに浴びる日の光が眩しくて、颯太は目を細める。

(良い天気だなぁ)

 大きく伸びをして首を前後左右に傾けたり屈伸をしたりと、軽い準備運動をし颯太はスキル【世界地図ワールドマップ】を開いた。

(行く時は馬車の中で、ろくに景色も見えなかったしなぁ。えーっとレイドナルク城は…思ったより近いんな。これなら走って三日ってところか)

 城までの道のりを頭に叩き込み、さあ出発しようかと思ったところで、ふと、腰に携えている二本の刀が目に入った。
 装備してから確認してなかった、と颯太は二本同時に抜き放つ。
 一つは吸い込まれそうな程の黒の刀身で、その刀の力強い意思を示すかのように黒光りする黒刀。
 反対にもう一つは颯太の顔が映る程に白い刀身で、“鮮麗”という言葉を形にしたかのように輝く白刀。

(最初に鑑定した時、“名無し”ってなってたけど…こいつら名前がないのか?)

 そのまま「黒刀」「白刀」と呼び続けても良さそうな気もするが、颯太にはそれが少し納得いかなかった。
 この刀達は、これから先ずっと自分の半身として共に戦ってくれると感じた颯太は、少し考えた。

(この世界に来て最初の刀だ。良い名をつけてやりたいな。刀、は日本の武器だよな?だったら日本名をつけるか。元とはいえ、神様が自ら作った物を貰ったわけだし、適当な名はつけられない……神様が…作った……神様…作った……神を作った……?)

 ここまで思考を巡らせて、颯太はある有名な日本の神の名前が浮かんだ。
 黒刀と白刀に視線を落とし、それぞれに話しかけるように呟いた。

「…黒刀、お前は伊邪那岐イザナギ…そして白刀、お前は伊邪那美イザナミだ」

 二本の刀は、自身の新しい主の手の中で淡く光を放つ。
 まるで名を貰って喜んでいるようだ。
 颯太は二本を鞘に収め、レザーコートについてしまったシワを伸ばして、今度こそ走り出した。


_________

 颯太がダンジョンを脱出し、仲間の元へ帰還すべく出発したのとほぼ同時刻。
 彼の目的地であるレイドナルク城の、王の執務室ではこんな会話がされていた。

「…今後、勇者達異世界人をどうなさるおつもりですか?陛下」

 重々しく口を開いたのは、レイドナルク王国近衛騎士団長のジョンだ。
 そんなジョンに対して、国王バルザドは面倒くさそうに鼻を鳴らし素っ気なく答えた。

「それは、お主に一任しておるじゃろう。それなりに使えるようにしておけとうたではないか」
「しかし…彼らを次の戦争に参加させるのは難しいと、私は思います」

 この答えは意外だったらしく、バルザドは意外そうに目を丸くして訊いた。

「ほう、それは何故?」
「…先日、異世界人の少年の一人がダンジョン内で行方不明となった件は、陛下もご存知ですよね?」
「…ああ…」

 忘れていたのか、一瞬考える素振りをしたバルザドだったが、大広間に突然駆け込んできた無礼な五人の異世界人達と、有能と言われている勇者二人のやり取りを思い出して頷く。
 あの後から、その勇者二人の訓練への入れ込みようは凄まじいと人伝に聞いた。
 最近では再びあのダンジョンへ赴こうと動いているとか。

「例の異世界人五人と勇者ダイキ、アヤノ達の訓練は問題ないのですが、他の者達は……この世界に来て初めて“死”というものを目の当たりにしたらしく、かなりショックを受けているようで…」
「早急に解決しろ。いつ帝国の奴らが仕掛けてきてもおかしくないのだぞ?悠長なことは言ってられん」

 バルザドは早口に捲し立て、椅子から立ち上がってすぐ横の扉から自室に戻って行った。
 残されたジョンは溜息をついた。

「解決しろ、と言われてもな…」

 ジョンは小さな声で吐き出すように呟く。
 彼はすぐに執務室の扉を開け、外に出ようとしたところで、誰かとぶつかってしまった。

「!」
「おっと、これはどうも。騎士団長殿」
「…プライス卿」

 イヴァン・プライス。
 この国の宮廷魔術師長。
 ジョンはこの人物が苦手であった。
 故に、イヴァンの突然の登場に思わず顔を顰めてしまったのは仕方ないことだろう。
 しかしイヴァンはそれについては敢えて触れず、その端正な顔に微笑みをつくり口を開いた。

「そんな他人行儀な呼び方はしなくて結構ですよ。気軽にイヴァンとお呼び下さい」
「…プライス卿はどうしてこちらへ?陛下なら、自室にお戻りになられましたよ」

 空気を和らげようとするイヴァンと、頑なに卿呼びを解かないジョン。
 この会話だけでも、二人の性格の違いが垣間見えるようだ。
 イヴァンは元々冒険者という自由業からの成り上がりで、ジョンは一般の騎士から騎士団長となった叩き上げ。
 一見、現在に至るまでの経路が似ているようにも見えるが、周囲の環境が違いが、二人の考えや意識にズレを生んでいた。
 ジョンは根っからの騎士道精神で、「国や王の為ならばこの命も惜しくない」と豪語出来るが、イヴァンは元とはいえ冒険者、自分の命が一番大事だ。
 例えるなら、規則を一つ一つ大事に守る優等生タイプと、今という時間を全力で謳歌しようとする問題児タイプといったところだろう。

「陛下に、暫く休みの許可を頂こうと思っていたのです。自室の戻られたのなら、明日あす出直すとしましょう」
「休みの許可、ですか?」

 ジョンは首を傾げた。
 基本的に城の者には、時々休日が与えられる。
 イヴァンはそれに従い自分の休日を待っていて、自ら休みを乞うことは今までなかった。
 ジョンの疑問を見抜いたイヴァンは、問われる前に答える。

「今度、勇者二人と異世界人五人が、例のダンジョンに再び潜ると聞いたので、私もそれに同行しようと思いましてね」

 訊こうと思っていたことに先読みされてしまい、ジョンは冷や汗をかく。

(…どうしていつも人の考えが分かるのやら…)

 ジョンはイヴァンのこういう所が苦手なのだ。
 貼り付けたような笑顔、人の心を見透かしたような言動と行動、食えない性格。
 イヴァンは、彼が苦手とするタイプの典型である。
 しかしそれらは、人の上に立つ者として表に出すことは出来ない。

「護衛なら、我ら王国騎士の者が務めますので、プライス卿自ら赴く必要はありません」

 ジョンは、少々食い気味に返してしまったことに内心歯噛みした。
 イヴァンの言動は、「お前達だけでは彼らの護衛として実力不足だ」とも言われているようで、悔しかったのは認める。
 こんな発言では、知られたくない内心を人一倍鋭い、この苦手な相手に曝け出しているようなものだ。
 自分が隠し事の出来ない性格なのは自覚済みで、騎士団長に就任したのだから治そうと努めているのだが、この通りである。

「いえ、護衛ではなく私用ですよ」

 イヴァンは、ジョンの細やかな恨み言をサラリと受け流して否定する。

「私用?」
「今回行方不明となった少年と、少々個人的な縁がありましてね。彼の事が心配で」

 この回答は二重の意味で予想外だった為、ジョンは面を食らってしまった。
 颯太とイヴァンが個人的な知り合いである事も初めて知ったし、イヴァンがまだ知り合って一ヶ月程の筈の少年の為に、わざわざ特別に休みを申請するとは思わなかったのだ。

「そ、うですか…では、お互い頑張りましょう、プライス卿」

 どうにか絞り出した締め括りの言葉は、ひどくありきたりなものだったが、イヴァンはニコリと笑って会釈し踵を返す。
 颯爽とした足取りで廊下を歩くイヴァンの姿を、呆然と眺めてしまうジョン。
 角を曲がる直前、イヴァンはジョンの方を振り返って言った。

「卿は止めて下さい。騎士団長殿」

 ヒラッと手を振り、角の先に姿を消して行く。
 どうやらあの呼び方は、相当むず痒かったらしい。
 ジョンは苦笑して、

「それは無理な話ですよ」

 と呟き、彼が去って行った方へ一礼して場を後にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界国盗り物語 ~野望に燃えるエーリカは第六天魔皇になりて天下に武を布く~

ももちく
ファンタジー
天帝と教皇をトップに据えるテクロ大陸本土には4つの王国とその王国を護る4人の偉大なる魔法使いが存在した 創造主:Y.O.N.Nはこの世界のシステムの再構築を行おうとした その過程において、テクロ大陸本土の西国にて冥皇が生まれる 冥皇の登場により、各国のパワーバランスが大きく崩れ、テクロ大陸は長い戦国時代へと入る テクロ大陸が戦国時代に突入してから190年の月日が流れる 7つの聖痕のひとつである【暴食】を宿す剣王が若き戦士との戦いを経て、新しき世代に聖痕を譲り渡す 若き戦士は剣王の名を引き継ぎ、未だに終わりをしらない戦国乱世真っ只中のテクロ大陸へと殴り込みをかける そこからさらに10年の月日が流れた ホバート王国という島国のさらに辺境にあるオダーニの村から、ひとりの少女が世界に殴り込みをかけにいく 少女は|血濡れの女王《ブラッディ・エーリカ》の団を結成し、自分たちが世の中へ打って出る日を待ち続けていたのだ その少女の名前はエーリカ=スミス とある刀鍛冶の一人娘である エーリカは分不相応と言われても仕方が無いほどのでっかい野望を抱いていた エーリカの野望は『1国の主』となることであった 誰もが笑って暮らせる平和で豊かな国、そんな国を自分の手で興したいと望んでいた エーリカは救国の士となるのか? それとも国すら盗む大盗賊と呼ばれるようになるのか? はたまた大帝国の祖となるのか? エーリカは野望を成し遂げるその日まで、決して歩みを止めようとはしなかった……

神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~

雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。

元魔王おじさん

うどんり
ファンタジー
激務から解放されようやく魔王を引退したコーラル。 人間の住む地にて隠居生活を送ろうとお引越しを敢行した。 本人は静かに生活を送りたいようだが……さてどうなることやら。 戦いあり。ごはんあり。 細かいことは気にせずに、元魔王のおじさんが自由奔放に日常を送ります。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

【完結】国外追放の王女様と辺境開拓。王女様は落ちぶれた国王様から国を買うそうです。異世界転移したらキモデブ!?激ヤセからハーレム生活!

花咲一樹
ファンタジー
【錬聖スキルで美少女達と辺境開拓国造り。地面を掘ったら凄い物が出てきたよ!国外追放された王女様は、落ちぶれた国王様゛から国を買うそうです】 《異世界転移.キモデブ.激ヤセ.モテモテハーレムからの辺境建国物語》  天野川冬馬は、階段から落ちて異世界の若者と魂の交換転移をしてしまった。冬馬が目覚めると、そこは異世界の学院。そしてキモデブの体になっていた。  キモデブことリオン(冬馬)は婚活の神様の天啓で三人の美少女が婚約者になった。  一方、キモデブの婚約者となった王女ルミアーナ。国王である兄から婚約破棄を言い渡されるが、それを断り国外追放となってしまう。  キモデブのリオン、国外追放王女のルミアーナ、義妹のシルフィ、無双少女のクスノハの四人に、神様から降ったクエストは辺境の森の開拓だった。  辺境の森でのんびりとスローライフと思いきや、ルミアーナには大きな野望があった。  辺境の森の小さな家から始まる秘密国家。  国王の悪政により借金まみれで、沈みかけている母国。  リオンとルミアーナは母国を救う事が出来るのか。 ※激しいバトルは有りませんので、ご注意下さい カクヨムにてフォローワー2500人越えの人気作    

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

錬金術師が不遇なのってお前らだけの常識じゃん。

いいたか
ファンタジー
小説家になろうにて130万PVを達成! この世界『アレスディア』には天職と呼ばれる物がある。 戦闘に秀でていて他を寄せ付けない程の力を持つ剣士や戦士などの戦闘系の天職や、鑑定士や聖女など様々な助けを担ってくれる補助系の天職、様々な天職の中にはこの『アストレア王国』をはじめ、いくつもの国では不遇とされ虐げられてきた鍛冶師や錬金術師などと言った生産系天職がある。 これは、そんな『アストレア王国』で不遇な天職を賜ってしまった違う世界『地球』の前世の記憶を蘇らせてしまった一人の少年の物語である。 彼の行く先は天国か?それとも...? 誤字報告は訂正後削除させていただきます。ありがとうございます。 小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで連載中! 現在アルファポリス版は5話まで改稿中です。

俺この戦争が終わったら結婚するんだけど、思ってたより戦争が終わってくれない

筧千里
ファンタジー
 ガーランド帝国最強の戦士ギルフォードは、故郷で待つ幼馴染と結婚するために、軍から除隊することを決めた。  しかし、これまで国の最前線で戦い続け、英雄と称されたギルフォードが除隊するとなれば、他国が一斉に攻め込んでくるかもしれない。一騎当千の武力を持つギルフォードを、田舎で静かに暮らさせるなど認めるわけにはいかない。  そこで、軍の上層部は考えた。ギルフォードに最後の戦争に参加してもらう。そしてその最後の戦争で、他国を全て併呑してしまえ、と。  これは大陸史に残る、ガーランド帝国による大陸の統一を行った『十年戦役』において、歴史に名を刻んだ最強の英雄、ギルフォードの結婚までの苦難を描いた物語である。  俺この戦争が終わったら結婚するんだ。  だから早く戦争終わってくんねぇかな!? ※この小説は『小説家になろう』様でも公開しております。

処理中です...