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プロローグ 勇者召喚

第三十話 才能とダンジョンと⑧

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『落ち着いたかの?』

 龍神はにこやかな笑みを崩さずに颯太に尋ねる。
 颯太は深呼吸を一つ、心を落ち着かせてから龍神に向き直った。

「…はい。すみませんでした…」
『敬語を使う必要はないぞ?堅苦しいのは苦手じゃて』
「はぁ」

 ゼノスと似たような事を言ってくる龍神。
 颯太はその一言で、無意識の内に肩に入っていた力が抜けるのを感じた。
 やはり相手が神様だからだろうか。
 同じ神様でもゼノスとは少し違う気がする。

(貫禄…か?)

 子どもっぽいゼノスと落ち着いた雰囲気のある龍神。
 ゼノスとは【念話】で話したことしかないが、どちらが神様かと問われれば、迷わず龍神の方だと答えてしまうだろう。
 それにしても、だ。

「なんで、龍神様がダンジョンのボスやってんだ?」
『それには…色々あっての…』

 龍神はどこか遠い目をしながら淡々と語りだした。
 簡単に纏めると、神の仕事に飽きてきて地上に遊びに来たら、何者かに力を封じられここに幽閉された。
 その者は、力を失った龍神に対して精神操作系の魔法を延々とかけた。
 必死で抵抗したが、遂に力尽きて完全に意識を乗っ取られていた、との事らしい。

『お主が我を倒してくれたおかげで、漸く洗脳から解放されたのだよ。感謝しておるぞ』

 豪快に笑っているが、要は龍神本人の不注意と軽率な行動が招いた事態なので、別に自分が気にする必要はなさそうだ。
 ふと颯太は、ここで龍神に加護を貰っていた事を思い出した。

「そういえばあんた、俺に加護を与えてくれてたよな?ありがとう」
『加護?ああ、それは我ではない』
「えっ?」
『我はもう何百年もここに閉じ込められておったのだ。神力を失った状態の神が、長く神域を離れると神としての力は失われる。今は我とは別の者が龍神となっておるのだな』

 良かった良かった、と自己完結して頷く元龍神。
 颯太は呆気にとられてしまっていた。
 神ではなくなっているというのは大問題なのではないか、と。
 これはこんなにあっさりと納得してしまえるものなのか、理解が追いつかない。
 だが当の元龍神にそんな颯太の心情など分かる筈もなく、本人は豪快に笑い飛ばしている。

『まあ折角だから、我からもお主の役に立つものを与えようかの』
「え」

 思考が追いつかず固まっていた颯太は、そんな元龍神の申し出に間抜けな声で返してしまった。

『要らんのか?』

 元龍神は不思議そうな表情で颯太の顔を覗き込む。
 その端正な顔立ちがいきなり目の前に来た事に驚き、颯太は思わず口籠る。

「あ、いや、先に現龍神様からの加護を貰っているのに良いのかなって…」
『人間とはもっと欲深い種族と聞いていたが…お主は無欲なのか?』

 元龍神が呆れたような声音でそう尋ねると、颯太はキョトンとした顔で返した。

「そうか?これでもかなりがめつい方だと思うけど…」
『…お主で欲深いと言うのならば、世界はもっと私利私欲にまみれておるわ』

 今度は元龍神が頭を抱えて、何故か笑いだした。

『だが我を解放してくれたお主を手ぶらで帰すのは我の気が晴れんからの。…そうだ、ついて参れ』
「?」

 そう言うと元龍神はスゥっと歩き(?)出し、出口らしき扉へ向かう。
 颯太は疑問に思いながらも、素直にそれに従った。
 扉の先には、大量の金、銀、銅の硬貨のほかに、強そうな武器や防具、見たことのない道具や薬などがゴロゴロ転がっていた。

(倉庫みたいだな)

 颯太が収納(?)されている物の量に感心していると、元龍神は少し目を丸くしたが何も言わず、更に奥の扉へ彼を案内した。

『こっちだ。入って良いぞ』
「…ああ」

 颯太としてはもう少しだけ、元の世界ではなかなか見る機会のない武器や防具などを眺めていたかったが、素直に従い奥の扉の中へ進んだ。
 そこにあったのは、ボロボロで黒ずみ、錆びた鉄などが所々に落ちている場所だった。
 中には火炉や金床のような物や、錆びたハンマーなどがある。

「火事場?」
『鍛冶場』
「あ、はい」

 速攻でツッコまれた。
 ジト目で返してきたので、元龍神は相当この場所が気に入っているのだろう。
 颯太はもう一度辺りを見渡した。
 一見、全体的に錆や黒ずみなどでボロボロなだけのように見えるが、よく見ると火炉も金床も、ハンマーなどの道具も錆びていなければ今すぐにでも使えるだろうと思える程、手入れが行き届いているものばかりだった。
 元龍神は颯太にここで待つように言って、どこかに消えた。


 数分後、元龍神は何やらホクホクした顔で戻って来た。

『待たせたの。思ったよりも探すのに手間取ってしまった』
「いや別に……?それは、何だ?」

 元龍神の周りには、いくつかの不思議な輝きを放つ球体がフヨフヨと浮かんでいる。
 
『我が生前作り上げた中で、最高級の武器と防具、その素材だ。我はもう使えんからの。これをお主に授けよう。大事に使ってくれ』

 そう言って元龍神が人差し指を颯太に向けると、浮かんでいた球体が颯太の身体に吸い込まれるようにして消えた。

《【アイテムボックス】にアイテムが収納されました》

 脳内にアナウンスのような無機質な声が流れ、元龍神の今の動作で、自分の無属性魔法【アイテムボックス】の中に自動的に収納されたのだ。
 しかし颯太は、初対面の筈の自分に、元龍神が何故ここまで善くしてくれるのか分からなかった。

「…良いのか?」
「良い良い。それに先程も言ったが、我はこの通り実体がないから使えんのでの。そんな我の所で眠るより、お主に使ってもらえた方がこやつらも幸せなはずだ」
「いや、そうじゃなくて…」
「?」

 屈託ない笑顔で返してきたが、聞きたいのはそういう事じゃない。
 颯太は少し聞きづらそうに恐る恐る切り出す。

「俺とあんたは今日出会ったばかりの、言わば初対面の他人だろ?なんでここまで…」
「お主は我をこの監獄から救ってくれた。そのお礼と、お主のこの先の旅路を祈っての事」

 元龍神はそう言って颯太の頭に手を置いた。
 重さを感じない、本当に実体がないのだと思い知らされるその行動に、颯太はどこか虚しさを感じた。

「【アイテムボックス】」

 それを誤魔化すように、すかさず【アイテムボックスから元龍神に渡されたばかりの武器と防具を取り出して、ダンジョンでの戦闘でボロボロになった自分の現在の装備と交換した。
 元龍神がくれたのは、

********************************

【装備】
・黒刀(名無し)×1本
・白刀(名無し)×1本
・黒龍のレザーコート×1着
・黒龍のレザーパンツ×1着
・黒龍のレザーブーツ×1足

【素材】
・龍(火、水、木、風、土、雷、氷、毒、光、闇、黒)の素材


********************************

 何か色々貰っていたので、元龍神にお礼を言おうと顔を上げた颯太は彼の姿を見て言葉を失った。
 元龍神の身体が透けている。
 元龍神自身もそれに気付き、思わずといった感じで苦笑する。

『そろそろ時間のようだ。お主に会えて良かった』
「いくのか?」
『ああ。最後に、お主の名前、訊いても良いか?』
「……颯太。立花、颯太」
『ソウタか。良き名だ。我が名は龍神オルンフェルク。また縁があれば、どこかで相見あいまみえようぞ』

 柔らかく笑った元龍神オルンフェルクは、次の瞬間、光の粒子となって消えた。

「…ありがとう。オルンフェルク」

 誰の耳にも届かないであろう程小さく呟いた颯太の瞳から、一粒の雫が彼の頬を伝って流れた。

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