上 下
26 / 53
プロローグ 勇者召喚

第二十六話 才能とダンジョンと④

しおりを挟む
 颯太は、無属性の初級魔法【転送】で自分以外のパーティーメンバーをダンジョンの外に逃した後、今まで自重していた力を発揮して、戦闘と言う名の蹂躙劇を繰り広げていた。

「【フレイムアロー】」
『ゲャアアアア!』
「ギシャア!」
「…っ!」

 ザシャッ!

『ギャア!』

 最初百体以上居た筈の魔物達は、目の前に居る貧弱な人間獲物を喰らうつもりが、逆にその人間に糧とされている。
 魔物達の中には、知能が発達していて颯太には敵わないと察して逃げ出そうとした者も居たが、彼はそれらさえも許さず追いかけて確実に仕留めていった。

(…こちらの体力が削られているな…やっぱり一気に仕留めた方が良いか…?)

 この戦闘で、颯太はかなり自身のレベルを上げる事が出来た。
 そのおかげでスキルも魔力量も増え、攻撃力や魔法の威力が格段に上がっただけでなく、大半の魔物相手の力加減も覚えられた。
 しかし一々魔物に合わせて戦っていると数の力に押されてしまう。
 颯太は、今回の戦闘で吸収出来るものはもうないなと思い、空いている左手に魔力を集め範囲を周りに広げていく。

「【暴風テンペスト】」

 途端に颯太の半径およそ一メートル辺りから先が、台風のような大きな風に囲まれた。
 残っていた魔物達は全てその風に捉えられ、吹き飛ばされ、絶命していく。

(かなり楽だけど、これは風の範囲の設定がムズいんだよなぁ…)

 颯太は、魔物達が自身の生み出した風によって翻弄されていく様をボーッと眺めながら初めてこの風の上級魔法【暴風テンペスト】を使った時のことを思い浮かべた。
 あの時はほんの二、三秒でも止めるのが遅れていたら、訓練で訪れた森の木々が全て吹き飛んでしまっていたであろう威力だった為、それを見ていたイヴァンに、行使する場所や練り込む魔力量に十分注意するよう口を酸っぱくして言われたものだ。
 思わず遠い目をする颯太。
 その間に、彼以外の生命反応は全て消え去っていた。



数日後…

 大量の魔物の襲撃を乗り切った颯太は、その後もクラスメイト達の所に戻らず、一人でダンジョン攻略を進めていた。
 今頃は彼だけがいない事で大騒ぎになっているだろう。
 何があったのか、どこに居たのかと、政人達や騎士からの質問攻めにあうのは目に見えている。
 一ヶ月でイヴァンから教わった魔法をほぼ完璧に習得していた颯太は、このまま戻らずに行方を晦ましてしまった方が良いと思い、今に至る。
 あの後も度々魔物には遭遇したが、颯太の相手になるものは一体もいなかった。
 それでも奥に進むに連れて魔物も強くなっている。
 体力と魔力の消費量が増えてきているのも事実だ。

(いつまでも余裕を保てる訳ではないか)

 そう悟った颯太は、【気配感知】を発動して周りに魔物が居ない事を確認してから、その場に腰を下ろした。
 さっきまで戦い詰めだったせいか、疲れが溜まっていたようで欠伸が出た。

「ふぁ……今日はもう寝るか……っ、と…」

 颯太はその場に寝転がると、無属性初級魔法【結界】に、【気配感知】とダンジョンで新たに取得した【危機察知】のスキルを付与したものを周りに張って、もう一度大きな欠伸をして静かに目を閉じた。
 ダンジョン内は薄暗く、日の傾きも外の天気も見られないので時刻は分からない。
 そのため颯太は、彼が居なくなって大騒ぎしている外のクラスメイト達が何をしているのか想像出来なかった。

颯太の現在位置
 ダンジョン「???」第五十三階層


______________

 颯太がダンジョン内で呑気に眠りこけるより少し前。
 異世界人の少年が行方不明という緊急事態で、急遽予定を早めた颯太のクラスメイト達は騎士達と共にレイドナルク城に引き上げていた。
 今は勇者以外の全員が食堂に集められ、国の決定を待っている。
 その間、動揺と緊張の入り混じった重苦しい空気に包まれ、誰も口を開こうとはしなかった。

『……』
「……っ、なあ」

 不意に響いた声に全員驚いて顔を上げ、声の主である政人を見る。
 政人はまだ下を向いたまま、ポツリと零すように言った。

「…あの、江川や一宮さんは?…」

 それはクラスメイトに聞いたのではない。
 食堂の出入口付近に立っている兵士に向けられた問いだ。
 兵士は問いかけられているのが自分だと気付いたようですぐに返事をした。

「エガワやイチミヤサンというのは、ダイキ様とアヤノ様のことか?あの方達はここには来ないぞ」
「どうして…?」

 普通なら届かないであろう距離で本当に小さな声で呟かれた言葉だったが、静まり返っていた食堂内でよく響いた。
 兵士は不思議そうな表情で、さも当然と言った感じで答えた。

「何でこんなで勇者様方の時間を割かなければならないんだ?少しの間学び舎が同じだっただけの者なのだろう?伝える必要はないと団長がご判断されて、今回の件は知らされていないぞ」
「!」

 周りの大半のクラスメイト達も、この言葉を聞いて納得している様子だった。
 政人は絶句した。
 皆、彼らの事を知らない。
 皆、彼ら三人がどれだけお互いの事を知りつくし、どれだけ大輝と綾乃の二人が颯太の事を信頼しているのか全く知らないのだ。
 驚いたのは政人だけではない。
 三人の素のやり取りを見た猛、朱莉、伊澄、希美も驚愕の色を浮かべている。

「…今二人はどこに…」
「?大広間で国王陛下に謁見しているが?」
「っ!」
『!』
「あっ、おい!どこへ行く!」

 気が付いた時には、政人は兵士を押し退けて大広間へ向かって駆け出していた。
 猛達四人もそれに続く。
 慌てた兵士が五人を呼び止めるが、彼らの耳には兵士の声は届かない。

「おい!待つんだ!」

 どうやっても彼らは戻ってこないだろうと悟った兵士は、出入口の近くにあった通信用の魔道具を使って、異世界人五名が大広間に向かった事を知らせ、食堂に残っているクラスメイトへの監視を更に厳しくするのだった。




 今、良輔、大輝、綾乃の勇者三人は、レイドナルク城の大広間で国王バルザドに謁見し、今回の訓練の報告をしていた。

「……以上で報告を終わります」
「うむ、ご苦労。さて勇者達よ、今回の訓練、多くの経験を積む事が出来たようじゃな」
「はい!そりゃあ勿論!」
「口を慎みなさい!陛下の御前ですよ!」

 興奮している良輔を、大臣の一人が叱責する。
 良輔はしまった、と言った様子で口元を手で覆い慌てて頭を下げる。

「し、失礼しました…」
い。気にするな。それより、アヤノ、ダイキはどうじゃった?」

 王は良輔と大臣を手で制しながら、綾乃と大輝の方へ視線を移す。
 彼は、お喋りで聞いてもいない事をペラペラと話す良輔よりも、聞かれた事以外はあまり話そうとしない上に、感情を剥き出しにする事がない落ち着いた雰囲気の二人の方に興味を持っているようだ。
 そんな王や大臣達が見守る中、大輝はゆっくりと口を開いた。

「良い経験になりました」
「…右に同じく」

 ひどく簡潔な答え。
 それに綾乃も同意するだけだった。
 大臣は訝しげな、複雑な表情をしていたが、王は満足そうに「そうか」と言った。

「ではこれからも…「江川!一宮さん!」

 王がこの場を締める言葉を紡ごうとした瞬間、被せるような大声で勇者の二人を呼ぶ声がした。
 弾かれたように振り向く二人。
 何事かと周りの兵士や大臣達も声のした方へ振り向く。
 この大広間に続く長い廊下から姿を現したのは、勇者と同じ異世界の少年少女が五人。
 全員が全力疾走で真っ直ぐ二人の方へ向かってくる。

「大変なんだ!」
「井口君…と杉田君…平さん達まで…」
「ど、どうしたんだ?」

 二人は彼らの登場にかなり面を食らったようで、言葉に詰まっている。
 五人は息を切らしながら二人の元に膝をつき必死に事を伝えようとしている。

「はぁ…はぁ…ダン、ジョン…で…」
「「?」」
「颯太が…行方不明になった…!」

 二人の表情が固まる。
 何を言われたのか分からないと言った感じだ。
 大輝は震える声を抑えて政人に訊ねた。

「颯太が…?行方不明…?どこで…?」
「ダンジョンや!」

 さっきほどの言葉を伝えるのが精一杯だった政人に代わり、今度は朱莉が答える。

 カシャン

 何かが落ちる音がして、大輝を含めた六人が一斉にそちらを見る。
 綾乃が座り込んでいる。

「…颯太が…?…嘘…嘘よ…」
「綾乃?」

 フラフラと立ち上がって大広間を出て行こうとする綾乃の腕を、朱莉が慌てて掴んで引き止める。

「ちょっ!どこ行くんや!」
「探しに行かなきゃ…早く…早く…」
「だ、駄目です!一人で行っては危険です!」

 希美も精一杯引き止めるが、綾乃はそれでも行こうとする。

「行かせて…お願いだから…行かせて…!」

 とうとう綾乃は膝から崩れ落ちて、愛しい人の名を呼び泣き叫んだ。

「そうたぁぁぁああああああああああ‼」

 美しき乙女の悲痛な叫びは、遠く地下深くの最愛の人には届かない。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界国盗り物語 ~野望に燃えるエーリカは第六天魔皇になりて天下に武を布く~

ももちく
ファンタジー
天帝と教皇をトップに据えるテクロ大陸本土には4つの王国とその王国を護る4人の偉大なる魔法使いが存在した 創造主:Y.O.N.Nはこの世界のシステムの再構築を行おうとした その過程において、テクロ大陸本土の西国にて冥皇が生まれる 冥皇の登場により、各国のパワーバランスが大きく崩れ、テクロ大陸は長い戦国時代へと入る テクロ大陸が戦国時代に突入してから190年の月日が流れる 7つの聖痕のひとつである【暴食】を宿す剣王が若き戦士との戦いを経て、新しき世代に聖痕を譲り渡す 若き戦士は剣王の名を引き継ぎ、未だに終わりをしらない戦国乱世真っ只中のテクロ大陸へと殴り込みをかける そこからさらに10年の月日が流れた ホバート王国という島国のさらに辺境にあるオダーニの村から、ひとりの少女が世界に殴り込みをかけにいく 少女は|血濡れの女王《ブラッディ・エーリカ》の団を結成し、自分たちが世の中へ打って出る日を待ち続けていたのだ その少女の名前はエーリカ=スミス とある刀鍛冶の一人娘である エーリカは分不相応と言われても仕方が無いほどのでっかい野望を抱いていた エーリカの野望は『1国の主』となることであった 誰もが笑って暮らせる平和で豊かな国、そんな国を自分の手で興したいと望んでいた エーリカは救国の士となるのか? それとも国すら盗む大盗賊と呼ばれるようになるのか? はたまた大帝国の祖となるのか? エーリカは野望を成し遂げるその日まで、決して歩みを止めようとはしなかった……

少年は魔王の第三子です。 ~少年は兄弟の為に頑張ります~

零月
ファンタジー
白龍という少年が魔王の息子として異世界へと転生して人間の学園へ通います。その後魔王となる兄に頼まれて勇者と共に戦ったりする話です。ハーレムはありません。小説家になろう様で投稿していたものを書き直して投稿していきます。おかしい所など指摘して貰えると幸いです。不定期更新ですが宜しくお願いします。

元魔王おじさん

うどんり
ファンタジー
激務から解放されようやく魔王を引退したコーラル。 人間の住む地にて隠居生活を送ろうとお引越しを敢行した。 本人は静かに生活を送りたいようだが……さてどうなることやら。 戦いあり。ごはんあり。 細かいことは気にせずに、元魔王のおじさんが自由奔放に日常を送ります。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~

雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。

俺この戦争が終わったら結婚するんだけど、思ってたより戦争が終わってくれない

筧千里
ファンタジー
 ガーランド帝国最強の戦士ギルフォードは、故郷で待つ幼馴染と結婚するために、軍から除隊することを決めた。  しかし、これまで国の最前線で戦い続け、英雄と称されたギルフォードが除隊するとなれば、他国が一斉に攻め込んでくるかもしれない。一騎当千の武力を持つギルフォードを、田舎で静かに暮らさせるなど認めるわけにはいかない。  そこで、軍の上層部は考えた。ギルフォードに最後の戦争に参加してもらう。そしてその最後の戦争で、他国を全て併呑してしまえ、と。  これは大陸史に残る、ガーランド帝国による大陸の統一を行った『十年戦役』において、歴史に名を刻んだ最強の英雄、ギルフォードの結婚までの苦難を描いた物語である。  俺この戦争が終わったら結婚するんだ。  だから早く戦争終わってくんねぇかな!? ※この小説は『小説家になろう』様でも公開しております。

異世界転移したロボ娘が、バッテリーが尽きるまでの一ヶ月で世界を救っちゃう物語

京衛武百十
ファンタジー
<メイトギア>と呼ばれる人型ホームヘルパーロボット<タリアP55SI>は、旧式化したことでオーナーが最新の後継機に買い換えたため、データのすべてを新しい機体に引継ぎ、役目を終え、再資源化を迎えるだけになっていた。 なのに、彼女が次に起動した時にいたのは、まったく記憶にない中世ヨーロッパを思わせる世界だった。 要人警護にも使われるタリアP55SIは、その世界において、ありとあらゆるものを凌駕するスーパーパワーの持ち主。<魔法>と呼ばれる超常の力さえ、それが発動する前に動けて、生物には非常に強力な影響を与えるスタンすらロボットであるがゆえに効果がなく、彼女の前にはただ面倒臭いだけの大道芸に過ぎなかった。 <ロボット>というものを知らないその世界の人々は彼女を<救世主>を崇め、自分達を脅かす<魔物の王>の討伐を願うのであった。

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

処理中です...