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プロローグ 勇者召喚

第二十六話 才能とダンジョンと④

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 颯太は、無属性の初級魔法【転送】で自分以外のパーティーメンバーをダンジョンの外に逃した後、今まで自重していた力を発揮して、戦闘と言う名の蹂躙劇を繰り広げていた。

「【フレイムアロー】」
『ゲャアアアア!』
「ギシャア!」
「…っ!」

 ザシャッ!

『ギャア!』

 最初百体以上居た筈の魔物達は、目の前に居る貧弱な人間獲物を喰らうつもりが、逆にその人間に糧とされている。
 魔物達の中には、知能が発達していて颯太には敵わないと察して逃げ出そうとした者も居たが、彼はそれらさえも許さず追いかけて確実に仕留めていった。

(…こちらの体力が削られているな…やっぱり一気に仕留めた方が良いか…?)

 この戦闘で、颯太はかなり自身のレベルを上げる事が出来た。
 そのおかげでスキルも魔力量も増え、攻撃力や魔法の威力が格段に上がっただけでなく、大半の魔物相手の力加減も覚えられた。
 しかし一々魔物に合わせて戦っていると数の力に押されてしまう。
 颯太は、今回の戦闘で吸収出来るものはもうないなと思い、空いている左手に魔力を集め範囲を周りに広げていく。

「【暴風テンペスト】」

 途端に颯太の半径およそ一メートル辺りから先が、台風のような大きな風に囲まれた。
 残っていた魔物達は全てその風に捉えられ、吹き飛ばされ、絶命していく。

(かなり楽だけど、これは風の範囲の設定がムズいんだよなぁ…)

 颯太は、魔物達が自身の生み出した風によって翻弄されていく様をボーッと眺めながら初めてこの風の上級魔法【暴風テンペスト】を使った時のことを思い浮かべた。
 あの時はほんの二、三秒でも止めるのが遅れていたら、訓練で訪れた森の木々が全て吹き飛んでしまっていたであろう威力だった為、それを見ていたイヴァンに、行使する場所や練り込む魔力量に十分注意するよう口を酸っぱくして言われたものだ。
 思わず遠い目をする颯太。
 その間に、彼以外の生命反応は全て消え去っていた。



数日後…

 大量の魔物の襲撃を乗り切った颯太は、その後もクラスメイト達の所に戻らず、一人でダンジョン攻略を進めていた。
 今頃は彼だけがいない事で大騒ぎになっているだろう。
 何があったのか、どこに居たのかと、政人達や騎士からの質問攻めにあうのは目に見えている。
 一ヶ月でイヴァンから教わった魔法をほぼ完璧に習得していた颯太は、このまま戻らずに行方を晦ましてしまった方が良いと思い、今に至る。
 あの後も度々魔物には遭遇したが、颯太の相手になるものは一体もいなかった。
 それでも奥に進むに連れて魔物も強くなっている。
 体力と魔力の消費量が増えてきているのも事実だ。

(いつまでも余裕を保てる訳ではないか)

 そう悟った颯太は、【気配感知】を発動して周りに魔物が居ない事を確認してから、その場に腰を下ろした。
 さっきまで戦い詰めだったせいか、疲れが溜まっていたようで欠伸が出た。

「ふぁ……今日はもう寝るか……っ、と…」

 颯太はその場に寝転がると、無属性初級魔法【結界】に、【気配感知】とダンジョンで新たに取得した【危機察知】のスキルを付与したものを周りに張って、もう一度大きな欠伸をして静かに目を閉じた。
 ダンジョン内は薄暗く、日の傾きも外の天気も見られないので時刻は分からない。
 そのため颯太は、彼が居なくなって大騒ぎしている外のクラスメイト達が何をしているのか想像出来なかった。

颯太の現在位置
 ダンジョン「???」第五十三階層


______________

 颯太がダンジョン内で呑気に眠りこけるより少し前。
 異世界人の少年が行方不明という緊急事態で、急遽予定を早めた颯太のクラスメイト達は騎士達と共にレイドナルク城に引き上げていた。
 今は勇者以外の全員が食堂に集められ、国の決定を待っている。
 その間、動揺と緊張の入り混じった重苦しい空気に包まれ、誰も口を開こうとはしなかった。

『……』
「……っ、なあ」

 不意に響いた声に全員驚いて顔を上げ、声の主である政人を見る。
 政人はまだ下を向いたまま、ポツリと零すように言った。

「…あの、江川や一宮さんは?…」

 それはクラスメイトに聞いたのではない。
 食堂の出入口付近に立っている兵士に向けられた問いだ。
 兵士は問いかけられているのが自分だと気付いたようですぐに返事をした。

「エガワやイチミヤサンというのは、ダイキ様とアヤノ様のことか?あの方達はここには来ないぞ」
「どうして…?」

 普通なら届かないであろう距離で本当に小さな声で呟かれた言葉だったが、静まり返っていた食堂内でよく響いた。
 兵士は不思議そうな表情で、さも当然と言った感じで答えた。

「何でこんなで勇者様方の時間を割かなければならないんだ?少しの間学び舎が同じだっただけの者なのだろう?伝える必要はないと団長がご判断されて、今回の件は知らされていないぞ」
「!」

 周りの大半のクラスメイト達も、この言葉を聞いて納得している様子だった。
 政人は絶句した。
 皆、彼らの事を知らない。
 皆、彼ら三人がどれだけお互いの事を知りつくし、どれだけ大輝と綾乃の二人が颯太の事を信頼しているのか全く知らないのだ。
 驚いたのは政人だけではない。
 三人の素のやり取りを見た猛、朱莉、伊澄、希美も驚愕の色を浮かべている。

「…今二人はどこに…」
「?大広間で国王陛下に謁見しているが?」
「っ!」
『!』
「あっ、おい!どこへ行く!」

 気が付いた時には、政人は兵士を押し退けて大広間へ向かって駆け出していた。
 猛達四人もそれに続く。
 慌てた兵士が五人を呼び止めるが、彼らの耳には兵士の声は届かない。

「おい!待つんだ!」

 どうやっても彼らは戻ってこないだろうと悟った兵士は、出入口の近くにあった通信用の魔道具を使って、異世界人五名が大広間に向かった事を知らせ、食堂に残っているクラスメイトへの監視を更に厳しくするのだった。




 今、良輔、大輝、綾乃の勇者三人は、レイドナルク城の大広間で国王バルザドに謁見し、今回の訓練の報告をしていた。

「……以上で報告を終わります」
「うむ、ご苦労。さて勇者達よ、今回の訓練、多くの経験を積む事が出来たようじゃな」
「はい!そりゃあ勿論!」
「口を慎みなさい!陛下の御前ですよ!」

 興奮している良輔を、大臣の一人が叱責する。
 良輔はしまった、と言った様子で口元を手で覆い慌てて頭を下げる。

「し、失礼しました…」
い。気にするな。それより、アヤノ、ダイキはどうじゃった?」

 王は良輔と大臣を手で制しながら、綾乃と大輝の方へ視線を移す。
 彼は、お喋りで聞いてもいない事をペラペラと話す良輔よりも、聞かれた事以外はあまり話そうとしない上に、感情を剥き出しにする事がない落ち着いた雰囲気の二人の方に興味を持っているようだ。
 そんな王や大臣達が見守る中、大輝はゆっくりと口を開いた。

「良い経験になりました」
「…右に同じく」

 ひどく簡潔な答え。
 それに綾乃も同意するだけだった。
 大臣は訝しげな、複雑な表情をしていたが、王は満足そうに「そうか」と言った。

「ではこれからも…「江川!一宮さん!」

 王がこの場を締める言葉を紡ごうとした瞬間、被せるような大声で勇者の二人を呼ぶ声がした。
 弾かれたように振り向く二人。
 何事かと周りの兵士や大臣達も声のした方へ振り向く。
 この大広間に続く長い廊下から姿を現したのは、勇者と同じ異世界の少年少女が五人。
 全員が全力疾走で真っ直ぐ二人の方へ向かってくる。

「大変なんだ!」
「井口君…と杉田君…平さん達まで…」
「ど、どうしたんだ?」

 二人は彼らの登場にかなり面を食らったようで、言葉に詰まっている。
 五人は息を切らしながら二人の元に膝をつき必死に事を伝えようとしている。

「はぁ…はぁ…ダン、ジョン…で…」
「「?」」
「颯太が…行方不明になった…!」

 二人の表情が固まる。
 何を言われたのか分からないと言った感じだ。
 大輝は震える声を抑えて政人に訊ねた。

「颯太が…?行方不明…?どこで…?」
「ダンジョンや!」

 さっきほどの言葉を伝えるのが精一杯だった政人に代わり、今度は朱莉が答える。

 カシャン

 何かが落ちる音がして、大輝を含めた六人が一斉にそちらを見る。
 綾乃が座り込んでいる。

「…颯太が…?…嘘…嘘よ…」
「綾乃?」

 フラフラと立ち上がって大広間を出て行こうとする綾乃の腕を、朱莉が慌てて掴んで引き止める。

「ちょっ!どこ行くんや!」
「探しに行かなきゃ…早く…早く…」
「だ、駄目です!一人で行っては危険です!」

 希美も精一杯引き止めるが、綾乃はそれでも行こうとする。

「行かせて…お願いだから…行かせて…!」

 とうとう綾乃は膝から崩れ落ちて、愛しい人の名を呼び泣き叫んだ。

「そうたぁぁぁああああああああああ‼」

 美しき乙女の悲痛な叫びは、遠く地下深くの最愛の人には届かない。


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