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閑話

閑話 私のお兄ちゃん 前編

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 私、立花たちばな佳代かよ
 小学校六年生で十二歳。
 私の家は古い剣道場をしていて、今の所門下生は私と四歳年上の私のお兄ちゃんだけ。
 私のお兄ちゃんの名前は颯太そうた
 カッコいい名前に負けない、とってもカッコいいお兄ちゃんなの!
 え?名字?血の繋がった実の兄妹なんだから一緒に決まってるでしょ?
 今回はそんな私とお兄ちゃんのとある日の出来事の話。


「佳代起きろ。朝だぞ」

 ポカポカな春の日差しが部屋いっぱいに差し込んでる。
 こんな日は一日中布団の中でゴロゴロしていたい衝動に駆られるけど、お兄ちゃんが私を呼んでるからゆっくり身体を起こす。

「ふぁ~…おはよう、お兄ちゃん」
「おはよ。下で待ってるからな」
「うん。ありがとう」

 私は小さく欠伸をしながら、目の前に居る私のお兄ちゃん、颯太に挨拶をした。
 まだお父さんもお母さんも起きていない、かなり早い時間だけど、私達兄妹は朝稽古の為に起き出して、家の敷地内にある道場に向かうのだ。
 今日は日曜日で学校はお休みだけど、稽古は毎日のようにある。
 私は剣道と合気道だけだけど、お兄ちゃんはお祖父ちゃんが習得してる武道、武術を全て教わっている。
 元々ちょっと女の子寄りの整った顔立ちのお兄ちゃんは、修行に没頭している時が一番カッコ良く見える。
 私は、そんなお兄ちゃんの事を誇りに思ってる。

 お兄ちゃんが私の部屋から出て行ったのを見て、私は洗面所に駆け込んで冷たい水で顔を洗った。
 寝癖でボサボサの腰まである長い髪は、軽く梳いてポニーテールに纏めた。
 部屋に戻って剣道着を身に着け、ベッドの側に立てかけてあった竹刀袋を肩にかけた。

「よし!」

 階下へ続く階段を駆け下りると、玄関で腕を組んで佇んでいるお兄ちゃんの姿が見えた。
 お兄ちゃんは私が降りて来たのを見て微かに微笑みかけてくれ、家の扉を開けて私が靴を履き終わるまで待ってくれた。

「行くぞ佳代」
「うん!いってきまーす!」
「いってきます」

 こうして、私のいつもの一日が始まる。



 月曜日、朝六時半。
 私達の家は学校から少し遠めにあるから、もう出ないといけない時間。
 お兄ちゃんは三十分前にはもう出てる。
 私は、今日の朝稽古の最後の手合わせの時に来て、準備が終わるまで待っていてくれた友達の加藤かとう優愛ゆあとお喋りしながら学校に向かっていた。

「あ~おでこ痛い、肩痛い、腕痛い…ていうか身体中がもれなく痛い!」
「大丈夫?佳代」

 稽古の影響で身体中が痛くて呻いている私を心配してくれる優愛。
 この子は本当に優しくて私も大好き。
 家が近くて小さい頃からよく遊んでいる。
 道場は違うけど、優愛も合気道をやっていて時々私と手合わせしたり、私達兄妹の稽古を見学していったりする。

「う~…ギリ大丈夫。手加減されてるの分かってるし」
「……毎回見てて思うけど、ほんと凄いよね、佳代のお兄さん」
「だって私のお兄ちゃんだもん!」

 一度お兄ちゃんの本気の面への打ち込みを受けた私が、脳震盪を起こしてしまったことがあるので、それ以来お兄ちゃんは人との力量差をしっかり見極めてから力加減を決めている。

『武術とは、己の身を守る手段であると同時に、他人の命を奪うすべでもある。このことを忘れてはならん』

 お祖父ちゃんがいつも私達に言って聞かせる言葉。
 その言葉の意味が痛い程よく分かった出来事だった。
 私はあの時、下手をすれば死んでいた。
 大好きなお兄ちゃんに殺されていたかもしれない。
 いや、大好きなお兄ちゃんを「妹の死の原因である」という過去で苦しめることになったかもしれないのだ。
 だから私は、強くなりたいと願った。
 そんな心配がなくなるように、お兄ちゃんの為に強くなりたいと心から思った。

「…ほんと、佳代ってブラコンだよね…」
「?何か言った?」
「ううん、なんでもない。それより急がないと遅刻するよ」
「あ、うん!」

 話を切り上げて私達は学校へ向かって走り出した。
 結果はギリギリセーフだったことをここに追記しておく。


 昼休み。
 いつものように騒がしい教室。
 給食も終わって、男子も女子もそれぞれ思い思いの事をして過ごす時間。
 流石に小学六年生にもなると、男子も女子も一緒になって遊ぶ、なんてことはほとんどない。
 男子は男子と、女子は女子と一緒に行動する。
 この日私は優愛と、同じクラスの友達の田辺たなべはるか佐藤さとう真理まりと一緒に私の席で喋っていた。
 そんな時、男子達が大声で「クラス気になる女子は居るか」という話をしていた。
 あんまりうるさくて、その会話の内容がほとんど丸聞こえだった。

「おいマジかよお前!」
「い、良いだろ別に!」
「予想外過ぎて逆に笑えねぇ!」
「なあ皆聞いてくれよー!」

 その中の一人、浅野あさの拓哉たくやが暴露したらしく、真っ赤な顔で言いふらそうとする他の三人を止めようと藻掻いてるけど、見事に抑えつけられていた。
 でも他の三人、高倉たかくら龍太郎りゅうたろう石川いしかわ淳平じゅんぺい矢野やの寛太かんたは学校中でも有名な問題児達で、お巫山戯が過ぎていつも先生に怒られている。
 このお調子者の三人が、やめろと言われてやめる奴じゃない事は十分理解してる。
 大体皆スルーするけど、今回は内容が内容なだけに皆も興味津々で続きを待っている。

「おい!やめろよ!」
「拓哉君はー!立花佳代が好きなんだってー!」
『きゃー!』『マジかー!』『嘘でしょー!』

 などの声が上がるが、固まってしまった私の耳には届かない。
 一瞬で注目の的にされた私は、見えなくても自分の顔が真っ赤になるのが分かった。
 拓哉も私が居た事に気付いて更に顔を真っ赤にして固まっている。
 拓哉とは、席が隣になったり低学年の頃よく一緒に外でドッジボールをしたりとそれなりに仲は良かった。
 だけどまさか、私の事を女の子として見てくれていたなんて…
 無言で固まってしまった私達を見て何を思ったか、近づいてきた龍太郎が私の腕を引っ張って拓哉の方へ私を連れて行った。

「ほら、ラブラブカップルの誕生だー!」

 なんて言って私の身体を拓哉の方へ投げ出す。
 呆然としていた私は構えることも踏ん張ることも出来なくて、力の働くまま拓哉の胸に飛び込む形になった。
 それが逆効果になって更に皆が騒ぎ立てる。
 拓哉を見上げると今は真っ赤な、それなりに整った顔は悔しそうに歪んでいて微かに「ごめん」と言っていた。
 無理矢理龍太郎達に吐かされた事もこんな騒ぎにするつもりがあったわけでもない事は分かりきってた。
 拓哉はそんな奴じゃない。
 だから余計に、拓哉にそんな顔をさせた奴らに嫌悪感が募る。

『付き合っちゃえよー!』
『ヒューヒュー!』
『結婚式はいつですかー!?』
『ラブラブー!』

 私達に向ける言葉がだんだんエスカレートしてきてる。
 拓哉はすでに泣きそうな顔をして、唇を引き結び必死に堪えていた。
 私は、はやし立ててくるクラスメイトの声がだんだん鬱陶しくなってきて、拓哉の肩に手を置いて「大丈夫」と口の形だけで言うとゆっくりと拳を振り上げ、近くにあった龍太郎の机に思い切り振り下ろした。

 ズダァン‼

 思った以上に響いたその音は、煩わしい声を纏めてかき消してくれた。
 音にビビってクラス全体が口を噤む。
 静かになった所で、私はゆっくりと振り向き、口を開いた。


________________


 佳代ちゃんのクラスの主な登場人物は残します。
 ↓

・加藤優愛…佳代の親友。心配症。
・浅野拓哉…佳代のクラスメイト。男子の中で一番仲が良い。
・田辺遥…佳代の友達。ちょっと変な所があるけど良い子。
・佐藤真理…佳代の友達。頑固な子。
・高倉龍太郎…佳代のクラスメイト。超問題児組のリーダーでおバカ。
・石川淳平…佳代のクラスメイト。超問題児組の一人でおバカ。
・矢野寛太…佳代のクラスメイト。超問題児組の一人でやっぱりおバカ。
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