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38.早打ち
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早馬が5日後の帰国予定を知らせたことをまだ内密ですけどと、見回りの途中で立ち寄ったラスティンが教えてくれた。
機密事項じゃないの?と尋ねるものの、シェリル様には教えていいと事前に許可をもらってますと、笑顔で言い切られれば返す言葉がなかった。
今日は時間がないらしく、いつもみたいにお茶も飲まずに、それだけ告げてすぐに去っていってしまった。
ラスティンが帰った後、落ち着かなくて運動がてら庭に出た。しばらく疲れるまで小走りで駆ける。
休憩に立つ前に最後一緒に過ごした東屋で腰掛けてひとりぼんやり過ごした。あの時より木々の葉が色づいて、散り始めている。そろそろ風も冷たくなり季節が変わろうとしていた。
さっきまで一緒にいてくれたミーは寒くなったのか、どこかに行ってしまった。体調は悪くないがなんとなく動悸もする。自分の薄い胸を押さえてみた。
ここの所、早く会いたいような、どんな顔をしてあったらいいのかわからないような、複雑な気持ちを持て余している。
遠くからみる強い旦那様にずっと憧れていた。自分の気持ちなのに、よく分からなくなってしまった。ただ今は、とにかく無事なお顔を見せてほしい。
昨日来てもらったタリー先生にも動悸がすることを相談してみたが、診察の結果全く問題ないと言われた。
しばらくお話をして、帰り際に早く将軍が帰ってくるといいですなと言われ、優しく微笑まれただけだった。
静かな昼下がり、慌ただしい馬の蹄の音が屋敷に響いた。部屋で休んでいた私の耳にも聞こえてくる。
嫌な感じがして玄関ホールに急いで降りると、そこには軍服姿のレイノルドが立っていた。彼は旦那様と一緒に隣国へ赴いていたはずだ。執事のダリルが対応している。
その表情を見て、身体が強張った。ただの帰国の知らせではない。
「何が、あったのですか」
「シェリルノーラ様……」
国境付近で襲撃にあったと。その際にひどい怪我を負い、一度軍の駐屯地に運ばれ、先程、王都の軍の医務院に運ばれたとのことだった。宰相殿は無事だと。
レイノルドに簡潔に告げられた内容を一瞬理解できなかった。指先から冷えていくのが分かる。
「それで、怪我人はどれ程なのですか?旦那様は?」
「怪我人は数名いますが重症ではありません。しかし、将軍は陛下の名代として赴いていた宰相を護る際に、馬が暴れ……」
「…そんな……」
「殺しても死なないような男ですから、……」
言い淀むレイノルドが視線を逸らす。無事に帰ってくると約束したのに。
「私を医務院に連れてってください」
言葉が口から独りでに出ていた。しかし、厳しい顔で首を横に振られる。
「シェリルノーラ様はここで待ってあげてください」
「お願いします。無茶をお願いしているのは分かっています。でも!でも……。お願いです。旦那様に会わせて下さい!」
軍の医務院には家族でも多分勝手には入れない。頭を深く下げてレイノルドに頼み込む。
「シェリルノーラ様、頭を上げて下さい」
そっと肩に手が置かれるまで、お願いしますと繰り返し、頭を下げ続けた。
裏門から医務院に案内されると、奥の方が表玄関になるのだろう、遠くに喧騒が聞こえている。それと打って変わって、こちらの白い廊下は静まり返っていた。独特の雰囲気に喉が絞まる。
「こちらです。個室にいます」
声を潜めたレイノルドに案内されて1つの扉の前に立つ。
大部屋ではなく、1人隔離されなければならないほど、怪我の具合が悪いのだろうか。
レイノルドによってドアが音を立てずに開かれる。あまり広くない部屋の正面に明るい窓が見え、その手前に簡素なベッドがあった。
そのベッドの上に、一か月前笑顔で出かけていった旦那様が横たわっている姿が目に飛び込んでくる。
薄い青色の病衣。前合わせの間から白い包帯が見えた。頭側を少し高くして、目を閉じている。
風が一陣吹き、窓にかかっているカーテンを揺らした。
足から力が抜ける。
機密事項じゃないの?と尋ねるものの、シェリル様には教えていいと事前に許可をもらってますと、笑顔で言い切られれば返す言葉がなかった。
今日は時間がないらしく、いつもみたいにお茶も飲まずに、それだけ告げてすぐに去っていってしまった。
ラスティンが帰った後、落ち着かなくて運動がてら庭に出た。しばらく疲れるまで小走りで駆ける。
休憩に立つ前に最後一緒に過ごした東屋で腰掛けてひとりぼんやり過ごした。あの時より木々の葉が色づいて、散り始めている。そろそろ風も冷たくなり季節が変わろうとしていた。
さっきまで一緒にいてくれたミーは寒くなったのか、どこかに行ってしまった。体調は悪くないがなんとなく動悸もする。自分の薄い胸を押さえてみた。
ここの所、早く会いたいような、どんな顔をしてあったらいいのかわからないような、複雑な気持ちを持て余している。
遠くからみる強い旦那様にずっと憧れていた。自分の気持ちなのに、よく分からなくなってしまった。ただ今は、とにかく無事なお顔を見せてほしい。
昨日来てもらったタリー先生にも動悸がすることを相談してみたが、診察の結果全く問題ないと言われた。
しばらくお話をして、帰り際に早く将軍が帰ってくるといいですなと言われ、優しく微笑まれただけだった。
静かな昼下がり、慌ただしい馬の蹄の音が屋敷に響いた。部屋で休んでいた私の耳にも聞こえてくる。
嫌な感じがして玄関ホールに急いで降りると、そこには軍服姿のレイノルドが立っていた。彼は旦那様と一緒に隣国へ赴いていたはずだ。執事のダリルが対応している。
その表情を見て、身体が強張った。ただの帰国の知らせではない。
「何が、あったのですか」
「シェリルノーラ様……」
国境付近で襲撃にあったと。その際にひどい怪我を負い、一度軍の駐屯地に運ばれ、先程、王都の軍の医務院に運ばれたとのことだった。宰相殿は無事だと。
レイノルドに簡潔に告げられた内容を一瞬理解できなかった。指先から冷えていくのが分かる。
「それで、怪我人はどれ程なのですか?旦那様は?」
「怪我人は数名いますが重症ではありません。しかし、将軍は陛下の名代として赴いていた宰相を護る際に、馬が暴れ……」
「…そんな……」
「殺しても死なないような男ですから、……」
言い淀むレイノルドが視線を逸らす。無事に帰ってくると約束したのに。
「私を医務院に連れてってください」
言葉が口から独りでに出ていた。しかし、厳しい顔で首を横に振られる。
「シェリルノーラ様はここで待ってあげてください」
「お願いします。無茶をお願いしているのは分かっています。でも!でも……。お願いです。旦那様に会わせて下さい!」
軍の医務院には家族でも多分勝手には入れない。頭を深く下げてレイノルドに頼み込む。
「シェリルノーラ様、頭を上げて下さい」
そっと肩に手が置かれるまで、お願いしますと繰り返し、頭を下げ続けた。
裏門から医務院に案内されると、奥の方が表玄関になるのだろう、遠くに喧騒が聞こえている。それと打って変わって、こちらの白い廊下は静まり返っていた。独特の雰囲気に喉が絞まる。
「こちらです。個室にいます」
声を潜めたレイノルドに案内されて1つの扉の前に立つ。
大部屋ではなく、1人隔離されなければならないほど、怪我の具合が悪いのだろうか。
レイノルドによってドアが音を立てずに開かれる。あまり広くない部屋の正面に明るい窓が見え、その手前に簡素なベッドがあった。
そのベッドの上に、一か月前笑顔で出かけていった旦那様が横たわっている姿が目に飛び込んでくる。
薄い青色の病衣。前合わせの間から白い包帯が見えた。頭側を少し高くして、目を閉じている。
風が一陣吹き、窓にかかっているカーテンを揺らした。
足から力が抜ける。
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