将軍の宝玉

なか

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37.御守

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   季節が秋に移り、旦那様が出立してすでに10日が過ぎた。多忙な旦那様とはいつも一緒にいたわけじゃないけど、長期の不在は初めてで、なんだか落ち着かない。毎晩ついお出迎えの時間になると帰りを待ってしまう。

   先代の王の時代に始まった戦は停戦条約が整い、今は和平へ進んでいる。危険なことはそうないと思いますと言われたけれど、まだ何があるかなんて分からない。毎日とにかく無事に帰ってきてくれるこもを祈るばかりだ。
   帰ってこられた時に万全の体調で迎えられるように、出がけの言いつけもちゃんと守っている。定期の往診より早めに診察に来てくれたタリー先生にも褒められた。あまり心配し過ぎると身体にさわるから、そんなに気にするなと釘は刺されたけれど。


「そんな心配しなくてもー」

   なぜか私の前でラスティンが呑気にお茶を飲んでいる。どうやら今回は留守を任されているらしく、時々こうやって私の様子も見にきている。
   
「そんなに心配はしてないよ」

「じゃあ寂しいだけか」

「……そんなんじゃない」

   にやりと笑ってクッキーをもりもり食べているラスティンをひと睨みする。
   男たちが屋敷へ侵入した件の首謀者は捕まったと聞いた。とは言え、用心のために不在の間は見回りの一環らしいけど、こんなにのんびりしていていいのだろうか。話し相手がいるのは嬉しいけれど。

「そう言えば、金髪って御守りになるって知ってた?ラスティンも要る?」

   話を変えるためにふと髪が目に入り、御守りのことを思い出して尋ねてみる。

「何ですか、それ」

「旦那様が発つ前にほしいって、私の髪を一房持っていかれたから。知らなかったけど、金髪て王族に多いし、何か謂れがあるのかな」

   金髪はこの国の王族の特徴でもある。もちろん数は少ないけど市井にもいるらしい。
   王弟でもある父はくすんだ金髪で、遠縁にあたる母も淡い金の髪だ。私は今は亡き父方の祖母に風貌がよく似ているらしく、髪も祖母と同じ蜂蜜みたいな色をしている。

「それ本気で言ってますよね?シェリル様だもんな、他意はないよな…」

「?」

   もう一枚クッキーを頬張り、またにやりと笑う。これはもう楽しんでる。昔から見てきた面白いものを見つけた時の顔だ。

「まあ、御守りというのはある意味合ってます。将軍には加護という意味では必要ないと思いますけど、そうかー。出立前に欲しがられたのかー。将軍も人の子なんだなぁー。まあ普段の様子見てたらそうかー」

   1人でなんだか納得して、にやにやしながらこちらを見る。意味深な言葉が居心地が悪い。その視線を避けてお茶を一口飲む。内緒にしていた方がいいことだったんだろうか。

「勿体ぶらないで教えてよ」

「ふふふー。あのですね、俺も王都に来て知ったんですけど、戦とか遠くに旅立つ時に愛する人の髪を身につけて行くと、無事にその人の元に戻れるって言い伝えがあるらしいんです。
   まあ迷信かもしれないけどね。愛する人のそばにいられなくても、髪だけでも一緒にいたいって気持ちの表れでなんですねって、シェリル様、真っ赤ですよ」

  そんな楽しそうに指摘されなくても分かってる。頬が熱い。

「もう結婚して半年以上も経つのにその反応……」

   薄ら笑いを浮かべてそんなこと言われても、結婚したとは言え、実際は紙の上だけみたいなものだ。

「あんなに真っ直ぐに愛情を向けられてて、大事にされてれるのに、まだ慣れないんですか?確かに将軍は基本紳士的ですけど、普段無表情だし、黙っててもすごく威圧感あるし、あんなに甘い雰囲気の方ではないですよ?」

「えっ」
   
   もうラスティンが何を言っているのか、さっぱり分からない。私の許容範囲を超えている。

「それにお二人はご夫婦でしょう?今更……て、え?え?もしかして、」

「もう黙って」

   興味津々なラスティンを睨みつけるが、赤い顔では効果がない。誤魔化すようにお茶を一口飲むが、先程と違い味がしなかった。


   愛する人……?

   旦那様は私のことをそう思ってくれていたのだろうか?幼子と同じような保護対象だと勝手に思ってたけど。

   思い返すと仕草のひとつひとつが愛情に溢れてはなかったか。鋭い灰青色の瞳が柔らかく見つめてこなかったか。無骨な手がいつも優しく触れてくれなかったか。
   
   思い返すとあの手の温もりが急に恋しくなった。
   あの手に触れてほしい。大きくて剣だこのあるあの固い手にいつもみたいに触れてほしい。

   この気持ちは憧れ?



   
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