将軍の宝玉

なか

文字の大きさ
上 下
31 / 50

30.馬場

しおりを挟む
「そう言えば丁寧なお礼が届いていたけど、その後奥方はどう?」

「まずい」

   書類に集中していたが、レイノルドの言葉に、疲れからか思わず咄嗟に本音が漏れた。手を止めて腕を組む。

「ラスティンに今日うちに見舞いに行かせた」

「ぶはっ。何だそれ。あんなにラスティンのこと気にしてたくせに。藁をも縋るって感じ?」

   吹き出した後にやにや笑いながら、かわいそうなものを見る目で見られているのを、素知らぬ顔で流しておく。

   以前話す時間がほしいと言われていたのに、申し訳ないことに、その望みを叶えられていない。
   最近のシェリルノーラは体調は悪くない。しかし、あまり一緒にいられないが、表情は晴れず、何かを憂いでいるような、思い詰めているように感じる。

「体調は随分回復している。しかし、なんだか思い詰めているような感じがするんだ。せめて気兼ねなく話ができる昔馴染みと気分転換でもしてもらえたと思ってな」

「それもいいけどさ。取られちゃったらどうするのー?ちょっ、嘘です。睨まないでください!視線で殺される!」

   ちらりと視線を送っただけだ。大袈裟な。
取られるとはなんだ。

「ごめんって。確かに忙しいのは仕方ないけどさ、ちゃんと話したほうがいいんじゃない?会話は夫婦円満の基本でしょ」



   そんな会話が交わされていた頃、屋敷に非番のラスティンがシェリルノーラを訪ねていた。

「将軍には許可を得てるから、馬に乗りませんか?」

   笑顔で玄関ホールに立つラスティンの突然の提案に、素直に心が沸き立った。ラスティンは馬で来たようだが、軍服ではなく軽装だ。

「いいの?」

「駆け足はダメですが乗るのは大丈夫です。もちろん疲れない程度で」

   なぜこんなことをラスティンが言い出したのか分からないが、単純に馬に乗れるのは嬉しい。
   急いで靴だけを履き替えて一緒に馬場まで行くと、馬丁が馬たちの世話をしていた。私を見つけてリラが嘶く。

「リラ!」

   小走りに駆け寄ると嬉しそうに顔を寄せてくる。散歩の途中で顔を見に寄ることはあっても、こうして乗るのは久しぶりだ。
   準備してもらい、早速ラスティンと並んで馬に乗る。姿勢を保つと、筋力が落ちてるのを感じる。そんな私をリラは伺うようにゆっくりと脚を進める。

「懐かしいですね」

「そうだね」

   13で領地に戻ってから、両親は心配して止めたが、体力が許す限り剣や乗馬の稽古に励んだ。それ以外の時間は遅れていた勉強に当てていた。
   10年近く離れていた故郷は懐かしいとは思えず、両親や弟とも打ち解けられず、どこかよそよそしい関係となっていた。

   1人で過ごす時間も多かったそんな頃、ラスティンに出会った。彼の真っ直ぐで屈託のない笑顔には救われたし、同時に嫉妬もした。
 そんな私に彼は遠慮なく関わり続けてくれた。

「仕事どう?」

「ようやく半人前から一歩ってくらいですよ。シェリル様から何度も聞かされたせいで、すっかり俺にとっても憧れの人になったワーズナース将軍の隊にようやく入れて、ほんとにこれからって感じ。
   ただ、やっぱりすげー厳しくて、めちゃくちゃ怖いんです!あ、将軍には言わないでくださいね」

   夢を叶えたラスティンが隣で明るく笑う。最後に会った時よりも一回りは体に厚みが増し、努力していることが分かる。
   今まともに戦ったら、私は歯が立たないだろう。

「俺のことはいいんですよ。シェリル様こそどうなんですか?」

「……うーん、迷惑かけてばかりかな」

   少し柔らかくなり始めた日差しの下、風が吹いて気持ちいい。誰にも言えない気持ちがハラリと漏れた。

「ほらまた、それ悪い癖。せっかく一緒になれたんだから、もっとちゃんと話をした方が良いと思いますよ。独身の俺が言うのもおかしいけど。
   シェリル様のことは、昔も言ったけど弟みたいに思ってて、心配なんですよ」

「ありがとう。でも私もラスのこと、弟みたいに思ってるよ?」

「えー!ひどい!確かにいろいろイタズラしたり失敗したりして、庇ってもらいましたけど。俺の方が年上なのに!」

   明るいラスティンの笑い声が響く。彼のあまり身分差を意識しない、裏表のない性格や笑顔にはいつも癒されてきた。それでよく剣の師匠にも叱られていたけれど。

   いまだ心配されることは情けないとも思うが、邪気のない昔のまんまの笑顔を見てると気持ちも少し軽くなる。つられて笑いがもれた。
   一緒に声をあげて笑ったのは、いつぶりだろう。

   これ以上やって体調崩すと物理的にも俺の首が飛ぶと、なぜか怯えるラスティンに終わりにして下さいと頼まれるまで軽く速足でリラを走らせた。
   それから東屋で一緒に少し喉を潤して、お許しが出たらまた来ますとラスティンは帰っていった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

騎士団で一目惚れをした話

菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公 憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。

俺に告白すると本命と結ばれる伝説がある。

はかまる
BL
恋愛成就率100%のプロの当て馬主人公が拗らせストーカーに好かれていたけど気づけない話

弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!

灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」 そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。 リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。 だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く。が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。 みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。 追いかけてくるまで説明ハイリマァス ※完結致しました!お読みいただきありがとうございました! ※11/20 短編(いちまんじ)新しく書きました! ※12/14 どうしてもIF話書きたくなったので、書きました!これにて本当にお終いにします。ありがとうございました!

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

それ以上近づかないでください。

ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」 地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。 まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。 転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。 ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。 「本当に可愛い。」 「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」 かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。 「お願いだから、僕にもう近づかないで」

噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。  新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。  ___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。  ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。  しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。  常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___ 「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」  ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。  寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。  髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?    

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

処理中です...