46 / 50
45.希望
しおりを挟む
頬に落ちた涙を唇で受け止められた。びっくりして、気付いた時には向かい合わせで抱きしめられていた。
「シェリルノーラ様、あなたという人は」
苦しそうに、何かを耐えるようにそう呟いた旦那様は腕の力を緩め、私を立たせてそっと離れる。
おかしなことを言ったのだろうか。離れた体温に急に寒さを感じた。
真剣な顔をしたまま、旦那様が私の前に跪く。見下ろす角度になり不思議な感じだと、こんな時なのに、そんなことを思う。
両手を取られると、大きな手にすっぽり収まってしまう。包まれた手からまたぬくもりが戻ってきて、微笑みがもれる。
「シェリルノーラ様、初めて会った日の夜に言ったことを訂正させて下さい」
突然の言葉に、ただ次の言葉を待つ。
「私はあなたを愛しく思っています。これからもずっと私のそばにいてください」
「え?」
「今更ですが、私の伴侶として一緒に生きてください。愛しています」
旦那様が何を言っているのか、この状況を理解できなかった。灰青色の瞳を見つめるしかできず、名前を呼ばれて我に返る。
求婚されているような言い方だ。
「ようなじゃなくて、好きだから結婚して下さいと言ってるつもりなのですが。お返事は頂けませんか?」
どうやら声に出ていたらしい。少し困った顔が目に入る。それから、じわじわと言葉が意味を伴って頭に入ってくる。
旦那様が?私を?この優しい瞳で返事を待つこの方が?
憧れだと思っていた。きっかけをくれた、恩のある人だと。でも、旦那様が言葉にしてくれて、初めて自分の気持ちが色を持つ。
「私も、……旦那様のことが、好きです」
頭で考えるよりも、自然と言葉が出ていた。言い終わらないうちにきゅっと手を握られる。力強くて優しい大きな手。
「幸せにします。一緒に幸せになりましょう」
跪いた姿勢から伸び上がるようにして、かすかに唇が触れる。それからまた抱きこまれる。
今、もしかして口付けられた?
額や頬などには口付けられることはあっても、今まで愛玩的な、親愛の証だと思っていた。でも、これは違う。
恥ずかしくてその胸に顔を押しつけ、ぎゅっと抱き付く。初めてその背に回した腕で、体幹の逞しさを知る。
「やはりまだ細いですね。春になる頃には体重ももう少し戻るでしょう。今のままではあなたを壊してしまいそうで怖い」
「……壊す?」
急に出た不穏な言葉をその胸で繰り返す。
「名実ともに伴侶として、もっと親しくなるためにも。私たちはもう少しお互いにちゃんと伝える努力をしなくてはいけませんね。
私はあなたが欲しい。正直に、端的に言うと抱きたい。タリー先生からも無茶をさせなければ問題ないと」
「えっ、き、聞いたんですか?」
「大切なことなので」
しれっと答えた旦那様の言葉にくらりとする。
もう先生に会えない。恥ずかしすぎるというのに、旦那様は真面目な顔のままだ。私の体のことをとても心配して、大切に思ってくれているのは痛いほど分かる。分かるけど。
その時、東の空に何か青白い光が走った。首を捻ってその残像を追う。
「始まりましたね」
そのままでいたかったけれど、この体勢だと首が痛くなってしまう。それが分かっているのか、また先ほどの絨毯に腰を下ろして後ろから抱き込まれる。
促されるまま背中を預けて空を見上げると、ひとつ、またひとつと星が流れ出す。
たくさんの星が降り注ぐ圧巻の夜空に、先ほどのまでの気恥ずかしさも忘れて見入ってしまう。
初めての天体の姿を見せてくれた、背後の人に感謝しながら、無言のまま空を見上げる。それを伝えるのはもうし少し後で。
今はまだ、ただ黙って、この瞬間を味わっていたい。
ずっとこの方と一緒に。
「シェリルノーラ様、あなたという人は」
苦しそうに、何かを耐えるようにそう呟いた旦那様は腕の力を緩め、私を立たせてそっと離れる。
おかしなことを言ったのだろうか。離れた体温に急に寒さを感じた。
真剣な顔をしたまま、旦那様が私の前に跪く。見下ろす角度になり不思議な感じだと、こんな時なのに、そんなことを思う。
両手を取られると、大きな手にすっぽり収まってしまう。包まれた手からまたぬくもりが戻ってきて、微笑みがもれる。
「シェリルノーラ様、初めて会った日の夜に言ったことを訂正させて下さい」
突然の言葉に、ただ次の言葉を待つ。
「私はあなたを愛しく思っています。これからもずっと私のそばにいてください」
「え?」
「今更ですが、私の伴侶として一緒に生きてください。愛しています」
旦那様が何を言っているのか、この状況を理解できなかった。灰青色の瞳を見つめるしかできず、名前を呼ばれて我に返る。
求婚されているような言い方だ。
「ようなじゃなくて、好きだから結婚して下さいと言ってるつもりなのですが。お返事は頂けませんか?」
どうやら声に出ていたらしい。少し困った顔が目に入る。それから、じわじわと言葉が意味を伴って頭に入ってくる。
旦那様が?私を?この優しい瞳で返事を待つこの方が?
憧れだと思っていた。きっかけをくれた、恩のある人だと。でも、旦那様が言葉にしてくれて、初めて自分の気持ちが色を持つ。
「私も、……旦那様のことが、好きです」
頭で考えるよりも、自然と言葉が出ていた。言い終わらないうちにきゅっと手を握られる。力強くて優しい大きな手。
「幸せにします。一緒に幸せになりましょう」
跪いた姿勢から伸び上がるようにして、かすかに唇が触れる。それからまた抱きこまれる。
今、もしかして口付けられた?
額や頬などには口付けられることはあっても、今まで愛玩的な、親愛の証だと思っていた。でも、これは違う。
恥ずかしくてその胸に顔を押しつけ、ぎゅっと抱き付く。初めてその背に回した腕で、体幹の逞しさを知る。
「やはりまだ細いですね。春になる頃には体重ももう少し戻るでしょう。今のままではあなたを壊してしまいそうで怖い」
「……壊す?」
急に出た不穏な言葉をその胸で繰り返す。
「名実ともに伴侶として、もっと親しくなるためにも。私たちはもう少しお互いにちゃんと伝える努力をしなくてはいけませんね。
私はあなたが欲しい。正直に、端的に言うと抱きたい。タリー先生からも無茶をさせなければ問題ないと」
「えっ、き、聞いたんですか?」
「大切なことなので」
しれっと答えた旦那様の言葉にくらりとする。
もう先生に会えない。恥ずかしすぎるというのに、旦那様は真面目な顔のままだ。私の体のことをとても心配して、大切に思ってくれているのは痛いほど分かる。分かるけど。
その時、東の空に何か青白い光が走った。首を捻ってその残像を追う。
「始まりましたね」
そのままでいたかったけれど、この体勢だと首が痛くなってしまう。それが分かっているのか、また先ほどの絨毯に腰を下ろして後ろから抱き込まれる。
促されるまま背中を預けて空を見上げると、ひとつ、またひとつと星が流れ出す。
たくさんの星が降り注ぐ圧巻の夜空に、先ほどのまでの気恥ずかしさも忘れて見入ってしまう。
初めての天体の姿を見せてくれた、背後の人に感謝しながら、無言のまま空を見上げる。それを伝えるのはもうし少し後で。
今はまだ、ただ黙って、この瞬間を味わっていたい。
ずっとこの方と一緒に。
430
お気に入りに追加
3,111
あなたにおすすめの小説
王と正妃~アルファの夫に恋がしてみたいと言われたので、初恋をやり直してみることにした~
仁茂田もに
BL
「恋がしてみたいんだが」
アルファの夫から突然そう告げられたオメガのアレクシスはただひたすら困惑していた。
政略結婚して三十年近く――夫夫として関係を持って二十年以上が経つ。
その間、自分たちは国王と正妃として正しく義務を果たしてきた。
しかし、そこに必要以上の感情は含まれなかったはずだ。
何も期待せず、ただ妃としての役割を全うしようと思っていたアレクシスだったが、国王エドワードはその発言以来急激に距離を詰めてきて――。
一度、決定的にすれ違ってしまったふたりが二十年以上経って初恋をやり直そうとする話です。
昔若気の至りでやらかした王様×王様の昔のやらかしを別に怒ってない正妃(男)
【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので)
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
バッドエンドを迎えた主人公ですが、僻地暮らしも悪くありません
仁茂田もに
BL
BLゲームの主人公に転生したアルトは、卒業祝賀パーティーで攻略対象に断罪され、ゲームの途中でバッドエンドを迎えることになる。
流刑に処され、魔物溢れる辺境の地グローセベルクで罪人として暮らすことになったアルト。
そこでイケメンすぎるモブ・フェリクスと出会うが、何故か初対面からものすごく嫌われていた。
罪人を管理監督する管理官であるフェリクスと管理される立場であるアルト。
僻地で何とか穏やかに暮らしたいアルトだったが、出会う魔物はものすごく凶暴だし管理官のフェリクスはとても冷たい。
しかし、そこは腐っても主人公。
チート級の魔法を使って、何とか必死に日々を過ごしていくのだった。
流刑の地で出会ったイケメンモブ(?)×BLゲームの主人公に転生したけど早々にバッドエンドを迎えた主人公
【BL】こんな恋、したくなかった
のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】
人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。
ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。
※ご都合主義、ハッピーエンド
彼の理想に
いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。
人は違ってもそれだけは変わらなかった。
だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。
優しくする努力をした。
本当はそんな人間なんかじゃないのに。
俺はあの人の恋人になりたい。
だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。
心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。
【完結】薄幸文官志望は嘘をつく
七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。
忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。
学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。
しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー…
認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。
全17話
2/28 番外編を更新しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる