将軍の宝玉

なか

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   頬に落ちた涙を唇で受け止められた。びっくりして、気付いた時には向かい合わせで抱きしめられていた。

「シェリルノーラ様、あなたという人は」

   苦しそうに、何かを耐えるようにそう呟いた旦那様は腕の力を緩め、私を立たせてそっと離れる。
   おかしなことを言ったのだろうか。離れた体温に急に寒さを感じた。

   真剣な顔をしたまま、旦那様が私の前に跪く。見下ろす角度になり不思議な感じだと、こんな時なのに、そんなことを思う。

   両手を取られると、大きな手にすっぽり収まってしまう。包まれた手からまたぬくもりが戻ってきて、微笑みがもれる。

「シェリルノーラ様、初めて会った日の夜に言ったことを訂正させて下さい」

   突然の言葉に、ただ次の言葉を待つ。

「私はあなたを愛しく思っています。これからもずっと私のそばにいてください」

「え?」

「今更ですが、私の伴侶として一緒に生きてください。愛しています」

   旦那様が何を言っているのか、この状況を理解できなかった。灰青色の瞳を見つめるしかできず、名前を呼ばれて我に返る。

   求婚されているような言い方だ。

「ようなじゃなくて、好きだから結婚して下さいと言ってるつもりなのですが。お返事は頂けませんか?」

   どうやら声に出ていたらしい。少し困った顔が目に入る。それから、じわじわと言葉が意味を伴って頭に入ってくる。

   旦那様が?私を?この優しい瞳で返事を待つこの方が?


   憧れだと思っていた。きっかけをくれた、恩のある人だと。でも、旦那様が言葉にしてくれて、初めて自分の気持ちが色を持つ。
   
「私も、……旦那様のことが、好きです」

   頭で考えるよりも、自然と言葉が出ていた。言い終わらないうちにきゅっと手を握られる。力強くて優しい大きな手。

「幸せにします。一緒に幸せになりましょう」

   跪いた姿勢から伸び上がるようにして、かすかに唇が触れる。それからまた抱きこまれる。

   今、もしかして口付けられた?

   額や頬などには口付けられることはあっても、今まで愛玩的な、親愛の証だと思っていた。でも、これは違う。
   恥ずかしくてその胸に顔を押しつけ、ぎゅっと抱き付く。初めてその背に回した腕で、体幹の逞しさを知る。

「やはりまだ細いですね。春になる頃には体重ももう少し戻るでしょう。今のままではあなたを壊してしまいそうで怖い」

「……壊す?」

   急に出た不穏な言葉をその胸で繰り返す。

「名実ともに伴侶として、もっと親しくなるためにも。私たちはもう少しお互いにちゃんと伝える努力をしなくてはいけませんね。
   私はあなたが欲しい。正直に、端的に言うと抱きたい。タリー先生からも無茶をさせなければ問題ないと」

「えっ、き、聞いたんですか?」

「大切なことなので」

   しれっと答えた旦那様の言葉にくらりとする。
   もう先生に会えない。恥ずかしすぎるというのに、旦那様は真面目な顔のままだ。私の体のことをとても心配して、大切に思ってくれているのは痛いほど分かる。分かるけど。


   その時、東の空に何か青白い光が走った。首を捻ってその残像を追う。

「始まりましたね」

   そのままでいたかったけれど、この体勢だと首が痛くなってしまう。それが分かっているのか、また先ほどの絨毯に腰を下ろして後ろから抱き込まれる。

   促されるまま背中を預けて空を見上げると、ひとつ、またひとつと星が流れ出す。

   たくさんの星が降り注ぐ圧巻の夜空に、先ほどのまでの気恥ずかしさも忘れて見入ってしまう。

   初めての天体の姿を見せてくれた、背後の人に感謝しながら、無言のまま空を見上げる。それを伝えるのはもうし少し後で。
    今はまだ、ただ黙って、この瞬間を味わっていたい。


   ずっとこの方と一緒に。





   

   
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