将軍の宝玉

なか

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44.星見

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 柔らかなクッションの上に腰を下ろすと、すぐにひざ掛けを掛けられる。少し冷たい風が吹いているが、屋上はぐるりと胸ほどの高さの壁があり、風を遮ってくれる。

   足元だけをほのかに照らす灯りをしかなく、いつもより多くの星が瞬いて見えた。

   こんなに多くの星を見上げたのは初めてだ。塔からだと手が届きそうだ。思わず伸ばした手は、もちろん星には届かなくて、少し恥ずかしくなる。


 しばらく言葉をなく空を見上げていると、湯気の立つ温かなお茶を渡される。お礼を言って一口飲むと、体が少し冷えていたようでほっとする。

「今夜は冷えますね。寒くないですか?」

「大丈夫です。旦那様こそ薄着で寒くありませんか?」

 旦那様が何か言いかけて笑顔になる。太い腕が伸びてきたと思ったら、ひざ掛けの両手で持っていたカップもそのままに、びっくりする間もなく旦那様の膝の間にいた。後ろから優しく抱き込まれる。

「そうですね。少し寒いので温めてください」

 顔を覗き込まれて力が入り、体が熱くなる。それでも背中に感じるぬくもりに力が抜けて、思わず凭れてしまう。顔を少し綻ばせて痛くない程度にぎゅっと抱きしめられた。


 無事に帰ってきてくれて本当に嬉しい。
   ここで、こうして二人きりで星を見ていること自体、奇跡みたいなものだ。昔の希望なく生きていた自分に教えてあげたい。頑張ったら素敵な未来があるのだと。
   そう思うと、体に回された腕に触れ、自然に言葉が出た。

「王宮で療養していた7歳頃、一度末の王子と間違われて襲われたことがありました」

 旦那様が覚えていなくてもちゃんとお伝えしたい。襲われたという表現に、触れていた腕に力が入った。

「巡回していた警備の方が駆けつけてくれて、事なきを得ました。
   その日は珍しく体調が良くて、庭に出たいと初めて侍女にわがままを言ったのです。王子とは歳も近いですし、髪も瞳の色もほぼ同じで、当時は背格好も似ていましたから間違われたのでしょう。私の存在は公にはさらてませんでしたし。

   覚えていらっしゃらないかもしれませんが、その助けてくれた命の恩人の警備の方が旦那様です」

   腕の中で少し体を捻り、そんなこともあっただろうかという顔の旦那様の頬に手を伸ばす。

「その頬の傷、その時の傷ではありませんか?」

 薄くなってはいても他の皮膚とは違う、固い感触が指に触れた。

「そうだったかな。傷だらけですので、どれがいつの傷かは……」

   そう言いながら、思い出そうとされているのか目を閉じる。

「覚えていてくださらなくてもいいのです。ただ、あの時のお礼をお伝えできていなくて」

「……王宮の奥の、池がある庭園の?」

   傷跡に這わせていた手を握られ、確信が持てないように旦那様が呟く。

「はい!
   あの時は本当にありがとうございました。私のせいで痕になるようなお怪我をさせてしまって、申し訳ありませんでした。
   ずっと気になっていたのですが、もう随分前のことで、お忘れだと思うと言い出せなくて。お話する機会がないままになってしまって」

「そうでしたか。……思い出しました。
   大きな瞳に涙をいっぱい貯めて、私を見上げてきた顔を。今のあなたのように。
   私も末の王子だと思っていました。あれがきっかけで陛下にも目を掛けていただくようになって、てっきりご子息をお守りしたからかと思っていました」

 覚えていてくれた。

 それだけで瞳が潤うのがわかる。涙が滲んで微笑んでいるような旦那様の顔が見えない。

「あの時、旦那様に救われて、旦那様のおかげで、私は生き、変わることができたのです。今ここにいるのは、全て旦那様のおかげです」

   震える小さな声でやっと告げた。



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