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28.見舞
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ベッドから起きて動ける時間が増えてきた頃、もう夏の盛りは過ぎようとしていた。
落ちてしまった体力と肺の機能を回復させることが目下の課題だ。2ヶ月ほど屋敷に滞在してくれた先生も今はご自宅に戻り、週に1回程度の往診に落ち着いている。
旦那様はずっと休みもなく毎日遅くまで働き、忙しいようだ。今日は少し早く帰ると言っていたので、すっかり暗くなった窓辺で外の音に耳を澄ましながら待っていた。
帰宅の知らせに玄関ホールまで降りていくと、旦那様は1人ではなかった。その隣にはレイノルドが人好きのする笑顔を浮かべ、軍服姿で立っていた。
「お帰りなさい。レイノルドさん、ようこそいらっしゃいました。先日は本当にありがとうございました」
2人に声をかけると、旦那様が私の前まで足を進め、様子を伺うように少し屈んで顔を見てくる。
「ただいま帰りました。今日は具合は悪くないですか?変わりないですか?」
「はい。変わりありません。大丈夫です」
ここの所、1日1回は聞かれるいつものやりとりをする。確認するように大きな手で頬と首筋に順に触れられ、少しくすぐったい。
「熱は出ていないようですね」
小さく頷くと安心したように表情が和らぐ。首筋に手を当てたまま、親指でそっと頬を撫でられる。
最初の頃、恥ずかしくて赤くなってしまい、熱が出てるのかと心配されたので診察だと毎回強く心の中で言い聞かせている。
軽い咳払いがしてそちらを向くと、レイノルドが微妙な顔をしていてた。
「シェリルノーラ様、その後お加減いかがですか?
今日はお渡ししたいものがあって、寄っただけなのです。これは私の妻からです」
そう言って渡されたバスケットからは、とてもいい香りがしていた。一度家に寄って持ってきてくれたのだろうか、ほのかに温かかった。
「ナッツの入った栄養価の高いクッキーと、ミルク多めの柔かなパンです。滋養にいいらしいので、よかったら召し上がって下さい。妻はパン屋の娘でしたから、味は保証しますよ」
バスケットを受け取ると、レイノルドはにこにこして将軍と仲良くしてあげてくださいねと謎の言葉を残し、颯爽と帰っていった。
きれいに包装されたクッキーとパンの他に、バスケット奥から出て来たのは、字のようなものが書かれたカード。なんとか読もうと居間でカードに集中していたら、手元を覗き込まれた。
小さい頃臥せっていたこともあり、文字の勉強ができずにいたことを思い出す。
本を読めたり、人が読めるような文字を書けるようになったのは、随分大きくなってからだった。熱があるのにこっそり文字を書く練習をしていたのを見つかって、タリー先生に怒られたりしていたことを思い出す。
「双子からかな」
昔のことを思い出してぼんやりしていたので、独り言みたいに口にしながら隣に腰かけられ、どきりと胸が跳ねる。
「双子?」
隣に腰かけても見上げる角度になるその顔を見ながら首を傾げた。
「レイノルドのところには小さな双子の女の子がいるんです。何才だったかな?最近、文字を覚え始めたと言っていたので、私も手紙をもらったことがあります」
「宛名の自分の名前は読めたのですが」
「貸してみてください。しかし、あまり上達してないな。……多分、『はやくげんきになってあそびにきてね』ですね」
どう解読したのか、すぐにかわいらしい短い手紙を読み上げて、微笑みながら返してくれた。
ふと想像してしまう。旦那様の子供がいたらどんな子だろう。男の子だったら、同じように体が大きくて強いのだろうか。
「ありがとうございます。御礼の手紙を後で書きます」
ふと浮かんだことを胸の奥に押し込め、カードを畳んだ。
「それはいいですね。ダラスに言って持って行かせてください。シェリルノーラ様が馬車に乗って出かけても大丈夫になれば、一緒に遊びに行きましょう」
そう言えばお宅に招待されてから大分時間が経ってしまった。
もう短距離なら馬車でもそんなに負担にならないだろう。しかし、お休みすら満足に取れていない旦那様とお出かけすることなど、実現するとは思えない。
それに元気になったら伝えなくてはと決めていることがある。
落ちてしまった体力と肺の機能を回復させることが目下の課題だ。2ヶ月ほど屋敷に滞在してくれた先生も今はご自宅に戻り、週に1回程度の往診に落ち着いている。
旦那様はずっと休みもなく毎日遅くまで働き、忙しいようだ。今日は少し早く帰ると言っていたので、すっかり暗くなった窓辺で外の音に耳を澄ましながら待っていた。
帰宅の知らせに玄関ホールまで降りていくと、旦那様は1人ではなかった。その隣にはレイノルドが人好きのする笑顔を浮かべ、軍服姿で立っていた。
「お帰りなさい。レイノルドさん、ようこそいらっしゃいました。先日は本当にありがとうございました」
2人に声をかけると、旦那様が私の前まで足を進め、様子を伺うように少し屈んで顔を見てくる。
「ただいま帰りました。今日は具合は悪くないですか?変わりないですか?」
「はい。変わりありません。大丈夫です」
ここの所、1日1回は聞かれるいつものやりとりをする。確認するように大きな手で頬と首筋に順に触れられ、少しくすぐったい。
「熱は出ていないようですね」
小さく頷くと安心したように表情が和らぐ。首筋に手を当てたまま、親指でそっと頬を撫でられる。
最初の頃、恥ずかしくて赤くなってしまい、熱が出てるのかと心配されたので診察だと毎回強く心の中で言い聞かせている。
軽い咳払いがしてそちらを向くと、レイノルドが微妙な顔をしていてた。
「シェリルノーラ様、その後お加減いかがですか?
今日はお渡ししたいものがあって、寄っただけなのです。これは私の妻からです」
そう言って渡されたバスケットからは、とてもいい香りがしていた。一度家に寄って持ってきてくれたのだろうか、ほのかに温かかった。
「ナッツの入った栄養価の高いクッキーと、ミルク多めの柔かなパンです。滋養にいいらしいので、よかったら召し上がって下さい。妻はパン屋の娘でしたから、味は保証しますよ」
バスケットを受け取ると、レイノルドはにこにこして将軍と仲良くしてあげてくださいねと謎の言葉を残し、颯爽と帰っていった。
きれいに包装されたクッキーとパンの他に、バスケット奥から出て来たのは、字のようなものが書かれたカード。なんとか読もうと居間でカードに集中していたら、手元を覗き込まれた。
小さい頃臥せっていたこともあり、文字の勉強ができずにいたことを思い出す。
本を読めたり、人が読めるような文字を書けるようになったのは、随分大きくなってからだった。熱があるのにこっそり文字を書く練習をしていたのを見つかって、タリー先生に怒られたりしていたことを思い出す。
「双子からかな」
昔のことを思い出してぼんやりしていたので、独り言みたいに口にしながら隣に腰かけられ、どきりと胸が跳ねる。
「双子?」
隣に腰かけても見上げる角度になるその顔を見ながら首を傾げた。
「レイノルドのところには小さな双子の女の子がいるんです。何才だったかな?最近、文字を覚え始めたと言っていたので、私も手紙をもらったことがあります」
「宛名の自分の名前は読めたのですが」
「貸してみてください。しかし、あまり上達してないな。……多分、『はやくげんきになってあそびにきてね』ですね」
どう解読したのか、すぐにかわいらしい短い手紙を読み上げて、微笑みながら返してくれた。
ふと想像してしまう。旦那様の子供がいたらどんな子だろう。男の子だったら、同じように体が大きくて強いのだろうか。
「ありがとうございます。御礼の手紙を後で書きます」
ふと浮かんだことを胸の奥に押し込め、カードを畳んだ。
「それはいいですね。ダラスに言って持って行かせてください。シェリルノーラ様が馬車に乗って出かけても大丈夫になれば、一緒に遊びに行きましょう」
そう言えばお宅に招待されてから大分時間が経ってしまった。
もう短距離なら馬車でもそんなに負担にならないだろう。しかし、お休みすら満足に取れていない旦那様とお出かけすることなど、実現するとは思えない。
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