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5.執事
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シェリルノーラは立ち上がりかけたものの、再びソファにすとんと腰をおろした。アデラートが出ていったドアをぼんやりと見つめる。
彼は怒ったような怖い顔をしていた。がっかりさせて、嫌われたのだろうか。もちろん彼に望まれて結婚したわけではないことは、重々承知している。
同性婚も広く認められ、生家の男爵家は姉が継いでいるとはいえ、子供のいない彼にはきれいな大人の女の人がやはりお似合いだろう。
ぼんやりと結婚式のことを思い出す。
式典用の金の縁取りの黒い軍服がすごく似合っていた。アデラートの威厳のある凛々しい立ち姿に思わず見惚れて、足が出なかった。
私を見てもその表情は変わらなかったけど、青灰色の目に少しだけ驚きの色が見えた。
横に並ぶとその鍛えあげられた体躯は、私の倍以上の厚みがあった。私も小さい方ではないけど、身長も肩ほどで、自分の貧相な体に少し悲しくなった。
頬が赤くならないよう、気を引き締めなければ宣誓を間違えそうなくらいだった。旦那様の声は低くてよく通っていた。
そっとさした出された手は、剣を握る固い掌だった。大きな手や太い指が、彼が戦いの中にあったことを示していた。
左頬に走る傷。祖国を守ってくれたその身体には、多くの傷跡があるのだろうか。
そんなことをつらつと思い出していると、ノックの音がする。許可すると、執事のダラスだった。
ティーセットと小さな焼き菓子をワゴンにセットしてある。
「お茶をいかがですか?お召し変えされて、少しお休みいただいた後に、屋敷をご案内いたします」
そう言うと、優雅な手つきでお茶をいれ、シェリルノーラに差し出した。花のようなさわやかな香りがふわりと立ち上がる。
「ありがとうございます」
「奥方様、私に敬語は必要ありませんよ。どうぞ」
一口飲んでみると、香りが広がり優しい味がして思わず微笑んだ。
「奥方様は、東の領地のお方とお聞きいたしました。かの地のお茶を取り寄せてみました。香りには疲れを癒す効果があるとか。お口に合いますでしょうか?」
「はい。とても美味しいです。御心使いありがとう。
あの、私のことは奥方ではなく、名前で呼んでください。奥方と言われると、ちょっと……。
それに、私はあまり物を知りません。何か間違えたりしたら、どうぞ遠慮なく教えてください。未熟者ですが、一生懸命旦那様にお仕えしたいと思っています。力を貸してください」
シェリルノーラはダラスに軽く頭を下げた。
王族でもある彼が、使用人であるダラスにこのような態度をとる必要などない。ダラスは驚きを隠し、にっこり微笑んだ。
アデラートが幼い頃から彼に仕え、独り立ちしてここに居を構える際に一緒に移ってきた。それから、戦で留守がちな若い主人を支え、長年家のことを一手に引き受けてきた。
ほんの2ヶ月前、帰宅した主人に伴侶をもらうことになったので、準備を整えておくよう命じられた。シェリルノーラの情報はあまりに少なく、執事として頭を悩ませた。
しかも王弟の子息。詳しいことは聞かなかったが、前妻と離縁してからさらに仕事一筋、戦に明け暮れていた主人が新しい奥方を迎えるとは、余程のことがあったのだろう。
さらに国王から与えられた新たな爵位と報奨金などの対応。結婚式の準備から部屋の改装などめまぐるしく、睡眠時間を削るほどの忙しさだった。
結婚式は国教会での宣誓のみ。招待客は家族のみ。パーティーは不要。輿入れの品はほんのわずかな身の回りのものだけ。そんな何もかも異例尽くしの経緯を辿り、ようやく今日を迎えた。
そして現れたのは、すらりとした美しい青年というには、少し幼いシェリルノーラだった。
そして先程の言葉。
「畏まりました。シェリルノーラ様」
ダラスは予想とは違うシェリルノーラを好ましく感じ、頭を下げた。この方が旦那様と幸せになる手助けをしたいと早くも感じ始めていた。
彼は怒ったような怖い顔をしていた。がっかりさせて、嫌われたのだろうか。もちろん彼に望まれて結婚したわけではないことは、重々承知している。
同性婚も広く認められ、生家の男爵家は姉が継いでいるとはいえ、子供のいない彼にはきれいな大人の女の人がやはりお似合いだろう。
ぼんやりと結婚式のことを思い出す。
式典用の金の縁取りの黒い軍服がすごく似合っていた。アデラートの威厳のある凛々しい立ち姿に思わず見惚れて、足が出なかった。
私を見てもその表情は変わらなかったけど、青灰色の目に少しだけ驚きの色が見えた。
横に並ぶとその鍛えあげられた体躯は、私の倍以上の厚みがあった。私も小さい方ではないけど、身長も肩ほどで、自分の貧相な体に少し悲しくなった。
頬が赤くならないよう、気を引き締めなければ宣誓を間違えそうなくらいだった。旦那様の声は低くてよく通っていた。
そっとさした出された手は、剣を握る固い掌だった。大きな手や太い指が、彼が戦いの中にあったことを示していた。
左頬に走る傷。祖国を守ってくれたその身体には、多くの傷跡があるのだろうか。
そんなことをつらつと思い出していると、ノックの音がする。許可すると、執事のダラスだった。
ティーセットと小さな焼き菓子をワゴンにセットしてある。
「お茶をいかがですか?お召し変えされて、少しお休みいただいた後に、屋敷をご案内いたします」
そう言うと、優雅な手つきでお茶をいれ、シェリルノーラに差し出した。花のようなさわやかな香りがふわりと立ち上がる。
「ありがとうございます」
「奥方様、私に敬語は必要ありませんよ。どうぞ」
一口飲んでみると、香りが広がり優しい味がして思わず微笑んだ。
「奥方様は、東の領地のお方とお聞きいたしました。かの地のお茶を取り寄せてみました。香りには疲れを癒す効果があるとか。お口に合いますでしょうか?」
「はい。とても美味しいです。御心使いありがとう。
あの、私のことは奥方ではなく、名前で呼んでください。奥方と言われると、ちょっと……。
それに、私はあまり物を知りません。何か間違えたりしたら、どうぞ遠慮なく教えてください。未熟者ですが、一生懸命旦那様にお仕えしたいと思っています。力を貸してください」
シェリルノーラはダラスに軽く頭を下げた。
王族でもある彼が、使用人であるダラスにこのような態度をとる必要などない。ダラスは驚きを隠し、にっこり微笑んだ。
アデラートが幼い頃から彼に仕え、独り立ちしてここに居を構える際に一緒に移ってきた。それから、戦で留守がちな若い主人を支え、長年家のことを一手に引き受けてきた。
ほんの2ヶ月前、帰宅した主人に伴侶をもらうことになったので、準備を整えておくよう命じられた。シェリルノーラの情報はあまりに少なく、執事として頭を悩ませた。
しかも王弟の子息。詳しいことは聞かなかったが、前妻と離縁してからさらに仕事一筋、戦に明け暮れていた主人が新しい奥方を迎えるとは、余程のことがあったのだろう。
さらに国王から与えられた新たな爵位と報奨金などの対応。結婚式の準備から部屋の改装などめまぐるしく、睡眠時間を削るほどの忙しさだった。
結婚式は国教会での宣誓のみ。招待客は家族のみ。パーティーは不要。輿入れの品はほんのわずかな身の回りのものだけ。そんな何もかも異例尽くしの経緯を辿り、ようやく今日を迎えた。
そして現れたのは、すらりとした美しい青年というには、少し幼いシェリルノーラだった。
そして先程の言葉。
「畏まりました。シェリルノーラ様」
ダラスは予想とは違うシェリルノーラを好ましく感じ、頭を下げた。この方が旦那様と幸せになる手助けをしたいと早くも感じ始めていた。
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