将軍の宝玉

なか

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1.褒美

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   ようやく長かった冬の終わりが見え始めた昼下がり、王宮の大広間には緊張感が漂っていた。
   無表情ながらも、周囲を竦みあがらせる雰囲気を醸し出す男がゆっくりと発言した。

「畏れながら、今、何と……」

   膝を折る礼を解くように言われ、背筋を伸ばした途端、自分が仕える男に告げられた言葉を理解できないでいた。

「聞こえなかった?一を聞いて十を知る将軍にしては珍しい」

   にっこりと笑顔を浮かべた国王に、隙のない黒い軍服姿のアデラード・ワーグナーズ将軍は無表情を貫いていた。

    表情を変えないながら将軍のまとう雰囲気に、緊張し同席していた重臣たちは一斉に青ざめる。自分たちは何も発言してはいないのだが、この場にいるだけで背中に嫌な汗が伝い出す。退室しようにもそのような無礼は許されない。それ以前に体が動かない。それほど彼の存在は重い。


「先の戦では君の活躍により、最小限の犠牲で済んだ。犠牲になった者たちやその家族を思うと、胸が痛いが。
   しかし、将軍にはとても感謝してるよ。終戦後の処理も進み、おかげで状況も落ちついてきた」

   一旦言葉を止めた王は、意味深にアデラートの無表情な顔を見た。

「そろそろ君も新しい奥方をもらって、身を固めてもいいんじゃないかと思ってね。
   どうやら親しくしているご婦人ももいないようだし、私の宝石を褒美としてもらってくれないかな?
   ただ、たとえ将軍でも、王族を一軍人の元に嫁がせるのも釣り合いがとれないから、合わせて爵位を与えるからね」
   
   元々柔らかな喋り方をする王は笑顔のまま、君の伴侶をみつけたよ、との言葉に続けた。


   アデラード・ワーグナーズ将軍は、数々の戦で多くの手柄を立て、33才の若さで王国群の将軍まで登りつめた。異例とも言える若い将軍は、昨年、残党による国境付近での戦でも、さらに戦績を伸ばし、祖国を完全なる勝利へと導いた。これで、本当の平和な世が来ると、王国では歓喜に包まれていた。


   最大の功労者である将軍は、国内外で鬼神として怖れられていた。
   怖れられる原因はその戦略や実績、戦場での姿だけではない。長身で実戦で鍛えたがっちりとした筋肉質な身体、短めのグレーの髪にキリっとした太い眉、彫りの深い顔は整っているが、基本的に感情が読み取れない無表情で青灰色の瞳は鋭く、威圧感と恐怖を人に与える。右頬にある古傷がさらにその風格に凄みを付加していた。
   熱狂的信者もいるが、その冷たい蒼い目で見られた者は味方でも凍りつく。そんな男だった。


   そんな彼はずっと国のために、軍のために
生きてきた。生家は辺境に近い地域を治める男爵家だったが、軍に所属し、廃嫡を自ら願い出た。今は姉が家を継いでおり、将軍はずっと一軍人として生きてきた。

   若い頃、一度離縁してからは、今後家庭を持つなど不要だと考えていた。しかし、そんな自分にいまさらこの年で。しかも、王家の人間などと、荷が重すぎる。

「陛下、大変勿体無いお言、」

「詳しいことはまた宰相からね。いやぁ、おめでたいなあ。
   君は派手なのは嫌いだろうから、春にハリス国教会で式を挙げることになってるからね。
   それだけ、下がっていいよ」


   遠慮させて頂けないか、すら発言は許されなかった。
   その姫君には申し訳ないが、これは辞退できる案件ではないらしい。国王直々に褒美を与えること自体が異例なのに、さらに将軍とは言え、身分の低い自分の後妻に、王族を下賜させるという、これ以上ない褒美だ。

   さらに教会まで押さえてあるなど、用意周到すぎる感もあるが、断るという選択肢がない。


「承知しました。ありがたく存じます」


   そう静かに告げて謁見の間を後にした。

   
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