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夕方8
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「そういう事実に目と耳とついでに口も塞いで、気づかないふりをしてふわふわうまく乗っかってるとしたら、わたしたちのそのふわふわを選ぶっていう選択は大抵理にかなってるんだっていうことになる。わたしたちは実は、楽な道を、傷つかずにすむ道を、素知らぬ顔をしながら選んでるのかも。何の知恵のなせる技かはわからないけど、意外なほど賢明だったりする。だって、無駄に考えずぎて動けなくなって、何にも意味を見いだせなくなって、正しいもの以外いらないってどうしていいのかわからず苦しむのって、誰が得することなのって思うじゃない。雰囲気で流されながら深く考えずつきつめずに、たゆたいながら、なんとなく世間の風潮に乗っかっていながらも、そうじゃなくて自分がそうしたいんだって思いこむほうが、正しいことなのかもしれない。些細な違和感に素知らぬ顔をしてつきつめることなくいたらそのほうが人生を楽しめるんじゃないかしら。これが長年積み上げてきた生きる知恵なのかもしれない。もし、あれ?って思っても突き詰めずにやり過ごせばいい。みんなこんなものだって。誰でもこんな感じでやっていくしかないんだってね。でもわたしたちってさっきから言ってるけど、わたしはそこからちょっとこぼれ落ちちゃってるのよね。我にかえって同族嫌悪にうんざりしたとき、もう少しわたしが賢ければ違うように生きられたと思う。あるはずだと思ってたからうんざりしたの。ないんだって知ってたら、知ってた上でふわふわしてあえて選んだルートと選択なら、多分自分に折り合いつけられたんだと思うの」
「そうよ、きっとわたしは今とっても拗ねてるの。みんなが手に入れてる普通の愛がわからなくて、みんなは見つけてるのに自分だけ見つけそこねてるし探す手がかりもないことに拗ねて、きっとみんな見つけてないんじゃないって疑ってるのよ。わかってる。だって、置いてけぼりは辛いんだもの。でもね、喪失感ごっこに耽溺して惨めな自分を満喫してるつもりはないの。だって、今、かつでないほど視界がクリアで冴えてる気がするんだもの。もうちょっとでわたしにしっくりくる答えがでそうな、手がかりを掴めそうな気がしてる。あれは欺瞞だ、真実なんて相対的で無価値だって断罪しまくっていてもニヒリズムに陥らないですむ何かが見えてきそうなの。こんなふうな考え方をしてていたら、ただ荒涼とした味気ない世界しか見えないはず?本当にそうかしら。いろんなことを、狡さやふわふわ感でやってる選択ってことをちゃんと踏まえて、わかったうえでそれでいて『あえて』の世界ならもっと違う色の世界が広がってないかな、なんて。『あえて』って言葉とその気概にある意味を大事にできたら。そうしたらこんな露の世も、もっと」
完全に冷めてしまっただろう白湯を一口啜り、マグカップをサイドテーブルにそっと置き、彼女はある俳句を呟いた。
「露の世は 露の世ながら さりながら」
「わたしたちが生きるのは所詮、露の世だから。でもそこじゃなくてその後に何かがあるんじゃないかって少しでも思えたら。さりながら。とはいえ。だからこそ?」
彼女はそこで急に口を閉ざした。
だからその続きを聞くことは叶わない。わたしは叶わない望みを抱き続けている。そして考え続けてしまう。彼女が「だからこそ」の続きに言おうとしていたのは何だったかを。でもその謎は解かれることなくいつまでも残されることになる。何度もこの日の彼女の表情や口調、そのすべてを思い出し続けることになる。
あれから何度も、この時何か言えることがあったんじゃないか、わたしが言葉を発することで彼女の感情を癒やすことができたんじゃないか、救いになれたのかもしれないと、繰り返し思い悩む。彼女はわたしにとって特別な記憶であり続けると伝えることができたのに。
でもわたしは、記憶のほうをとってしまった。傷のないくすみのないわたしたちの記憶。だからこの日の思い出は、どこか苦い。正しかったのかどうかをわたしにいつも突きつけてくる記憶。
「そうよ、きっとわたしは今とっても拗ねてるの。みんなが手に入れてる普通の愛がわからなくて、みんなは見つけてるのに自分だけ見つけそこねてるし探す手がかりもないことに拗ねて、きっとみんな見つけてないんじゃないって疑ってるのよ。わかってる。だって、置いてけぼりは辛いんだもの。でもね、喪失感ごっこに耽溺して惨めな自分を満喫してるつもりはないの。だって、今、かつでないほど視界がクリアで冴えてる気がするんだもの。もうちょっとでわたしにしっくりくる答えがでそうな、手がかりを掴めそうな気がしてる。あれは欺瞞だ、真実なんて相対的で無価値だって断罪しまくっていてもニヒリズムに陥らないですむ何かが見えてきそうなの。こんなふうな考え方をしてていたら、ただ荒涼とした味気ない世界しか見えないはず?本当にそうかしら。いろんなことを、狡さやふわふわ感でやってる選択ってことをちゃんと踏まえて、わかったうえでそれでいて『あえて』の世界ならもっと違う色の世界が広がってないかな、なんて。『あえて』って言葉とその気概にある意味を大事にできたら。そうしたらこんな露の世も、もっと」
完全に冷めてしまっただろう白湯を一口啜り、マグカップをサイドテーブルにそっと置き、彼女はある俳句を呟いた。
「露の世は 露の世ながら さりながら」
「わたしたちが生きるのは所詮、露の世だから。でもそこじゃなくてその後に何かがあるんじゃないかって少しでも思えたら。さりながら。とはいえ。だからこそ?」
彼女はそこで急に口を閉ざした。
だからその続きを聞くことは叶わない。わたしは叶わない望みを抱き続けている。そして考え続けてしまう。彼女が「だからこそ」の続きに言おうとしていたのは何だったかを。でもその謎は解かれることなくいつまでも残されることになる。何度もこの日の彼女の表情や口調、そのすべてを思い出し続けることになる。
あれから何度も、この時何か言えることがあったんじゃないか、わたしが言葉を発することで彼女の感情を癒やすことができたんじゃないか、救いになれたのかもしれないと、繰り返し思い悩む。彼女はわたしにとって特別な記憶であり続けると伝えることができたのに。
でもわたしは、記憶のほうをとってしまった。傷のないくすみのないわたしたちの記憶。だからこの日の思い出は、どこか苦い。正しかったのかどうかをわたしにいつも突きつけてくる記憶。
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