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美冬 9
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透子からのLINEを何度も読み返す。
やっぱりもう一度話す時間を作らないとだめみたい。
気が重いけど、乗りかかった舟だから、わたしが決着つけるしかない。
何かに手をつけるって、結局そういうことなんだよね。
もうちょっとで下校のアナウンスが鳴り響くっていうくらいの時間まで待って、屋上にあがる。日が沈んで暗くなってきてる。今日は少し風が強い。
先生が転落したって言われてるあたりのほうに向かう。やっぱり、いた。
牧雪彦が、望遠鏡で西の空を眺めていた。
雪彦は足音に気づいたのかゆっくり振り向く。驚いた様子もなく。
「美冬先輩」
「何観てるの?」
「さっきまでは金星を。角度的に観づらくなったので、そろそろ帰ろうかと」
「雪彦、伊東先生とあまり喋ったことないって言ってたけど、伊東先生が天体観測してる時、よく雪彦が一緒に観測してたって天文同好会の子から聞いた。実は結構親しかったんじゃないの?」
「親しいの意味にもよりますけどね。まあ、親しいでもいいですけど。伊藤先生は蠍座のM7が特にお好きでなんだか思い入れもあるらしく、夏の間はよくここで観てたんですよ。僕も先生の影響で好きになって、それで一緒に」
「そう。じゃ、チェスの話は?あの日の夜、お父様は会社の食事会だったんでしょ?なんで予定がなかったなんて嘘ついたんだろうって思ったの。でもお父様は夜遅くまで仕事関係の人たちと同席してるわけだからアリバイなんていらないはず。だったら、その嘘はきっと雪彦のためだよね?で、あなたもそれに合わせた。それってどういうこと?」
雪彦は微笑みながら、言った。
「やっぱり、美冬先輩は知りすぎちゃってますね。言ったでしょう?好奇心は猫をも殺すって」
殺す。なんて禍々しい言葉。雪彦のこと怖いなんて思ったことなんて一度もなかったけど、もしかしてわたし、ここに一人で来ちゃいけなかった?
そんな気持ちを見透かすように、雪彦は続けた。
「なんてね、好奇心は猫をも殺すってのは、単なる自嘲です。知りたくて知りたくてたまらなくなってしまったことがこんな結果をまねいたこと、後悔しているので」
こんな結果?結果って……
「伊東先生は、出会ったときから優しくしてくれました。なんとなく特別なものを感じてしまうくらい。だから僕は先生の態度や一挙手一投足が気になってしかたなかった。なんでこんなに気にかけてくれるんだろう、誘ってくれるんだろうって。でも父と会いたいって言われた時、ああこの先生もそうなのかって。僕を通して父を見てる大人は今までも結構いたので、それでこんなに優しくしてくれたのかって、ある意味納得でしたけど、それでも割り切れなくて。本当にそれだけなのか。どうしても知りたかったんです。そうじゃないっていう答えがほしかった。それで」
雪彦はちょっと言い淀んだ。
「それで、これを先生のバッグから盗んだんです」
制服の内側のポケットから、何か出す。例の手帳だ。
「これにいろいろ書き込まれてること、知ってましたから。メモっていうより日記みたいだなって前から気になってて。悪いことだってわかってました。人の日記を読むなんて。でもどうしてもはっきりさせたいっていう気持ちを押さえられなくて。で、全部読んで、伊東先生がどんな風に生きてきて、何を抱えてて、そして僕のことをどう見てるのか、全部わかっちゃったんです。」
雪彦は顔を歪めた。
「読まなきゃよかったな。読んで、伊東先生の人となりや過去、何を考えていたのかを知って伊東先生に近づけたけど、それは僕が勝手に思ってた伊東先生とは全然違ってた。そして僕についても、はっきり書いてました。利用しようって。薄々そうだって知ってましたけど、父とのセッティング頼まれた時にそれは明白になってましたけど、はっきり書いてあることは、一つの形ですから。僕と先生の関係は、書かれたことで形になって刻印されてしまいました。淡い感情でも甘い感情でも優しさですらなく、『利用』なんだって。自業自得ですよね。それで、手帳を返しに来たんです、あの日。」
「あの日は久々に天気がよくて、ずっと曇りが続いてたから、先生はきっと長い時間天体観測してるんだろうなって思ってました。夜に学校に戻ってここに来たらやっぱりそうでした。僕が手帳を差し出すと先生は別に、驚いた様子もなくて」
雪彦はちょっと遠くを見るような目をして語り始めた。あの日、9月18日の夜のことを。
やっぱりもう一度話す時間を作らないとだめみたい。
気が重いけど、乗りかかった舟だから、わたしが決着つけるしかない。
何かに手をつけるって、結局そういうことなんだよね。
もうちょっとで下校のアナウンスが鳴り響くっていうくらいの時間まで待って、屋上にあがる。日が沈んで暗くなってきてる。今日は少し風が強い。
先生が転落したって言われてるあたりのほうに向かう。やっぱり、いた。
牧雪彦が、望遠鏡で西の空を眺めていた。
雪彦は足音に気づいたのかゆっくり振り向く。驚いた様子もなく。
「美冬先輩」
「何観てるの?」
「さっきまでは金星を。角度的に観づらくなったので、そろそろ帰ろうかと」
「雪彦、伊東先生とあまり喋ったことないって言ってたけど、伊東先生が天体観測してる時、よく雪彦が一緒に観測してたって天文同好会の子から聞いた。実は結構親しかったんじゃないの?」
「親しいの意味にもよりますけどね。まあ、親しいでもいいですけど。伊藤先生は蠍座のM7が特にお好きでなんだか思い入れもあるらしく、夏の間はよくここで観てたんですよ。僕も先生の影響で好きになって、それで一緒に」
「そう。じゃ、チェスの話は?あの日の夜、お父様は会社の食事会だったんでしょ?なんで予定がなかったなんて嘘ついたんだろうって思ったの。でもお父様は夜遅くまで仕事関係の人たちと同席してるわけだからアリバイなんていらないはず。だったら、その嘘はきっと雪彦のためだよね?で、あなたもそれに合わせた。それってどういうこと?」
雪彦は微笑みながら、言った。
「やっぱり、美冬先輩は知りすぎちゃってますね。言ったでしょう?好奇心は猫をも殺すって」
殺す。なんて禍々しい言葉。雪彦のこと怖いなんて思ったことなんて一度もなかったけど、もしかしてわたし、ここに一人で来ちゃいけなかった?
そんな気持ちを見透かすように、雪彦は続けた。
「なんてね、好奇心は猫をも殺すってのは、単なる自嘲です。知りたくて知りたくてたまらなくなってしまったことがこんな結果をまねいたこと、後悔しているので」
こんな結果?結果って……
「伊東先生は、出会ったときから優しくしてくれました。なんとなく特別なものを感じてしまうくらい。だから僕は先生の態度や一挙手一投足が気になってしかたなかった。なんでこんなに気にかけてくれるんだろう、誘ってくれるんだろうって。でも父と会いたいって言われた時、ああこの先生もそうなのかって。僕を通して父を見てる大人は今までも結構いたので、それでこんなに優しくしてくれたのかって、ある意味納得でしたけど、それでも割り切れなくて。本当にそれだけなのか。どうしても知りたかったんです。そうじゃないっていう答えがほしかった。それで」
雪彦はちょっと言い淀んだ。
「それで、これを先生のバッグから盗んだんです」
制服の内側のポケットから、何か出す。例の手帳だ。
「これにいろいろ書き込まれてること、知ってましたから。メモっていうより日記みたいだなって前から気になってて。悪いことだってわかってました。人の日記を読むなんて。でもどうしてもはっきりさせたいっていう気持ちを押さえられなくて。で、全部読んで、伊東先生がどんな風に生きてきて、何を抱えてて、そして僕のことをどう見てるのか、全部わかっちゃったんです。」
雪彦は顔を歪めた。
「読まなきゃよかったな。読んで、伊東先生の人となりや過去、何を考えていたのかを知って伊東先生に近づけたけど、それは僕が勝手に思ってた伊東先生とは全然違ってた。そして僕についても、はっきり書いてました。利用しようって。薄々そうだって知ってましたけど、父とのセッティング頼まれた時にそれは明白になってましたけど、はっきり書いてあることは、一つの形ですから。僕と先生の関係は、書かれたことで形になって刻印されてしまいました。淡い感情でも甘い感情でも優しさですらなく、『利用』なんだって。自業自得ですよね。それで、手帳を返しに来たんです、あの日。」
「あの日は久々に天気がよくて、ずっと曇りが続いてたから、先生はきっと長い時間天体観測してるんだろうなって思ってました。夜に学校に戻ってここに来たらやっぱりそうでした。僕が手帳を差し出すと先生は別に、驚いた様子もなくて」
雪彦はちょっと遠くを見るような目をして語り始めた。あの日、9月18日の夜のことを。
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