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本家の襲撃③

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 連れて行かれた先は、山間にある三階建の大きな寺院のような建物だった。
 霧が出ているせいもあるが、妙にジメッとしていて気味が悪い。
 近くには池があって、門の外を蛙の顔に人の体がついた者たちが守り、中を全身人の姿をして武装した者たちが守っている。
 かなり堅固に警備された場所だ。

 俺たちが通ると蛙達の、ケケケ、という不快な声があちらこちらから聞こえてきた。

 寺院の背後には五重塔のようなものがあり、俺達は背を押されながら、その中にある狭い下り階段を降りていく。

 そこは石造りの地下牢だった。
 以前捕らえられた牢に良く似た作りだ。
 ただ、和麻に空けられた穴が無いので、恐らく別の場所なのだろう。

 俺と柊士は乱暴に牢に押し込められる。
 牢番によって鍵がガチャガチャとかけられたあと、青嗣は向かいの壁にトンと背をつけてこちらを眺めた。

「其方らの処遇はいったん保留だ。殺してもいいが、人界の連中の様子を見ると、使い道があるかもしれん。」
「なんで、お前らは遼なんかに協力する? 結だろうが遼だろうが、人界の者が帝位につくことには変わりないだろ。」

 柊士が檻を片手でグッと掴み吐き捨てるように言うと、青嗣は片眉を上げる。

「別に誰が帝位に就こうが、そんなのはどうでも良い。ただ、あの御方が帝位にあるこの世が気に食わぬだけだ。戦で主を亡くし家族や友を失えば、その上に成り立った世を全て崩して見返したくもなる。」
「……そうやって、ハク達を欺いてずっと側にいたんですか?」
「欺き欺かれるのがこの世の常だ。白月様といい、人界の者は随分生温いことを言うのだな。だから、近くに潜む敵に気づけもしない。おかげでこちらは動きやすかったが。」

 感情も見せずに淡々と言う青嗣に、悔しさがましていく。

「私はこれから宮中に戻る。近いうちに今の御代は崩れるだろう。その時まで生きていられるといいな。」

 青嗣はそういうと、牢番の肩をぽんと叩いて見張りを託して去っていった。

「……何も言い返せなかった。」
「別に言い返さなくたっていい。そもそも、奴らとは住んでる世界も常識も価値観も何もかもが違うんだ。どうせ、言い合ったって平行線だ。」
「でもあいつ、あんなふうに遼ちゃんに協力しておきながら、宮中に戻るって……」

 そういうと、柊士は仕方がなさそうに、一つ息を吐く。

「宮中の連中に伝えられればいいが、今の俺たちにその術はない。あまり思い詰めるな。今は自分のことだけ考えろ。あいつが言うとおり、生きて帰れるかもわからないんだ。」

 柊士の言葉に、今の深刻さを思い気持ちが重たくなる。

「……亘は大丈夫かな……伯父さんは……」
「あのとき、少なくとも亘には息があった。尾定さんが無事なら、きっと大丈夫だろう。」

 柊士は、伯父さんのことには触れない。状況が状況だっただけに、柊士自身も希望を持てずにいるのだろう。

「そういえば、柊ちゃんは何で帰ってきたの? 仕事だってあれほど……」
「……調べたいことがあったんだ。それに、嫌な予感がした。ただ、結局全部燃やされたんだから、あんまり意味はなかったかもな……」

 ……なんて言ったらいいか分からない。
 伯父さんには結のことで不信感もあった。でも、まさかこんな事になるなんて思いもしなかった。

 考えると不安になることばかりだ。
 人界で襲われた者達のこともそうだし、うちの両親の安否も気になる。
 すぐ近くに敵が潜んでいることに気づいていないだろうハクたちも心配だ。
 そして、自分達がこれからどうなっていくのかもわからない。
 やることもなく、ただグルグルと不安だけが胸の中に渦巻いていた。


 それから、どれ位たっただろう。

 最初のうちは、あれこれ不安はあるものの、柊士と会話する余裕もあった。
 でも時間が経つに連れ、胸の中の不安がまるで実態を持ち始めたかのように、どんどん重苦しく伸し掛かってくるようになってきた。

 ここから外は見えないし、硬い石の上で仮眠を取ったりしていたので、ハッキリとした時間はわからない。でも連れてこられてから少なくとも一日以上は経っただろう。

 俺も柊士もだんだん言葉少なになっていき、無言の時間も長くなっていく。

 更に時間が経ち、辛さに横になったりもしたが、重苦しい不快感が落ち着くことはなく、重さが増して行くだけだ。

 陰の気にここまで長時間晒されることは今までなかった。以前捕らわれた時にはハクが一緒にいてくれて陰の気を抜いてくれたから、何事もなく過ごせていたのだと改めて思う。

「……柊ちゃんは遼ちゃんに、陰の気に支配されてるって言っただろ。あんなふうに俺もなっちゃうのかな。」

 思わず不安を吐露すると、柊士はハアと小さく息を吐く。

「……俺も、ここまで妖界にいた事はないから分かんねーよ。ただ、陰の気の影響がどこにどう出るかは人によると聞いた。身体に影響することもあれば、精神に影響することもある。
 ひとまず、俺とお前は前者のタイプっぽいけどな。」

 遼のようにはなりたくないが、身体に影響が出る方も問題だ。このまま押し潰されて、いずれ死に至る、なんて事になるのではと思い身震いする。

「さすがにこのままじゃマズイな。」

 柊士はそう言いながら、格子を片手で掴んだままガチャガチャさせる。

 そういえば、柊士はここに入れられてから、ずっと格子を掴んだままだ。

「……ねえ、柊ちゃん、一体それ……」

 そう言いかけると、柊士は見張りにチラッっと目を向けてからこちらに視線を戻す。
 黙れ、と言われているのが否応なしにわかる。

 交代のために一時的に見張りが居なくなると、柊士はようやく口を開いた。

「妖界のものは、妖も草木も何もかも、存在するもの全てが陽の気に弱い。石や鉄も同じだ。ただ、燃えやすいものと違って、劣化は遅い。
 焼け石に水かも知れないが、こうやって一箇所に陽の気を注いで、格子を脆くできないか試してるんだ。」
「早く言ってよ!」
「静かにしろ!」

 柊士に小声で怒鳴られ、咄嗟に両手で口を塞ぐ。

「ある程度脆くなった気もするが、破るにはまだ時間がかかりそうだ。他の方法を考えた方が良い。」
「でも、他の方法って言ったって……」
「まあ、味方から隔絶された妖界で、手詰まりではあるな……あとは、向こうの思惑でここから出られた時に、うまく逃げ出すくらいか。」

 柊士がそう言った時だった。

「随分仲が良さそうだな。同郷のよしみで、何を企んでたのか教えてくれよ。」

という声が響いた。

 ビクッと肩を震わせ階段の方を見やると、そこには、切りつけられ箱に閉じ込められたはずの遼が、いやらしい笑みを浮かべて立っていた。

「……成功したのか……」

 柊士がぼそっと呟く。

「お陰様で、記憶も姿も元通りだ。お前らに非道な扱いを受けて記憶を失ってなければ、結だって全て同じ状態で転換できていただろうに。
 ……いや、非道な扱いを受けてなければ、今頃人界で俺と幸せに暮らしてたはずか。」

 柊士は眉根を寄せて遼を見る。

「一体、俺たちに何の用だ。」

 遼は苦々しい表情の俺たちを見て、鼻で笑う。

「ちょうど、結を迎えに行こうと思っていたんだ。せっかくだから、お前らにも地獄を見せてやろうと思ってな。」
「……地獄って……」

 眉根を寄せた俺の呟きに、遼は唇の端をにんまりと釣り上げる。

「夜が開ける時に全てが終わる。幻妖京の滅びの時だ。」

 妖に転じたはずなのに、未だに陰の気に捕らわれ続けているような遼のその顔が、邪悪に歪んで見えた。
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